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_−−−−−− | 延長 | 計画 最高 速度 |
実質 最高 速度 |
標準 最急 勾配 |
標準 最急 曲線 |
縦曲線 半径 |
施工 基面 幅 |
軌道 中心間 距離 |
320km/h の場合の 所要時間 表定速度 |
300km/h の場合の 所要時間 表定速度 |
東京-大宮 | 31.3km | 110km/h | 130km/h | 25‰ | 600m | 5,000m | 11.3m | 4.0m | 約 19m 101.6km/h |
約 19m 101.6km/h |
大宮-盛岡 | 465.2km | 260km/h | 350km/h | 15‰ | 4,000m | 15,000m | 12.2m | 4.3m | 約1h38m 284.1km/h |
約1h42m 273.6km/h |
盛岡-新青森 | 178.4km | 260km/h | 350km/h | 20‰ | 4,000m | 15,000m | 11.7m | 4.3m | 約 37m 289.3km/h |
約 38m 278.0km/h |
新青森-札幌 | 360.2km | 260km/h | 350km/h | 35‰ | 4,000m (6,500m) |
25,000m | 11.7m | 4.3m | 約1h14m 290.1km/h |
約1h18m 276.2km/h |
(参 考) 高崎−長野 |
117.4km | 260km/h | 300km/h | 30‰ | 4,000m | 15,000m | 11.2m | 4.3m | − | 約 36m 195.7km/h |
(参 考) 東京-新大阪 |
515.3km | 200km/h (250km/h) |
270km/h | 25‰ | 2,500m | 10,000m | 10.7m | 4.2m | − | 2h30m 206.1km/h |
東北新幹線が盛岡に達して20年,再び北へ伸びたこの区間の線路規格は,経済性を重視したものとなっています。基本的な仕様は,整備新幹線3線5区間のトップを切って1997年10月に開業した「長野(北陸)新幹線」高崎−長野間に準じており,以下に記す特徴のうち,◎の項目は,おおむね同区間と共通しています。但し曲線半径と勾配については,より長距離の都市間輸送を担う必要から,高速運転を重視した規格となっています。これは北陸(長野)新幹線や九州新幹線(新八代−西鹿児島間)には見られない,この区間の大きな特徴です。
2-1.◎土木構造物 〜荷重条件の変更/トンネル・路盤が大幅増/地平駅の登場〜
盛土・切取 | 高架橋・橋りょう | トンネル | 竣工 | |
大 宮−盛 岡 | 5% | 72% | 23% | 1982年 |
盛 岡−八 戸 | 12% | 14% | 74% | 2002年 |
八 戸−新青森 | 15% | 26% | 59% | 2012年 (予定) |
(参 考) 大 宮−新 潟 |
1% | 39% | 60% | 1982年 |
(参 考) 高 崎−長 野 |
15% | 34% | 51% | 1997年 |
土木構造物の低コスト化を図るため,荷重条件が大宮−盛岡間の軸重17tから,北陸新幹線と同じ軸重16tに変更されています。これにより,構造上の無駄を省いています。また施工基面幅も盛岡以南より0.5m狭い11.7mとなり,建設費低減に貢献しています。これでも北陸(長野)新幹線(11.2m)よりは0.5m広いのですが,雪を貯めておくためのスペースなので致し方ないところでしょう。
構造では,トンネルと路盤(=盛土,切取)が大幅に増えたのが目に付きます。
トンネルについては,山岳地帯を縦断するルートである以上,高い比率を占めるのは当然ですが,建設までに時間と手間のかかる高架橋に比べて建設費が安く,用地買収の手間がかからない点も好まれています。また山の持つ自然な地山能力を最大限活かした「NATM工法」の開発により,トンネル建設が経済的になったのに比べ,多くの人手と時間を労する高架橋のほうが割高になってしまったということも,トンネル区間が好まれる要因となっています。上越新幹線建設当時(1971年〜1982年)と比べたとき,トンネルの建設費は43%も低減されているのに,高架橋の建設費は17%の低減にとどまっている,という数字がこのことを裏付けます(*1)。
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用地買収が容易で建設費も安いトンネルは,現代の新幹線のルートで欠かせない要素。 2002/04/28 東北新幹線 盛岡運転所−沼宮内間(柏木平トンネル出口)にて |
(*1)大貫
富夫「北陸新幹線高崎〜長野間の建設をふりかえって」『運輸と経済』1999年2月号pp.14-24より。このデータは,上越新幹線と北陸(長野)新幹線の土木工事費を比較したものである。但し建設物価デフレーターにより,物価騰貴ぶんを除外した比較である。
盛土・切取については,経済的な工法として長野(北陸)新幹線
高崎−長野間でも積極的に使用されており,この区間でも多用されています。従来の盛土・切取区間では地盤沈下の影響からスラブ軌道が敷設できませんでしたが,長野(北陸)新幹線で土構造物の上に鉄筋コンクリートで路盤を築き,その上にスラブ軌道を敷設する「RA型スラブ軌道」が開発され,盛土・切取区間の普及につながっています。
なお後述の通り,降雪量の多い六戸トンネル出口以北では,水を撒いて消雪する散水融雪が計画されているため,高架橋の比率が高くなっています。
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ここでもスラブ軌道を採用している 2002/04/28 東北新幹線 盛岡運転所−沼宮内間(滝沢路盤)にて |
トンネル区間ほど劇的ではありませんが,高架橋についてもコストダウンが図られています。その象徴的な例が,北陸(長野)新幹線の軽井沢−長野間高架橋から導入されている「ハンチ」の省略です。
(写真1)は厨川付近にある東北新幹線八戸延長の工事始点です。画面左の黒ずんだコンクリート橋は東北新幹線が盛岡に達する以前に完成したもの,画面右の真新しいコンクリート橋は2002年12月開業の盛岡−八戸間延伸に備えて完成したものです。「ハンチ」とは(写真1)の赤丸で囲んだ,橋脚と桁を結ぶ補強部分のことですが,新しくつくった右側の高架橋では「ハンチ」が省略されているのがわかります。(写真1)の右側を撮影したのが(写真2)ですが,タテ・ヨコの直線のみで構成された非常にすっきりした設計です。
東北(上野−盛岡間)・上越新幹線が建設された1970〜1980年頃は,建設コストを下げるため「材料最小」となる設計がとられていました。「ハンチ」は少ない材料で高い強度を出すために採用された構造で,押し型をにコンクリートを流し込んで固めるなど熟練した技と手間と労力がかかる施工が求められるものでした。
しかし北陸(長野)新幹線軽井沢−長野間や東北新幹線(盛岡−沼宮内間)が建設された1993年〜2001年になると,こうした細かなコンクリート成形の可能な熟練労働力の確保が困難となっており,その結果招いた人件費の大幅な高騰が建設費全体を上昇させる事態となってきました。このような情勢の中でコストダウンを図るには,「材料最小」から「労働力最小」へと設計方針を転換する必要があったのです(*2)。
(写真2)に見られる現在の高架橋の設計は,かつての高架橋の設計に比べ,材料の使用量が約1割増えていますが,必要な労働力は大幅に減少しており,しかも施工には熟練技術を要さないものになっています。
橋りょうについても,建設コストの安いディビダーク(やじろべえ)工法の橋りょうを標準設計して設計・施工のコストダウンを図っています。後段の「3−7−1.一体型鋼管架線柱」で写真をお目にかける第4馬淵川橋りょうは,盛岡−八戸間を代表する標準工法の橋りょうです。
(写真1)![]() |
(写真2)![]() |
歴史の接点は技術の接点でもある 2002/04/28 東北新幹線盛岡運転所−沼宮内(厨川高架橋) |
設計上のコンセプトは「労働力最小」 2002/04/28 東北新幹線 盛岡運転所−沼宮内(厨川高架橋) |
(*2)大貫
富夫「北陸新幹線 高崎〜長野間の建設をふりかえって」『運輸と経済』1999年2月号pp.14-24
また駅の地平化も積極的に進められています。従来,新幹線の駅といえば高架が当たり前でしたが,長野(北陸)新幹線では,安中榛名・軽井沢・佐久平の各駅を地平で竣工,駅舎を橋上駅化することで低コスト化を図っています。また同新幹線の上田駅は高架ですが,従来の新幹線高架駅の標準だった3層構造をやめ,駅舎部分を地平とする2層構造として,構造物全体の高さを下げ低コスト化を図っています。
盛岡−新青森間でも,沼宮内・新青森は2層構造の高架駅,二戸・八戸は線路が地上に敷かれ駅舎を2階に設けた「橋上駅」,七戸が線路も駅舎も地上に設けられた「地平駅」となる予定です。
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いわゆる「橋上駅」として建設コストを下げている 断面はお椀を逆さまにしたような感じ? 2002/04/28 16:30 |
2-2.◎配線の簡略化 〜工費低減,「棒線駅」の増加〜
盛岡−新青森間については工費を低減するため,区間内の分岐器が大幅に整理されています。区間内で分岐器があるのは,盛岡・盛岡運転所・八戸の3駅のみ,あとの区間はすべて上下線のみのシンプルな配線です。長野(北陸)新幹線も,低コスト化のためシンプルな配線が特徴となっており,高崎−長野間で分岐器があるのは高崎・軽井沢・長野の3駅のみ(他に佐久平に保線用分岐器あり)となっています。
このことは運転上,待避・追い越しを行えないことを意味します。当面は1時間1本程度の運転で問題はありませんが,たとえば東京−札幌間で速達列車を設定すると,柔軟なダイヤが設定できない可能性があります。
八戸−新青森間についても,分岐器のある駅は両端のみに限られる予定です。
また運行事業者となる予定のJR東日本の意向により,現在の計画では,貨物列車の運行は全く考慮されていません。国土交通省では「貨物列車を運行する場合,勾配の緩和や取付線の新設などに多額の追加投資が必要」と説明しています。
2-3. ◎軌道構造 〜枠型スラブ軌道の全面採用〜
2001年12月に全線のレールが締結した盛岡運転所−八戸間では,レール間のコンクリートをくりぬいた「枠型スラブ軌道」がトンネル区間の全区間と明かり区間=地上区間の一部に採用されています。「枠型スラブ軌道」は北陸(長野)新幹線のトンネル区間で本格的に採用されたもので,幅が2.22m(従来のスラブ軌道は2.34m)と狭く,軽量・低コストが特徴です。我が国最初の採用例は,山形新幹線福島駅構内の連絡線(高架橋)の軌道でした。明かり(地上)区間への本格的な採用は,今回が初めてです。
また明かり区間へのIJ(接着継目)の採用により,ATC閉塞境界でもレールに継目を設ける必要がなくなりました。これを活かし,盛岡運転所−八戸間の約93.1kmを文字通り1本のレールで結ぶ「スーパーロングレール」を採用,乗り心地の向上を図っています。
現在は土木構造物の建設が進む八戸−新青森間でも,革新的な技術開発がない限り,軌道構造として「枠型スラブ軌道」と「スーパーロングレール」の組み合わせが採用される可能性が高そうです。
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明かり(地上)区間にも枠型スラブ軌道を採用。 「スーパーロングレール」により,盛岡運転所−八戸間は 文字通り1本のレールで結ばれた 2002/04/29 東北新幹線 二戸−八戸間(法師岡路盤)にて |
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幅2.22m,長さ約5mのコンクリート板=スラブにレールを締結している 2002/04/29 東北新幹線 二戸−八戸間(法師岡路盤)にて |
2-4.
勾 配 〜320km/h運転には特に問題ナシ〜
盛岡−新青森間では,最急勾配が20‰まで許容され,盛土量や橋脚高さの低減など,建設費の低減が図られています。但し実際に20‰が使われているのは,八戸市街と青森市街へ入る部分の2ヶ所のみで区間も短く,その他は15‰以下に抑えられています。従って300〜320km/h程度の高速運転に対しては特に問題ありません。
2-5.曲線半径 〜最小はR4,000のまま,ただしカント量upで高速化が可能〜
曲線半径については,既開業区間の規格が維持されました。
盛岡−八戸間の場合,R4,000は4ヶ所,R5,000は1ヶ所あります。これらの曲線のカント量が従来の新幹線(山陽,東北,上越)並みであれば,それぞれ300km/h,315km/hの速度制限が課されます。しかし将来の350km/h運転を考慮して盛岡以北の曲線におけるカント量は増大されており,R4,000で320km/h程度,R5,000で350km/h程度での通過が可能です。
なお盛岡−盛岡運転所間(東京起点498.7km〜500.2km)に在来線に沿って進路を変えるためのR1,000の急曲線があり,ここではカント量をほぼ最大の190mmとしても160km/hの通過制限を受けることになります。
一方,八戸−新青森間の場合,R4,000が3ヶ所,R3,500とR2,500が各1ヶ所設定されています。R3,500とR2,500は新青森駅に近い青森市内で設定されています。この区間は2012年の開業が予定されており,軌道敷設はまだまだの段階です。新青森開業時点で300〜330km/h程度の超高速新幹線が導入される,あるいは導入する計画があると考えた場合,カント量もできるだけ高速で通過することを前提に設定することが考えられます。この考え方のもと,R4,000,R3,500,R2,500いずれもカント量を最大の200mmで設定したとすると,制限速度は各々320km/h,305km/h,255km/hとなります。
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高速化に備えて従来の新幹線よりカント量を増やしており,320km/hでの通過も可能 しかし,それ以上となると速度制限要因になってしまう 2002/04/29 国道4号線より |
2-6.◎縦曲線半径 〜350km/h対応へ〜
縦曲線半径はR=25,000mに拡大されました(*1)。
山陽以降の新幹線では,260km/h運転に対応して縦曲線半径を15,000mとしてきました。しかしこれは国鉄が基準としていた縦曲線半径上での垂直加速度α=0.033Gを260km/hで実現できるに過ぎません。実際には現在の最高速度は275〜300km/hであり,この速度では走れば,垂直加速度は0,04〜0.045Gを受けることになります。縦曲線半径が10,000mしかない東海道新幹線に至っては,ここを270km/hで通過すると垂直加速度が乗り心地基準である0.05Gを越えてしまうほどで,実際乗り心地も芳しくありません。
そこでこれらの問題を一気に解決すべく,盛岡以北は縦曲線半径を25,000mまで引き上げたのです。これにより,325km/hで縦曲線上を通過しても乗客が感じる垂直加速度は国鉄基準の0.033G以下,350km/hでも現在の山陽新幹線300km/h「のぞみ」より小さい0.04G以下に抑えることが可能になりました。
縦曲線は一旦建設してしまうと変更することが難しいだけに,設計時点から将来のスピードアップを見越して設計しておくことが求められる指標です。この点で,盛岡以北は来たるべき350km/h時代を見据えた設計といえるでしょう。
2-7.◎電気系統の低コスト化・高速化
(*1):「RRR」2004年1月号より。
3−7−1.鋼管架線柱/一体型鋼管架線柱の採用
北陸(長野)新幹線 高崎−長野間では,コスト低減のため,従来のコンクリート架線柱に替えて,鋼管架線柱が使用されています(3−7−2.CSトロリ線の写真参照)。また橋梁部ではより低コストなアーチ状の一体型鋼管架線柱が使用されています。
盛岡−八戸間でも同様に鋼管架線柱と一体型鋼管架線柱を使用してコストダウンが図られています。
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橋りょう自体も,他の橋りょうとできるだけ共通の設計としてコストダウンを図った。 2002/04/29 東北新幹線 二戸−八戸間(第4馬淵川橋りょう)にて |
3−7−2.CSトロリ線の採用
山陽・東北・上越の各新幹線では断線事故防止の点から,主として「ヘビーコンパウンドカテナリ」と呼ばれる重架線が採用されてきました。しかしその後の研究で,さらなる高速化に対応するには,架線は軽い方が良いことがわかってきました。特にトロリ線の振動が横波となって伝わる「波動伝播速度」に列車が近づくと,パンタグラフが通過する際にトロリ線が強く曲げられ,最悪の場合,断線の危険があります。そこまでいかなくとも,トロリ線とパンタグラフの離線現象が増えることがわかってきました。離線が頻繁に起きると,トロリ線とパンタグラフのあいだでアーク(放電)が発生して,トロリ線やパンタグラフを痛めるのみならず,バチバチッという火花の騒音も発生して,環境上も好ましくありません。離線率を実用的な範囲に抑えるには,パンタグラフの通過速度はトロリ線の波動伝播速度の7割程度までといわれています。山陽・東北・上越の各新幹線に使われてきたトロリ線=「ヘビーコンパウンドカテナリ」(断面積170平方mm)を張力1.5tで引っ張った場合,波動伝播速度は324km/hであり,許容速度は230km/h程度しかありません(*1)。
波動伝播速度は,トロリ線を引っ張る張力と,断面積の平方根の比に比例するので,速度を上げるにはトロリ線を軽くし,強く引っ張ればよいことになります。
そこで長野(北陸)新幹線では,鋼線のまわりに銅で被膜し,断面積を従来の6割(110平方mm)に抑えながら強度を確保した「CSトロリ線」を採用,これを張力2.0tで引っ張って,波動伝播速度520km/h=パンタグラフ通過速度360km/h以上の性能を達成しています。東北新幹線盛岡−八戸間についても,同様の架線構造が採られています。
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グリーンの丸が「吊架線」,赤い丸が「トロリ線」である。 2トンの張力で吊っても切れないよう,鋼を銅で覆膜して強度を高めながら 断面積を小さくした「CSトロリ線」が用いられている。 2002/04/28 東北新幹線 沼宮内駅北側付近にて |
(*1):松本雅行「電気鉄道」p.140より。
2-8.車上主体形の新ATCシステム「DS−ATC」の導入
2002年12月に開業する盛岡−八戸間には,新しいATCシステムである「DS−ATC」が導入されます。その仕組みを具体的に見ていきましょう。
○3−8−1.従来形ATCの問題点
従来のATCは,線路を一定の間隔ごと(新幹線の場合1.2〜1.5km毎)に区切り,その各々の区間=「閉塞区間」毎に許容速度を決めて地上側から指示を与える方式です。つまり駅や停車中の先行列車がいる等の事情で,後続列車が停止すべき地点に接近するにつれて指示速度を遅くしてやり,列車を徐々に減速させて,衝突やオーバーランを防ぐ仕組みです。具体的な方法としては,指示速度毎に「信号波」と呼ばれる周波数を決めておき,閉塞区間毎に異なる周波数の「信号波」をレールに流す仕組みでした。車両側はこの周波数を読み取り,「信号」として運転台に現示します。
この方式は1964年の東海道新幹線開業以来使われていて,大変信頼性の高いシステムです。しかし昭和30年代の技術水準をベースに開発されているため,以下の問題点がありました(*1)。
(1)速度制御が階段状になる
「閉塞区間」ごとに速度の指示を行うため,停止ブレーキの際も列車速度が指示速度を下回ると一旦ブレーキを緩め,そのままの速度で次の閉塞区間に入るまで走るというロスが生じる。このため乗り心地が悪く,続行列車の間隔(何kmあけて走っておく必要があるか)が長くなる傾向にあることから運転間隔も縮められない。またブレーキをはじめる地点も手前になることからスピードアップの効果が薄れる(=最高速度で走れる区間が短くなる)(*2)。
(2)地上装置が重厚になる
速度制御を全て地上装置側で行うため,地上設備が大きくなり,装置コスト・保守コストがかさむ。
(3)地上依存型の硬直的なシステムである
閉塞区間の長さは,その線区でもっとも悪い車両の加減速性能に応じて決めるため,新型車両の投入で加減速性能が向上しても時間短縮やスピードアップが困難である。また最高速度や曲線通過速度を変更した場合にブレーキに要する距離が変わるため,閉塞区間の長さを一から設定しなおす必要があり,地上設備にかなりの投資が必要となる。
(4)突然ブレーキがかかる
今まで走っていた閉塞区間より低い指示速度の閉塞区間に入ったとき,突然ブレーキが動作するため,乗り心地が悪い。
(*1):東日本旅客鉄道(株)新ATC推進プロジェクト「車上主体形の新しいATCの開発」
『運転協会誌』1997年4月号pp.32-34より。
(*2):ちなみに東北新幹線の場合,速度制御はパターンは,宇都宮−盛岡間のE2系・E3系で275km/h列車の場合,275→210→210→210→160→160→110→30(いずれもkm/h)となり,275km/h列車どうしの最低続行間隔は7閉塞=約8.4kmが必要。一方,山陽新幹線の西明石−博多間の500系で300km/h列車の場合,300→275→275→230→230→170→170→120→30(いずれもkm/h)で,300km/h列車どうしの最低続行間隔は8閉塞=約10.0kmが必要。なお複数の閉塞区間に同じ速度指示が出る場合があるのは,指示する速度まで減速するために,1閉塞=1.2km(東北の場合)ではブレーキ距離が不足するためである。
○3−8−2.車上主体形ATCの発想
上述の通り,現行のATCは,地上側で速度を指示して列車のスピードや間隔を制御しようとするため,システムが大変複雑になっていました。
しかし原点に立ち返って考えるなら,列車がある地点までに停まろうとするとき,列車側が必要な情報は「停止すべき地点までの距離」だけで済むはずです。もしこれがわかっていれば,あと何kmで停まるために,今は何km/h以下で走っておけば停止することができると列車側が自分で判断することができます。これが車上主体形の新しいATCシステム「DS−ATC」の基本的な考え方です(*1)。
「DS−ATC」では,地上からは停止すべき地点の位置情報のみが列車に送られます。列車はそれを受け取り,現在の自分=列車の位置と比較して「停止すべき地点の距離」を計算します。そしてその距離で停止するためには,今どの程度の速度で走っている必要があるかを瞬時に判断,速度が高すぎると考えれば自動的にブレーキをかける仕組みです。
これと同時に,列車側には路線の曲線や勾配のデータも持たせておき,たとえば急勾配が控えているなら早くスピードが落ちる(=減速度が高くなる)ので,今はより高い速度でも停まることができる,といった補正も行います(*1)。
このような車上主体形ATCの考え方は昭和40年代からあったのですが,停止すべき地点の位置情報を地上から列車へ送信するためには,当時の伝送技術では遅れる情報量が少なすぎて無理でした。また車上で現在の速度を判断するためのシステムも,当時のコンピュータ技術では搭載することが困難なものでした。
「DS−ATC」では最新のディジタル伝送技術を用いることにより,車上に10の19乗もの情報量を伝えることが可能となっています。またコンピュータ技術の進歩により,車上で車両性能や勾配・曲線の条件を勘案しながら現在の速度を判断するシステムも大幅に小型化されています(*1)。
(*1):東日本旅客鉄道(株)新ATC推進プロジェクト「車上主体形の新しいATCの開発」
『運転協会誌』1997年4月号pp.32-34より。
○3−8−3.「DS−ATC」の特徴
こうして開発された「DS−ATC」の特徴をまとめると次の通りです。
(1)高密度運転が可能
停止すべき地点まで無駄なく減速するため,続行する列車どうしの距離は,後続列車の現在速度から停止するために必要な距離ぶんだけ空けておけばよいことになる。このため,今までの閉塞区間ごとに速度を指示していた状態に比べて,列車どうしの間隔を詰めることができ,運転間隔を縮めることができる。
(2)低コスト
地上側からは停止すべき地点の情報のみが送られるため,大型のATC機器室が不要となり,信号ケーブルも大幅に省略できる。このため設備コスト・保守コストとも大幅に軽減できる。
(3)スピードアップに対応しやすい
ブレーキ距離が地上設備に制約されないので,車両の加減速性能が向上すれば所要時間や運転間隔の短縮を地上設備の変更なしに実現できる。最高速度や曲線制限速度の変更も容易である。性能の異なる車両が混在して運行している場合でも,性能の良い車両だけ所要時間や運転間隔を短縮させることができる。
(4)運転操縦性が高い
DS-ATCでは停止すべき位置がどのくらい先にあるのか,予め列車でわかっているため,これを運転台に表示して目標速度等を指示することにより,円滑な運転操縦が可能となり,乗り心地も良くなる。
実のところ,こうした車上主体の速度制御は,やはり昭和40年代から開発が進められてきた在来線の新しい保安システム(ATS−P)ですでに実現しています。しかし,DS-ATCとATS-Pを比べると,(1)ATS-Pは地上子を踏んだときだけブレーキパターンが発生するが,DS-ATCは連続的にパターンを発生させている,(2)ATS-Pは基本的に停止ブレーキの制御だけだが,DS-ATCは曲線や分岐器の速度制限にも対応する,(3)ATS-Pは勾配に対して10種類程度の補正を行っているだけだが,DS-ATCは全ての勾配に対してきめ細かく補正する,等の違いがあります(*1)。
また「DS−ATC」では,停止すべき地点の前提として必要な情報である先行列車の位置の把握,いわゆる「在線検知」は従来と同じ軌道回路による検知としています。この方法では先行列車の位置を軌道回路単位=閉塞区間単位でしか把握できません。そのため1998年からロンドンの地下鉄ジュビリー線で実用化されている無線方式や(*1),JR総研が開発中のCARATでの車輪回転数+GPS(人工衛星)方式による在線検知と比べると,極限まで列車間隔を詰めることはできません(*3)。しかし,特に列車の間隔が接近するターミナル駅や中間主要駅付近では閉塞区間の長さを短くすることで,位置情報をより細かく掴み列車間隔を縮めることはできますし,何より実績ある方法のため高い信頼性が期待できます。
(*1):東日本旅客鉄道(株)新ATC推進プロジェクト「車上主体形の新しいATCの開発」
『運転協会誌』1997年4月号pp.32-34より。
(*3):竹林 康夫,森久 至「運転間隔の現状〜その1:我が国における運転制御システムの開発と運転時隔の短縮」『鉄道車両と技術』1997年7月号pp.23-29より。
○3−8−4.「DS−ATC」の普及とその効果
車上主体形のATCとしては,パリ都市交通営団(RATP)地下鉄1号線で1989年より使われているSACEMがあり,このシステムは既にメキシコシティの地下鉄にも導入されています。また高速道路で自動車の安全運行を図るため研究が進められているITSも,基本的な考え方は同じです(*1)。
上述の通り,DS−ATCは低コストなシステムというだけでなく,運転間隔の短縮が図れるシステムであることから,2002年12月の東北新幹線 盛岡−八戸間を皮切りに,2003年度には京浜東北線のATC設備更新にあわせて南浦和−鶴見間で導入される予定です。さらに2005年度には山手線と京浜東北(根岸)線
大宮−南浦和間及び鶴見−大船間でも使用開始が予定されています。DS−ATCの開発目標では,従来2分30秒間隔の山手線・京浜東北線を2分00秒間隔まで短縮することとされており(*3),設備完成後の輸送力増強=混雑緩和が期待されます。
さらに2006年度には,ATC設備更新にあわせて東北・上越新幹線全線でDS−ATCの導入が決定しています。これにより,急曲線区間の向上等が期待できる他,東京(盛岡)−新青森間開業時に計画されている300km/h運転(*4)にも容易に対応できるようになります。さらに東京−大宮間の最高速度130km/h化(*5)が計画されているほか,曲線通過速度向上や見通し不良に伴う地下区間の速度制限も実現できます。運転間隔の短縮も可能となり,東京駅では構内閉塞区間を細分化することで現在最短3分30秒となっている発着間隔(*6)を縮めることもできるかもしれません。
2003年度末の開業を目指す九州新幹線新八代−西鹿児島間でも「DS−ATC」が採用される他,JR東海も同様の新幹線用新型ATCシステムの開発を進めており,2005年度には東京−新大阪間に導入される予定です。
「DS−ATC」を活用した曲線通過速度向上として,新青森駅の東京方に存在する半径2,500mの曲線を例にとりましょう。この曲線は,現在の東北新幹線用ATCを前提にすると,近似の信号段である240km/hを制限とすることになります。しかし「DS−ATC」では個別の曲線の半径やカント量に応じた制限速度を設定できるため,カント量を確保してやる前提で乗り心地限界いっぱいの255km/hを指示速度とすることもできます。
(*1):東日本旅客鉄道(株)新ATC推進プロジェクト「車上主体形の新しいATCの開発」
『運転協会誌』1997年4月号pp.32-34より。
(*3):竹林 康夫,森久 至「運転間隔の現状〜その1:我が国における運転制御システムの開発と運転時隔の短縮」『鉄道車両と技術』1997年7月号pp.23-29より。
(*4):東奥日報2002年4月16日付 http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2002/0416/nto0416_10.html
(*5):共同通信2002年3月27日付。
(*6):海老原 浩一「新幹線」(1996)p.200より。
(参考)「DS−ATC」の概要:東日本旅客鉄道(JR東日本)ホームページ内
「新幹線用の新しい自動列車制御装置(ATC)を開発」及び追加資料
2-9.耐寒耐雪設備のさらなる充実
盛岡−新青森間では,冬季の気温が氷点下に達するのはもちろん,区間によっては多量の降雪が考えられます。そこで従来の東北新幹線よりも高い耐寒耐雪性能が確保されています。
盛岡−八戸間については,気温は下がるものの降雪量は多くありません。そこで線路上の降雪については,スノープラウで線路脇のスペースに貯雪しておく方法を基本とし,凍結等の危険がある分岐器には温風融雪機能を設けています。またすべての駅に屋根を設けています。
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線路の両側に,列車が跳ね飛ばした雪を貯めておくスペースを完備 2002/04/29 東北新幹線 盛岡運転所−沼宮内(滝沢路盤)にて |
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分岐器(画面手前)は凍結防止の温風融雪装置を完備 2002/04/28 東北新幹線 八戸駅構内(八戸駅北側路盤)にて |
一方,八戸−新青森間の場合,特に下北・津軽地方では降雪量が最大2〜3m(10年確率最大積雪深)に達し,従来の貯雪方式では対応できません。このため,スラブ軌道を嵩上げして貯雪スペースを確保する「貯雪方式」で対応できる最大積雪深を83cmとし,降雪予想量がこの範囲内に収まる六戸トンネル入口(東京起点611km450m)までは盛岡−八戸間と同様の「貯雪方式」,それ以上の降雪が予想される六戸トンネル出口(東京起点614km820m)以北については,スプリンクラーで温水を撒いて雪を溶かす「消雪方式」を採用することにしました。
消雪方式は上越新幹線や東北新幹線北上市内で実績があるものの,雪質の違いなどもあることから,2001年1月より七戸町内に試験高架橋(仮設)を設け,撒水量や温度,さらに新開発の温水循環パネルによる消雪効果などを実験しました。この結果を受けて,2002年1月より青森市船岡地区の船岡高架橋(316m)で消雪実験が行われています。ここでは,より経済的な消雪方式を探るため,撒水量や水温等の限界確認が行われています。なおこの船岡高架橋は,将来八戸−新青森間の新幹線の本線構造物となる予定で,同区間で初めて完成した高架橋でもあります(*1)。
(*1):青森県ホームページ内 北へ!東北・北海道新幹線内「八戸・新青森間」雪害対策の概要より。
(参考)消雪試験の概要:青森県ホームページ
北へ!東北・北海道新幹線内「八戸・新青森間」雪害対策の概要