第二章「任務前の作戦会議」

 

 

 

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 廊下を駆け抜けながら蓮華はソフィアに状況を伝えた。

「実験中のゼリーがでかくなり過ぎて困ったですって?」

「そういう事らしい。どこまで大きくなったのかはわたしも知らないが……。とりあえず常識は捨てたほうが良さそうだな」

「どうせ言葉の作ったものだし、か。本っ当にロクなことしないわねアンタ」

「失礼なやつらだね〜。人を狂科学者呼ばわりして」

『違わねーだろ』

「んなハモらせて言わなくてもいいじゃん……」

 このようなやりとりを続けつつ、三人は調理室前へ辿り着いた。教室の前には料理部員の四名が座り込んでたが、言葉達が到着したとたん顔を上げた。

「あ、みんな! 救いの手がきたわよー!」

「やった〜。やっとまともな人たちが来てくれた〜」

「ううっ。これで私達も奇特な伝説の一頁に加えらちゃったんだわ」

「今日の出来事ものちに笑い話に出来ますよね……」

 歓喜と、涙さえ見せる料理部員たち。

「おい。言われてるぞ」

「災厄の権化扱いされてるわよ」

「あー聞こえないね」

 非難する二人を軽く流すと、言葉は部長の元へ歩み寄った。

「どう? 状況は変化した?」

 すると彼女は小首を傾げながら答えた。

「いいえあれからあんまし時間経ってないし。強いて言えば時々部屋の中で物が倒れたりする音が聞こえてくる気がするくらいかしら……」

「……前々から言おうと思ってたけど、あなたもう少し喋る時に息つぎしてみたらどう?口調はのんびりしてるのに読点がないからえらく違和感覚えるし」          「はあ。気をつけるわ」

「おい、っていうか待て言葉。今『物が倒れる音』とか言ってなかったか?」

「――まさか今もなお巨大化してるわけじゃないわよね?」

 二人が放った疑問詞に、言葉はギクシャクしながら答えた。

「ハハハ。ソンナコトナイYOー。シンパイシナイデー」

「だったら不安をあおるようなロボット口調はやめろ」

「いや、一応エセ外国人のつもりだったんだけど」

「本物の外国育ちの前でそういうネタ振る?」

「あ。こりゃ失敬」

「ミニコントかましてる場合か。で、どうなってるんだ実際」

 言葉はうーん、と一つうなり、答えた。

「見たほうが早いわよ。きっと」

「どれどれ……」

 引き戸付近にいたソフィアは戸に付いているガラス板から中を覗き見る。

 硬直した。

「――――――――――!!」

 そのままよろよろと後退り、一言。

「こ、これではまるで……。悪魔ではないか……」

「そういうマニアックなネタはやめなさい」

「じゃなくて……。言葉、あれは一体なんなの!? 少なくとも食べ物じゃないわよね!」「どーなんだろね。とりあえず昨日、弟は平気だったんだけど」

「食わせたの!? あれを!? 悠汰夜クンに!?」

「やっぱまずかったかなあ」

「まずいもなにも! アンタには人の心はないの!?」

「どーせ悠汰夜だしねえ。それに科学に実験はつきものであって」

「人体で行うなあッ!」

「あ。さっき同じことツッコまれた」

 言葉とソフィアの口論に、ただ一人困惑するものがいた。

 蓮華だ。

 事情が飲み込めていない様子の彼女は、ソフィアに習ってガラス板ごしに中を見た。

 そして絶句。

「な、なんだあれは……!」

 それだけを擦れた声でつぶやいた。

 彼女が見たもの。それはなにやら緑透色の物体が教室の中をぴょんぴょんと飛び回る、奇妙極まりない光景だった。

 

 

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 大きさは想像していたものよりも、むしろ小さかった。それでも一抱え以上あったが、そんなものは許容範囲だ。

 しかしそれが常にバウンドし続けながら教室中をぐるぐる旋回していたとしたら、範囲なぞとっくの昔に乗り越えて、常識の殻を突き破ってしまう。

 詰まる所、言葉の作ったゼリーが生き物と化しているのだ。

 形は丸いクッションによく似ている。ゼリーというよりグミといった感じだ。

 未だ調理器具や作りかけの菓子の類は卓上に乗っかっている。ゼリー(仮)は床の上だけを動き回り、それらを侵害しようとはしなかった。

 だが――

「気分の良いものではないな……」

 アメーバのような這いずり回る動きではないものの、なんかブヨブヨした意味不明瞭な生物が、理由なくポンポン跳ね回っているのだ。確かに和める光景ではない。

 もうあれは「RPGの序盤に出てくる経験値稼ぎにもならない雑魚モンスターを、忠実に三次元で再現しました」としか形eできない。

 それもドラクエのスライムや、ブレスシリーズのめだまグミのような愛らしさの欠片もない。触ったらべとべとしそうだし、案外気味も悪い。

 一体何をどうやったらあんなものが生まれてしまったのだろうか?

「そもそも言葉は増殖するゼリーを作りたかったのだろう? 生きたゼリーではなく」

「そうね。大体あんたゼリーに何を入れたわけ?」

 疑問を口にすると、言葉はやりにくそうに頭を掻いた。

「いやー。実はあれって、うちの会社のバイオニクス研究班の試作品をちょっぴり分けてもらって、それをあたしが科学部のほうでちょちょいといじったもんなんだよねー」

生体工学(バイオニクス)? どういうことだ?」

「あー要するに酸素に反応して物体の量を増やすっつー妙な周期性生命活動(バイオリズム)を持ったバクテリアを研究班が作って、あたしはそれをゼリーに使ってみたと。アレンジ加えて」

 答えをもらい、蓮華はまとめた。

「――つまりお前は試作段階で危険度未知数の細菌を事もあろうか食い物へ使用し、しかも専門分野でもないくせに勝手に改造してますます食い物から遠ざけた、と」

「うまくいくと思ったんだけどなー」

「それが本気の台詞だとしたら自己同一性を改める必要があるぞ」

「まーまー。逆に考えたら、あたしは命を創り上げたんだ。これは科学者としての極み!神の領域に達したんだと思えば――」

「冷汗出てるぞ」

「…………」

「それよりも悠汰夜君はあんなもの食べちゃったのよねえ……。今頃、食当たり起こして寝込んでるわよきっと」

 ソフィアは心配そうに窓から見える空を眺めた。

 

 

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 同じ空の下。光刃 悠汰夜は授業中に謎の腹痛を訴え早退。病院へ行き検査を受けると食中毒の疑いが発覚し、医師の取り調べを受けている真っ最中だった。

「なにか心当たりでもありますかね?」

 こめかみをペン先で叩きながら医師は問うと、悠汰夜は迷いなく即答した。

「ええ。間違いなくうちに住んでいる暴帝の――」

「?」

「いえ。姉の仕業だと思いますね」

「はあ……」

 事情を知らない医師は首を傾げたが、悠汰夜は気にしないでくださいと一言。

 彼は窓から見える西の空――言葉の通っている学校の方角をにらみつけた。

 ……今日は華音達との約束があったのに……。中々やってくれるじゃないか。

 また彼お決まりの微笑を浮かべると、医師にも届かない小さな声で呟いた。

「僕なりの方法で借りは返させてもらうよ。――相当高く付くからね。姉さん」

 

 

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「問題はあのブヨブヨをどう処分するかだが」

「えー。処分すんの〜?」

『言葉っ!』

「だからハモって怒鳴る必要はないじゃん……」

「……とにかく、だ」

 蓮華は軽く腕を組んだ。

「あの手のモノは殴り飛ばしても意味がないだろ。千切っても切り刻んでも効果はなさそうだ。確実に葬り去る手段は――」

「みんなで食す――」

「凍らせて砕くとか、燃やして溶かすとかかしら?」

「あ、ソフィア完全に無視かコノヤロー」

「少し黙ってろ言葉……。まあ、ソフィアの言うとおりだな。しかし凍らせると言っても液体窒素の類いなんか手に入らんしなー」

 言葉は頭を掻いた。

「うちの会社にでも行けば分けてもらえるけど……。ちょっと時間かかるしねー。大体、あれって間違えて誰かにかかったりしたら取り返しの付かないことになるし」

 蓮華はふむ、と一つうなずいた。

「そこで、これが役に立つというわけだな」

 言うと彼女は両手にぶら下げていたものを床に下ろした。

 赤い灯油入れ×2。

 中には何かがなみなみと注がれているらしく、置いた時にじゃぽん、と水音が鳴った。「あーそういえばこんなもの持ってきてたわねー。なんなのこれ?」

「ガソリンだ。ハイオク満タン」

 蓮華はさらりと言いのけた。

「が、ガソリンって……!?」

「こんなこともあろうかと用意しておいたんだ。まさか相手が動くゼリーだとは、わたしも思いはしなかったがな」

「こんなこともって……」

 ……時々、蓮ってこういうことするよね……。

 と言葉は表情に真剣なものを宿らせた。

 今日のようなトラブルは先述の通り割と日常茶飯事なのだが、その対抗策を練るのはほとんどの場合蓮華なのだ。その指示は的確で、間違った判断を下したことは一度もない。 それがどんな不測の事態であろうとも彼女は必ず捌ききる。

 しかし妙なことに、彼女はたまに下準備をしてくる日もある。ちょうど今日のように。 まるでこれからどんなことが起こるか全て予測済みで、初めからこの事件が起こることが解っていた、という風に。

 ……あたしの行動パターンってそんなに読みやすいんかね〜?

 疑惑のこもった視線を蓮華に向ける。彼女はそれに気付くと、目をそらした。

「気にするな。一応保険のつもりで裁縫部に行く前にちょっとガソリンスタンドで買ってきたんだ。別に教員の車から盗んできたわけじゃない」

「いやそんなこと微塵も考えてなかったんスけど」

 ま、いいやと吐息。

「んでそのガソリンをどう使うわけ? まさか教室にばらまいて火ィつけて、ゼリーを蒸し焼きにでもするつもり?」

「お前と違ってわたしは過激派ではない」

「うわそういうこと言うの? 言葉ショックー」

「自れを名前で呼ぶな」

 ため息一つ。

「当然、使用するのはあのゼリーを屋外に放り出してからだ。そしてグラウンドに出たらヤツにこれをぶっかけて」

 彼女はパッと手を開いてみせ、

「炎上させる、と」

 その作戦に眉をひそめたのは常識派のソフィアだ。

「それだって危険じゃない。外には運動部がいるのよ? 彼らの前であれが消滅するまで火を焚き続けるっていうのは感心しないわ」

「長時間は不要だ。ゼリーの主成分は動物性蛋白質、数秒もしないうちに溶けるはず」

「なるほど」

「まあそれはいいんだが」

 と、蓮華は視線を下に向けた。そして重々しく告げる。

「むしろここで議論すべきことは――誰が、どうやってヤツを外まで引っ張りだすかだ」「…………!!」

 考えてなかった。

 といった面持ちで言葉とソフィアは顔を見合わせた。

「ど、どうやってって……」

「見ての通り奴は動き回る。視覚があるのかはよく解らないが、近づけば逃げるだろう。誘導できるかどうかは疑問だな」

「そうだねえ」

「あの大きさではこの戸は抜け出せるだろうが、窓は抜けられないだろうな。もっとも、  

ヤツに心 太のような真似が出来れば話は別だが」

 自分で言って蓮華は眉根を詰めた。少し想像してしまったらしい。

「れ、蓮……。それって誰かが窓から抜けるまで押しつけろってこと? 勘弁してよ。あーゆーヌルヌルベタベタでイヤン系なの、私べらぼうに苦手」

「お前も時々変な表現するなあ」

 これでも漫画家なんでね、というソフィアの台詞に蓮華は嘆息。

「大体わたしが言いたかったのもそこなんだ。誰がヤツを抱えて(・・・)外まで運ぶんだ?」

 一瞬、場の空気が凍てついた。

 訪れた沈黙を、言葉とソフィアが同時に破る。

『……はい?』

「さっきも言ったはずだ。誘導できるかどうかは疑竄セと。それにここは二階だ。余計な手間と混乱を呼ばないためにも、抱えてダッシュで外まで出る必要がある」

「え? マジで言ってるわけ?」

 上擦った言葉の問い掛けは、蓮華にきっぱりと言い切られた。

「大マジだ」

 言葉は視線だけで横を見た。そこには表情を強ばらせた――おそらく自分も似たような顔になっているのだろう――ソフィアが、ごくりとツバを飲み込む姿があった。

 そんな中、蓮華は構わず続けた。

「ここで役割を三つに分担しようと思う。一つは外まで運ぶ係。もう一つはガソリンを奴にぶっかける係。最後にガソリンに点火する係」

「…………」

「なにか異存は?」

「おおありよおぉぉぉッ!!」

 叫び、こちらから一気に十歩くらいあとずさったのはソフィアだった。

「いやッ! 絶対にいやッ! あんなの抱えて外まで走れ!? 冗談じゃないわよおッ!」「まあまあ、人生思い通りにゃならないよ。少しは妥協するってことも覚え――」

「アンタが事の発端でしょうが!」

 激しい突っ込みと共に、彼女は自分のカバンを言葉に向けてぶん投げた。

 脳天直撃。

「ぶげッ! ふ、不意打ちとは卑怯ナリよ! 騎士たるもの正々堂々」

「やめろお前が全面的に悪いっていうか妙な錯乱するな。なにが騎士だ」

 遅々として進まんな〜、と蓮華は小さくぼやいた。

「いいか、1は嫌な仕事だし3はリスクが高い。2は割合楽な仕事で汚れ役でもないため不公平なことこの上ない」

 言われて言葉は初めて気が付いた。

「あ。そういや蓮はどうやって火をつけるつもりなのさ? マッチとかライターとかだったら近づかなきゃいけないし。そうなると火が燃え移る可能性大だよ」

「げっ、ある意味1番よりキツいわね……」

 十歩を五歩に縮めたソフィアがうめいた。

「それは心配ない。こっちには遠距離武器があるからな。ほら、言葉の火炎放射器」

 急に振られて一瞬ポカンとした表情を取るが、

「あー! そっかあったねーそんなの!」

 と彼女は背負っていたザックを片手で抱え、嬉々として中をかきまぜ始めた。

 しばしの間を置いて――

「おお。あったあった」

 そういって取り出したのは手のひらサイズの鉄の固まりだった。形状はホースのついた霧吹きによく似ていて、ノズルの部分がカビキラーみたいになっていた。

「な、なにこれ?」

「言葉式秘密道具bV『小型火炎放射器』よ。ソフィアにも見せたことあったっしょ?」「アンタの秘密道具はそーゆー兵器チックなのが多すぎて逆に思い出せないのよ」

 げんなりとソフィアは肩を落とした。

「護身用広範囲展開スタンガンとか、帯符型炸裂弾とか、スプレータイプ粘着捕縛網とか折り畳み式高圧電流三節棍とか、そんなのばっかりじゃない」

「かよわい乙女が身を守るためにはそれくらいの装備が不可欠でしょー?」

「いや聞かれても困るんだけど」

「それに大半の秘密道具は持ち主が危険を感知した時しか使用できない造りになっているから、自動的に正当防衛成立で法に触れないってのがミソなんだな」

「……過剰防衛って言葉知ってる? もっと突っ込むなら、アンタその秘密道具とやらで何人の人間を病院送りにしたか覚えてる?」

「さ〜ね〜。いっつも使うだけ使って満足したら現場からダッシュで逃げ出してたし」

「確信犯だったんかい」

 ソフィアの視線を言葉はさらりと受け流し、蓮華に向けて微笑した。

「蓮もいいトコに気が付いたね〜。確かにこれなら射出距離が5メートルくらいあるからゼリーの炎上に巻き込まれないで済むわね」

「その代わり他人を巻き込む確率が増えるがな」

「でーじょぶでーじょぶ。あたし実はこー見えても射撃の腕には覚えあんのよねー。絶対一撃で仕留めてみせるわよー」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 言葉、あんたなに勝手に自分の役割決めてるのよ!」

 ソフィアの噛み付くような剣幕に言葉はたじろいだ。

「なーによう。あたしの持ち物なんだから、あたしがやったほうが効率いいっしょ〜?」「だめよ! そもそもこの事件引き起こしたのは言葉よ! こういう時、アンタみたいな役柄は進んで汚れ役を引き受けるってのが筋でしょうが!」

「んじゃあソフィアは狙撃一回で終わらす自信、あるわけ?」

「うっ、それは……」

「ほーらあたしの勝ちぃー。やーいやーいばーかばーか」

「くっそぉこのアマぁ……!」

「……ガキのケンカか。大体な、こういうものは公平にジャンケンと決まっているんだ」 蓮華の指摘に言葉とソフィアの動きがぴたりと止まる。

「――なーんで公平にする必要があるわけ?」

「考えても見ろ。言葉は火炎放射器の所持権、わたしとソフィアはこの騒動鎮圧の手伝いを拒む権利がある。お互いが権利を主張しあえばいたちごっこが続くだけだ」

「むっ。一理あるねー……」

「だろう。だからここはジャンケンで決めよう。勝った順に自分の役割を決める、それで文句はないだろう?」

 彼女の不敵な微笑みに二人は真剣な表情ナうなずいた。

 蓮華の表情は、まるで勝負の行く末がどうなるか予め知っているかのようだった。

 

 

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「うっひゃー! 勝ったー! わたしガソリン係よー! きゃっほーい!」

 ある意味このジャンケンに一番勝ちたがっていた半異人の女が真っ先に勝利。余程嬉しかったらしく、無信仰のくせに目尻に涙を浮かべつつ東に向かって三度お辞儀をした。

「くっそぉ〜……。そーいやこの間もグー出して負けた気がするよ……」

「まあこういうものは運と読みあいだからな。仕方がない」

 負けたにもかかわらず焦りなど微塵も感じられない口調に、言葉は苦笑いを浮かべた。「余裕だね蓮……。それに前々から聞こうと思ってたんだけどさ、こーいう勝負ってアンタの異常な動態視力と反射神経使えば実は一発で勝てるんでないの? ひょっとして」

 言葉の問いに、蓮華は眉をひそめた。

「できないことはないが……。日々鍛練で磨いたものを、邪な理由で使いたくはない」

「にゃるほど。んじゃ小細工は一切なしだよね」

「当たり前だ」

 それを聞くと言葉は蓮華を見上げて――蓮華の方が少し背が高い――にかりと笑った。「蓮。あたしはこれからチョキを出すよ。いいね?」

 蓮華は再び眉をひそめた。

「……あのな。小細工はなしじゃなかったのか?」

「あたしが正直に出せば小細工じゃないよ。まあ出さないかもしんないけど」

「惑わしてる時点で小細工だろ。……よし解った。わたしはグーを出す」

「あ。そーくるわけ?」

「目には目を、だ」

 言葉は肩をすくめ、再び苦笑した。が、それもすぐにやめた。指を組んで、軽く伸びをした。手をすかして上方へ。

 蓮華も同様だ。腰蓄めに構え、拳を握り締めた。

 緊迫。

 その空気の中でソフィアは意味不明な小躍りを続けていたものの、もはや二人には届いていなかった。

「一回勝負、だぞ」

「解ってるよ」

 一息の間。

「あたしはチョキを出すからね」

「……わたしはグーだ」

 それだけを言うと、また二人は押し黙った。二人はお互いの視線をかち合わせ、集中。 時間が流れる。

 一秒。

 二秒。

 三秒目で言葉が吠えた。

「ジャン!」

 言葉が拳を固める。蓮華は彼女の叫びに答える。

「ケン!」

 蓮華は一歩、前へ踏み込んだ。言葉も彼女に習う。

 次の合図は同時だった。その合図と共に彼女たちは各々の手を真っすぐな勢いで虚空に突き出した。

『ポンッ!』

 しん、と辺りは静まり返った。

 三度目の静寂。

 その中で、言葉は目を閉じている自分に気が付いた。故に勝負の結果を彼女は知覚できていなかった。

 恐々と、暗闇からいきなり光り輝く世界に飛び出した時のように、ゆっくりとゆっくりと瞼を――それも片目だけ持ち上げた。

 わずかに開けた視界。その狭い世界に蓮華の手は存在していた。

 あの形、それは――――

「グー……!」

 予言通りだった。それを確認すると、言葉はスッと両目を開く。

 彼女の手と一緒に、自分の手も見えた。

 当然だが目に頼らなくても自れの手は理解できるが、あえて彼女はそれを視認した。

 言葉が突き出したは手のひら。すなわち。

「パーであたしの勝ち、だね……」

 声に出してみると改めて自分が勝利したという実感が湧いた。喜びで、身体の芯がじんと震えるのが分かる。

 と、正面から抗議の声が上がった。蓮華だ。彼女は半眼で、

「チョキじゃないのか」

 言葉は言葉でさもありなんと答える。

「だって蓮の性格から行って、まず間違いなく宣言通りのグーを出すだろうと思ったし。それだったら、わざわざ負けにいくことないじゃない」

「む……」

 それ以上蓮華は何も言い返せなかった。そんな彼女を見て、言葉は口の端をもたげた。「まー勝負は勝負だから。悪ィねー、あたし三番の射撃で。よっろしっくね〜ん」

「この期に及んでまだ挑発するような態度を取るの? 意地悪い……」

 ……蓮もかわいそうにね……。

 思い、うつむいている蓮華に彼女は問いかけた。

「蓮?」

 対し、彼女は動いた。

 微笑したのだ。

「大丈夫だ、別に気にしてはいない。第一これが一番いい結果だったんだ。適材適所とかいうやつだな」

「そんな。別に無理しなくても」

「別に無理じゃないさ。こんなこともあろうかと……」

 そういって蓮華は自分の手提げ鞄を開いた。言葉のそれとは違い、きちんと整理された小型空間から彼女はなにかを取り出す。

「こういうものを用意しておいた」

 それをグイッと前に突き出した。

 それはどこにでもあるビニール生地を幾重にもつなぎあわせて巨大にしたものである。 言葉とソフィアは目を白黒。

「そ、それは……!」

「きったねえ〜……!」

 同時にそれの名を上げた。

『巨大ゴミ袋!』

 二人の驚く顔を見て、蓮華は微笑の色を濃くした。

「ま、そういうことだ。相手があれぐらいの大きさだったら、ここまでサイズを拡張する必要もなかったが、まあそれは結果論でしかないな」

「なんで!? 抱えて持ってくっつったのは蓮じゃなかった!?」

「そういった方が勝負が盛り上がると思ったからな」

「こらこらこら! じゃあなに? あんたの余裕は勝ちを確信してたんじゃなくて、負けても平気だったからかい!?」

 意外と怒ることの少ない言葉も、今回ばかりは激高している。

「そうだな。まあ誰が負けてもこれは貸すつもりだったが」

「勝負を盛り上げるためって……。そもそもそんなことする必要もなかったじゃない」

 ソフィアの指摘に、蓮華は一瞬答えに迷い、目をそらした。

「わたしだって、たまにはお茶目をしたい時もあるんだ」

 そういう彼女の頬はわずかに赤くなっていた。

 言葉は嘆息。

「なんだかねえ……。まあいいや。じゃ蓮が袋で包んで外まで持ってって、間髪入れずにソフィアがガソリンぶっかけて、あたしが放射器でとどめ、でいいの?」

 手順を確認する言葉に対し、蓮華は大仰に頷いた。

「ああ」

「よっし。じゃあ行きますか」

 と言葉は教室の方に向きを変えた。手に例の火炎放射器を携えて。

「変な失敗がなければいいけれど」

 と、ソフィア。両手にはガソリンがなみなみと注がれた灯油入れを所持。

「どーでもいいけど、わたしが一番重いわよね」

「その代わり一番責任が薄いぞ。言葉なんか誤射したらシャレにならんし」

 そう言う蓮華は巨大なビニール袋を片手持ち。何重にも折り畳まれたそれは、一般のものより丈夫に出来ている。

 準備は万端。

 それを確認すると、言葉は戸に手をかけた。

「よし……。いざッ、出ー陣ッ! 一発バーンとォ――」

「マニアックなネタはやめるんじゃなかったの?」

「……とにかく! 行くよ!」

 宣言し、ガラッと勢い良く引いた。




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