慣れると慣らすは大違い1 佐助と小十郎の心労がある意味報われたのかどうかは定かではないが、彼らの主たちは久方ぶりの逢瀬を堪能していた。 時は戦国、季節は冬。ここ奥州では以前結んだ甲斐との同盟がいまだ続いていた。東国の大大名同士の同盟に、雪と氷に全てが閉ざされる季節も相俟って、この時代にしては稀有な凪の状態に入っていた。その情勢を踏まえた上で、政宗は一通の書状を武田方に出した。それはまあ治水に関するちょっとした相談ではあったのだが、その目的は返事を幸村に持たせ、奥州まで来させようという魂胆が丸見えの、政宗としては笊もいいところな策であった。つまり早い話が政宗による政宗のための、幸村を呼び寄せる常套手段の実力行使であった。しかしそんな策は全くもって必要なかった。武田方に政宗の書状が届いた事が耳に入った瞬間、突沸した情動が幸村をつき動かし、返書を信玄公がしたためる刻すら待ちきれず、幸村は天下一品の馬使いの荒さを駆使して奥州に駆けつけてしまったからである。つまり、書簡の返事よりも先に、幸村本人が政宗の居城に押し掛けてしまったのだ。元々返事云々は口実である。返書を持っていようが持っていまいが幸村を連れて来いと、政宗は家臣に厳命していた。家臣も色々な奥州筆頭の思惑やら何やらかんやらを分かりきっている。なるべくなら関わりたくない。それ故、政宗の居城に夕刻に到着した幸村が大手門で相変わらずの大音声で名乗ったが早いか、するすると政宗の元へと案内されてしまった。普段ならばああでもないこうでもないと、身支度から始まり、控えの間がいくつあるんだとジリジリしながら謁見に及ぶのだが、今回ばかりはそんな手続きなどすっとばしているようであった。しかしどこか頭の中が沸いてしまっていて季節を飛び越え春まっただ中な幸村には、常との違いなぞ分かりはしなかった。 「待ってたぜ! 真田幸村ァ!」 そのままの距離を保ったまま、二人は次の間にジリジリと移動した。言葉はなく、しかし口先よりも雄弁な視線だけは互いから外せなかった。互いを遮るものは何もなく、互いを隔てるものもない。その上、小十郎の命で全ての家臣は二間以上遠ざけてあった。いやむしろ、自主的に皆が引いたのではあるが。そして今回ばかりは佐助もその場からとっとと逃げ出していた。そんな状況に加え、冬の陽はまさに釣瓶落としと言わんばかりに急速に傾き、二人の在る空間は闇に閉ざされかけていた。相変わらずどこか初な様子ではあるものの吹っ切れて開き直った様子の幸村と、それを待ち構えていた政宗が身体を重ねるのにそう時間はかからなかった。
つづく |