第三章「戦役の一時収束」

 

 

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 開いた戸のすぐ近くに、それは座り込んでいた。

「げっ! れ、蓮!」

 ソフィアが慌てて蓮華を呼ぶが、遅い。彼女が前に出てくる間に、ゼリーは自身を引き摺るように移動して、一気に十歩は遠ざかっていた。

 えらく速い。

「なにあの動き!? ピョンピョン跳ねてる動きからは考えられないスピードよ!?」

「もうなにがあっても驚かん」

 呟くと同時に蓮華は前に出て、その差を駆け抜ける。彼女の家は格闘道場を営んでおり蓮華もそこで修練を積んでいるため身体能力は超人クラスだ。

 瞬き。

 その速度で詰め寄る。彼女の動きは、辺りの調理器具を疾風で薙ぎ散らす。

「あーあ」

 と言う言葉の嘆きよりも早く、蓮華はゴミ袋を広げてゼリーを包み込もうとする。

 が、覆われる前にゼリーも滑る動きで黒板の方へ逃げ出した。

 とっさに蓮華も捉えようと動くが、間に合わずにそのままビニールは床を叩く。

「捕まえられるって知覚できたの!?」

「てことは視力あるのかねえ。本能で避けたのかもしれないけど。……って、なんか蓮も燃えてるし」

 言葉は言うが、蓮華は膝を折って両手をついた格好だ。表情は良く見えない。

 それでも言葉とソフィアには解った。

「やっぱゼリー相手に不覚を取ったのが悔しいのかしら」

「あたしもケリついたと思ったけどね。あ、動くよ」

 宣言と同時、蓮華は弾かれたように疾り出した。目標はもちろん、いつの間にか教壇の上に居座っている緑の物体だ。

 さっきよりも速い。あまりにも速い。その速さゆえに蓮華が横に通っただけで窓が音を立てて割れかけたくらいだ。実際ひびが入ったものもあった。

 現実というものを全く感じさせない動き。

 当の本人は一秒という時間すら使わずにゼリーの元へ到達。

 しかし再び、

「逃げる!」

 廊下の方角にゼリーは教壇を飛び降りていた。蓮華は左にいるが、ゼリーは右に降りたのだ。

 彼女と物体の間に教卓が障害物となって立ちふさがる。

 しかし、

「それくらい蓮だって読んでるよ」

 その通り。蓮華は走ることをやめず、教壇の一歩手前で跳躍。

 飛び越えた。

「地味にすごいわよね……」

 感想を述べている中、ゼリーは北から南の引き戸へ直進。蓮華も一瞬遅れで追撃。

 直線では断然蓮華が早い。

 道の真ん中辺りで追いつくと、蓮華はアクションを起こした。

 今度はビニールで包まない。

「死ぬがいい……!」

 殺意を乗せて、駆けぬく勢いでもってゼリーを蹴飛ばした。

「蓮華の本気は鉄板すらたやすく打ち貫かせる」

 と誰かが評価していた黄金の右足は、常人には視力で確認できない速度で、トラックの全力突進でもここまで出るかと思わせる豪衝力を炸裂させた。

 

 

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 ここからは音速――つまり音だけの描写となる。

 まず空気を揺るがす重低音が響き渡った。

 間髪置かずに何かが高速飛行をすることによって、空気を横暴に穿つ飛行音が。

「うひゃ!」/「ひょえ!?」

 という二人の叫びが重なり合い、ゼリーがカミカゼ特攻で校舎を殴り飛ばす爆裂音、鉄筋コンクリートの校舎が軋みが、たった一瞬の中で混ざりあう。

 ゼリーの潰れた際の粘っこい音など、これらにかき消されてしまっていた。

 代わりにゼリーが通り過ぎたあとに巻き起こった、暴風だか音速超過の衝撃波だかよく解らない強い力が南側の引き戸で突っ立っていた二人に尻餅をつかせた。

『いったッ!』

 二人の悲痛の叫びが教室と廊下に響き、それきり静かになる。

 ただ、ひしゃげるような形で壁に張りついたゼリーが、ゆっくりとずり落ち、そのまま行きずりに床に着地。

 その光景の中、一人満足そうな表情を浮かべるのは蓮華だった。

「ふっ……」

 彼女は微笑んだ。

「任務完了か」

 決め台詞により、止まっていた時は抗議という形で動きだした。

「この……ウルトラあほぉッ! 常識越えた行動で理解不能な巻き込み方するなあ!」

「うぅ、スカート思い切りめくれた……。なじぇ、わたしがパンチラサービスなぞせにゃならんのよ……」

 二つの異なる非難を蓮華は無視。ただ黙っておっこちていたゼリーを袋に詰めると、

「何を座って休んでいるんだ。早く行くぞ」

 言葉とソフィアは迷わず蓮華のドタマ目掛けて各々のカバンを投げ付けた。

 

 

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「冗談はともかく」

 額をさすりながら蓮華は言った。

「第一関門は突破だな」

「荒っぽいけどね。ゼリーがぶつかった壁は思い切りへこんでるし、蓮が通った所は台風が過ぎ去ったあと見たくなってるし」

「めずらしいわね、蓮がこんな実害だすなんて。大抵は言葉ばっかしなのに」

 二人の指摘に蓮華はうめいた。

「まあ……。こういう日もある」

「それはいいけど、学園長になんか言われたら今日は蓮が怒られてよ。あたしは何もしてないからね。この点は証明してよ」

「何言ってるの? そもそもこのゼリー騒動は言葉が原因でしょう? あなたも同罪よ」「しまったあ!」

 頭を抱えるようにして苦悶。

「ちっくしょー。あ、そーいえば蓮、そのゼリー動かなくなってるけど……。ご臨終?」「わたしが知るか」

 蓮華はゴミ袋を持ち上げて、一息ついた。

「ぶつかった時に四散するかと思ったが、意外に頑丈だし。材質すら変化してないかこの生物。下手踏んだらまだ生きてるかもしれん」

「うーん、まーいいや。とりあえず止めはささないとねー。下行きましょうか」

「待って。あの人たちに謝罪かなにかしなくていいの?」

 そう言うとソフィアは廊下側の窓を指差した。言葉たちが視線を向けると、そこから覗き込んでいたいくつかの人影が引っ込んだ。おそらくは料理部員だろう。

 おそらくゼリーとの追いかけっこは激しい物音がしたはずだ。特に最後の轟音で彼女等の興味を引かないわけがない。覗かれて当然だ。

 さっきのパンチラフェスティバルも見られたかも。

「あー……。どーする蓮?」

 言葉は気まずそうに頭をがしがしと掻いた。

「むう……。やっぱり言うだけは言っとこう」

「そーだね……。ま、当然か」

 うなずきあうと、3人は廊下に出た。そのタイミングを見計らっていたように、部長が言葉に声を駆けてきた。

「あ。あの……。結局どうなったのかしらあのゼリーみたいなのは」

「ああ、それ」

 言葉は蓮華の持っているビニール袋の方を指差した。

「それでさあ……。あの、言いにくいことなんだけど……」

「調理室の中が世紀末になっていることかしら光刃(こうじん)さん」

「うん……。ごめんね」

 彼女がうつむくと、黙っていた蓮華が口を出した。

「言葉が謝ることじゃない。私が悪かったんだ。その……、すいませんでした!」

 帽子を脱いで、背を直角に曲げて、深く頭を下げた。あまりにも実直なその態度に、逆に部長の方が狼狽してしまう。

「そんないいのよ十文路さん。こんなの今まで光刃さんがもたらした諸々の被害に比べたら全然大したことないし。うん。平気よあまり気にしないで」

「そーですよ。なんだかんだ言って、散らかっているのは小麦粉とかそんなのばっかりですし。光刃先輩に比べればこれくらい」

「あーゆーのは掃除する気になれば五分で終わります。これが光刃先輩だったら――」

「あんたらさっきから黙って聞いてればあっ!」

「ひー! 光刃先輩がキレたー!」

 言葉が睨みをつけると料理部員達は一目散に教室内へ飛び込んだ。

「あッ! くそ、鍵かけやがった」

 がちゃがちゃと戸を引くが、びくともしない。

「まったく。言いたい放題言って、弁解もさせないで……」

「じゃあ聞くが、一体お前は今までどんなことをしでかしてきたんだ?」

「え? あ、いやあ、た、大したことはしてないわよ。ただ作ったケーキが爆発して飛び散ったり、クッキー焼いたときオーブンお釈迦にしたり、とか、それくらい」

 廊下の窓が開いた。

「そんなの序の口ですよ」

「あっこの」

「うひゃ!」

 それだけを言うとぴしゃりと閉じる。

「序の口らしいが」

「あー聞こえないね」

 一息。

「まーでも、あんま怒ってないみたいね。よかったじゃん」

「そうだな……。やはりここは片付けも手伝うべきなのだろうが――」

「時間ないしねー。ゼリーを完全に消滅させる頃にはそれも終わってるだろうし」

「そうよ。今はわたしたちがやるべきことをやりましょう」

 ソフィアの言葉に、二人は黙ってうなずいた。

 外を目指す。

 

 

 

 

 間章「騒動の継続」

 

 

 階段の踊り場で、異変が起こった。

 唐突に蓮華の袋が蠢いたのだ。

「うお」

 短い叫びと共に蓮華は思わず手を放した。

 3人は警戒したが、袋は落ちた際に音を立てたきり、再び動くことはなかった。

 しかし今、確かに中の生物は活動をした。

「生きてんじゃん!」

「しっぶといわね〜!」

 言葉はおののき、ソフィアは逞しくも袋にケリを入れ、蓮華は表情を堅くした。

「むう。よし、わたしが先に外に出よう。二人はあとから来い」

「え? ちょっ――」

「早くしろよ!」

 言うが早いか蓮華は床の袋をひっつかんで助走。階段を前段飛ばしで翔び降りる。

 空中にいる間、彼女は猫のようなしなやかさで三回転し――

 着地。

 同時に疾走。下駄箱の方角へ姿を消す。

 すぐさま遠くから女生徒の悲鳴が上がった。蓮華にぶつかったか、驚いたか、巻き起こる風でスカートがめくれたりしたのだろう。

 コンマ五秒後に、今度は男生徒の歓声が聞こえてきた。

「悲鳴の正体は三番か。わたし達とおんなじ目に遭ったわね」

「なにが3番だか知らないけど、早く行くよ。あんたがゼリーにガソリンをまぶさなきゃ始まんないんだからね」

「早く行こうと思うんだったら言葉も手伝ってよ。これけっこう重いのよう」

「やだ」

「け、ケチ!」

「あんたの役割でしょーが。あんたがやんなさいよね」

 言葉はそれだけを言い残すと、自分自身も階段を二段飛ばしで降りだした。蓮華程ではないが、早いペースだ。

「む〜!」

 彼女の後ろ姿にソフィアは頬を膨らませ、しかし慎重にゆっくりと階段を降り始めた。

 

 

 
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