紅蒼4 〜ある忍の災難〜

 

「佐助、佐助はおらぬか。」
一人ではどうしようもならず、政宗も怒らせてしまった。もう本当にどうしたら良いのか分からない。そこまで煮詰まってしまった幸村は、こう言った時に最も頼りになるであろう佐助に助けを求めようとした。ところが――配下の者達が一体どこから入り込んでいるのかいつも不思議なのだが――天井裏から佐助以外の声がした。確か真田忍隊の三番手に位置する者だと幸村が記憶している忍だ。
「はっ、隊長はただ今、伊達政宗殿の命により、甲斐へ向かっております。その間、私めが・・・」
「よい。」
「は?」
せっかく呼ばれたので、佐助のいない間にも何か主人の為に為せる事はないかと張り切って答えようとした忍に、幸村の言葉は理解し難かった。
「佐助はおらぬのだな。ならば、もう下がってよい。俺は少し頭を冷やしてくる。おぬしもちと休むがよい。」
「はっ、有り難き幸せ。しかし、隊長から決して幸村様から目を離すなとの厳命が出ております。」
飄々として頼りにならないようで実は本人よりもずっと幸村の事を良く分かってくれている佐助だが、こう言う心配性な所はまるで口煩い母親の様であった。さっき自ら佐助に頼ろうとしていたにも拘らず、幸村はそんな自分の都合は棚に上げて、佐助には届かぬぼやきを零した。
「佐助め・・・余計な事をしおって・・・。よい、佐助には俺から伝える。おぬしを咎める事なきよう言い聞かせる故・・・」
そしてふうとため息を一つつくと言葉を続けた。
「一人にさせてくれ。」
「しかし・・・」
それでもまだ長の命を守ろうと、否、幸村の身を慮って忍が食い下がろうとしたが、幸村の一段冷えた声が忍の反論を打ち砕いた。
「それとも俺が一人になるうち、この伊達殿の治められる奥州にて襲われでもして死ぬると申すのか。」
普段は焔が燃え滾るような気の持ち主が、静かに怒る時ほど恐ろしい物はない。武具など何も持たないのに、冷えて押さえられた若き甲斐の虎の声に、百戦錬磨の忍と雖も思わず腰が引けてしまった。
「そ・・・そのような事は決して!」
「ではよかろう。」
そう言うと、幸村は忍の気配のある方向にくるりと背を向けて立ち去ろうとした。そしてふと立ち止まり、忍に低い声で釘を刺した。
「おぬし、付いて来るでないぞ。俺には分かる。努々忘れるな。」
「・・・畏まりました、幸村様・・・」
主が心配なのが半分、久方ぶりに聞く幸村の命に戸惑うのが半分で呆然とする忍を一人残し、幸村は城を出て何処へかと消えた。

 

つづく