注:このお話は、「現世」と対になっています。「蒼紅一騎討ち」からのお話ですので、幸村が討たれています。苦手な方はご注意下さい。

 

来世1 〜現在〜

 

「我が・・・生涯・・・」

最期の声が、どうしても聴こえなかった。耳鳴りが―――酷い。

 

―――真田幸村は何と言った?
たった今、地に倒れ伏した好敵手が最期に呟いた言葉が、自分の身体を素通りした。耳鳴りがわんわんと頭まで響いて、その音を拾わせまいと邪魔をしていた。
―――その声は、満足そうだったか?無念そうだったか?それとも何の感慨もなかったのか?
聴こえない。何も聞こえなかった。どうだったと問い詰めたくとも、ここには独眼竜以外に聞く者もいなかった。
―――ここはどこだ。何をしていた。
叫びたくとも声も出なかった。指一本動かす事ができなかった。

 

ずっとずっと覚めない熱であるはずと半ば確信していたのに、突如悪夢に変化し魘された朝のように、プツリと何かが途切れた。幸村の命と共に。自ら絶ったその時間と共に。幸村の色である赤が、彼の身体から溢れ流れ出してゆく音がしていた。何故か、そんな音ばかりがはっきりと耳に残った。
―――ああ、駄目だ!出て行くな!それは幸村のものだ!否、俺のものだ。そうだ、それは俺のものだった。
誰のものでもなく、ただ、政宗のものだった。
―――どうしてだ。何故誰もそれを止めない。
理不尽だと悟っているはずなのに、叫びだしたい衝動に駆られていた。胸の裡に渦巻いた絶叫は、心に傷口を作り、それを引き裂いた。柔らかい心に痛みが走った。しかし痛みと共に快感が押し寄せてきた。たったこの一瞬のために、総てはこの刹那を永遠にするために、ずっと刃を交えてきたのだ。心の闇が歓喜しているのを止められなかった。魂の底から何かが叫ぶ。嬉しいのか?寂しいのか?哀しいのか?淋しいのか?悲しいのか?

 

どれくらい、幸村に背を向けていたのだろう。どれくらい、その場に立ち尽くしていたのだろう。金縛りにあったような身体が、頭よりも先に耐え切れなくなって振り返った。そこに幸村が立っている事を、立ち上がろうとしている事を希な望みとして。本当は分かっていた。幸村がもう二度と立ち上がらない事も、この手で幸村の全てを奪った事も。そして、幸村に全てを与えた事も。それでも、幸村の口元に翳した掌が震えた。
「幸・・・村・・・」
思わず出した声は酷く掠れていた。

 

何度も触れたその唇に、もう一度そっと指で触れた。まだ暖かい。しかし急速に冷えて、熱を、魂を、燃え滾る想いを消してゆく。泣きはしない。涙など相応しくない。これが、幸村と自分の望みだったのだから。身も焦がれるほど望んだ末路なのだから。自分以外の者、誰にも殺させないと誓った結果なのだから。それなのに何故これほどまでに荒れ狂う感情を持て余さねばならないのか。自らに反問すればするほど、初めて逢った瞬間の、あの滾る想いを思い出した。そう、幸村がよく叫んでいたように。

 

つづく