夏 1

 

「あっちィーーーー!」

 

珍しく幸村ではなく、政宗の声が蝉の声と共に夏空に響いた。ここは奥州、伊達の居城である。今年は猛暑。奥州でも連日真昼には田が干乾びんばかりのかんかん照りだ。かと思えば夕立は恐ろしいほどに激しく、田は潤って丁度良い。良いのだが、人にしてみればたまったものではない。暑さだけならまだ耐えられるのかもしれないが、夕立による湿気も酷いために消耗が激しい。おまけに夜になってもなかなか空気の温度も下がらないときている。これではさすがの奥州筆頭伊達政宗もバテ気味だ。もちろんその右目、片倉小十郎に言わせれば

「政宗様、連日冷たいものなどばかりを口になされるからそのようになるのですぞ。汗を流して鍛錬を行い、咽喉を潤すために熱い茶を飲み、精神を統一して政務に励めば、何ぞこの暑さ。この小十郎には涼しいくらいですぞ。」

だそうだ。小十郎は、この夏らしい天候により、夏野菜や稲たちがすくすく育つのが何よりも嬉しいらしい。つやつやと光る夏野菜の畑を見回っては静かに微笑み、稲の成長具合を眺めては感嘆の溜息を隠せない姿は、いつもの夏よりもイキイキして見えた。もちろん政宗も、小十郎以外の家臣の前ではシャキッとしている。筆頭たる自分がぐったりしていては士気に関わる。それくらいは分かっている。それに何より、少しでもクールでない所を他人に見せるのが大嫌いな政宗だ。居城でも家臣達と顔を合わせる表ではきちんと着物を着込んでいるし、暑いなどとは口が裂けても言わない。だがここは城でも政宗の個人的な空間だ。少しくらいは本音が漏れても誰も文句は言えまい。下穿きの他には薄絹だけをふうわりと纏い、髪を結い上げ、眼帯を外し、足袋もあちらこちらに脱ぎ散らかして、政宗は板の間に寝転がっていた。左手には南蛮渡来の扇。右手にはギヤマンの器に載せた、氷室から運ばせた氷。好きな煙管も火の気があるから嫌になると、最近は螺鈿の箱に仕舞ったっきりだ。そんな自堕落極まりない格好をして夏の午後を過ごしていた政宗の耳に、城の大手門辺りから聞き慣れた暑苦しい声が響いてきた。

 

「真田幸村様、ご到着にございます。」

本日、小十郎は所用で城にはいない。いつもであれば小十郎が政宗の自室に赴くのだが、今日は小姓がそう告げに来た。小姓が障子越しにそう伝えると、政宗の手によって障子がスパンと小気味良い音をたてて開かれた。
OK、すぐ行くぜ。少し待ってろと真田に伝えな。」
「はっ。」
小姓が政宗の姿を仰ぎ見ると、政宗は既にさっぱりとした格好に着替えていた。小十郎がいないからこそぐだぐだした姿でいられたのではあるが、ここはやはり客の手前。しかも弱みを見せたくない最たる相手である真田幸村の前に出るのだ。見た目は政宗にしてはそこそこ派手目程度なのだが、実は生地に趣向を凝らして夏用に仕立てさせた逸品であった。別に何がなくとも日に何度も着替える程、着物には拘る政宗だ。政宗自身も従者たちも手馴れたもので、幸村が旅装束から羽織袴に着替えて謁見の間に到着するまでに、完璧に政宗の着替えも完了していた。とても先ほどまで昼寝の猫のようにぐだぐだごろごろしていたとは思えない程、実に爽やかな姿だった。まあそれが風流を解するとは思えない真田幸村に何の効果があるかと言えば何もないのかもしれないが、それでも張り切ってしまうのが、正に言葉通り、伊達をする政宗の性でもあった。
Ah・・・ちょっと待て。」
「何でございましょう。」
立ち去りかけた小姓に、政宗が少しニヤリと笑って命を付け足した。
「氷室から出した氷を砕いて出してやれ。ついでにその上に餡子と蜜でもかけてやるのがbetterだな。Oh・・・そうだ、市で売ってる氷饅頭より贅沢にな。」
「はぁ・・・かしこまりました。」
相変わらず殿は良く分からない所で妙なものと張り合うのが好きだなぁと思いつつ、素直に小姓はその言葉に従った。

 

続く