筆頭の優雅な一日 6 ろくに味も分からなかった朝餉が済むと、政宗は腹がこなれるまで数服煙草をふかした。ここまでが政宗の主な自由時間だった。後は執政が山のように待っている書院へ行かねばならない。いつもならば、気に入りの葉の香りを楽しめばさてやってやろうかと言う気分にもなるのだが、今日はどうにもやる気が出ない。それもこれも小十郎のせいだと、自分の所業は棚に上げ、政宗はカンッと音を立てて細身の煙管から灰を落として立ち上がった。 「Hey! 誰かいねえか。刀持って来い!」 こんな時は身体を動かすのが一番だ。 「はっ。ええと、筆頭、あのぅ、木刀ではないので・・・?」 小十郎から、庭やら城やらを壊すからと、政宗の鍛錬は木刀でやらせるようにと言われている家臣は恐る恐るそう聞いたが、政宗は承知しなかった。 「Ah? 真剣に決まってんだろ?」 何もかもを忘れて一刀に神経を注げば、自ずと浮かんでくるのはあの心地良い燃え滾る覇気だ。紅蓮の焔にこの身を焼かれる瀬戸際を思い浮かべ、真剣を振るう時だけは、全ての柵から開放される。政宗は、長じてからは自分が不自由だとも息苦しいとも感じた事はなかった。だが、幸村に出逢ってからは何かが変わった。あの焔が胸を焼き、心を躍らせ、魂を奮わせた。溢れ出る感情は止まるところを知らず、自分で自分が制御できないほどに昂らされた。激情は政宗の中に最高の雷を産み落とし、それが身の裡から溢れて剣戟に宿った。 真剣を政宗に届けに行った家臣を見かけてしまった小十郎はふうと溜息をついてそっと鍛錬の様子を見に行った。また城を壊されでもしたら頭の痛い事態になるのは間違いないからだ。そして何かがあればすぐに政宗を止めるためだ。しかし、小十郎は政宗の余りに真摯な姿に何も言えなくなってしまった。最初は確かに苛々する何かを消そうとして刀を振るっていたはずの政宗だった。もしそれだけならば、小十郎はまた説教をしただろう。しかし、今刀を振るう政宗の目は澄んでいた。まるで高僧が悟りの境地にいる様な、何かをつき抜けた純粋な気で満ち満ちていた。所作の一つ一つが研ぎ澄まされ、近くにいるだけで肌が痺れるほどの高揚を覚えた。思わず息を詰めてその姿を凝視してしまっていた自分に気が付いた小十郎は、ふっと息を吐いて首を軽く振った。 『真田にまた一つ、借りが出来ちまったみてぇだな・・・』 この分では、もう物を壊す心配も、政務を投げ出して逃げ出す事もないだろう。そう確信を持った小十郎は、満足そうに、しかしほんの少しだけ寂しさを滲ませて何も言わずにその場を後にした。 つづく |