テイクアウト

「チッ、学園祭ていどで騒ぐんじゃねーよ。こんなのただのガキのお遊びだろうが」
「まぁまぁいいから。折角来たんだし、うちのクラスの出し物くらいは見て行こうよ」
「千石てめぇ、何企んでやがる?」
「いや、別に。今日は亜久津に面白い物を見せてあげようと思ってさ♪」

 今日は山吹中の学園祭。
 幼稚園のお遊戯みたいにカラフルに装飾された廊下を、俺は亜久津と連れ立って歩いていた。……魔女やオバケの格好をした生徒まで、亜久津を見るとぎょっとして避けるからちょっと笑ってしまう。
 こんな日は可愛い女の子と一緒の方がいいんだけど、俺は今のとこフリーだから仕方無い。
 でも今日は他校の女の子も来ているし、きっとチャンスは沢山ある。だから目一杯楽しまないとね。
 一方、今日のあっくんはすこぶる不機嫌。まぁ理由はだいたい想像がつくんだけど……。

「……ったく。で? は、まだ教室にいんのか?」

 ほら、やっぱり。
 ここ一ヶ月、ちゃんは学園祭の準備にかかりっきりで、なかなか亜久津と一緒にいる時間が作れなかったんだ。
 おまけに「絶対、うちのクラスの出し物は見に来ないでね!」……なーんて言ったものだから、亜久津の機嫌はどんどん悪くなっちゃうわけ。
 猛獣を放し飼いにしてるようなもんじゃないか。まったく部活で顔を合わせる俺らのことも考えて欲しいよなあ。ってな事をつらつら考えながら、俺はぱらりとタイムスケジュールを開いた。

「ちょっと待って。えーとどれどれ……あ、OKだ。ちゃん、今ちょうどお店のシフトに入ってるところだよ」
「忙しいんじゃねーのか」
「いいじゃん、お店の中入っちゃえば。俺らはシフト入ってないんだから、今の時間はお客様だよ。いやぁ、楽しみだな〜」
「……ああ? 待て。そういやお前らのクラスは何やってんだ? から聞いてねえぞ」
「あっ、あっくん! あそこでモンブラン売ってるよ!!」
「何っ?」

 俺はさくっと話を逸らした。こういうのは絶対、事前に知らない方が面白いもんね。



 さてさて、俺らのクラスの前に着くと、そこはもう物凄い人だかりだった。
「うわ、女の子も来てるんだ。凄い人気だね」
「メイド喫茶……『はにー』? 何だ、このふざけた名前は」
「あっ、ヒドイなぁ、あっくん。それ俺が考えたんだよ」
「馬鹿か、テメェは! だいたい何だ、メイド喫茶ってのは?」
「あー、あっくんは行ったことないか。ええと簡単に言うとね……」
 俺が言いかけた時、教室を覗き込んでいた女の子達が、きゃー、と黄色い歓声を上げた。微かに漏れ聞こえて来るのは、明らかにちゃんの声。

「お味はいかがでしょうか?」
「フム……まぁ出来合いにしちゃ悪くねぇな。おい、紅茶は一種類だけか? ダージリンとアッサムとアールグレイ位は最低限必要だろ」
「申し訳ございませんが、当店ではこちらしかご用意しておりませんので」
「フッ、てめぇらの学園祭にそこまで要求するのも酷か。――それにしても、今回は面白いもんを見せて貰った、。その制服もなかなか似合ってるぜ」
 忍び笑う気配。この声、女の子達の反応……あ、もしかして。

「おい、退け」

 亜久津は人垣を掻き分けるようにして中を覗き込み……そして動きを止めた。

……?」
「じ、仁! どうして此処に!?」
「ばっ、おま……何だ、その格好!?」

 何って、メイド服に決まってるじゃないか。
 袖の膨らんだ黒ワンピース風のその衣装は、ちゃんのしっとりとした雰囲気にとても良く似合っていた。
 フリルのついた白いエプロンにレースのカチューシャ。スカートが膝丈で長いのが俺的にちょっと残念だけど、覗く足元は薄手のハイソックスに爪先の丸いワンストラップシューズ! ……完璧。

 硬直しているちゃんの向こうに、優雅に足を組んでる跡部君がいた。彼は一瞬で二人の関係を見抜いたらしく、ニヤリと意地悪く笑ってテーブルに肘を付く。
、接客だろ?」
 俺もすかさず言い添えた。
「そうそう、ちゃん。今の俺達はお客さんだよ? メイドさん、接客お願いしまーす♪」

 ちゃんはようやく我に返ると、ぎくしゃくと俺達の前に来た。

「な、何で……千石! 仁を連れて来るのは絶対に止めてって言ったでしょ!!」
「ちっちっち。分かってないなぁ、ちゃん。自分の知らない所で、他の男にかしずく彼女……彼氏から見てこんな哀しい事はないじゃないか」
「あのねえ……!」
「ホラ、もうここまで来ちゃったんだしさ。諦めて言っちゃいなよ、例の台詞をさ」

 ちゃんはぐっと息を詰まらせた。これ以上、文句を言って周囲の注目を集めるのは得策ではないと判断したらしい。
 亜久津はまだ声が出せずに呆然としている様子。
 ちゃんは一つ息を整えると、恥ずかしそうにもじもじしながら、上目遣いにこう言った。

「いらっしゃいませ……ご主人様」
「!!!」

 あ、ゲシュタルト崩壊。

 亜久津はとっさに片腕で自分の口元を隠すようにすると、もう一方の手でがっしとちゃんの腕を掴んだ。
「……ちょっと来い」
「え、ちょっ、ちょっと、仁!」
 あらら、どうやら勢い余って眠れる狼さんを呼び起こしてしまったらしい。
 ちゃんが助けを求めるように視線を送ってきたけど、俺は爽やかに手を振って見送ってあげた。「裏切り者おおお!」という叫びは、とりあえず聞かなかったことにする。さらば、ちゃん。
 さてこれで暫くは二人とも戻ってこないだろうし、どうしようかな。
 差し当たってする事もないので、俺は店内にてくてく入っていくと、空いている跡部君の向かいの席に腰掛けた。ペーパートレイに盛られたクッキーを勝手に拝借して、ぱくりと口に放り込む。

「ゴメン、一枚貰うねー」
「そういうのは食う前に言え。……それより店員が一人減ったようだが、この店大丈夫なのか? さっきからまともに給仕してたのはだけだったぞ」
「ああ、それは大丈夫。跡部君が来たってんで皆ちょっと動揺してるだけだと思うよ」
「そうか。それにしてもメイド服着たくらいで凄い騒ぎだな? 一体何がいいんだか、俺にはさっぱり理解できねえ」
 やけに冷静だなこの人……。と思ったけど、良く考えたら跡部君には、こんな環境は別次元でも何でもないんだった。家には本物の執事さんも女中さんもちゃんといる訳だからね。
 跡部君はどうやら紅茶がお気に召さなかったらしく、眉を顰めて怒りを露にした。

「どこの銘柄だ、これは。もうちょっとマシなのは出せないのかよ」
 業務用スーパーでまとめ買いした安物です。当然ティーバッグ。
「メニューも少ない。一体どこの喫茶店なら紅茶が選べないなんて事になるんだ、あーん?」
「うーん、そればっかりはどうしようもないなあ。心優しい氷帝の実行委員が予算を恵んでくれるって言うんなら、話は別だけどね」
「無理言うな」

 そう冷笑されてしまってはぐうの音も出ない。
 俺は仕方なく苦笑すると、声のトーンを落としてこっそり茶化してみた。

「……ま、『R指定』も『お持ち帰り』も、ほんとはメニューには入ってなかったんだけどさ」
「はっ、違いねぇ」
 跡部君は声を上げて笑った。



 数時間後。

 どことなく疲れた様子のちゃんを連れて、亜久津が上機嫌で帰って来た事は……ちゃんの名誉のために、皆にはナイショにしておいてあげようと思う。

(あっくんてば過激ー)



お終い。


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2007/10/14 up
千石は常にいい仕事してくれます。
裏な続きを書くかも知れません。

2007/11/01
underページに続編『空白の数時間』upしました。