ハロウィン




 何となく怪しいとは思っていた。

 黒一色のワンピースなんて、にしては珍しいいでたちで現れたのだから当然だ。
 ワンピースは胸元や袖口にレースをあしらった上質なもので、彼女にとても良く似合っていた。
 だがの趣味の服とは思えなかったし、大体アクセサリーひとつ付けてないのが不自然だ。だからが家を訪ねて来た時点で、何かしら画策しているというのは予想がついた。
 予想は――していたのだが。



「……で、何でこういう事になる」

 現在、跡部は自室のソファに寝そべっている。
 正確には押し倒されていると言う方が正しい。
 上に乗っているのはだ。部屋に通して二人きりになった途端、いきなり抱きつかれたと思ったらこの状況だった。
 体重や筋力なら間違いなく跡部の方が上回っている筈なのに、なかなかどうして、上手く抜け出す事ができない。見事な寝技だ。
 跡部もまさか恋人相手に本気を出す訳にもゆかず、既に抵抗を諦めている。もそれに気付いてか、ふふっと得意げな笑みを零した。

「景吾は今日、何の日か覚えてる?」
「アン?」
「十月三十一日。ハロウィンよ。氷帝では留学生とカボチャの飾り付けをするらしいし、景吾の方が詳しいんじゃない」

 勿論良く知っている。欧米ではポピュラーな伝統行事のひとつだ。お化けや魔女に仮装した子供達が、お菓子を求めて近所を訪ね歩く姿は、海外で実際に何度か目にしている。

「ああ……それでお前、今日はその格好なのか。何だ、魔女にでもなったつもりか?」
「当ったりー。どう、これ。結構似合ってるでしょう」
「自分で言うな」

 つられて苦笑しながら手を伸ばせば、の豊かな髪がそこにある。は自分の手を跡部の手に重ねて、嬉しそうに目を細めた。

「小さい頃に絵本で読んで、一回試してみたかったのよね。『トリック・オア・トリート?お菓子くれなきゃ、いたずらするぞ』って言うの」
「あれは小さい子供がやるものだろう」
「固いこと言わないで。さぁ景吾、お菓子は?」
「そんなの都合よく持ってる訳ねえだろうが。宍戸やジローじゃあるまいし」
「ふっふ、じゃあお姉さんイタズラしちゃおうかなー」

 するりとの手が離れた。

「あ、おい待て!」
「冗談よ、本気で焦らないで。景吾はちゃんと甘いもの持ってるでしょうが」

 跡部が意味を捉えかねて瞬きする。その顎を掴んで、は素早く唇をさらった。
 甘いキスを。


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2007/11/07 up
一週間遅れで季節モノとか、もうね

跡部は思いっきり振り回されていて欲しいです。