注:このお話は、「現世」と対になっています。「蒼紅一騎討ち」からのお話ですので、幸村が討たれています。苦手な方はご注意下さい。
来世2 〜過去〜 初めて幸村と視線と視線を交わした時、政宗は思わず他の誰にも聴こえないくらい小さな呻き声を出した。燃えるような目、強い視線、呼び合って共鳴し胸を掻き鳴らす魂。幸村は政宗にとって、最初からただ強いだけの武将ではなかった。惹かれ合い、紡ぎ合う何かが絶対的にそこには存在していた。合縁奇縁とは良く言ったもので、まさに幸運としか良い様がなかった。幸の定義は人によって千差万別。喜びなのか恐れなのか、政宗は自分でも良く分からない感情が胸に渦巻いて、何かが始まろうとしている事だけがはっきりと予感できた。 予感が確信に変わったのは初めて刃を交えた瞬間だった。この男だったのかと、酷く納得した。政宗がずっと待っていたもの、ずっと探していたもの、ずっと欲していたものは幸村だったのだ。今までの人生に何ら悔いのない政宗ではあったが、決定的な何かが欠けていると、心のどこかでずっと感じていた。何かが足りない。何かが満たされない。人と言うものが、常にその何かを埋めるために生きるものだとしたら、政宗は幸村と刃を交えた瞬間に生きる意味を全うしてしまった。後は、それを絶つ方向にしか進まない。政宗という人物の人生を、政宗自身が瞬時に覚ってしまえるほどに、幸村は政宗の全てを満たした。 幸村ほど美しい生き物を、政宗は他に知らなかった。無数の死と、無数の怨嗟が蔓延る大地の上で、幸村の槍が奔った軌跡だけが血に染まっても尚、煌々と光っていた。幸村の命の輝きは、まるで蟲を誘う夜の篝火のように政宗の抑えがたい衝動を誘い出した。鮮やかな紅が、決して薄れまいとして脳裏に映し出された。燃え盛る焔が、目を、心を、魂を焼いた。幸村の切っ先の軌跡が、白く光って弧を描いた。それら全ては政宗の命を奪わんとしての事だ。そのような幸村の全てに目を奪われた。たった一つしかないその目と、刀の鍔で隠された、無いはずの眼の両方が、幸村に奪われた。政宗はずっと忘れていた。国と民と太平なる世と、そんなものにこの身と竜のような心を隠して、己の内なる欲望を忘れた振りをしてきた。こうしてただ命を奪い合い、戦う事の切なさと歓喜を思い出させてくれたのは幸村だ。題目も大義名分も、何もかも関係のない刹那を政宗はずっと待っていた。生れ落ちたその時から、戦う事を愛でる政宗の魂を、同じように求め、そして欲してくれる存在を。戦っても良いのだと、言ってくれる声を。 命の遣り取りをする、己と相手の双方の命運を決する場はたった一度きりのはずだった。しかし何度も何度も幸村と巡り戦い火花を散らし合っていた。これはどうした事だと、政宗は思っていた。常と違う戦いに、戸惑いすら覚えた。何故何度も幸村と相対するのか。何故幸村と相対する毎にこの胸はこれほどまでに高鳴るのか。何故次を次をとこの心は幸村を求めるのか。 混迷する心を抱き続けたまま、ある時偶然に指先が幸村の頬に触れた。刃だけでなく、肌と肌が触れ合った瞬間に、胸に何かが降りてきて、政宗は総てが理解できた。心に、闇夜に瞬く星のような確信の火が灯った。ああ、と政宗は思った。慶次の言うとおり、目の前に存在する燃え盛る男に対するこの気持ちが恋に似ているのだとしたら、恋とはなんと報われないものだろうと悟った。一度魅了されてしまったら、どう足掻こうと逃れる事は出来なかった。好悪も損得も超えて、ただただ幸村に引き寄せられていた。行き先も分からぬまま、否、そっちへ行けば必ず起こる死別せざるを得ない未来を的確に予測できたとしても、そちらへ行けと本能が叫んでいた。抗い難く、魂が真っ暗な闇に呑まれて行った。戦った所で何も得るものがなく、それどころか全てを奪い奪われることになっても、戦い止める事ができなかった。戻れないと分かっていても、その道を辿らずにはいられなかった。そして、いつしかそれが政宗の望みそのものとなっていた。
つづく |