慣れると慣らすは大違い2
「うっ・・・ふぅっ・・・」
冬の早い暮れに燈された、枕元に揺れる灯火と同じように、政宗の抑えた低い喘ぎが揺らいでこの部屋に満ちていた。同時に響くは粘着性のくちゅりという音。それは互いの唇を貪るように吸い合った後、政宗が幸村の胸を押し戻して懐から取り出した、二枚貝の膏薬入れを開いたそこにあった。それは少し白みがかった軟膏のようなもので、音の正体は、それが政宗の最奥に塗り込められていく音であった。しかも政宗自身の手によってである。かなり羞恥を誘い、かつ相当無理な姿勢をしている事は承知の上であるが、政宗はそこを幸村が慣らすのをよしとせず、自ら身体を開いていった。
「ま・・・政宗殿、某が・・・」
初回の反省と、何処でか知識を拾い、そこを慣らす事くらいは覚えた幸村が思わず口を出すと、
「Don’t
touch me!」
と、異国の言葉で遮られた。あまつさえ出しかけた手までをもパシッという小気味良い音まで立てて振り払われた幸村がそこにはいた。
「うぅ・・・ァ・・・」
目の前で乱れてゆく愛しき人物。その吐息は浅く熱く、薄く開いた唇からは絶え間ない喘ぎが洩れ出ている。それをただ見ているだけの幸村にはある意味拷問である。ごくりと思わず生唾を飲み込んだ幸村の咽喉を、ちらりと政宗が顔を上げて見た瞬間、二人の視線が絡まって、そのまま解けなくなってしまった。ここが幸村の我慢の限界でもあった。
「政宗殿・・・! もう、某・・・」
何もしていないにも関わらず、政宗と同じ程には呼吸の乱れた幸村が、政宗の手首を掴んで音を止ませた。
「ァっ!」
勢い良く引っ張られたせいで指がその場所からぬるりと抜け、その拍子に耐え切れなかった政宗の艶っぽい声が幸村の下半身を直撃した。
「っ・・・!もう宜しいですか!」
「・・・・・・」
思わず直視してしまった幸村の瞳に燃え盛る焔に、政宗は今度こそ抗おうとはしなかった。
「アァ、もういいぜ幸村。」
こんな時でも常に優位を保ちたがる政宗の言葉が終わるか終わらないかの瞬間に、幸村はがっつくように唇と舌を吸った。
「・・・ン・・・」
床から、自分より年上ではあるが多少華奢な政宗を掬い上げるように抱きかかえた幸村に、政宗も腕を回し、まだ足りぬ足りぬと互いの頭を引き寄せ合ってその唇を再び貪り合い始めた。
頃合を測る、と言うような器用な真似を幸村がした訳ではなく、唇を離して一呼吸置くと、政宗が無言で幸村の手をそろりと自分の奥に滑り込ませた。少しだけ身構えてから幸村が神経を指先に集中すると、そこはもう完全に蕩け切っていて、淡く花開いているのが分かった。
「おお、随分と・・・」
目を見張って幸村がそこに指を差し入れゆるゆると動かしてそう言うと、政宗が荒い呼吸のもとクッと笑って、自分の腰を見せ付けるように幸村に摺り寄せた。
「Ha! 痛いのはイヤなんでね。」
そう政宗が言うと、幸村は生真面目に言葉を受け取ったらしく
「いつも傷を自ら負っていらっしゃる御身とは思えませぬな。」
少しだけ意外そうに言った。こんな時に何を言ってやがんだと思った政宗だったが、まあそんなところも含めて幸村だと思い直し、どこまでもこの男に付き合って答えてやろうと言葉を与えた。
「確かに痛みにゃ慣れてるがな、俺だって好き好んで傷まみれになってる訳じゃねぇよ。その必要があるからだ。アンタとヤッて傷だらけになるのは、またそれとは別の次元の話だけどな。」
言外の含みが戦何割破廉恥何割か一瞬考えた幸村だったが、どちらにしろ政宗との関わり総てにおいてそれは当てはまる事と、今度は少しだけ余裕のある顔で微笑んだ。
「某とて、同じにござる。だがしかし、今この時は、政宗殿の心の赴くままに。」
そう言って幸村は、足首をひっつかんだかと思うと、自分より長身な政宗の身体をころんと床の上に引っ繰り返した。足首だけを高く持ち上げられ、奥深い場所を幸村の眼前に曝す姿勢になった政宗は慌てに慌てた。
「Shit! 何しやがんだテメェ!」
逞しいが雪国独特の木目細やかな白い肌を怒りで上気させ、政宗が隻眼で幸村を睨みつけたが、それはどうやら何の意味も成さなかったようだ。
「しっかり慣らしておきませんと・・・それに、今後の参考にしかと拝見しとうござりまする。」
「・・・!」
要らぬ所まで熱心と言えばそれまでかもしれないが、いつも破廉恥破廉恥と連呼している幸村のあまりに純粋な好奇心に、政宗は脱力して言葉を失った。まじまじとそんな箇所を見つめている幸村にうっかり赤面してしまった政宗だった。
さて、そんな事をのたまった挙句、幸村は眼前に曝されたそこに鍛錬で節くれ立った指をぐっと押し込んだ。
「うっ!」
政宗は自分の動きとは違うものにそこを解される違和感に呻き声を上げ、幸村は指先が少し痺れる感覚に違和感を覚えた。指を引き抜くと、そこには政宗の体液以外に先ほどの二枚貝から塗りこんだ何かの液体が付いていた。迅速にその物体が何かを確かめるには味覚が一番早い。真田忍隊を纏める者だけあって、多少の毒やら薬やらには耐性のある幸村である。故にそれをぺろりと舐めたが、次の瞬間どくりと心の臓が大きく波打ち、幸村は顔を顰めた。
「政宗殿、何をお使いなさった・・・?」
幸村が舐めたそれは、どこかで口にした事があるような気もする薬の類であった。ただ、それが何だったかを幸村は思い出せないでいた。佐助以外の配下の者に教わったような、佐助に怒られたような、その配下も佐助に怒られていたような記憶もあるが・・・と幸村が悩んでいると、
「舐めたな?」
政宗がどこか挑発的に確かめてきた。
「はい。あまりに政宗殿のそこから溢れる蜜が美味そうに見えました故。」
そんな事を恥ずかしげもなく言ってしまう幸村は、どこか破廉恥の基準がおかしいんじゃないのかと思いつつ政宗は薬の正体を明かした。
「Ha! そりゃあ、本来口にする事でより効果が高まる媚薬だぜ。」
「なんと! 先ほどから昂って仕方ないと思っておりましたら・・・」
そんな事を言い澱んだ幸村が視線を少し落としたのにつられるように、政宗は思わず幸村の股間を見てしまった。先ほどの口吸いで着物は乱れて下穿きは政宗の手によって剥ぎ取られている。直視してしまった幸村のそれは、もうどうしたら良いのか分からない程に怒張していた。
「アンタ・・・そんなもん俺に入れる気かよ・・・」
オーマイと口の中で呟きかけた政宗だったが、自らの身体の負担と逢えなかった時間とを天秤にかけると、そんな些細な(?)事はどうでも良くなってきた。
「まあ、俺だけじゃつまらねえしな。アンタもそうなら、それはそれで楽しい・・・か。」
「?」
ぼそぼそと口の中だけでそんな思惑を呟いた政宗に、イマイチ全部が全部の事情を飲み込めた訳ではない幸村は、首を傾げたが、
「いいぜ、来な。」
と、今この時に関しての全てに対する免罪の言葉を政宗から与えられ、その身体に再び飛びついた。
「政宗殿・・・参ります・・・ぞ!」
「あ・・・アァ・・・」
そうして、ゆっくりと幸村の昂ぶりが政宗の身の裡に収められていった。薬の滑りを借り、またそのせいでこのような事になってしまっていると言うある種の言い訳も出来、二人は思う存分互いの身体を貪り合ったのだった。
そんなこんなで万事めでたく夜は更けていった。二人の房事は初回とは天と地ほどの差がある首尾であった。精も根も尽き果て全てを政宗に搾り取られた幸村が豪快に眠りこける隣で、身も心も満足した政宗が、
「さすが色町のモンだぜ。ただ・・・感じすぎるのが難点・・・か。」
等と呟いていたとか呟いていなかったとか。兎にも角にもいつもと変わらぬ陽が、今日も昇ろうとしていた。
おわり |