注:このお話は、サナダテ大前提ですが、佐助→幸村風味を含みます。また、バサラ2の「蒼紅一騎討ち」のお話ですので、幸村が必ず負けます。苦手な方はご注意下さい。

 

現世 2 

 

「佐助。」

しばらく月を見ていたかと思ったら、幸村が佐助を呼んだ。低く、囁くような声だった。全身を貫くような痺れが、佐助を襲った。ああ、これが最後かもしれない。そう思った途端、佐助は泣きそうになった。目の奥がズキリと痛んだ。忍となってからずっと忘れるよう定められた感情だった。それでも佐助はそんな自分をぐっと堪え、音もなく幸村の足元に舞い降りた。
「なあに、旦那。眠れないの?」
幸村の目を見ないように、佐助は殊更明るい口調で、やっとの事でそれだけ言った。少しだけ目を瞬かせた幸村が、今度は少しだけ微笑んでそれに応えた。
「そう・・・だな。いや・・・月があまりに美しいから・・・まるで政宗殿のようだ。」
そう言って幸村は、ほうっと満足そうな溜息をついた。先ほどの佐助と正反対の感情が込められた吐息だった。今度は、佐助の胸の奥が鈍く痛んだ。佐助の表情には何の変化もなかったはずだ。それなのに幸村は、まるで獣のような六感で何かを感じ取ったのか、少しだけ眉を顰めて寂しそうに笑って言った。
「そうだ佐助。手合わせをしよう。」
それが佐助を慰めるための、最後の戯れのようで、佐助は益々心の行き場がなくなりそうだった。しかし口調だけはいつもの通り。それがすっかり身に染み込まされた忍の性だった。
「いいよ。得物は何にする?俺様ってば優秀だから、何でも大丈夫。」
「うむ、いつも使っておる手裏剣で良い。」
そう幸村が言うのは珍しかった。大抵、槍か、日本刀か、はたまた独眼竜に化けて六爪か。そのどれかが佐助と幸村が手合わせする時の常であった。
「いいの?独眼竜の旦那に化けなくても。」
「良い。今宵は佐助と手合わせがしたい・・・昔みたいに・・・な。」
卑怯だ、狡い。瞬時に佐助の頭の中はそんな言葉で埋め尽くされた。明るい口調を作ることも、表情を繕うことも、声を出すことさえできなくなった佐助は、くるりと幸村に背を向けて、いつものように縁側を降りて、少し広くなっている庭で手に馴染みすぎて同化しているほどの武器を構えた。

 

きっと、今の自分は完全な無表情になっているのではないかと佐助は思った。まるで忍の仕事中のような。もちろん、幸村のお使いのような仕事の最中ではない。甲斐の虎に極秘裏に頼まれる暗殺の仕事中のような顔だ。感情を押し込めた、顔。しかしいつもと違うのは、目に要らぬ光が入ってしまう事だった。真田幸村という大き過ぎる光が。ぐわんぐわんと、頭を感情という名の鼓動が殴りつける。そんな事を今言うなんて、酷過ぎる。今さらどうしてそんな事を言うのか。どうしてそんなこれが最後みたいな事を幸村が言うのか。きっとこれが最後だと、半ば確信している佐助に追い討ちをかけるような事を言うのか。そんな事を言われたら、どうしても明日行かせたくなくなるではないか。佐助にはそんな事、絶対にできるわけないと知っているのに。佐助に、本当の幸村の望みを妨げる事などできないと知っているのに。それでも言うのか。懐かしむような事を。これが最期と。

 

ぎゅっと一度目を瞑って、佐助は武器を握り締め過ぎて血の気が遠ざかり、白くなってしまった手を少しだけ緩めて振り向いた。
「さあ、真田の旦那。」
「うむ!いざ参る!」

つづく