注:このお話は、サナダテ大前提ですが、佐助→幸村風味を含みます。また、バサラ2の「蒼紅一騎討ち」のお話ですので、幸村が必ず負けます。苦手な方はご注意下さい。 

 

現世 3

 

 それは、美しい世界だった。紙一重で命を奪い合う刹那。ほんの薄皮一枚分刃が近ければ、瞬時に命を落とす。渾身の力を込めて振り下ろす鋼と鋼が火花を散らす。月光に閃いた切っ先が光を放つ。それに加わる、純粋な殺気。ぞくっと何かが背を貫くような、強い幸村の視線。眩暈がする程の、強烈な陶酔感。

『ああ、これなのかな。』

と、佐助は思った。

『なんてきれいなんだろ。この瞬間がいつまでも続けばいいのにって、竜の旦那が思っちゃうのも無理はないのかな。』

佐助は恍惚としていた。手が、足が、勝手に動く。今まで何度も何度も手合わせしてきたのに、ここまで幸村という存在そのものを感じる手合わせはした事がなかった。知り尽くした槍の切っ先と自分の武器の刀身が交わる瞬間が永遠にも思えた。強烈に、独眼竜への嫉みが湧いた。心の底から、羨ましいと思った。こんな瞬間を出会ったその時から、そして多分どちらかが死ぬまでの時間、ずっとずっと独占できる独眼竜が。だからこそ、どうしても分からなかった。

『俺は嫌だな。旦那と自分と、どちらかが死ぬ運命だなんて。どうしてもそうしなくちゃいけない訳でもないのに、自らで死ぬ定めを決めるなんて。どうせなら一緒に生きたいよ。真田の旦那と一緒に、さ。忍なんだから、そんな事、今まで考えちゃいけなかったし、考えないようにしてきたけど・・・。本当に、生きてくれればいいのに。ずっとずっと、俺なんか要らなくなるくらい平和になるまで、ずっと。ああ、それが無理なら一緒に死にたいよ。ねえ、真田の旦那・・・分かってはくれないだろうけど。俺が真田の旦那と独眼竜の気持ちが分かんないのと同じくらいに。』

佐助はそこまで考えて、はっと気が付いた。分からない所が、独眼竜との違いだと思い知らされた。そこまで佐助は幸村に同調できない。完璧な波長の同一が起きてしまったのが独眼竜なのだ。そう思ったら、最後に残った身内と主従という優位な場所があっても、幸村の心の中の何か大事な部分を奪うには勝ち目がなくなったような気がした。最初から、負けていたのかもしれない。そう思い知らされて、佐助は血が頭から引いていくのを感じた。ふっと足元が暗くなり、深淵に吸い込まれていくような気がした。その瞬間、佐助の武器がガキィッと嫌な音を立てて手から離れた。

「っつー・・・」
腰から地面に叩きつけられる痛みで、佐助は我に返った。
「おぬしの負けだ!佐助!」
そう言って、槍を佐助に突きつけたまま、幸村は笑った。純粋な笑みだった。真っ直ぐな曇りのない瞳。鬼と騒がれようと、虎と恐れられようと、それは大事な大事な主の美しい姿だった。
「あーあ、負けちゃった・・・」
とうとう溢れかけた涙を隠そうと、佐助は右手を土について空を見上げた。そこにはまた、下弦の月と幸村。もうこれ以上その双方の輝きを見ていられなくて、左手で目を覆った。

 

 静寂と無言の時が過ぎる。佐助の涙が乾いたのを見計らったように、幸村が槍をそっと下ろして佐助の側にしゃがみ込んで静かな声で話しかけた。
「佐助、俺は大丈夫だ。」
「その根拠は?」
思わず手を目から剥がして睨みつけるように幸村を見てしまった。感情の隠せていない声。こんなのは決して自分ではないと、佐助は頭の片隅で思ったが、それを考慮できるほど、今は自分を制御できなかった。
「大丈夫だと、今ここで約束しようぞ。だから、大丈夫。泣くな、佐助。」
ばれている。これではどちらが幼子の様か分からない。かっと顔が赤くなった佐助をからかう様に、幸村はふっと大人びた笑いを零して言った。
「今宵は、佐助の色んな顔が見られた。」
そう言って、幸村はもう一度輝く月を見上げた。
「機は満ちた。明日に備えねばな・・・。待っていて下され、政宗殿。」
もう、幸村は佐助を振り返らなかった。静かに寝所に入り、カタリと障子が閉められた。そして後には、静かな呼吸しか聞こえなくなった。その空間を、佐助はいつまでもいつまでも見つめていた。

 

つづく