メモログ
指を折る
ひとつ、ふたつ。
指折り数えてみたって変わらない。いつも二人を囲んでいる妖たちの気配は今はどこにもなかった。知っている妖も、知らない妖も、敵も味方もどこにもない。人も妖もその気配なく消え去っている。
恐ろしいほどの静寂に満ちていた。小さな部屋の窓は閉め切られて、風さえも吹いては来ない。衣擦れや呼吸の音でさえ大きく響いてしまう。
互いに、短く、短く息を詰めて、身じろぎもしない。僅かな音でさえも落ちたらきっと終わりだ。
唯一重ねてしまった手の温度ばかりがじわりと染みて行く。ゆっくり、ゆっくり染みて行って、少しずつ境界をなくしていく。
薄皮一枚の境界が馴染んで溶けていく。
繋いだ手の感触ばかりに神経を張り巡らせながら、息苦しい空間はその枠を広げている。部屋中にそれは広がって、ぎちぎちと詰まって行く。やがて弾ける瞬間が確実に来てしまう。
繋がってしまうのだろうか。たったこれだけで。
ずっとそれを望んでいたのは確かだ。繋がって、境界をなくしてしまいたいといつも思っていた。夏目も、名取も。
望んでいたことだろうに、今、躊躇うのはどうしてか。
多分、二人とも知っているからだ。
きっと何もかもが変わってしまう。薄皮一枚に隔たれた二人分の距離は、その皮を溶かすだけで全部変わって行くだろう。ただでさえ危ういくらいに同じなのに、繋げてしまえば全部解ってしまう。
誰にも渡せず、理解されなかった全てを分かち合ってしまえば、二人が二人ではなくなってしまうような気がする。心臓の音まで重ねてしまったら、多分元には戻れない。
二人ではなく、まるで一人のようになる。
それは、果たして正しいことなのか。
廻る思考と躊躇いが戸惑いを助長し、二人は動けないままだ。
手の温度が染みて行く。じわりと移って行く体温がやがてこの静寂を壊すのを知りながら、離すことも出来ない。
誰も止めてはくれない。
何度気配を探っても、今ここには二人しかいないのだから。
2009/10/24 [reprinting]