白い恋人達



 クリスマスというと何か祝わなきゃならないような気分になるのは、男も女も同じらしい。



 千石はデートプランに余念がないし、南は南で彼女にやるプレゼントに頭を悩ませている。

 ……こいつらクリスマスの本当の意味、分かってんのか? それはともかく、
 俺が考えてたのはただ一つ、どうやっての猛攻を避けるかということだった。
 のことだ、手を繋いで街を歩きたいだの、プレゼント交換がしたいだの言い出すに決まっている。俺はそんな「いかにも恋人同士」みたいな事をするのは性に合わねえ。だから速攻で断ってやるつもりだった、のだが。

(仁、ごめん。クリスマスイブは一緒にいられないけど、……いいよね?)

 は両手を合わせて申し訳なさそうにそう言った。

 ……何でも、の弟はちょうど12月24日生まれなんだと。
 クリスマスイブはが腕をふるってディナーとケーキを作るのが恒例になっているらしい。彼氏が出来たから料理は家族にバトンタッチ、なんて、弟思いのに言い出せる訳がなかった。

(ほんとに、ごめんね。初めてのクリスマスなのに。25日は絶対ちゃんと空けておくから)

 ……何だ、その言い草。まるで俺の方が期待してたみたいじゃねーか。
 それが気に入らなくて、顔を逸らして言ってやった。

(ケッ。俺が、んな下らねえ行事なんかに振り回されたりするか。せいぜい張り切って弟のケーキでも作ってやればいいじゃねーか)
(仁……)

 の哀しそうな目に、ちくりと胸を刺された。



 慌しく数日が過ぎて、あっという間にクリスマスイブ。
 優紀は飲み仲間の女友達と出掛けて留守だった。適当に夕飯を片付け、部屋に戻ってさっさとベッドに横たわる。俺は寝つきはいい方だ。なのになぜだか今夜に限って眠気がなかなか訪れない。

 pirrrr...pirrrr...

 サイドボードから着信メロディが流れ出した。
 手だけ伸ばして携帯を取る。どうせ千石辺りだろうと思ったら、聞こえて来たのは躊躇いがちなの声。

『仁? ごめんね、こんな夜遅くに。寝てた?』
「あー……いや、今から寝るけどよ。どうかしたのか」
『うん、今、ちょっと居間を抜け出して来た所なんだけど。窓の外、見てみて』
「窓?」

 そう言えばやけに外が静かだ。
 カーテンを払い、俺はやっとその訳に気付いた。

「雪――」

 辺り一面が白く染まっていた。
 羽毛のような雪がふわふわと舞い降りて来る。窓を開くと、キンと冷えた空気が肺の奥まで染み入った。

『さっき降って来たの。そっちも積もってるでしょう?』

 心なしかの声までクリアに聞こえる気がする。

『綺麗だね……』
「まあ、な。――けどお前、明日どうすんだ。うち来んの大変だろ」
『ケ・セラ・セラ、何とかなるって。明日のことは置いといて、今夜はひとまずホワイトクリスマスを楽しもうよ』
「お前な……」

 軽く酒でも入っているのか、電話越しのの声はやけに陽気だった。くすくすとひとしきり笑ってから、とっておきの呪文を唱えるように、その言葉を口にする。

『メリー・クリスマス、仁』

 それは、クラッカーが一斉に弾ける音に似て。

 知らず知らずのうちに口の端が吊り上がる。
 表情なんてに伝わるはずもないのに、手の甲で隠して「おう」とだけ答えてやった。



 今はまだ薄く路面が透けて見える道も、朝にはきっと真っ白く変わる。
 そこに足跡を刻んで、懸命に会いに来るの姿が、くっきりと見えたような気がした。


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2007/12/09 up
恋人はサンタクロース。
プレゼントをくれなくっても、毎年来て欲しいのは同じ。