注:このお話は、サナダテ大前提ですが、佐助→幸村風味を含みます。また、バサラ2の「蒼紅一騎討ち」のお話ですので、幸村が必ず負けます。苦手な方はご注意下さい。

現世 1

 

 決戦前夜は、佐助にとって厭になる程に美しい下弦の月が煌々と輝く宵だった。まるであの男の金色に輝く前立てのようで、佐助はそっと、溜息にもならぬほどの微かな吐息を漏らした。

 

決戦とは言っても、天下分け目の武田と伊達の決戦ではない。幸村と政宗のたった二人だけの戦い、詰まる所、一騎討ちが明日行われる。だが、事実上それが天下の趨勢を左右する、少なくとも東国の勢力図を塗り替える戦いになる事は誰がどう考えようが自明だった。政宗が勝てば、武田は幸村と言う大きな戦力をごっそりと削がれ、また真田という智謀と忠節に満ちた一族の血を失うという痛手を蒙る。それにより、東国での力は縮小し、四方全てを他国に囲まれた甲斐は天下取りから大きく後れるだろう。幸村が勝てば、伊達は君主を失う。伊達には跡継ぎがいない。そして現伊達当主以上の戦力もない。そんな事になれば、天下取りどころか、奥州で内乱が起きる可能性は相当に高まり、一気に衰退の一路を辿るだろう。その時どちらの方が決定的な破滅に向かうかと問われれば、明らかに伊達の方だ。佐助からすれば、幸村と政宗、どちらが重いものを背負って自分の望みとその行く末を見ているかなど、一目瞭然だった。その点において幸村に勝ち目はない。本人達、特に幸村は勝負をする事そのものに重きを置いているが、傍で見ている者としては、何が何でも勝たなくてはならないのは政宗だろうと思わざるを得なかった。

 

実力は拮抗しているかのように見える。佐助には幸村に対してどこかしら親心のようなものがあり、自らの主を持ち上げたくはなるし、実際に幸村は強い。しかし、佐助には分かっていた。いつも竜は余力を残しているという事に。戦いの最中にさえ見せるあの皮肉な笑顔は、たとえそれが姿形だけのものだとしても、それを演じるには余裕が必要だ。その上、今回はいつもの中途半端な戦いではない。全ての条件は揃い、邪魔者は何もなく、完璧なほどに機は満ちている。つまり正真正銘、命を懸けての一騎討ちだった。そう思いたくはなくても、どれだけ幸村を信じたくても、悪い方向にしか的確なる予想という名の想像が出来ないのだった。

 

月が浮かぶ空を、屋敷の屋根の上で見ていた佐助がふと視線を下ろすと、カラリと障子が開いてその部屋の主が現れた。佐助は最初、幸村が興奮して眠れていないのかと思った。まだやっぱり子供だなぁと思って、佐助は少しだけ微笑んだ。そして先ほどまでの暗い思いから浮き上がらねばと幸村をからかおうとした佐助は、しかしそこに常とは違う主を見た。今宵、幸村が纏う空気はあまりに静謐で、まるで別人のように見えた。燃える魂はその身の裡に秘め、それが透き通って見えてしまうのではないかと心配になるほどに気が凪いでいた。いつもあれほどまでに騒がしく、己の魂が燃え滾る様を叫ばずにはいられない幸村からは想像もできないほどに全てが静かで、佐助は声をかけるのさえ忘れて、幸村に見入ってしまった。美しい。極限まで高められた精神と肉体は、そこに存在しているだけで、涙が出るほど美しかった。

 

 

つづく