第四章「本当の一件落着」

 

 

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 外に出た。

 疾風のごとき動きだった割には、靴は履き替えている。

 彼女はグラウンドの土を五歩踏んだとき、足に力をこめて地面を蹴り飛ばした。

 大跳躍。

 跳ぶ、というより飛ぶ。一気に地上七メートルの位置に達し、まだ飛距離は伸びる。

 その長い飛行時間の中で、蓮華は袋をつかんでいる腕を高速回転させた。

 飛行機のプロペラ並によく回る動きは噴射による旋風を生み出した。

 グラウンドにいる運動部の視線が集まる。

 やはり蓮華は気にしない。

 慣性は重力に負けて、彼女の身体は地面に引っ張られる。下降する。

 それでも腕は回し続ける。力によってビニール素材が伸び千切れそうになっても、だ。 着地まであと八十センチの所で、蓮華は袋詰めのゼリーを地面に叩きつけた。

 巨神の怒り。

 彼女の振り下ろした鎚の一撃は比喩表現抜きで大地を脈動させた。

 グラウンドの地面がプラスチックの下敷きのようにしなり、立っているものはバランスを崩してたたらを踏む。

 屋外にいる生徒はもちろんのこと、校舎にいる者達までが注目した発震源地帯には半径五メートルにも渡るクレータが生まれていた。

 ただ一人だけ動じない人間がいる。蓮華だ。

 彼女はもう一度、今度は短く跳ぶ。斜め前方に飛び膝蹴りをかます角度でジャンプし、再び地面に打ちつけた。

 衝撃が波となって伝播する。

 さすがに一回目の時ほど揺れなかったものの、地響きは起きた。

 あんな細い身体になぜこれほどまでの豪衝力が放てるのだろうか、と現場を見守る人間たちは心を一つにして無言の疑問を重ねた。

 その最中、風船が破裂する時と等しい音と共に袋が弾けた。

「!」

 壊れたのは二重構造になっていたビニールの外壁部分だ。

 まるで風船を割ったように寸々なのは、とうの昔に耐久限界が訪れていた所に二撃目の止めを刺されたからだろう。

 内壁も同様だ。だがまだ袋としての形は留めている。

 ……もう一撃……!

 強く望むと、蓮華は三度跳ぶ。やはり一度目より低い位置ではあるが、二度目より頭一つ分は高い。

 そして今までと違い、今度は袋を両手に握って背中に回し、力を貯えるために身体を弓なりに大きく反らすと袋を両足でホールド。

 それこそ引き絞られた弓よろしく、海老反りの状態で背筋、両足、両腕を中心とした、全身の筋肉に力を込め続け、すぐには放たずに蓄め続ける。

 徐々に地面が近付く。が、まだ蓄める。許容量限界まで。自分の力を最大限に発揮できる瞬間、位置に達するまで。

 発射まであと三秒。二秒。一秒――

 ……今!

「りゃあああッ!」

 確信と気合いを叫びに乗せ、渾身の力で大地を打ち据えた。

 衝撃が、亀裂が、破壊が、そしてそれら全てを飲み込む爆音が空間を駆ける。

 その音は誰もが聞いたことがない、いや、感じたことがない音であった。鼓膜だけではなく、身体の芯そのものを震わせる横暴な空気の振動が生徒達に等しく伝わった。

 崩壊を呼ぶ崩壊が始まったのはその直後だ。

 地面に走った大蛇のごとき亀裂が、先程から何度も叩きつけたおかげですっかり弛んだ地盤を襲い、局地的な陥没を次々と誘発した。

 クレータが爆心地以外にも発生していく。

 二撃目まではたたらを踏んだだけの生徒達も、さすがに大半がすっ転んだ。新たに生まれたクレータに飲まれる者もいたりして、にわかパニック状態だ。

 が、それはあくまでもグラウンドにいる人間たちの話である。校舎から外を眺めていた生徒たちにとっては面白い見せ物だった。

「何だ!? 何が起こってやがんだ!?」

「おお、ありゃ女帝の十文路 蓮華じゃないか!」

「てことはまたいつものバカ騒ぎかー」

「もはやこの学校の名物だな。学校のパンフにも乗せるべきだよこりゃ」

「明日の記事はこれで決まりだな……」

「やっぱ美人が動いたら何やっても絵になるなあ」

「きゃー! 十文路せんぱ〜い!」

 好奇と歓喜が入り乱れている。

 しかしこんな人間離れした曲芸を披露しても、不思議なことに彼女を異端視する人間は一人としていないようだった。

 その空気に安堵感を覚えて校舎側に振り向くと、こちらの方に駆けてくる影を認めた。

 

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「蓮〜!」

 言葉だ。彼女は軽く風をまとって走り寄ってきた。

「なんか地響き激しかったけどあれなんだったの? まあ蓮が原因なのは周りを見れば一目瞭然だし、大体察しはつくんだけど」

 蓮華は頷く。

「とりあえずもう一度気絶させて、あわよくばこのまま撲殺しようかと思って半ば本気で叩きつけたら地面が大変なことになった」

「しれっと言われても困るなあ。てゆーか、これだけ暴れても『半ば』なのあんたは」

「ふふふ」

「意味深に笑うな!」

 あたしがツッコミに回るのも珍しいわよね、と言葉は頭を掻いた。

「まーいいや、事後処理は後で学園長に謝り倒してやってもらうとして……ゼリーは?」 問うと蓮華は黙って自分のすぐ後ろを指差した。肩ごしに言葉が覗くと、そこには大崩壊の中心にめりこんでいる緑の物体があった。

「うわ。ぷすぷす煙上げてる」

「あれだけ叩きつけても四散しなかったな。袋は完全消滅したが」

 冷静に観察する二人。徐々に遠巻きながら人だかりができ始めているが、二人は一向に構わない。

 その人込みの中から弱々しい声がこちらに届いた。

「……ぅおぉぉい……」

 蓮華が声をキャッチした。

「なにか聞こえたな」

「あー聞こえたねー。なんかへろへろで不気味なヤツ」

「むう。不気味だったか?」

「あたしはそー感じたわ。ありゃ風のうなり声か七不思議の幽霊ね」

「なぜに七不思議」

「いやこの学校にもあるらしいのよ。夜な夜な廊下をはいずり回る髪の」

「誰が怪奇現象かッ!」

 着弾。

 ひたすら鈍い音が走り、言葉の語りは中断。彼女は頭を押さえてうずくまる。同時に何かがボトッと地面に落ちた。

 茶色いカバン。ソフィアの手提げカバンだ。

「私よボケナス」

 そう言ってカバンの持ち主は足元に置いてある灯油入れを持ち上げ、つかつかとこちらに歩み寄ってきた。

「ふへえ、重いったらありゃしないわね。あ、蓮。ゼリーはどこかしら」

「そっちそっち」

 さっきと同じ所を指し示す。地面のひび割れやら先程の地揺れに関しては何も尋ねず、ただ疲労感を漂わせて自分の任務を全うしようと動く。

「蓮、一つ聞いていいかしら」

 ソフィアは灯油入れのフタを回しながら言った。

「なんだ?」

「実は二個分もいらないでしょ。ガソリン」

 だばだばと朝顔に水をやるような感覚でめりこんでいるゼリーにそれを注ぐ。

「なにが起こるか分からないしな。一応予備にと」

「運ぶ私の身にもなって欲しいわね」

「わたしは重くなかった」

「蓮と一緒にしないでよ。……っと、こんなもんでしょ」

 と空っぽになった容器を二、三度振ってフタを閉めた。

「さーて、あなたで終わりよ言葉。ってなに? まだそんな所で這いつくばっているの?」 ソフィアの一言に言葉は跳ね上がるように起き上がった。そして叫ぶ。

「@★♯†¶援奄aA??`〇(笑)∝∬A梶Y:ЙЖ弱P中K←中P強K!!」

「解らないぞ……。今回の錯乱は一段とひどいな。なんだあの鰍チて」

「б∀刀}∩∪」

「もういいって」

「悪かったわよ言葉」

 そう言うと暴走もぴたりと止まった。

「カバン投げはまだしも、無視されたのはこたえた」

 つぶやくと、彼女はカバンから例の火炎放射器を取り出した。

「さーさ、仕上げするから下がって」

 言われるがままに蓮華たちはあとずさった。ゼリーから言葉は五歩、蓮華たちは十歩の位置に立つ。

「気絶してるみたいだし、大丈夫よね」

 ノズルを構えて、それの横にあるボタンに親指を引っ掛ける。

「んじゃ……発射!」

 指に力を込めたと同時、応えるように鉄製の霧吹きはうなりを上げて鳳炎を発射。手のひらサイズのくせに言葉の視界を朱で埋め尽くす。

「ゴーストバスターズ!」

 意味不明な叫びの中、赤の色彩の中でさらに何かが炎上するのを言葉は確認。ボタンから指を放す。

 噴出は止まったが、クレータの中心に消えない炎がある。ガソリンに燃え移ったのだ。 後は放っておいても数秒の命。戦いはこれにて終決した。

「これで終わりかね」

 安堵と共につぶやいた瞬間。炎が、いや、燃焼物が動いた。

「え?」

 と問い掛ける間もなく、ゼリーは文字通り火事場の馬鹿力で言葉めがけて突進した。

 

 

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 あまりに自然で、唐突すぎる動きだった。それ故、言葉は一瞬意識が途切れる。

 再び意識が繋がれた時、燃え盛るゼリーは言葉の目前に迫っていた。

 避けられない。

「きゃっ……!」

 自らの生命の危機に対し防衛本能が働き、頭をかばうようにかがんだ。

 回避行動ではなく、防御行動。この場においては意味をなさない動作だ。

 確定する破滅の未来。変えられない運命。なぜならば 距離はもはやゼロ――――

 

 

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 その光景を、事の始終を、これから起こり得ることを、彼女は把握していた。

 だが、何も出来ない。彼女が少女だった頃と同様に。

 両親と兄を事故で失った時と同様に。

 そして今、自分の大事な人間が危機に晒されている。

 だが、何も出来ない。これは過去から続く連環の悲劇。

 ……本当に、そう?

 違う。何も出来なかった訳ではない。何もしなかったのだ。

 そう。あの時、確かに彼女は運命を書き換えることが可能だった。

 何故ならば、あの惨劇はすでに予見できていたのだから(,,,,,,,,,,,,,,,,,,.)

 今とて同じだ。彼女は全てを把握している。

 その光景を、事の始終を、これから起こり得ることを。全て。全てだ。

 解っているのならばそこに問題などない。

 意志がある。理由もある。そして、忌まわしき力がある。

 逡巡も悔恨もいらない。今ある大切なものを守りたい。それだけを想う。

 ……あの頃とは、泣いていただけのあの頃とは、違う!

 強く。ひた向きに強く、内なる声で叫んだ。

 気が付けば彼女は、過去に自分を孤独から救ってくれた、かけがえなき存在を守るため自らの封印を解き放った。

 

 

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 もう駄目だ、と理解できている人間がこの場に何人いるのだろうか?

 少なくとも当事者である言葉はその数少ない人間の一人だった。

 なのに何も出来ない。出来ることといったら、縮まって恐怖に震えるだけ。

 今はただ、いずれ必ず来る衝撃と痛覚にじっと備える。

 が、その必ずが無理矢理な形で覆った。

 ゼリーと言葉の距離が限りなくゼロに近付いたその時、虚空に炸裂音が響いた。

「――――!?」

 音の発振源がゼリーだと言葉が知覚するより早く、それは垂直方向に勢い良く飛んだ。 明らかにゼリーの意志での動きではない。誰かに真下から殴り付けられたのだ。

「……え?」

 と疑問を放つ頃には、ゼリーは校舎よりも高い位置にいた。

 視線が脈絡のなさ過ぎる物体の動きを捉えた瞬間、再度変化が起こった。

 炎に包まているゼリーの内部、ちょうどその中心から別の炎が生まれ爆ぜた。

 暴発する新たな炎は包む赤よりも強き色。あらゆる炎の頂点を行く色。

「……白い炎……!?」

 だが、それすらも一瞬。炎はすぐに消え、ゼリーも完全に燃滅していた。

「な、どういう……。一体、何が起こったの……?」

 擦れた声で問うものの、答えは返ってこない。

 代わりに蓮華とソフィアが青ざめた表情で駆け寄ってきた。

「言葉! だ、大丈夫!?」

「あ、うん……。平気っぽい、ね」

「立てるか?」

「うん……」

 差し出された蓮華の手を握る。

 握り返してきた彼女の手は、あの衝裂と惨劇を作り出した人間と同一人物とは思えないほど華奢で、柔らかかった。

 それを感じるのも束の間。立ち上がると手は開放される。

「どういうこと? 一体、何が起こったのよ。ゼリーが飛び出してきてから」

 ソフィアの疑問は、奇しくも言葉の問いと同一であった。

 彼女の詰問に言葉は危機に晒された恐怖を思い出し、身を震わせる。

「解らないよ……。あたしにもなにがなんだか」

 それを察し、蓮華は言葉を気遣うようにそっと肩へ手を掛けた。

「……もういいだろう。理由は解らんが助かったんだし、言葉も今、ショックなんだ」

「あ、ごめん」

「ううん。平気だよ」

 言うものの、さすがにその声には覇気がない。

 それに疑問も解消されないままだ。

 ……あたしに襲いかかったゼリーが、いきなり空を飛んで、しかも爆発……?

 物理的に有り得るはずがないことばかりだった。見えざる手による蓮華並みの一撃に、止めとなった爆裂。更に問題なのは理論上しか存在しない白の炎。

 不可思議だった。不可解だった。だが、一つだけ解っていることがある。

 ……この一連の奇跡が、あたしを守るために起こったこと……。

 つまりは偶然ではなく、誰かが意図的に行なった所業だったのである。手段は不明だが彼女のために誰かが動いてくれたのは確かだった。

 思慮に沈み、顔もうつむいていたらしい。蓮華がこちらを気遣い、微笑みかけた。

「本当に無事でよかった。……本当に」

 冷たいイメージを持たれやすい彼女が見せる笑顔は、真っすぐで暖かい。

 それを見ると、急に元気がわいてきた。

「そうだね。――あー今日は疲れた。学園長の所は明日でいいね。今日はもう帰ろ」

 言うと、言葉は校門に向けて歩きだした。

「え? って、あんたこの惨状をほったらかして行く気!?」

 クレータだらけの地面を指差すが、言葉はこちらを振り向かずに穴をよじ登った。

「いいさ。どの道運動部も活動を終える時間だし、事情を話せば解ってもらえるだろう」 蓮華も言葉の後を追った。

「待ってよお」

 ソフィアも二人に追いすがる。

 三人は並び、野次馬を掻き分け、校門へ向けて歩き出した。

 

 

 

 

 終章「日々という名のリズム」

 

 

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 翌日の二時限目が終わった直後に、二人は呼び出されていた。

「……まあ、大体の事情は飲み込めましたよ」

 校内の理事長室。

 この空間の主人である校長兼学園長の緋願 駆動はペンで机を二回叩いて苦笑した。

確か今年で三十の半ばを過ぎていたはずだが、見かけだけではまだ二十代の青年である。

「あのグラウンドも業者さんを呼んで修繕してもらっていますし、第一調理室の壁も既に塗ってもらいました。お昼までには全てが元通りになることでしょう」

 そりゃいいんですが、と駆動は手を組み、その上に顎を乗せて微笑んだ。

「結局。今回の騒動で一番悪いのは、果たして誰だと思います?」

 駆動の笑みの先には二人の女生徒が立っていた。光刃(こうじん) 言葉と十文路(じゅうもんじ) 蓮華だ。

 言葉は両手を背に回し、休めの姿勢で淡々と応えた。

「そんなもん答えは至極明快です」

「ほう」

「実験に失敗は付き物だと認めない世間が悪いに決まっています。間違いありません」

「なるほど。一理ありますね」

 駆動は全く笑みを崩さずに続けた。

「だけどそれを他の先生方に伝えたら君は一発で停学処分ですがそれでもいいですか?」「済みません申し訳ございません御免なさい反省文を山ほど書きますから許して下さい」「よろしい。……今回は十文路くん、君も光刃くんと等しく苦しむように」

「……はい。申し訳ございませんでした」

「素直で結構。もう行っていいですよ。あ、反省文の提出期限は三日。生活指導の先生に手渡して下さいね」

『はい……』

 これから先の未来を憂い、げんなりとした表情で二人は同時にため息をついた。

 

 

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 事件から翌々日の放課後。

「そんなわけで。出来たわよ、原稿」

 宣言と共にソフィアは部活仲間の宮村の前へ大きめの茶封筒を差し出した。

「まあ顔出すだけって話だったからイラスト一枚だけにしようかとも思ったけど、それはやっぱり詐欺って言うか買ってくれた人に失礼でしょう? だから八頁にしたんだけど」 宮村は茫然とこちらを見上げるだけで、返事をしない。ソフィアは首を捻る。

「やっぱり計算合わなくなった? だったらゴメンね。半分の四頁は一応四コマだから、なんだったらそっち省いてくれても構わないわ」

 手を合わせて謝るソフィアに、宮村はようやく口を開いた。

「これ、いつやってくれたの?」

「え? 昨日よ。ほら、一昨日はごたごたしていたからさ」

「……徹夜で?」

「まあ、ね。でも急ぐんでしょう? それに約束だったし」

 にこやかに目を細めるソフィアは、確かにどこか疲れた風情が見られた。

 正直半ば諦めかけていた彼女にとってこれがどれだけ有り難かったことか。

「す、雀羽あぁ〜」

 宮村は感極まり、飛び込むようにソフィアへと抱きついた。

「へ? あ、え? ちょ、どうしたのよあんたは!」

 胸元ですすり泣く宮村に、ソフィアはただ困惑するばかりだった。

 

 

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 事件から丸三日後。その夜のことだ。

 とあるマンションの一室にある光刃宅に、本日は来客の予定があった。

 ここに住まう姉弟のうち姉である言葉の友人二人が、なんでも三日前に学校で起こった騒動の打ち上げとして、この家で食事をするらしいのだ。

「そりゃ大変結構なんだけどね」

 フライパンを片手で捌きながら、眉をひくつかせて光刃 悠汰夜は毒突いた。

 彼は言葉の三つ下の弟で目つきは言葉の猫目に対しやや鋭いものの、容姿は姉弟ゆえによく似ている。但しやはり内面は異なり、天真爛漫な性格である言葉とは違い、かなりの皮肉屋であった。

「……なんで僕がわざわざ腕によりをかけて料理を三人前も作らなきゃならないんだよ。こういう席ぐらいあんたが作るっていうのが筋ってもんでしょう?」

 と、悠汰夜はソファーに寝そべってテレビを眺めていた姉を肩ごしに口撃した。

「大体からして僕は病み上がりなんだよ。あんたの科学の尊い犠牲でね。今日やっとこさ退院して帰ってきたばっかりだって言うのにさって聞いてるのか姉さん」

 すると少々の間を置いて、姉も首だけの動きでこちらに振り返った。

「――んー。なんか言った?」

 完全に聞いていなかった。

 その事実に悠汰夜は肩を落とすと視線を料理へと戻した。

「何でもない……。っていうか、そろそろソフィアさんと蓮華さんが来る時間だよね」

「んー。そーだねー」

「うん。解ってるんだったらいつまでもそんな格好してるなよマイシスター」

 先程の訴えよりも小声だったのだが、今度は一発で言葉の耳に届いた。

「もうちょっとだけー。この格好の方が楽なのよねえ」

「そりゃTシャツと下着だけだったらさぞかし楽だろうね」

 悠汰夜の呆れ返った口ぶりに、言葉はむくりと身を起こした。

「なによ。なんか文句あるわけ?」

「では一つ。白のシャツにノーブラは目のやり場に困るからやめて欲しいな」

 すると言葉はきょとんとした表情で悠汰夜の背中に一言告げた。

「……あんた欲情してるわけ? あたしに」

「あのねえ」

「ううん、お姉ちゃんは解ってるわ。年頃になった少年は、色気たっぷりのお姉ちゃんと二人暮し。このどっきんなシチュエーションにあんたがムラムラ来ちゃうのも仕方がないことなのよ、うん。けどね、あんたとあたしには血の壁という厚い障害が――」

 やたら芝居のかかった口調の言葉へ悠汰夜は振り向かずに微笑した。

「そうやっていつまでも僕を挑発していると、いつか本当に襲いかかるよ」

 本気とも冗談とも取れる軽いノリの一言に言葉は、

「……着替えてくるわ」

「早くそうすればいいのに」

 と、悠汰夜は皿に料理を盛り付けつつ姉の背中を見守った。

 

 

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「さて。悠汰夜くん」

 蓮華とソフィアが訪れ、談笑しながら食事が進む中、言葉は重く口を開いた。

「なんで御座いましょうかお姉様」

 その席に交じって自らの料理を突っ突く悠汰夜は応えた。

「あたしは今、一つの異議を申し立てたいと思うんだけど」

「言論の自由は憲法で保障されているから問題はないと思うよ」

「あらそう。じゃあ言わせてもらうけど――」

 唐突に言葉は両の手でテーブルを強打。衝撃により皿と料理は一瞬跳ねて騒音を立て、蓮華とソフィアは目を丸くした。

「なんであたしの分の食事がないのよっ!」

 ただ一人、涼しい顔で食事を続行する悠汰夜は静かに疑問に応えた。

「さっき言わなかった? 食事を用意したのは三人分だって。つまり僕とお客様二人」

「あたしはその理由を聞いてるのよ!」

「理由? ――は。そんなの復讐に決まっているじゃないか」

 その顔に満天の喜悦を浮かべる悠汰夜に言葉は眉をひそめた。

「復讐?」

「さっきは聞き流されたけど、僕はあんたの所為で二日も入院する羽目になったんだよ」「おお。退院おめでとう」

「僕が言いたいのはそういうことじゃない。つまり、食べ物の恨みは食べ物で返そうと。そういった所存であります故にあんたはこれから一週間食事抜きですんで宜しく」

「は!? ちょ、ちょっと待ってよ悠汰夜! あんたあたしを殺す気!?」

「そんなに心配しなくても弁当だって作らないから。少しは安心していいよ」

「するか! 大体あんたってやり方が陰険なのよ! もっと民主主義的に解決手段を」

「根っからの帝国主義者が何をほざいているのかしら」

 さり気なく口を挟むソフィアに、黙って蓮華も同意する。

「まあでも、これは僕が姉さんの為に食事を作らないってだけだからさ。何も絶食しろと言っているわけじゃない。そうだ、これを機に自炊してみたらどうだろう」

「あたしはグルメだから自分の作った料理なんか食べる気も起きない」

「何気に矛盾してるぞその台詞」

 蓮華の指摘に、しかし言葉は耳を貸さない。

「じゃあもう買い食いしかないね。栄養バランスは確実に崩れるけど。ま、ファイト」

「ギギギ……」

「最後の最後でまたマニアックなネタを……」

「むふふ。ざまあないわねえ言葉。こーんなおいしいものが食べれないなんて、さぞかし苦痛でしょうねえ。あら、これもイケるわー」

 これ見よがしに料理を見せ付けてくるソフィアに、言葉はキレた。

「こおぉの……。一口寄越せええっ!」

「きゃああ! あ、あなたどこ掴んでるのよっ!」

「やめろ言葉! それは少しキテレツが過ぎるぞ!」

 ――一瞬にして戦場と化した食卓に、傍観者である悠汰夜は一人思う。

 ……一人一人は、まあまともなのに、なんで三人合わされば烏合の衆なんだろうか。

 しかし何だかんだ言った所でこれが彼女たちにとってベストな形なのだと理解すると、悠汰夜は一人、得意の微笑を浮かべていた。

 

 

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 少女は願い続ける。

 この日々が、いつまでもいつまでも続きますように、と。

 

 



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