土産の心得3 〜解決〜

 

いくらまだ機嫌が悪いと言っても、客人、それもわざわざ遠路遥々俺に会いに来た者をすぐに放り出す程、この奥州筆頭伊達政宗の了見は狭くないぜ。と、これは政宗の言い訳であった。そうでも言わないと、家中の者に示しがつかないと思っているのは政宗だけである。普段の政宗であったら、例え相手が見かけ上の礼を尽くそうが、気に食わないものは会うまでもなく完膚なきまでに叩き潰す。会いたくない者には梃子でも絶対に会わない。こんな、国境からの知らせを寄越すようにわざわざ事前に命じておき、到着に間に合うように謁見の準備をいそいそとするような真似は、相手が幸村の場合だけであった。そこの所をとりあえず全部了解して、家臣たちは大急ぎでまだ先ほど転んで泥まみれ砂まみれになったままの幸村を政宗の御前に連れて行った。本当は身なりをきちんとしてから謁見させたいのは山々だが、何しろ今は一刻一秒を争う。幸村の駆る馬の足の速さや行動パターンを熟知している政宗の事だ。少しでも遅れると、何があったのかと問い詰められて、危うくすると大技まで屋敷内で発動されかねず、被害に遭うのは家臣たちなのだ。そしてその機嫌の悪さを直せるのは、竜の右目と呼ばれる腹心の部下片倉小十郎その人か、その小十郎の手に余れば、もう幸村本人しかいない。つまり、早く幸村を連れて行かないと、本当に筆頭の堪忍袋の緒が切れちまう!と、誰もが戦々恐々としているのだった。

 

 そんな家臣たちの都合など知るはずもない幸村は、このように早く通して頂けて恐悦至極だとか何とか言いながら、謁見の間に辿り着いて政宗が来るのを待った。
「筆頭のお出ましだぜ、真田の兄さん。」
脇に控える、いつもの伊達軍の面々がそう呟いて幸村の頭を下げさせた。スパンと小さく快い音がして襖が開き、そして上座に政宗が座った衣擦れの音がした。
「政宗殿にはご機嫌麗しく・・・」
使い古された述べ口上を口にした幸村の声を遮って、政宗が地を這うような声を出した。
「良く来たな・・・と言いたい所だが、今日の俺は機嫌が悪ィ。」
「はっ。」
「んな挨拶どーでもいい。とっととツラ上げて、さっさと用件を言いな。」
「はい・・・」
そう言って、幸村は恐る恐る顔を上げた。すると、
Ha!」
と少しだけいつものように戻った政宗が短く鼻で笑った。
「つーか、なんだよその面!きったねーなぁ。どこぞで転びでもしたか、この間抜け。」
いつもに増して容赦がない。これは思いつく限りの対応をせねば、どうなることやら幸村にも想像ができない。早速、とりあえず今言われた事の事情を説明した。
「これは・・・某、大手門にて先ほど荷を解こうとした処、片倉殿から早速に政宗殿にお会いできると聞き申し、あまりに気が逸り、焦りが足元に及び転んでしまった次第。」
Ha!やっぱりそうか。餓鬼だな。」
さっきは少しいつも通りに戻ったかと思われたが、全くもって進展はない。これ以上、無為な話をしていても埒が明かない。幸村は思い切って、話を進めることにした。政宗の機嫌も悪いが、その原因は自分だと気が付いて幸村も多少は気が急いている。思わず強い口調になってしまった。
「そのような事はどうでもようござる!」
「なんだと・・・?」
さらに政宗の声が低くなり、周りに控える伊達の面々は顔色を無くして思わずうろたえたが、幸村はもはや開き直ったのか、政宗の目を真っ直ぐに見つめたまま、ここに来た理由を滔々と述べた。
「某、政宗殿がお忙しいのはよくよく存じておりまする。奥州筆頭としてこなさねばならぬ執務が山積しておられる事は、手前らのお館様をお側で見ておれば必然と悟れるもの。しかしながら、某、我儘を承知で政宗殿のお返事をずっとずっと心よりお待ち申し上げておりますれば、どうか一言なりともこの幸村に、お言葉を頂戴できませぬか。それとも、某がお贈りした品が、まだこちらに届いておらぬと言う事はありますまいか。」
「テメエの土産は届いたがな、返事を出す謂れはねぇな。」
「なんと・・・!是非にその理の由をお聞かせ願いたく!」
「・・・・・・」
そう言って幸村が深く頭を下げ、そうしてもう一度視線を政宗に戻しても、政宗の仏頂面は変わらなかった。それどころか今度は罵詈雑言すら出ずに無言であった。何よりその膠着した氷のような空気に耐えかねた幸村は、半ば泣きそうな顔になりながら項垂れた。
「やはり・・・政宗殿には某のような一介の武将とも呼べぬ若輩は歯牙にも掛からぬのでござろうか・・・」
「違う。」
「ではこうして参上仕った事も差し出がましく疎ましくお思いであろうか。それならばそうと、是非その一言をお聞かせ願いたい!政宗殿の口からその由お聞きすれば、某もう二度と政宗殿の目の前を煩わせるような事はいたしませぬ。どうか、どうかそのようにお申し付け下され!」
「そうじゃねえっつってんだろ!」
あまりに必死な幸村と、そのどんどん政宗の思惑から遠ざかってゆく言葉に、苛々が募った政宗がとうとう爆発した。本音が漏れてしまったのだ。

 

「うるせぇ!さっきからゴチャゴチャとロクでもない事ばっかり考えやがって!そんなくっだらねぇ事で文を出さないような男に見えるか。この独眼竜を舐めんじゃねぇ!お前は俺のライバルだろう、真田幸村ァ!俺はな、テメエと揃いのモンが良かったっつってんだよ!」

「へ?」

「は?」

「えっ?」

「筆頭・・・」

「ハァー・・・」

空気の抜けたような幸村の声を皮切りに、部屋の中に疑問と溜息と呆れ返った呻きが充満した。そう、政宗は単に、幸村とお揃いの物が欲しかっただけなのだ。しかもよりにもよって幸村から贈られた物は武田信玄と同じ。幸村の気持ちが、信玄と自分を天秤に掛けた時に、同じ重さだと思い込んでしまったのだ。一度そう思ってしまったら、それ以外に考えられなくなっていた。そして、それを許せる政宗ではない。政宗にとって一番重きを占めている者が誰かと言うと幸村である。それならば、その幸村が自分を想う気持ちが飛び抜けて一番であって然るべきなのだ。たとえその気持ちが一位タイでも許せないのだ。ここまで行くと我儘も立派である。が、そこも含めて愛すべき政宗であった。

「ま・・・政宗・・・殿っ・・・!」
呆れ果てた面々とは真逆に、瞳を潤ませて幸村が政宗の名を呼んだ。
『ん?今何か余計な事を言っちまった・・・か?』
と、はっと政宗が気付けば既に時、遅きに失しており、
「むわさむねどのぅぉおおぁあーーー!」
と叫んだ幸村が大喜びで政宗に飛び付いた。一気に殺気立った小十郎と政宗の取り巻き達を完璧に無視して、幸村は政宗の胴に抱き付きながら暑苦しく叫び続けた。
「某、感激にござりまする!政宗殿ぉ!きっと、きっと次こそは某と同じ物をお届けに参りましょうぞ!某、壊れ物は少々苦手にござる故、なにぞ良き物はないかと求めましょうぞ。そして奥州と甲斐、遠く離れておりましょうとも、同じ品を手と手に取り、某が政宗殿を、政宗殿が某を想い起こさせるような逸品を見つけて参りましょうぞ!」
「テ・・・メェ・・・」
そう言って言葉を失った政宗の機嫌は見事に直った。直ったは良いが、照れ隠しのつもりなのか、あろう事か、政宗の手元からチャキッと刃の音がして、次の瞬間政宗の大技が発動された。慌てる伊達軍の面々が逃げ出す間も、小十郎が止める間もなく屋敷が半壊してしまったのであった。

 

それからしばらくして、幸村が預かる上田城に政宗からの包みが届いた。しかし政宗はまだ照れているのか強情を張っているのか、文は付いていない。それでもいかにも政宗らしく、包みの中には土産物と、季節の押し花が差し入れられていた。そしてそれを目の前にしてくるくると上から下から横から眺め倒していた幸村が、天井裏にいるであろう佐助に向かって満面の笑みで零した言葉はこうであった。
「変わった形の湯呑みであるな、佐助。まるで柄杓のような柄がついておるわ。しかもこれはなんとも頑丈そうで壊れにくそうである事よ。それなのにどこか繊細で美しい。何とも政宗殿らしき逸品。有難く使わせて頂こうぞ。」
それは、政宗が小十郎に自分と揃いで購入させた南蛮渡来の湯呑み、つまり早い話がお揃いのマグカップだった。
「うわー・・・独眼竜の旦那も恥ずかしい事やってくれるよねぇ・・・夫婦茶碗ならぬ、夫婦湯呑み南蛮編ってか。かー!やってらんねぇ!」
そう吐き捨てた佐助は、もう二度と幸村と政宗の間を取り持ってやるものかと、明日にでも破られそうな決意を心に刻んだのであった。

 

おわり