筆頭の優雅な一日 

 

気が済むまで、とは言っても三から五服程度の煙草をふかすと、政宗はそのまま夜着に羽織を肩にかけただけで閑所(*5)に篭った。普段はここで読書や漢詩を作ったり、のんびりと朝餉の献立の指示をしたりするのだが、今日はやる事がある。幸村への手紙の返事を書く事だ。ここに篭るのは一刻までと決めてある。そうでないと厨の者が困るし、朝餉のご相伴衆も登城してしまう。故に政宗は、とっとと本日の献立を指示した紙を書き上げてしまうと、厨へと献立を持ってゆく家臣が控える室へと繋がる小窓からその紙を落とした。時を見計らっていたかのように隣の室で気配が動いたかと思うと紙を拾い上げる微かな音が聞こえ、軽い足取りが遠ざかっていった。さて、これで今朝の仕事は済んだ。他に今、書き上げてしまわなくてはいけないような物もない。漢詩や詩歌の練習もとりあえず脇へ置いておき、政宗は幸村への手紙へと向き直った。

 

粗方先ほど床の中で返事の内容を考えていたはずなのに、いざ書き始めるとどうも上手くいかない。焦れば焦るほど、良くない出来のような気がして、政宗は書いては丸め、丸めては捨て。捨てては拾い、拾っては捨てての繰り返しで、閑所の中は幸村に宛てた書状でいっぱいになってしまっていた。

Damn!」

上手くいかない苛立ち紛れに、筆を投げて寝転がったが、何しろ狭い。後ろの棚に何かを引っ掛け、バラバラと書物やら何やらが落ちてきた。

「っ!」

トスッと頬の脇に刺さった小刀を危うい所で避けた政宗は、こんな事をしていてもしょうがないと開き直り、ふうと溜息をついて起き上がった。そこでもう一つ悪態をついた政宗は

「こんなにオレを苦しませた礼をしてやらなきゃな。」

そう呟いて、幸村が最も苦手とする返歌の必要そうな和歌を一つ返書の最後にしたためて出す事にした。まあ、中身は

『なかなかアンタに逢えなくて寂しいぜ。早く来ねぇと冬になっちまうぜ?』

とか言う蕩けそうな内容の歌ではあったのだが。それはさておき、どうにかこうにか返事も書き終わった。もうそろそろ、この部屋を出る時間だ。行水役の小姓が迎えに来たのであろう足音が聞こえた。部屋の中には書き損じた紙が大量に転がっているが、それを片付ける気にもなれなかった。政宗は文机の上に返書の完成品を乗せると、そのまま閑所を出て行ったのであった。

 

 さてここでの被害者は今日の閑所の清掃役だ。清掃役は、入った瞬間に呆れ果てる事になった。出すべき書状が文机の上に置いてある。それはいつもの事だ。違うのは、その書状がやたらと気合の入った流麗な文字で書いてある事、しかも紙に香を焚き染めたものであるという事、部屋中に大量の和紙が丸めて捨ててある上に、何だか荒れた様子である事であった。基本的に政宗は几帳面で、こんなに部屋を汚いままにする事はない。書状の宛名は、信州上田城主真田源次郎幸村殿。これは一応片倉様に言っておかねばなぁと、軽い溜息をついて、慣れた様子で丸めて捨てられた紙を拾い始めた清掃役であった。

 

つづく