セピア色スクールデイズ

 留学したいという気持ちだけは中一の頃からあった。言い出せなかったのはどうせ無理だろうと端から諦めていたからだ。
 LA(ロサンゼルス)の姉妹校ならば金の心配は無かったが、俺の生活態度が問題視されるだろうことは予想がついた。わざわざ問題児を留学生に選ぶ馬鹿はいない。

 ンな夢みたいな話をするなんて、俺もヤキが回っていたとしか思えねぇ。でもアイツは笑いもしなければ頭から否定することもしなかった。
「仁なら出来ると思うわ」
 の言葉には力があった。そうして少し瞬きしてから、本気? と俺に尋ねる。俺が思わず頷くと、静かに静かにアイツは微笑んだ。不敵な、それでいてどこか危ういような、妙に目が離せなくなる表情だった。
「なら、協力するね」

 LAのハイスクール行きの話が決まるまで、それからひと月もかからなかった。
 と交際し始めてから、俺があまり問題を起こさなくなっていたのも遠因のひとつなのだろう。に対する教師陣の信頼は絶対的なものがあった。
 どんな話術を駆使したのか知らないが、一緒に教師の説得に当たった千石は「さんって本当に凄い子だよねぇ」と感嘆しきっていた。
「あんなに亜久津のことを熱心に考えてくれる子なんて他にいないよ。あ〜、亜久津羨ましいなぁ。俺もさんみたいな彼女欲しいなぁ」
「ウゼェ。黙ってろよ千石」
 俺は空になったジュースの紙パックを投げつけた。
 は教師に手伝いを頼まれたとかで、今日の昼休みは屋上に来れないと言っていた。代わりに千石と室町が来ている。千石や南はともかく、室町や壇までたまにダベりに来るようになったのはと付き合い始めてからだ。俺も大概丸くなっちまったということか。
 室町は焼きそばパンをひとかじりしてから、感慨深そうに言った。
「でも先輩、良く賛成してくれましたよね。亜久津先輩が留学したら暫く逢えなくなるのに。案外そろそろ飽きて――うわ、嘘です冗談ですって!」
「テメェ、どたまかち割んぞ!」
「亜久津止めなって。室町君も先輩からかっちゃダメだよー」
 襟首離して突き飛ばしてやったら、室町はよろよろしていた。フン、冗談じゃねぇ。次言ったらマジでぶっ飛ばしてやる。
――だが、室町の言葉にも若干引っ掛かるところがあった。思い返してみれば、がふいに抱き付いてきたり黙りこくったりすることが最近増えた気がする。
「チッ、面倒臭ぇ…」
「あれ亜久津、どこか行くの? さんの所?」
「うるせぇ、テメェらに付き合ってられっか。さっさと授業にでも行っちまえよ」
 俺は後ろ手に屋上のドアを音を立てて閉めた。千石が笑っている気配がする。畜生、ドアの鍵閉めといてやろうか。
 イライラしながら廊下を歩いていると、ちょうど向こうからが歩いて来た。俺を見つけてぱっと嬉しそうに笑みを零す。周りがイロモノを見るような目つきだろうとお構い無しだ。
「仁! 良かった。早めに終わったから、今から屋上行こうと思っていたとこなの」
「そうか。…、ならちょっと来い」
 はきょとんとしながらも素直についてきた。非常階段に出て、周りに人気がないのを確かめてからに向き合う。
「お前、留学のことどう思ってる」
「? どうって。良かったじゃない、ちゃんと先生たちに納得して貰えて」
「そうじゃなくて、お前自身はどう思ってんだよ。俺が留学すること」
 留学期間は一年。高校二年になるまでは離れて暮らすことになる。今までのように毎日顔を付き合わせる訳にはいかない。時差があれば国際電話を掛けるタイミングだって難しくなるだろう。
 は、ああ、と頷いた。困ったような、曖昧な微笑が浮かぶ。
「嬉しかったよ。仁が自分から何かをやりたいって言い出したの、初めてだったし。応援したいって思った」
「……逢えなくなってもか?」
「そりゃ逢えなくなるのは寂しいけど、ずっと離れ離れになる訳じゃないでしょう。一年間くらい頑張れるよ。私これでも我慢強い方だもの」
 だから、と言いかけてはわずかに声を詰まらせて俯く。
「……だから、あんまり待たせないでね? 一年以上は私、待たないからね」
「――ああ。分かってる」
 手を伸ばしたら倒れるようにしがみついて来た。
 は強い。そして脆い。コイツの優しさに頼ってばかりいたら、いずれこの関係は崩れてしまう。だから俺の我が侭に付き合わせられるのは今回限りだ。
「――イイ女になって待ってろよ」
 耳元で囁いたら、楓は「馬鹿」と言いながら少しだけ笑った。


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2007/07/12 up
留学ネタはR&Dより。
屋上の不良スポットは外せません。
しかし今時、屋上開放している学校はあるんでしょうかね??