メモログ
夏名っぽい
communication
いやだいやだって首を振ってみて、それでも結局は困ったような声に押し流されるのはもう嫌だ。
そう決めてみても、やっぱり幾重にも重ねられた服や、他にも色々な何かが二人分の間を遮っている。それを乗り越えられないのが嫌だ。
握った手を強く掴みながら、夏目は見下ろしてくる人の眼を見ていた。噛み合わない視線をどうにかしてこちらに向かせようとしている。
「夏目」
相変わらずの困ったような声に夏目は掴んだ手をより強く握り締める。
もう片方の手は服の端を掴んでいた。座り込んだ名取の足の間に無理に割り込むようにして夏目も座り込み、じっと名取を見上げている。眼鏡の奥の眼は床を見ていて、夏目を見ていない。
「何ですか」
「もう離れなさいって……」
「嫌です」
「嫌って……何で」
「もうちょっと近付けばって言ったのは名取さんじゃないですか」
依然言われたことを逆手に取り、夏目は服を掴む手にも力を込める。
名取の言っていた言葉の意味はきっと違う。彼が言っていた、近付く対象は、距離を縮める相手は夏目にとっての名取ではない。夏目を囲む様々な人に対してだろう。
そんなの解っている。解っているけれど、夏目が今触りたい人は眼の前の人だけだ。
「おれはそういう意味で言ったつもりじゃなくて」
「じゃあどういう意味ですか」
「……君が興味を持つのは、おれじゃなくて……」
そのまま口ごもった名取の声が続かなくて余計に苛立った。
何が言いたいんだ、わけわかんないことばっか言うな。
そう言い放ってしまいたくて、でもほんのちょっとした遠慮とかためらいとか、そんなものが喉元までせり上がる言葉を引き止める。引き止めるのに、吐き出してしまいたくてイライラする。上手く話せない自分と、ごまかそうとする人の狭間で地団太を踏んでいるみたいで、何もかもがもどかしい。
ぎりっと唇を噛むと、やっぱり眼の前の人は困った顔をして夏目の頬を撫でた。
「落ち着いてよ」
困ったように、だけどひどく柔らかい声でそう言われ、何とか数秒間は耐えた夏目の堪忍袋があっさりと切れた。しびれを切らして、夏目は名取の手をぐいっと引く。
「え?」
呆けたような間抜けな声を上げた人の手を引き寄せると、夏目はその唇に噛み付いた。
2009/10/24 [reprinting]