紅蒼2 〜Letter

 

奥州に着いてから今まで、幸村は決して政宗の施政の邪魔をしようとはしなかった。それどころか、これが本当に紅蓮の鬼かと疑いも抱かせるように大人しく、たまに道場やら庭やらで鍛錬に励んでいる所に辛うじて戦場での覇気を思い起こさせるくらいだった。それ以外にも、城下町に出かけて甘味を食べてみたり、女中達が諸事情で城に連れて来ている子供達と全力遊んでみたりとそれなりに何事かは為している様なのだが、そこには政宗の姿はない。幸村は、奥州に来てからほとんど政宗と接触をしてこなかったのだ。もちろん政宗は城に居ればやらねばならぬ事は山のようにあるし、小十郎を中心とした家臣達にそれを放り出させてはもらえない。だが、政宗にしてはそれが当然面白くない。せっかく奥州のこの地に幸村が居ると言うのに、全く幸村と接点の取れないまま何日も経ってしまっていた。このままではろくに話もできぬまま幸村を甲斐へと呼び戻されてしまう。そんな焦燥に駆られた政宗は、思い立ったが吉日と、急ぎ何やら紙に書き付けた。そして側に小十郎を伴い、必ずそこらにいるであろう真田忍隊、長、猿飛佐助の微かな気配を探って呼んだ。
Hey!幸村の忍。」
「・・・・・・」
「そこにいるんだろ。分かってんだよ。」
ゴスッと佐助の足元で音がした。政宗が壁に掛けてあった飾り槍の先で天井を突いたのだった。
「うわっ!あっぶねー、あっぶねー。危険なことしてくれるね、独眼竜の旦那。せめて柄の方にしてくんない?あと、槍に変に回転かけないでくれる?あー、もしかして真田の旦那の真似?あーあ、綺麗にに穴が開いちゃったよ。」
手首で利かせた槍の回転のせいで、天井には丸く綺麗に焼け焦げた穴が開いていた。そして声と一緒に、だが物音も衣擦れの音もなく、一人の忍が政宗の居る廊下に降り立った。
Ha!柄なんかでつついたってテメエは降りて来ねぇくせに。」
「あーらら、良く分かってらっしゃる。怖いねぇー。」
「無駄口叩いてんじゃねぇよ。おい、小十郎。」
「はっ。」
懐からひょいと綺麗に折りたたまれた書状を出した政宗は、当たり前のようにそれを忍本人ではなく小十郎に手渡した。小十郎はそれを恭しく受け取り、そしてすぐ側に立つ佐助に差し出した。
「・・・何これ。」
「俺から武田のオッサンへのLetterに決まってんだろ。」
「え?でも、同盟の書状の返事はもうとっくに届けたよね。しかも俺様指定?」
「あっちのは奥州からの総意としての返事だ。こいつは俺の、この独眼竜政宗から武田のオッサンへの急用だ。愚図な奴等には運ばせられねぇ。アンタを真田幸村の一番の手下と見込んでこいつを運んでくれっつってんだよ。大人しく運びな。」
人を伝えて物を渡す所はいかにも一国の主であるのに、筆はまめ、そして決して敵国ではなくなったがあくまで他所の忍を平気で使おうとする。伊達政宗、よく分からない人物だと佐助は思った。そして、その政宗に惹かれてやまない自らの主と、同じように主に惹かれている政宗。どちらも佐助の様々よぎる思いの範疇外であった。幼少から幸村を見てきただけあって、何やら複雑な心境ではあったが、多分それは政宗の側に立っている小十郎も同じだろうと瞬時に悟り、佐助は頭を振って要らぬ考えを飛ばした。
「はぁ・・・どうしてこう、真田の旦那の周りはみんな忍使いが荒いのかねぇ。」
Hush!」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、運ぶのか、運ばないのか。」
政宗がそれ以上口汚い異国語を叫びだしそうになる直前に、絶妙の間で小十郎が佐助に詰め寄った。
「分かった、分かりましたよ、右目の旦那。そんな怖い目で見ないでよ。ちゃんと運びますから。」
ひょいひょいとあっという間に消えかけた佐助の声がどこかから聞こえた。
「あ、そうだ。俺様の換わりに一人忍置いとくから。そいつの事、串刺しにしないでよ。」
「・・・する訳ねぇだろ・・・ここをどこだと思ってやがる。」
呆れた政宗の呟きは、全速力で城から離れつつある佐助の耳には届かなかった。

 

つづく