バレンタイントリビア




「ねえ、仁。ちょっと相談したい事があるんだけど」
 そう切り出されて、亜久津は少しぎくりとした。

 今日うちに来た時から、の表情が暗くて気になってはいた。
 部屋に通してからも落ち着かなくて、雑誌を読んでいるフリをしたり、宙に目をさ迷わせていたり。何だか深刻な話でもしに来たような雰囲気だ。
(……別れたい、とか?)
 一瞬のうちに次の言葉を目まぐるしく予想する。けれどの口から出た答えは、そのどれとも違っていた。

「あのね、栗が無いの」

「……は?」
「だから、来月のバレンタインのこと。モンブラン作ろうと思ったの、でも良い栗がどこにも売ってないのっ」

 ……。…………。

 意味が頭に染み込むまでたっぷり十秒はかかった。
 思わず深いため息が漏れた。体がずるずると前のめりになる。
「莫迦かテメェ。今の時期は売ってなくて当たり前だろうが。んな事でいちいち悩んでたのかよ」
「だって仁、甘いものあんまり食べないじゃん。コンビニのモンブランじゃあんまり美味しくないって言うし。作るならちゃんとしたの食べて貰いたいじゃん」
「別に、その辺の店で買ってきたのでいいだろうが」
「ヤだよーそんなの誰でも食べられるもん。彼氏のためだけに手作りしたのを味わって貰いたかったの」
「うぜー」
 とうとう首ががくっと垂れた。
 ウザイ女、エゴイスト、恥ずかしい奴。よっぽどそう言ってやろうかと思うのに、じわじわと顔が火照っていく。は気づかずにまだぶちぶち言っている模様。
(……ったく、何で俺が、こんな女)
 ガシガシと額を掻き回して、顔を上げた。
「スイートチョコレート100グラム、ミルクチョコレート50グラム、生クリームと蜂蜜が60グラムずつ。リキュール少々、ココアパウダー適量」
「へ?」
「トリュフチョコレートってのが、そこの週刊誌に載ってる。優紀が店から貰って来たやつ」
「え、あ、仁、いいの? ていうか作り方覚えたの!? すごっ」
「要は溶かして固めるだけだろうが、作る内に入らねえよ。分量はテメェで調整しろ。クドいの作ったら食わねえからな」
「鋭意努力しますッ」
 は早速その雑誌に飛びついた。真剣な目で文字を追う様子を横目にしながら、亜久津はニヤリとほくそ笑む。

 はチョコレートの作り方に夢中で、欄外の米粒みたいな文字になんて絶対に目が行かないだろう。そこに亜久津の真意があったのだと気づくのは、きっとバレンタイン当日になってからだ。

『トリュフチョコレートは高級キノコ・トリュフの形に似せて作られているんです。チョコレートもトリュフも昔は媚薬と考えられていたんですよ〜。これでカレの熱〜いハートもゲットできちゃうかも♪』


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2008/01/21up
お正月拍手が終わらないのでさっくり二月verへ変更。
きっと美味しく召し上がる事でしょう。色々と。