卒業

 卒業式を見計らったように、校庭の桜は満開になった。
「――
 ばかみたいに見とれていたら、いつの間にか仁が側に来ていた。白い詰め襟の肩に桜の花弁がついている。
「何やってやがる、そろそろ式始まるぞ」
「仁は」
「かったりい、二時間も突っ立ってられっかよ」
「駄目だよ。最後なんだからちゃんと式出なきゃ」
 言いながら、ああ本当に卒業なんだなと苦笑いした。
 この式が終わったら優紀さんが迎えに来て、仁はそのまま留学してしまう。
 日本に帰ってくるのは一年後だと聞かされた。現地に馴染むためにもなるべく早く留学したい、と。
 仁がやりたい事を見つけられたのは自分のことのように嬉しい。
 それでも別れの日を先延ばしにしたくて、せめて卒業式まではと千石と一緒になって引き止めていた。でもそんな悪あがきももうお終いだ。
「今日で、最後なんだから」
 言葉にしたら胸がくしゃくしゃと潰れるような気がした。
 仁の前で泣きたくはないな。うざがられるから。
 俯いたら案の定チッと舌打ちが聞こえた。白ランの長い足が近づいてくる。ぐいと乱暴に顔を仰向かされた。
 鋭い視線に射抜かれて思わず涙が引っ込む。
「お前……、俺が別れるつもりだとか、勘違いしてんじゃねーだろうな」
「ち、ちが」
 違う、と言おうとしたら口を塞がれた。
 噛み付くようなキスだ。そのまま桜の幹に押し付けるように抱き締められる。
 暫くして唇を離すと、仁は私の肩に顔を埋めて、うなじの辺りで唸るように言った。
「最後になんかしねぇからな」
「え?」
「お前は俺の女だ。俺が何処にいようがそれは変わらねぇ」
 だから、待っていればいい。
 仁らしい、端的な言葉。
 だけどそれは、知らずに沈みかけていた私の気持ちを浮上させるのにはじゅうぶんだった。
 仁の背中に手を回してぎゅっとしがみつく。
「うん。……うん、待ってる。大好きだよ、仁」
「フン」
 仁はまんざらでもなさそうに口の端を引き上げる。ふと気付いたように、ポケットの中に手を突っ込んだ。
餞別せんべつだ。取っとけ」
 目の前に突き出されたそれ――は、銀色の鎖で繋がれた、小さなペンダントだった。小さな宝石を銜えた鳥のモチーフは、しろうとの私の目にもとても高そうに見える。
「これ、優紀さんの?」
「違ぇ! ったく、何勘違いしてやがる。俺が買ったんだ、俺が」
「それを……私に?」
「二度も言わせんな。頭緩くなってんじゃねーか、お前」
 仮にも彼女に対して随分な言い草だと思うけど、ついクスクス笑ってしまった。
 頭はともかく涙腺は緩くなっているらしい。じっさい涙で目の前が良く見えない。
 ペンダントに手を伸ばすと、仁はうるさそうにその手を振り払って自力で留め具を外した。鎖の先端が左右から首の後ろへと回される。
 かちん、と金具の小さな音が真後ろで聞こえた。
 胸元に銀の小鳥が落ちてくる。つめたい感触が胸に沁みた。
「……ありがとう、凄く嬉しい」
 私は大事にその小鳥を制服の内側に隠すと、仁を見上げて泣き笑いしてみせた。仁もめずらしく満足そうな顔をしていた。
 私はごしごしと涙を拭うと、仁の手を掴んだ。
「さて、じゃあそろそろ卒業式に行かないとね」
「うぜぇ。俺はいいって言ってんだろうが、だいたい手ぇ繋ぐなガキじゃあるまいし」
「ふふ、照れない照れない。センセイだって今日くらいは見逃してくれるよ」
 振り払われないように指を絡めて、私は桜舞い散る道を歩き始めた。


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2007/07/12 up
確か白ランに桜が書きたくて書いた話。
春ですね。
でも亜久津さん餞別の意味間違っ(ry