土産の心得1 〜竜の巻〜
「政宗様、真田幸村から荷が届いております。」
伊達政宗の居城に、真田幸村からの荷が届いた。もちろん、この城の主、政宗に宛てた物だ。何かしら理由を付けて文を送ってきたり、直接自分が奥州まで出向いてきたり、忍に何かを託したりと様々な事があまり間も開けずに押し寄せてくる暑苦しさに、もうそろそろ真田免疫が出来上がりつつある小十郎が溜息を一つついてから、受け取った荷を政宗の政務室に持ってきた。
「Ha! 何だ、またかよ。アイツもよくやるぜ。」
口ではそんな事を言いつつも、やけに嬉しそうな主の顔を見てしまうと、もう小十郎は何も言えなくなり、両手で簡単に包み込めるほどの小さな包みと文を、政宗にすっと渡した。絹で出来ているであろう滑らかな触り心地の、細かい刺繍のされた真っ白い布地に、幸村を思い起こさせるような深紅の組紐で上方を結んであった。
「Aha! アイツもたまには風流なもんを送ってきやがる。」
渡来の物も好きだが、茶道の嗜みもあり茶器が好きな事でも有名な政宗は、その外観で中身が茶器だと予想して頬を緩めた。いつも幸村が送ってくるものはかなりの勢いで幸村の性格を反映させている。幸村の名誉の為に良く言えば、非常に豪快な品が多い。何しろ甲斐から奥州まで来る道すがらに仕留めたと言って、熊を背負って城までやって来た事すらあるのだ。だが今回はそんな普段の幸村からは想像がつかないほど繊細なものであった。いつもならば、そんな品物はとりあえず置いておき真っ先に幸村の文を開けて読む政宗だったが、物が茶器である事と珍しく美しい外観に、包みを先に開いた。出てきたものは、想像していたよりも遥かに美しい名器であった。見事な漆ぬりの器に、紅く細かい柄を折り重ねるようにした模様が描いてあった。それはまるで紅葉した椛か、燃え盛る焔のようで、そこに抹茶の粉を入れれば、まるで苔むした庭園に真夜中にひらひらと舞い落ちる椛の葉か、煌々と焚いた篝火のように見えるだろう。そこまで思い浮かべ、政宗は満足のため息をついた。そしてニヤリと笑って、それでも要らぬ一言を付け加えずにはいられないのだった。
「アイツが一人でこんな上玉選べるはずがない・・・そうだろう、小十郎。」
同意を求められても困る小十郎は、
「まあ、そうでしょうな。」
などと生返事をし、それを満足そうに聞いた政宗は言葉を続けた。
「そうだろ、そうだろ。きっとあの忍か武田のオッサンか・・・いやそれはないな。武田のオッサンもアイツと同類だ。そうか、あるいは越後の軍神辺りの仕業か。」
そこでやっと政宗は幸村の文を開いた。
そこには政宗の予想通りの訳がつらつらと延べてあった。要約するとこうだ。
『武田の使いとして越後へ赴いた際、上杉謙信殿からもてなしを茶室にて受けた。越後の良い米の粉を使った茶請けの菓子は大変美味であった。だがそれ以上に感動したのは、そこで見た茶器だった。あまりに美しく、茶碗を手に取ったものの茶を飲むのも忘れ、菓子を租借しながら上杉殿の手元の茶器に見蕩れていた。すると上杉殿にその茶器と同じ工の手によるものは城下で手に入る、土産としてはどうかと勧められた。早速教えられた工の住処に行くと、所狭しと同じように美しい品が作られ並べられていた。上杉殿の茶室で見た茶器は深みのある茶色と金箔で形作られていたが、紅い模様の物を見た瞬間、これを政宗殿に贈ろうと思った。これで某を思い出して下さらぬかと。』
まあそんな内容の文が、豪快な字で書いてあった。
「あんのバカめ・・・恥ずかしい事を平気で書きやがって・・・」
そんな独り言を呟き、幸村が好物の甘味をもぐもぐとしながら茶器をほけっと眺めている、そんな姿を想像して笑いを零した政宗だったが、次の一行で一気に雲行きが怪しくなった。
『政宗殿に御贈りしたものは、お館様と揃いの茶器にございますれば・・・』
「きっとお気に召す・・・だとぅ・・・!」
ぐしゃっと文を握りつぶしたかと思うと、突如政宗は立ち上がり、小十郎に命じた。
「Oh
Shit! ふざけんじゃねぇ! 小十郎!」
「はっ、何でございますか。」
「その茶器を二度と俺の目の前に見せるんじゃねぇ!」
「・・・宜しいので?」
「良いっつってんだろ!」
「承知。」
そこまで言って頭を下げると同時に、小十郎はそっと溜息を零した。
『どうせ最後にはあの野郎がくれたもんなんだ、たとえどんな妙ちくりんな物でも大事になさるのに・・・仕方ない、今回もしまっておくか。』
いたって冷静な小十郎とは引き換えに、なかなか機嫌の悪さが収まらず、以後しばらくは小十郎以外の城の者達に恐れられた政宗だった。
つづく |