少女Aの証言



 こんにちは。今日は私の友達についてお話します。
 ちゃんと知り合ったのは、私が山吹高校に入学した高校一年生の時のことです。
 ちゃんやキヨは『持ち上がり組』と言われる、山吹中学からの内部進学者です。キヨが男子テニス部の一年生レギュラー、ちゃんは部のマネージャー。キヨと交際し始めたつてで、ちゃんとはすぐに仲良くなりました。
 ちゃんには、中学の時から付き合っている彼氏がいるそうです。彼氏さんも中三の時にちょっとだけテニス部に在籍していたそうなのですが、今は退部し、海外へ留学しているとのことでした。
 キヨとも友達同士だったらしくて、三人でいる時は良くその『亜久津仁』さんの話が挙がります。まじめなちゃんこと、彼氏さんもきっと優しい良い人なんだろうなあと、私は勝手に想像していました。

 高二になれば彼氏さんが日本に帰ってくるというので、ちゃんは彼の帰国をとても楽しみにしていました。お昼にはいつも国際電話を掛けていました。ちゃんはそのために良く早食いをしていたので、その内お腹を壊すんじゃないかって、はらはらしながら見ていたのを良く覚えています。



 ちゃんにとって、亜久津さんはとても大事な人なのです。
 高一の夏、ちゃんにはとても辛い事が起きていたのですが、私は友人としてどうすることも出来ませんでした。彼女の憔悴しょうすいぶりは痛々しいほどで、幾ら慰めても効果はなく、とても歯がゆい思いがしました。
 それが、一時帰国した亜久津さんに逢った途端、見違えるほど元気になっていたのです。
 私もキヨもひとまずほっとしたのですが、ちくしょう女の友情なんて、と私はちょっといじけもしました。――みんなには内緒にして下さいね。

 とにかくその時、ああ、ちゃんにとっては亜久津さんが特別なんだなあって良く分かったんです。

 その時はちょうど夏休み中だったので、私が亜久津さんに会う機会はありませんでした。直接対面したのは高二の始業式の翌日になってからです。
 どうして一日ずれたか分かりますか? 亜久津さんてば、始業式の日は授業が少ないからってサボってたんですよ。その頃にはもう、ちゃんの彼氏は不良らしいと気付いていたのですが、登校して来た彼の容貌は私の想像を遥かに超えていました。

 まず髪です。茶髪どころか金髪でさえなく、銀髪。キヨも持ち上がり組ではかなり派手めの部類だったのですが、銀に染めてる人なんて私はそれまでTVの中でしか見た事がありませんでした。しかも亜久津さんは、その銀髪をツンツンに逆立てています。幾ら不良とは言え、何も重力にまで反抗する必要はないと思うのですが、どうなんでしょうか。
 髪型を差し引いても背は高いし、目つきは鋭いし。全然喋ってくれないし。真ん中を歩くちゃんは気を利かせて色々と話してくれましたが、私は反対側を歩く亜久津さんが怖くて、教室へ向かう道すがらずっとびくびくしていました。

 教室の引き戸を開くと、クラスの三分の一がしんと静まり返りました。
 どうして三分の一かというと、持ち上がり組の子が全体の三分の一だったからで、つまりは持ち上がり組全員が亜久津さんを見て凍りついたのでした。
 そう。亜久津さんは山吹中全員が知っているほどの、とんでもない札付きの不良だったのです。



 その後、亜久津さんはテニス部に復帰し、すぐにレギュラー入りしました。テニス経験のない私には良く分からないのですが、これは本当に凄いことらしいです。確かに亜久津さんは中学で実質ほぼラケットに触れない生活だったようですから、どれだけブランクがあったかは想像に難くありません。
 心配する友人一同をよそに、ちゃんは実に毎日楽しそうに、デートだ部活だ他校偵察だと走り回っていました。

 亜久津さんは相変わらず、いつもぶすっとして不機嫌そうにしていましたが、ちゃんと一緒にいる時はほんの少し空気が緩むようでした。――というのも、数ヶ月経ってようやく気付いたのですが。とにかく、噂で聞いているほど滅茶苦茶に暴力を振るう人ではないらしいと知って、ひとまず安心しました。



 大会を勝ち進むにつれて部活も忙しくなるようで、私はなかなか皆に会う機会がありませんでした。亜久津さんはテニス誌の記者に追い掛け回されたり、逆に威嚇して追い返したり、それがちゃんにバレて怒られたりで苦労していたようです。若手注目選手というのもなかなか大変です。

 その間、キヨの三度目の浮気が発覚し、電話での長い長い口論の末に破局することになったりと、私は私でプライベートはけっこう大変だったのですが。

 キヨもテニス部ですから、私達が別れたことはすぐちゃんに伝わりました。ちゃんは気を利かせて、良かったらこれからは一緒に帰ろうと誘ってくれました。私がちゃんや亜久津さんと一緒に帰るようになったのは、そういう理由からです。
 ちゃんの申し出は凄くありがたかったのですが、私はあの頃、それを素直に受け止めることが出来ませんでした。
 いつだってキヨとの楽しかった思い出が私を苦しめました。ちゃんと亜久津さんが一緒にいるのを見れば、嫌でもその頃の記憶が蘇って来ます。本当なら二人きりで楽しく帰りたいでしょうに、お邪魔してしまう気兼ねもありました。だから三回に一回くらいは断ってしまったのですが、それでも、独りで帰る気まずさや寂しさにはなかなか慣れることが出来ませんでした。



 そんなある日、ちゃんが風邪を引いて学校を休んでしまったのです。
 私はいつもの癖でついうっかり、ぼけっと教室に居残っていたのですが、亜久津さんに声を掛けられて思わず飛び上がりました。
「おい、テメェ」
 亜久津さんは既に帰り支度を済ませていました。
「帰んなら早くしろ」
 私はてっきり、ちゃんが居なければ亜久津さんはすぐに帰ってしまうか、もっと酷くて早退してしまうかだと思っていたので、一緒に帰ることになるなんてまるきり予想外でした。でも亜久津さんに睨みつけられて、断る勇気もありません。慌てて鞄に物を詰め込み、教室を後にしました。

 帰る道々、お互いほとんど喋りませんでした。
 当たり前です。これまで亜久津さんとはほとんど接点もありませんでしたし、帰りもちゃんが話を振る事が多かったのですから。
 私は非常に気まずくて、早く家に着きますように、友達にこんなとこ見られたりしませんように、とひたすら祈っていました。
「千石は、」
 と――亜久津さんの一言で、私は現実に引き戻されました。
 三人で帰るようになってからも、キヨの話題が挙がったことは一度もありませんでした。ちゃんはその事に触れないよう、巧妙に話を逸らしていたからです。久しぶりに聞く名前に、胸がずきりとうずきました。
「――千石は、あれから荒れてる」
「……え、」
 それは思いがけない言葉でした。
 キヨが他の女の子と付き合い始め、しかも相手をころころ変えているらしいことは、既に知っていました。キヨは良くも悪くも目立つので、そういうことは幾ら耳を塞いでいても入ってきてしまうのです。
 しかし亜久津さんの目にはどうやら、それはキヨの虚勢に過ぎない、と映るようでした。キヨは中学の時も恋愛関係は派手だったけれど、どれも自分では真剣な気持ちで交際していたらしいと言うのです。私と別れた頃から、どうもその辺が脈絡が無くなって来た、手当たり次第にどうでもいい女と付き合うようになった――と。
「千石も、自分がしたことくらい分かってる。ただどうしていいか分かってねーだけでな」
 亜久津さんはそう言葉を切りました。
 私は内容もさることながら、亜久津さんがそれだけ長い話をしてくれたことに驚いていました。どうやら亜久津さんは亜久津さんなりに、私を励まそうと考えてくれたようです。
 ちょうど、いつも私が二人とお別れしている場所に着いていました。私と亜久津さんは足を止め、私は思い切って顔を上げました。
「あの、今日は送ってくれてありがとうございました。私、今まで亜久津さんのこと怖い人だなって思ってたんですけど、違うって分かりました。誤解しててごめんなさい。それから、ちゃんのこと、宜しくお願いします」
 そう言ってぺこっと頭を下げました。

 ……良く考えれば、ちゃんとの付き合いは亜久津さんの方が長い訳で、私も動転していたとしか思えない発言だったのですが。結果的にはそれで正解だったようです。

 亜久津さんは二秒くらい無言で私を見た後、わしわしわしっ、といきなり私の頭をかき回したのです。私はびっくりして慌てて髪を押さえました。
「止めて下さい、止めて下さい。せ、セットが乱れます」
「ハッ、どうせ変わんねえだろ」
 亜久津さん、非常に愉快そうに笑いました。亜久津さんのご機嫌な顔を見たのは、あれが初めてでした。
 それにしても嗚呼、何と言うことでしょう。自分が同じ事をされたら烈火のごとく怒るに違いない癖に。
 私の心境は、ふざけんな馬鹿ーっ、毎朝どんだけドライヤーに時間かけてると思ってるんだこの女心も分からん不良めがっ、てなものでしたが、さすがに道端で怒鳴るのは乙女としてどうかと思いぐっと堪えました。それに、中身が不良だろうと悪魔だろうと、ちゃんの彼氏には変わりない訳で、私はそんな人と喧嘩したくはありませんでした。
 亜久津さんはハラワタ煮えくり返っている私を置いて「じゃーな」と実に悠々と去っていきました。



 翌日、私はこれまで自分が苛々してしまっていたことをちゃんに謝りました。ちゃんは私と亜久津さんが二人で帰ったこと、更にキヨの話が持ち上がったことを知って二重に驚いたようです。でも、割合すぐに納得してくれました。きっと私がきれいさっぱり、吹っ切れた顔をしていたからだと思います。

 何故でしょうか。
 それまで独りで帰るのは寂しい、惨めだって思っていたのですが。
 別にキヨと付き合っていようが別れようが、私は私だし、そんなに思い詰める必要なんて全然ないんだ、って。
 あの日、亜久津さんが独りでも平気で帰って行く姿を見ていたら、何か全然そんなの大したことじゃないんだ、って急に目の前が開けてしまったのです。



 そうキヨに話したら、私が亜久津さんを好きになっちゃったんじゃないかって大誤解が発生して、またまた大変だったのですが。冗談じゃありません。私は頼まれたってあんな人お断りです。楓ちゃんには怖くて訊けないのですが、亜久津さんってドSなんじゃないかって密かに疑ってますし。

 ――ああ、そうそう。言い忘れていました。あの後、キヨとはよりを戻したんです。
 きっかけ……という程のことでもないのですが。教室で普通に雑談してる内に、キヨも悪いことをしたなって苦しんでたのがちゃんと伝わって来たので。それから何となく……。
 そう言えば、別れてから、キヨとは全然話さないで絶交状態だったんですよね。キヨにも最近ちょっと感じが変わった、何があったのってしつこく訊かれました。それでさっきの帰り道の話をしたら、凄く落ち込まれてしまったのですが。
 何か怖い顔して、イイ男になるための50の方法、とかいう本を沢山買い込んでいました。――男の人の心理って良く分かりません。私は別に、キヨは自然体でいいと思うんですけどね。

 とりあえず、あれから浮気はないみたいです。
 ほんの少しずつですが、部活を応援しに来てくれなくて寂しかったとか、不満や弱音みたいのも話してくれるようになりました。私も私で浮気された時の気持ちとか、話したりして。二人して泣いてしまったり、まぁ色々です。……上手く言えませんが、気持ちを言葉に出して伝えるのって大事だなって思いました。



 亜久津さんとも、あれから少しだけ喋ったりしています。
 それまではちゃんを解説のように間に立ててお互いの話を聞くだけだったですが、時々は直接話をするようになりました。好きなバンドの話とか、次の授業の内容とか、話すと言ってもまぁその程度なのですが。
 お陰でちょっとだけちゃんに警戒されているのが悲しいですが、すぐに元通りになれると思っています。だって亜久津さんの私に対する態度、まるで気に入った犬か猫でも構うよう感じですもん。それに較べて、自分がどれだけ亜久津さんに大事にされているか、ちゃんもすぐに気付くでしょう。



 同じ学校に通えるのもあと一年ちょっとですけど、ちゃんとも、新しい友達……と呼んでいいんでしょうか、の亜久津さんとも、これから仲良くしていきたいです。

 私の話は、これでお終いです。


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2007/11/30 up
たまには…と思い第三者視点に再挑戦です。
今回の語り部はわりと天然めのキヨの彼女さん。
遅くなったけどキヨ、お誕生日おめでとう。