The International
「雨の日に人が持ってる傘を見るのがオレの趣味なんだけど、日本はなんでああもスケルトンの傘ばっかもってる奴らばっかりなんだ?流行なのか?」 ――グレンのいつもの突拍子もない質問に、隆夏(りゅか)はふっと遠い目になった。 【アンブレラパレード】 「あ、お前呆れてるな?いいだろ別にガイコクジンのオレがどうしようもない質問してたって」 「…一応どうしようもない質問だってことは解ってるんだな」 隆夏はふっと力ない笑みを浮かべる。それがグレンの嫌いなタイプの笑みだと解っていて、だ。 グレンと隆夏は今最も売れてきているモデルで、お互い同じ事務所に所属している事もあってか色んな国を一緒に回る事が多い。今回も東京コレクションに起用されることとなり、一緒の飛行機で一緒に来た所だった。日本人離れした体躯ではあるものの一応日本国籍を持つ隆夏は、初の来日であるグレンにどうしてもと頼まれ今日は都内観光に付き合ってやっていた。 今いるのは浅草周辺の下町をぶらぶらしていて見つけた茶屋で、のんびり2人で人形焼と茶を飲んでいる。グレンは緑茶より餡の入った人形焼がいたく気に入ったらしく笑顔で口に運んでいた。 「そーいう所がリュカの日本人っぽい所だよなー。嫌いじゃねえけど。で?オレの質問に対するアンサーは?」 はきはきと喋るグレンの言語は勿論英語だ。一応はイギリス英語らしいのだが、小さい頃親の仕事の都合だかで色々な国を渡り歩いたせいで訛りや特徴は殆ど消えていた。そんな癖のない英語は隆夏にとっては聞き取りやすかったが。 ――まぁ、声が大きめなのも英語圏の特徴みたいなもんだから注意はしないでおこう。 元から目立つグレンと隆夏が英語で話しているとあらば、ちょっと英語をかじってる人間だったら聞き耳を立ててグレンの質問に内心笑っているに違いない。だが、そこをいちいち言っても日が暮れるのが早いだけ、と隆夏は久し振りに飲む緑茶を味わってから口を開いた。 「…あの傘はコンビニエンスストアとかで一番安く手に入る傘だから、急な雨の時は皆そういうのを持つんだよ」 「コンビニエンスストアってさっき行ったところか…ああ、そういえば売ってたな。へえ〜、安いからってのが理由な訳か」 「それに盗まれてもさしたる痛手じゃないし」 その言葉にグレンは目を見開いて見せた後短くヒュウとわざとらしい口笛を吹いた。 「最近は日本も犯罪多いんだってなぁ。オレも財布気をつけよう」 「お前みたいな大男が盗まれたら滑稽だな」 くくっと笑って返すと、「なんだよ」と睨まれた。本気じゃないという事位お互い解った上でのやり取りは気が楽で面白い。 「別に心配しなくても外国人観光客目当ての犯罪は余りないから大丈夫だ」 「お、珍しいねそんなこといってくれるの」 「俺はいつでも優しいだろ」 「あはは。…知ってるよ」 グレンの笑顔が明るいものから優しいものに変わる。そのままじっとシーグリーンの目で見られると視線を逸らしたくなって、隆夏は眉間に皺を寄せた。 「緑茶、苦いのか?」 見当違いのグレンのボケに隆夏はふぅ、と小さく溜息をついた。 「いや。グレンはいい男だなあと思ってね」 「ん?!それはついにオレに惚れたってことか?」 「……おめでたい奴」 久し振りの上等な玉露を飲み干して、隆夏はさっきよりもよっぽど深い溜息をついた。 グレンが隆夏に告白してきたのは、約一年ほど前のことだ。 白に近い金色の髪と印象的なシーグリーンの瞳、という、神話に出てきそうな色味を持ったグレン。 濡羽色の髪と鉄のように強い濃灰色の瞳を持ち、西洋にない淡白さを持った隆夏。 こんな対照的な2人が出会ったのは初めて仕事を共にした時、撮影現場での顔合わせの時だった。その時彼らを起用したブランドのコンセプトは「イースト・ミーツ・ウェスト―西に出会う東―」というもので、2人が全く左右対称のポージングをしながらも、服装が東洋風から西洋風へとグラデーションのように変化しているというものだった。コンセプト自体はチープな気がしたが、東西のバランスとモデルのおかげでブランドはそのシーズン大いに人気を博した。 それから、2人はこぞって色々なショーへ出ることとなった。小さい頃からモデルをしていたグレンにとっては大したことではないのかもしれないが、隆夏にとっては大出世もいい所で、日本人男性としては久々のトップモデル入りとして日本の芸能界を騒がしたりまでする事態になった。 だから、というと短絡過ぎるのではないか、と隆夏は首を横に振るのだが、グレンとの交流は深くなり、隆夏自身彼に依存する所が出てきてしまっていた。 元からグレンは優しくて、強くて、 そこに、グレンの告白である。 『好きだ』『お前しか考えられない』『お前を思うと夜も眠れない』なんていう彼の言葉は月並みすぎたが、その直球さが逆に隆夏の心に重く響いた。 だが、グレンに依存している自分を思うと、隆夏はそこで簡単に心を許すわけにはいかなかった。 プライドが邪魔をしているといえば格好がつくかもしれないが、なんてことはない、ただ付き合う前からこんなに依存しているのに、恋人同士になったらどれだけ自分が馬鹿になるのか判らないのが怖かったのだ。それに、1度恋人同士になるのは容易いが、それが壊れたあとがどうなるかなんて考えただけで死にそうになった。幸い、そんな隆夏の懸念はグレンには知られていないようだったが。 ――毎日飽きもせず、グレンは隆夏に愛を伝える。 こんな、黒髪で肉つきも薄い男なんかに。 「なぁ、リュカ」 「…ともかく俺は、今お前とこれ以上深い仲になるのは控えた方がいいと思ってる」 また時も場所も選ばないグレンの告白が始まるのを悟ってか、今日は隆夏の方が先手を取ってその先を言わせないようにした。小声でぶっきらぼうなその口調に、グレンも声音を合わせる。 「何で?オレはいいよ、若いし強いし格好いいし、何よりお前をこんなに…」 「ありがとう、でもそれ以上は言うな」 「……けちだな」 「日本だからな」 どうしようもない理由を述べると、グレンはむずがゆそうな歪んだ笑顔をみせた。そんなシュールな笑顔も嫌いじゃないが、隆夏の胸は痛んだ。 あーぁ、とグレンが声をだして溜息をついた。大げさすぎてどうしようもない。 「雨だしな」 「そう、雨だし」 「傘はスケルトンだし」 「好きじゃないのか?」 何気ない質問にグレンは肩を竦める。その仕草が大男にしては可愛くて、隆夏は2、3度目をぱちくりさせた。 「リュカの心もそんくらい透けて見えたらいいなって思っただけ」 「!」 にっこりと笑うグレンの言葉はそれでもどこか悲しさが混じっているように掠れていて、隆夏の顔は一気に赤くなった。 「そうそう、それ位解りやすいといいなあ。ミステリアスでオリエントなリュカは世界で受け入れられてるけど、オレに対しても極東な態度をとられちゃ立つ瀬がない」 「……………その知りたがり、やめろよ」 「知らないで思い込むのはもうやめようって決めた」 「……俺は」 ――ああどうしよう、こんなにこいつを苦しめるだなんて思わなかった。 「…俺はただ、傍に居たいんだ、グレン」 真っ赤な傘が目の前の道を過ぎっていく。 ガラス越しに赤は移って、グレンの頬も真っ赤になった。 「だから俺はお前とは付き合――」 「オレお前となら今すぐ結婚したっていい!」 ――ああ。 ガタン、と立ち上がってまで言うグレンに、隆夏はどうしようもなくなって頭を抱えた。 そんな2人のいる店先を、色とりどりの傘が祝福のパレードでもするように流れていった。 |