いにしえ、アレフガルドに竜の王が居た。

あまたの勇者を牙に掛け、いと高きラダトームの騎士の血で喉を潤し、魔物の群を駆って、町々を、村々を焼き払った、闇の首魁が。

祠の古老は今も語る。光の玉の翳りとともに始まった戦いは、歳月の移ろいをよそにとめどもなく広がり、逃れがたき災いの翼の影は、ついにあまねく地を覆ったと。

石巨人の足が家屋敷を踏み潰し、亡霊の甲冑は軍靴に血を撥ねかせ、やがて砂漠の商都ドムドーラが瓦解の響きをたてるや、ルビスの民は絶望と恐怖のうちに、

彼等のうちのもっともいとけなき赤児さえ救われぬ真の滅びを、夜毎夢見るようになったという。

無敵を誇った紫鱗の長虫は、しかし、栄光の絶頂にあって、人の子の刃に斃れた。すなわちロトの裔なる伝説の英雄。青鋼の鎧と、大剣を操る若者の手によって。

ただ独り生き残ったドムドーラの赤児の手によって。

かくて狂える死の嵐は過ぎ去り、平穏が戻り来った。けれど後に残る傷はあまりにも深く、ガライ、リムルダール、メルキドの諸市は、あたかも不治の病の床についた

廃兵のごとくに、少しづつ衰え、やがて時の風の運ぶ土塵に埋れ、草奔と帰した。

さらに星霜は積もり、春秋は巡った。老いたるアレフガルドには、ただラダトームの宮殿ばかりが、昔日の威厳をとどめたまま、なおもかくしゃくと建っていた。

いや、なお一つ。東端の塔より望める、波さやぐ汀をはるかして、かの竜の棲まいし城址もまた、主の怨念をわだかまらせたまま、黒冥々たる姿を現していたが。


どっこい、竜王の城は空ではなかった。というかぶっちゃけ、最下層にある御座所は居住者によって毎日すみずみまで掃除されていたのである。

割と忘れられがちだが、竜王には後嗣があった。ちょうど初代の曾孫にあたる竜王四世は、その朝も、手入れの行き届いた中庭で、まんげつ草の花壇に水をくれていた。

地上の明け暮れにあわせて点る、うららかな精霊の光に、少し離れた小川のせせらぎさえ聞こえる静謐の閑処。四世は、かぐわしい花の香りを胸一杯に吸い込みながら、

丹精した草木に愛情のこもった眼差しを配っていた。

しばらく、慣れ親しんだ風景に眺めいってると、不意に石橋の向こうからもの凄い早さでこちらに飛んでくる小さな影が認められる。せわしい羽搏きの音と、軽く

ドップラー効果のかかった喚き声が、穏やかな空気を掻き乱した。

「陛下〜大変でございまする〜!!」

「なんじゃグレミー。落ち着け」

四世は年寄り臭い喋り方をしながら、じょうろを芝生に置くと、息せき切って辿り付いた家臣−みすぼらしいグレムリン−に向かって、汗を拭くようにとパンジー柄の

ハンカチを差し出した。

翼ある小鬼は恐縮してそれを受け取ると額に押し当てて、角の回りをごしごし擦ってから、我に返ったように、くわっと目を見開く。

「陛下、まんげつ草に水など呉れている場合ではございませぬ!ロンダルキアの新王が、ルプガナを劫掠しましたぞ!」

一瞬、意味の無い沈黙があった。竜王は眉をひそめ、顎を掻いてから、ぽんと手槌を打つ。

「ルプガナとは…えーと、西のほうの人間の町じゃな?あそこの連中は商売好きで、よくグレムリン族とも交易しておったのではなかったか…?」

グレムリンは首を勢い良く縦に振ると、言葉を継いだ。

「さようでござります。わたくしめも若い頃はよくあそこで人間のおなごをナンパ…ってそうではありませぬそれどころではござりませぬ!ロンダルキアの新王めが!」

ロンダルキアという単語が飲み込めたのか、四世の青みがかった顔に驚愕の色が浮かぶ。

「ロンダルキア…思い出したぞ!あのインチキ坊主ハーゴンめの住んでおる寒い土地であったな!奴め無礼にも不可侵の約定を破って、アレフガルドに食指を伸ばして

きおったか!どどどどうしようグレミー、どこへ逃げれば良い?」

小鬼は、主君のあまりの慌てぶりに、どう反応したら分らぬまま、ぽかんと口を開けていたが、ややあって低く呻くと、相手の混乱を制するように翼で宙を激しく敲き、

ちっぽけな体躯からは想像もつかない凄まじい喚きをあげた。

「陛下、そうではありませぬ!先週の『ほぼ日刊モンスター新聞』でお読みになりましたでしょう!ハーゴン教団は壊滅いたし、ロンダルキアはいまはシドーの父を名乗る

若き人間めの支配下にあるのでございます!」

耳鳴りを起こしそうな叫びに、すっかり気圧された四世は、ぴたりと騒ぐのを止めると、父親に叱られる子供のようにしゃちこばって、上目遣いに答えた。

「うむ…そういえばそうじゃった」

「すでにテパ、ベラヌールといった主だった人間どもの都市はこの新参者の掌中となり、ペルポイは攻囲を受けて、デルコンダルの援軍を最後の恃みとしておりますが、

かの国さえ破竹の勢いに抗し難しと軍船を港から出さぬのです。東方のにっくきロト諸王家もいよいよ重い腰を上げて、いまや世界は争乱の渦のただなかに飲まれんと

しているその時に!」

「うむ…大変じゃのう…人間どもも…」

とぼけた台詞に、老グレムリンは双眸を真丸にして、口角泡を飛ばした。

「よそごとではありませぬ!このロンダルキアの新王、不遜の極みにも、人間世界はもとより、モンスターの世界にも勢力を伸ばし、光と闇双方の覇権を求めておるとか!

奴めがアレフガルドの地を踏めば、必ずやこの城めも野望の及ぶところとなりましょう!」

がくんと、竜王の顎が落ちる。

「まじか…どどどうするグレミー。どこへ逃げる?」

重代の忠臣は情けなやとばかり、肩を落として溜息を吐いた。

「陛下、逃げるではありません…あなた様は、闇の世界に並ぶ者なき竜王なのですぞ。ハーゴンごときに後れをとり、このうえ人間にまでびびって本拠を捨てたとあっては、いったいご先祖様にどう申し開きが立ちましょう…」

尋ねられた古城の主は、赤い眼を逸らすと、ローブのすそをはためかせて芝生を蹴った。ちぎれた草が空を舞い、池の水面へ落ちて、淡い波紋を投げかける。

「しかしのう…余が、戦いとかはからっきしなのはそちも知りおろうが…」

グレミーは、語句を詰まらせてから、むざんに咳き込み、ようようしわがれ声を搾り出した。

「ではせめて、使いを立て、ルプガナを落としたきゃつめの真意を問い質しては如何でございます?考えてみれば、向こうもモンスターの世界に通じる者。偉大なる竜王様の

血筋と威風に崇敬の念を抱かぬはずはありますまい」

爬虫類めいた青磁の容貌に喜びの表情が浮かぶ。

「おおそうか!そうかもしれんな。よし、使いを立てよう。誰にするか…」

といって、辺りを見回せど、他になにものの影もなし。グレムリンは、またがっくりとうなだれて、そろそろと手を挙げた。

「不肖このグレミーめが…」

そう言いかけるのに、竜王はぎょっとした様子で、両腕を×の字に交差させる。

「却下じゃ!絶対却下!そちがいなくなっては、誰が余の世話をする?掃除、炊事、洗濯は余の分担故大事ないが、新聞と牛乳の受け取りに行くのはパタパタ飛べる

そちでなくては。それにそう、あとで排水溝の浚渫もせねばならぬ。手伝え!まだ作業は山ほどあるのじゃ。やくそうの種蒔きもあるぞ!」

小鬼は悲しげに微笑んだ。

「陛下…そうしたことも大切ではございますが…いまは…」

「そうじゃ!新聞配達のパピラス、パッピーがおる。あれに命じれば良い」

「なんと!仮にも竜王の使いでござりますぞ…そのような新聞配達員に…」

「ならばどうする?ゴーゴンヘッドの、ゴンちゃん一家を召し出すか?あそこは今年ややこが生まれたばかりで、そのような危険な仕事をさせるのはちと不憫であるぞ…」

「ですから…」

やりとりに夢中になった主従は、急に樹木がざわざわと怯えたように葉擦れをさせ、澄んだ池水が黒く染まり始めたのに気付かなかった。

どこからともなく、風が吹きつけた。

地下の庭園に、決して吹くはずのない風が。

一片の温かみさえない瘴気は、竜王とグレムリンの背筋を冷たくし、舌をもつれさせ、手足を凍りつかせた。

次いで今度は、どこからともなく嗤いが響いた。無慈悲な嘲りの篭もった、極寒の地に猛る雪はやてのような哄笑だった。四世が、思わず後ろを振り向くと、橋の上に、

最前まで徴もなかった逆巻く白い焔の柱が立っていた。

「使いを送られるには及ばぬ…ロンダルキアの王はここよ」

焔の柱は、不気味な顔を持つ無数の人形に分れ、その間から三つの影が踏み出してきた。先頭は長身、屈強な赤髪の男で、やや獣性の勝った美貌に、不敵な薄笑いを

浮かべている。

後に続くのは、漆黒の髪をした若者。痩せた体格は少年の域を出たばかりのようだが、纏うのはまぎれもない覇者の風格だ。片手には薄汚れた剣をひとふり捧げ持ち、

もう片手には、三人目、波打つ金髪を肩に落とした、絶世の美女を抱いている。

赤髪の男は、どうやらほかの二人にかしづいている様子で、その遇し方は、いかにも王に対するにふさわしい威儀を伴っていた。

四世はショックのあまり呼吸をするのも忘れて、白い焔に囲まれた侵入者に眺めた。

恐懼の眼差しを肩に感じた相手が、くるりと向き直って、会釈をした。

「挨拶が遅れましたな…我が輩はバズズ、大神シドーを守護する三騎士が一騎。そしてこれなるは、ロンダルキア真王ズィータ様と、そのお后トンヌラ様にあらせられる」

ズィータと称された青年は、剣のような双眸を、まっすぐに竜王へと投げ掛けた。その腕に抱かれた王妃は、半ば血に酔うたような、半ば闇に溺れるような表情で、

夫を見詰めている。夜色のドレスが華奢な身体を包んで、柳のように裳裾を揺らしていた。

グレムリンは侍従としての努めを果たそうと、糸で縛られたように動かぬおとがいを、必死になって開き、かすれがちの言葉を紡ぐ。

「無、無礼者め!ここをいずこと心得る。畏れ多くも、あまねく闇の世界を統べる竜の君の御座所なるぞ、いかなる許しもなく入るとは!」

バズズは刹那、うっとうしそうに口元を歪め、すぐに三日月型の笑いを作ると、猫撫で声で返事をした。柔らかな口吻の奥には、鋼さえ断てそうな、やすりのかかった

響きが潜んでいる。

「いまや闇も光もただお一人に仕えておるのだ。この虫けらめが」

グレミーは、反駁しようと小さな肩を怒らせ、そのままぽたりと芝生に落ちた。赤髪の騎士の殺気に当てられたのか、白眼を剥いて失神している。

独り残された四世は小刻みに震えながら、若きロンダルキア王に相対した。

「如何用あって、この城に参った…ももももしや、余の命を狙ってのことか」

金髪の后が顎をもたげ、硝子玉のような瞳で主人を見上げる。ズィータは、ふっと鼻息を漏らして、手に持つ剣を掲げた。翼を広げた鳥にも似た独特の形をした鍔は、

すっかり埃にまみれ、どこか悲しげですらある。

竜王は、それに覚えがあった。

「なんと…」

「これに少し興味があって、寄っただけだ…先祖の使ったものだそうだからな…だが…」

ロンダルキア王が、腕を振りかぶると、鞘に収まったままの武器は虚空を過り、派手な飛沫とともに水中に没した。

「とんだなまくらだったな。王者の剣とやら、切れ味は俺の破壊の剣にも劣る」

バズズが頭を下げて応じた。

「愚民どもは、英雄にまつわる品を美化したがるものでございます」

竜王は、どうやら己が標的にされているのではないと察し、ほっと胸を撫でおろした。とたん根っからののんきさが蘇る。

「この城の宝を欲するのか?ならばそう申せ。余は心の広いほうじゃ。好きなだけ見ていけば良い…あ、いや、気に入ったら持っていっても良いぞ。

そう、この、この花壇のまんげつ草以外ならな。うむ」

シドーの騎士が、不快そうにその挙措をねめつけ、独りごちるようにして呟いた。

「…これがあの竜王の裔か…堕ちれば堕ちるものよ…高貴な血統の恥さらしめ…」

ズィータは、家臣の台詞を耳に留めて、すと目を細める。赤髪の男はぎくりとして、すぐさま口を結ぶと、主君の足下に跪いた。

「これは、我が輩としたことが身の程も弁えず…」

「いや、いい。確かにこいつは、竜王の名を汚す。俺にとっても不快なだけだ。その気は無かったが、ここで消しておこう」

バズズはにやりとして、頭を上げた。

「ならばズィータ様の御手を煩わすまでもありません。我が輩めが始末をつけましょう」

血の巡りの悪い四世も、二人の会話の内容は理解できた。生まれてから百年このかた経験したことのない、純粋な恐怖に襲われ、目も眩む思いで後退る。

「ななな何故じゃ…ロンアルキア王、そちと竜王に何の関わりが」

「お前が知る必要は無い…」

若者は虚空から一振りの剣を捻り出すと、后から離れてゆっくりと歩み寄ってきた。

竜王は歯をがちがち鳴らしながら、両の掌で頭を庇って、逃げ道を探す。

「待て、待たぬかロンダルキア王、アレフガルドが欲しければそちにやろう。おお、そうじゃ、この城も明け渡して良い。余はもうちょっと温かいメルキドあたりで

暮らそうかと考えておったところじゃ…頼む…頼む」

「もう喋るな。吐き気がするぜ」

妖気に満ちた破壊の剣が上段に構えられ、刀身に精霊の光を映じて凶々しく煌めいた。

だが、幅広の刃が振り下ろされる寸前、か細い喘ぎがズィータの腕を止めさせる。

「だめだよ…ズィータ様…」

呼びかけたのは、これまで人形のようにおとなしかった金髪の乙女。弱々しく、頼りなげで、しかし不思議とよく通るソプラノだった。

夫は兇相を貼り付けたまま、むっつりと訊き返す。

「…なにがだ」

「……穢すなんて…ズィータ様の使う言葉じゃない…自分の血筋に…認めたくない者がいたから…消すなんて…」

「お前は黙ってろよ」

窮地の四世は、面を合わせぬまま交される奇妙な夫婦の相聞を、茫然と眺めやった。異様に張り詰めた空気が、中庭を満たす。各々が、立っている場所に縫い止められたまま、

意識を感情の昂りに奪われて、あたかも刻の流れが淀んだかのように静止していた。

苦しげなロンダルキア王。

労しげな王妃。

訝しげな竜王。

バズズが、燃え滾る憎悪の眼差しで后の横顔を睨んでいるのに、気付く者はいなかった。

「お願い…新婚旅行なんですよね…僕のお願い…きいてください…」

「ふざけるな…」

噛み付くような痛罵。赤髪の騎士が、すぐにそれに和した。

「そうですズィータ様。シドー様の父君が、情けなどに流されては…」

「てめぇは黙ってろサル!…俺はいまトンヌラと話してる…ごちゃごちゃ抜かすと刻むぞ」

一瞬バズズの両瞳が燃え上がり、周囲を取り巻く白い焔の魔物が、おぞましい軋りを上げたが、しかしそれらは黒髪の若者が放つ威圧の波動に打ち消されて虚しく散った。

サルと呼ばれた家臣は、這いつくばって額を地に擦りつける。

「お許しを…」

ズィータは、それに一瞥もせず、妻の方を向いた。

「何が言いたい」

答えるように山吹色の髪が揺すれ、あどけない面立ちを包み込むと、幽明とした縹緻に、さらにこの世ならざる趣を添える。

「分ってるんでしょ…ズィータ様が一番…もういいよ。アレフガルドでの用事は済んだんでしょ?早く、シドー達のところへ帰ろう…ね…」

淡々とした説得に、常勝無敗の征服王は、どこか駄々っ児のような仕草で拒否を示した。

「…こいつは何の役にも立たない。ハーゴンと同じクズだ。生かしておく意味なんかねぇ!」

「シドー達だってそうだよ?まだ赤ちゃんだから、おっぱいをすったり、おもらししたり、よなきしたりする以外に何もできないよ?だったら殺す?僕達の赤ちゃん」

「…馬鹿な…あいつらは大きくなって…」

「後継ぎだから?後継ぎだから生かしてるの?そんなの変だよ。ズィータ様が一番嫌いなはずじゃない。後継ぎだからとか、血統とか、汚れとか…それじゃ、ズィータ様を

猜んだローレシアの人達と同じだよ…」

ズィータは、今一度縮こまる竜王をねめつけてから、奥歯をきつく食い縛る。

「違う…俺は…」

「うん…」

「俺はあいつらとは違う…」

王妃はそっと夫のそばへ歩み寄り、肩を抱いた。剣の切先がだらりと、地に落ちる。

「うん…知ってる…」

「…くそがっ…」

「ズィータ様の強さは、竜王の血筋だからじゃない。ロトの血筋でもない…神様がくれたものでもない…僕と、赤ちゃん達の…ズィータ様だからだよ…」

ロンダルキア王は頭をもたげると、妻を押し退けて、得物を虚空に収めた。次いで首を捻り、みじめで卑小なアレフガルドの闇の長を眺め下ろすと、抑揚のない声音で

言い放つ。

「…竜王。貴様も、貴様の血筋も今はもうどうでもいい。城は残しておいてやる。だが、これからラダトームの城が陥つるとも、北のガライから南のメルキドまでが業火に

包まれようとも、俺の軍勢の邪魔立てはするな。すれば貴様の痩せ首は、すぐにも胴から離れる。分ったな?」

四世は、ただもう頷くばかりだった。

ズィータは蛙のように芝生にひれ伏すバズズを振り返ると、ぞんざいな口調で命じた。

「サル。アレフガルド攻略は任せる。ラダトームの連中が刃向ったら遠慮なく鏖にしろ。王家に連なる者は老人から子供まで一人残らず捕えてロンダルキアに送れ。

領地はてめぇの切り取り勝手にする」

「御意」

「俺とトンヌラは帰る。ちび共の顔が見たくなった」

白い焔の群が王と王妃を取り囲むと、また激しい渦となって、まっすぐ天井まで立ち上がり、やがて塵一つ残さず消え失せた。

バズズは、主が去ったのを見届けると、竜王を振り向いて、歯を剥き出した。

「この幸運…二度はあると思うな。死に損ない。今日より貴様は竜でもなければ王でもない、ただの蛇男じゃ。そう名乗れい。ズィータ様の言葉通り、我が輩の邪魔をしたら、

どうなるか分ってるな?」

「うむ、うむ…」

「よし、では拾った命、せいぜい大事に使え」

一瞬、赤髪の騎士は人間の姿をかなぐり捨て、狒々の躯と、蝙蝠の翼、尖った耳を持つ巨大な悪魔の本性を現すと、つむじ風となって地下の宮殿からいなくなった。

後に残された竜王は、しばし助かったという実感を持てぬままにあちこち焼け焦げた芝生を見回していたが、ややあって、気絶したままのグレムリンを認めると、側まで

近づいてから、池の水を掬ってぱらりとかけてやった。

小鬼のまぶたが動き、呻きとともに唇が開いた。

「陛下…はて、私めは…」

四世はほっとした拍子に、尻餅をついた。

「やれやれ頼りにならぬ奴め…家来からしてなんという差じゃ。いや、どうして、この世の者があの男に勝てようか…余はまじで百回くらい殺されるかと思ったぞ」

グレミーはまばたきして、傷むこめかみを抑え、記憶をたぐり寄せると、叫んだ。

「む?そうです。きゃつらめ!どこへ行きました」

慌てて竜王がその口を抑える。

「うつけ!やつらがまだこの辺りに居て聞かれたらなんとする!」

「もが…もが…」

「もうよい、もうよいのじゃ。触らぬ神に祟りなしじゃ。あのズィータと申す小僧。勇者ロトの力と初代竜王の力を両方受け継いでおる。反則もいいところじゃ。

あれではハーゴンが倒されたのも無理はない」

「…ぷはっ…陛下、情けのうございます…ご先祖になんと申し開きを…」

四世は、相も変らぬ忠臣の説教に笑いを零して、ふとあの美しい后の面差しを思い起した。

「それよそれ…あやつの強さはひょっとすると…ふふ…先祖とな…」

「何がおかしいのでございます?」

「まぁ良いわ。魔神であろうと破壊の化身であろうと、ただひたすら支配と復讐を求めるならば末路は…不老不死なろうとも、いつかは刃を身に受けるのじゃ」

グレミーは苦りきった表情で口を挟む。

「そのような他力本願な…」

「うんにゃ、余があの男の非業の死を望んでおると?違うわい…むしろ逆じゃ…どちらにせよ面白い、やつが真祖と同じ道筋を辿るか…それとも…」

「それとも?」

かつてアレフガルドに名を轟かせた竜王の曾孫は、ゆっくりと口元の笑みを広げた。

「ふふふ、初代竜王は、まったくモテなんだ。そこがそれ、違いとなるかもしれぬて。可愛い奥さんがいるやつとの、な」

「そういえば、陛下も色恋とは無縁でございますな」

折角の愉快な気分を台無しにされて、古城の主は憂鬱そうに押し黙ると、無傷のままのまんげつ草の花壇を眺めやって、大きな溜息を吐いた。

 

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帽子男様より頂戴致しました。トンヌラさん幸せそうで何よりです。んでもって四世萌えまくりだぜ。