紅蒼8 〜宵〜
幸村の首に腕を回して政宗がもう一度口付けを強請った。
「いいから、早くヤろうぜ?」
「ま・・・政宗・・・どのっ!」
もう一度、今度は先ほどよりも落ち着いて幸村が唇を合わせると、政宗はうっとりと目を閉じて自らごろりと後ろに寝転がった。反動でつられた幸村が、政宗の唇を追い駆けてその身体に覆い被さると、見事にそれは、政宗を組み敷いている形になっていた。二度目の口付けを解くと、満足そうな溜息を付いて政宗が幸村を見つめた。その視線の淫猥さと妖艶さにごくりと咽喉を鳴らした幸村だったが、急に何かを思い出して口を開いた。
「その、政宗殿・・・」
「何だよ。この期に及んでまだ何か言う気かテメェ・・・」
自らの身体は組み敷かれ、頭のすぐ横には幸村の腕がある。鼻先ほんの一寸ほどのところに幸村の顔があり、その熱き吐息が政宗の頬にかかりそうであった。それなのに、まだ何か幸村はうだうだとしている。思わず苛立ちが先に来て、政宗は潤んだ隻眼で幸村を睨んだ。ところが当の幸村は至極真面目な顔をしており、眉根を寄せて必死に何かを我慢している様子であった。何をしているんだと思っていると、幸村がおずおずと話を続けた。
「その、某・・・何分その方の道には詳しくござらぬ。閨の作法は聞き及ぶ所なれど、今宵の様になってしまう事もこの幸村、生まれて初めて。それ故・・・政宗殿に不快と思われる事あらば、即刻やめ申す。言って下され。」
「Ha!何だ、そんな事かよ。ヤってもいねえ前からごちゃごちゃと言い訳してんじゃねぇ!」
「然れども!」
それでもまだ追い縋る幸村に、政宗は優越感に浸りながらニヤリと笑って
裾が肌蹴た足を幸村の腰に絡めた。
「いいんだぜ、真田幸村。この身体の一つや二つ、お前にならやってもな。」
それは政宗なりの極上の誘い文句だった。しかし幸村の思考回路は刃を交えていない時にはやはり政宗にも不可解だった。滾っている様子はそのままに、しかし急に真剣な表情になって幸村が厳かに言った。
「なんと・・・政宗殿!某、至極の窮みにござりまする!しかし、御身を大切にして下され。そのお体、たった一つしかござらぬかけがえのなきもの。某などにやるやらぬと、軽々しく口に出されるのは如何なものか。その御身は伊達のもの、奥州全ての民のものにござる。斯様な事になっておるのも、ひとえに政宗殿の御慈悲あればこそ。某は、そのお心に甘んじておるだけ。」
「うるせえ!」
今度こそ癇癪が大爆発した政宗は、言うつもりのなかった科白を大声で宣言してしまう事になってしまった。
「俺も好きだっつってんだろうが!テメェに、そう、そこのお前だ真田幸村ァ!自ら俺が、この独眼竜が身体を差し出してんだ!男なら、有難く全部ひっくるめて持って行きやがれ!」
「政宗殿・・・!」
全部言い終えてから、はっと政宗が口を拳で覆ったが、もうそれは後の祭りであった。隣の間では平常心を保っていた小十郎が思わずピシッと固まり、天井裏では佐助が死にそうな顔をしてがっくりと肩を落とし、そして幸村は感激に身を震わせて政宗を力いっぱい抱きしめた。
「政宗殿ぉぉおおおーー!」
「Ouch!痛ぇ!こんの、バカ野郎・・・!それにさっきからずっと足にアンタのが当たってんだよ!我慢できる訳ねぇだろうが!」
抱きしめられつつも、減らず口を叩かずにはおられない政宗に、幸村はまたもや大声で宣言した。
「それでは一時その御身体、真田源ニ郎幸村が頂戴致す!」
秘め事とはこれ如何に。大音量の遣り取りは、すっかりあちらこちらに筒抜けなのであった。
つづく |