紅蒼7 〜佐助の災厄〜
「Han!情けでないとこの独眼竜が受け入れねぇとでも思ったか真田幸村ァ!」
政宗の寝所に、今度は政宗の声が響く番だった。それはまるで佐助の想像した方向とは全く待って本気で百八十度逆のものだった。
「そそそ、それは・・・!」
今度は逆に幸村が驚く番だった。もちろん幸村とて、最初の一言でバサラ技をくらっても良いくらいの心意気はあった。それがどうだ。何か、自分の都合の良い様に解釈しそうになる政宗の言葉だ。そうしてぐらりと揺れた何かが幸村のなけなしの理性を突き崩そうとしていた。
「この独眼竜をみくびってもらっちゃ困るぜ。言いたい事を言いな。」
「・・・分かり申した。」
今度は布団の上に、政宗に近すぎるほどの場所に、幸村は正座して座り直した。
「政宗殿!」
「おう、何だ。」
「某の想い、政宗殿の全身をもって受け入れては下さらぬか!」
「Year、いいぜ。」
「は・・・今何と・・・」
鳩が豆鉄砲食らったような顔をして驚いた幸村が目を見開いた。しかし、驚いたのは幸村だけではなかった。
「マジかよ!」
と、思わず天井裏でツッコミのポーズを決めてしまった佐助も相当に驚いた。驚いていないのは、常日頃から激しすぎる執着と惚気を耳にタコが出来るほど聞かされていた、隣の間に控えている小十郎だけだった。
「いいって言ってんだ。ヤろうぜ。」
余りに直接過ぎる政宗の言葉に、ぶばーっと鼻血を噴き出しそうになってぐっと堪えた幸村が、耐え切れずと言ったように低い声を出した。
「ま・・・真にござりまするか、政宗殿・・・!」
「Shut
up!うるせえ!武士に二言はないぜ!」
そう言ったかと思うと、政宗は幸村の夜着の胸倉を掴み、そしてその唇に噛み付くようにして口付けた。
「ま・・・まさ・・・んん!」
最初こそ政宗に先導されたものの、一度その熱い唇を合わせてしまうと、幸村は止まれなくなった。がしっと政宗の首の後ろに手を回し、立派な男で背丈は高しと言えども幸村より華奢なその身を自らの方へ引き寄せて思う存分に政宗の口腔内を蹂躙した。
「ン・・・」
もっと深く、もっともっとと政宗の舌を追いかける幸村が角度を変えるために合わせた唇を束の間離すと、その合間に零される政宗の吐息は信じられないほどに艶かしかった。耳から入るその刺激に、幸村は脳天がくらくらと痺れるような心持がしていた。
「っ!政宗っ・・・どの・・・!」
「んん!ゆ・・・きむ・・・!」
口付けに没頭していた幸村には、政宗を気遣う余裕はなかった。余りの口付けの激しさに、息すら出来ずに次第に力が抜け、思わず幸村の夜着を握り締めて凭れ掛かってしまった政宗が苦しそうにその胸元を拳で叩くまで、それは延々と続いた。
「く・・・るし・・・」
「はっ・・・!」
本気で苦しそうな政宗の声に我に返った幸村が、跳ねる水音をたててその唇を離すと、自らの腕の中にくったりとした政宗がいた。政宗の目元は紅く染まり、上気した頬はやけに艶やかで、そしてほうっとついた吐息は満足げであった。
「Good・・・そういうHotでCrazyなところも、嫌いじゃないぜ真田幸村・・・」
「ほ・・・くれ・・・でござるか?」
「あー、何でもいいから続けやがれ!」
さっきまで己の唇に喰らい付いていた男と本当に同一人物かという程にきょとんとした幸村の瞳はどこまでも純粋で、一気に恥ずかしくなった政宗はガシガシと頭を掻いて幸村の首に両の腕を回した。幸村がそれで困るはずがない。
「政宗殿おおぉおおー!」
むしろ大感激と言った風に叫びながら、幸村は政宗に抱きつき返したのであった。
さて、ほとほと困り果てたのは、今回の騒動、恐らく一番の被害者である佐助であった。
「つーか右目の旦那、止めなくていいの?そんな近い場所で冷静な顔しちゃってさ!ねえってば!聞こえてるんでしょ!って俺もか。いいのか俺!?ていうかこれ止めずに見てなきゃいけないの?ねえ、片倉の旦那ぁ!本気でどうにかしてよ!いいの!?アンタの主人、うちの暑苦しいのにヤられちゃうよ!?つーか旦那がヤる方なの?ねえ真田の旦那、もしかしてアンタ一国のお殿様捕まえてそんな事ヤっちゃう気!?うわーーーーー!どうしよう!どうしようー!!どうやってお館様に言い訳すりゃいいんだ!て言うかそもそもこれ、俺見てなきゃダメなの?そんな拷問耐えらんないよ!でも、でも万が一、同盟国の城で旦那が暗殺・・・とか言う事・・・ある訳ねぇよ!ある訳ないじゃん!だって相手はあの独眼竜だよ!?卑怯な事する訳ないじゃん!ねえ、だから俺、ここから居なくなってもいいかな!いいよね!?」
しかしそれに答える声はもちろんあるはずもなく、涙声になりつつある佐助を完全に無視して、佐助と同じ立場であろう小十郎は隣の間で目を瞑って行く末だけを見守る覚悟を静々とするのみであった。
つづく
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