WEB拍手ラプソディー


 バレンタイン・クライシス

 今日は2月14日・聖バレンタイン・ディの早朝。
 ここはおなじみ絵描き人の館・コイサン堂。

 「…なんだよ、もう朝になったのか…!?」
それは昨日の午後のこと。日課のように絵に向かっていたコイサンに、
最近まれに見るほど特大のネ申が降りてきた!
こうして彼は時間を忘れてお絵描きに没頭、ついに一睡もすることなく
朝日が昇るのを目にしたのだった。
(…そろそろ朝食の時間だな。たまにはエナたちに呼ばれる前に行ってみるか…)
ふとそう思って、デスクから立ち上がった直後、
〈バンッ!!〉
コイサンの部屋のドアが乱暴に開かれ、4人の女の子がツカツカと踏み込んできた!?
「エナちゃん・波紋疾走(オーバードライヴ)!!!〈ドッギャァーーン〉」
「あううぅぅ〜〜〜〜〜ッ!!!〈ポカポカポカポカッ〉」
本当にパンチなのかどうか怪しくなってきたエナの鉄拳制裁と
テレアの最終奥義・ガトリングパンチの連続コンボが炸裂!
そして間髪置かず、
「コイサンさん!これはいったいどういうことですのッ!?〈キラーン☆〉」
「…やっぱりコイサンは思った通りの………ふっ★」
秘蔵の包丁を構えて激昂するレリス、
吐き捨てるようなフリルの毒舌と冷たい視線。
 「…うぅっ、な…何事だ、おまえ…たち!?!?」
「まったく、『何事だ』とは私たちのセリフですよ。今朝ご飯を食べようと
ダイニングに行ってみたら…」
「…テレアたちが昨日(きのう)頑張って作ったチョコレートが、ひとつ残らず
なくなっていたんだよぅ……うわぁ〜〜ん!!」
「今日コイサン堂に来て下さるゲストさんたちのために、特別腕によりをかけて
手作りしましたチョコレートでしたのに!テレアちゃんやフリルちゃん、
それにエナさんの分までわたくし…、手取り足取りご指導しましたのに……」
「…ここに住んでいる5人の中で、チョコレートを横取りする動機があるのは
ただひとりの男、コイサンしか考えられない。だから…」
『私たちのチョコ、全部返してッッ!!!』
声を揃えて、コイサンに詰め寄る彼女たち。
「…あ、あのなぁ…。いくら俺でも、お前たちのチョコくすねて満足するほど
落ちぶれちゃいないぞ。それから、この道具や漫画本でいっぱいな部屋のどこに、
あれだけのチョコを隠せる場所がある?」
『……』
「仮に俺がチョコを全部食ってしまったとしても、ラッピングがゴミになって
必ずどこかに残る!…お前たちはそれを実際に確かめたのか??」
『…………』
コイサンの反論はもっともその通りだった。
荷物がギッシリ詰まった戸棚の中には大量のチョコレートなど入れておけないし、
ゴミ箱の中にも覚えのあるラッピングを捨てた痕跡など見当たらない。
『……………』
コイサンへの容疑が濡衣に過ぎないことは、もはや明確だ。

 「…そうですか、コイサン堂でそんな事件が…。」
「だからッて、別に私たちまで呼び出すコトないじゃん!? …私たちだって今日は
コイサン家(ち)の分だけじゃなく、直樹兄ちゃんやお兄ちゃんの分のチョコまで
ラッピングしなきゃいけなくて忙しいンだよ!」
「分かってるさユナ、そんなことは。…でも、犯人と勘違いされた俺がどれだけ
ひどい目に遭わされたかは、そこの娘ッ子たちから聞いただろ!?」
ジト〜ッとしたコイサンからの視線の向こう側で、
シュンとうなだれる看板娘たち。
「こうなったら、この手で犯人のシッポつかんでやらなきゃ気が済まん!
茶エナ、俺たちを昨日・2月13日のコイサン堂にタイム・ワープしてくれ。」
コイサンの身の回りで事件が起こると、いつも頼りにされる茶エナ・ユナ姉妹。
…しかし、またも重責を担わされたふたりの表情は渋い。
 「…コイサンさん、『タイム・パラドックス』ってご存知ですか?」
「う〜ん…、言葉は聞いたことあるが…。」
「同じ人物が複数、同一の時間上に存在することは自然界ではあり得ません。
ですから、時空操作で無理矢理そんな状況を作り出したら、何が起こるか全く
予想が付かないのです。」
「だから、そんなときに起きるかもしれない危ない現象を、お姉ちゃんたちは
タイム・パラドックスと呼んで恐れてるんだ。…私が今はもういないお母さんに
なかなか会わせてもらえないのも、そのせいなんだよ。」
時空ワープ先が遠過ぎるのも問題だったが、
近過ぎるのはそれ以上に問題があるようで厄介だ。
しかし…
「エナちゃん、私からもお願いします!」
「テレアも、このままじゃイヤだよ…せっかく作ったチョコなのに……」
「コイサンさんへの罪滅ぼしには、この方法しかありませんわ!」
「…そんな訳で、茶ナっち、よろしく。」
………………………………………………………。
「……わかったわ、他ならぬみんなの頼みだもの。でも、タイム・パラドックスは
絶対避けなきゃいけないから、『昨日の自分たち』には決して会わないで!
…コイサンさんも、いいですね?」
「了解。それじゃ、2月13日に出発!」
 時空転送装置を身に付けた茶エナに、数珠つなぎ状態となるコイサン一党。
「時間転送・2006年2月13日17時30分。対パラドックス時空微補正・自動制御。
…実行!」
ボイスコマンドをアイテムに入力すると、彼女らの周囲の景色が青白い光を帯び、
次の一瞬、真ッ暗な闇と化した…。

 今日は2月13日・聖バレンタイン・ディ前日の夕方。
 ここは絵描き人の館・コイサン堂のダイニング。

 「…いやはや、今年のバレンタイン・ディはレリスさんがいてくださった
おかげで、私たちもなんとか…な・ん・と・か・手作りチョコが作れましたよ。
ありがとうございました!」
「どういたしまして。…わたくしのような新参の看板娘がみなさんのお役に立てる
なんて、本当に嬉しいですわ。」
「去年のバレンタインは、エナお姉ちゃんもテレアも結局チョコの手作りに
失敗しちゃって、急いでお菓子屋さんに買いに行ったよね?」
「…レリっち、チョコ作りもラッピングも本当に器用。…きっとクラゲだって、
手作りできるに違いない。」
『!?』
「…さて、でき上がったチョコレートは、明日までここに置いておきましょう。
コイサンはどうやらネ申モードに入ったみたいですから、
しばらくここには来ないと思いますよ。」
「みなさん、チョコレート作りでお疲れでしょう。リビングでお茶に
いたしませんか?…朝のうちに作りました、クッキーもございますわ…」
〈トテトテトテ…〉
………………………………………………………。
〈ガタン!〉
ひと仕事終えた看板娘たちが立ち去り、無人となったダイニングの収納扉が
一斉に開く!
『プハーっ!!!』
収納スペースの中から転がり出したのは、「明日」の未来からやって来た
「もうひとり」のコイサン堂住人たち。
 「む〜!狭かったよぉ、お姉ちゃん★」
「ワープを頼んだ手前言える立場じゃないが、もう少しマシな転送先って
なかったのか!?」
「…タイム・パラドックスを避けるためには、仕方ありませんでした。
アンチ・パラドックス・フィールドを展開できる手頃な空間が、ここしか
見当たらなかったので…。」
時間旅行の出入口は、いつも小さく狭いところにあると相場が決まっている。
かの国民的マンガでもそう、有名ハリウッド映画シリーズでもそう。
「…あぁっ、大変ですわ!」
「どうした、レリス?」
「いま思い出しましたわ。もうすぐ『わたくし』がここに、お茶請けのクッキーを
取りに戻って来ますの。」
「そういえば、そうでしたね?…早く隠れないと!〈ガタン〉」
「…エナっち!狭苦しいのは勘弁…」
「ダメだよ、フリルお姉ちゃん!タイム・パラドックスが起きちゃうよぅ!?」
みんな大慌てで、ふたたび収納スペースに潜り込む。
『……………。』
息を潜めて待つと、レリスらしき足音がダイニングに近付き、しばらくの後に
リビングに向かって遠ざかっていった。
「…ふぅ。もう大丈夫なのか?〈ヒソヒソ〉」
「それが…、この後チョコ作りをしましたキッチンを、全員で片付けることに…。
〈ヒソヒソ〉」
『はぁ……………』
こうしてコイサンたちは、チョコレートを盗む者が姿を見せるまで狭い空間に
閉じこもったままでいることを余儀なくされたのだった。

 収納スペースに身を隠し、食卓の上に置かれたチョコレートを監視し続けること
3時間。
その間にレリスが側のキッチンで簡単ながらも栄養バランスの取れた夕食を手早く
作り、リビングルームとコイサンの部屋に運んでいった。
〈………………………………〉
しばらくのあいだ誰も来なくなり、シーンと静まり返るダイニング。そこに…
〈フッ…〉
どこからともなくひとりの女の子が瞬間的に姿を現した!
『!!!』
背格好はフリルと同じくらい。ピンク色の髪をツインテールに束ね、
ゆったりとした東洋風の衣装に身を包んでいる。
「…不法侵入者!〈ヒソヒソ〉」
「あぁ…、サチだな。〈ヒソヒソ〉」
 コイサンが「サチ」と呼んだその少女は、きれいにラッピングされた
チョコレートの包みを遠慮なく手に取り、興味深そうにしげしげと眺める。
「…感じるわ、『幸せ』の手応えを……」
うっとりした表情を浮かべながら、ふたつ、みっつと包みを掌に乗せてゆくサチ。
「なんてこった…取り押さえるぞ!〈ヒソヒソ〉」
「そんな…、まだサチお姉ちゃんが犯人だって…〈ヒソヒソ〉」
「テレア!あいつは瞬間移動するから油断できん!!〈ヒソヒソ〉」
コイサンたちが飛び出そうとした次の瞬間…
「……やっぱり勘違いかも。」
〈フッ!〉
…彼女はチョコレートを元の場所に戻し、たちまち姿を消してしまった!
〈ドガッシャーン!!!〉
勢い余って、新喜劇ばりのズッコケをカマす一同であった。

 『………………………』
時空の放浪者・サチ来襲の後、コイサンたちの監視は何時間も続いた。
しかし、じっと動かず見張り続けるだけの時間は眠気を誘う。
まだ幼いテレアやユナ、
狭苦しい圧迫感に耐え切れなくなったフリル、
慣れないチョコレート作りに疲れを覚えていたエナ、
一日じゅう家事に追われ、その上看板娘全員のチョコ作りを手伝ったレリス、
…そして、ネ申モードのおかげで徹夜明けだったコイサン。
みんな次々と、無自覚のうちに眠りへと落ちてゆく…。

 「大変です、みんな起きて下さい!!」
ひとり徹夜で監視を続けていたはずの茶エナが、慌てて全員を起こす!
『………!?』
ハッと我に返り、食卓の上に目を移す一同。
手作りチョコレートは…まだ盗まれていなかった。しかし…
「どうしよう…早く元の時間に帰らないと……」
午前5時前を示した腕時計を見つめ、ただ事ならぬ表情を見せる彼女。
「でも、まだ肝心の犯人は…」
「それどころじゃないんです!」
いつになく厳しい口調で、コイサンの反論を遮る。
 「わたしたちは2月14日の7時過ぎに、1日前へのタイム・ワープを行いました。
でも、ここでうっかり寝過ごしてしまったせいで日付が変わり、もうすぐ
時空転送装置を使うまでもなくタイム・ワープした時間に
追い付いてしまいます。」
『………』
「時空転送装置は2時間以内の微小な時間転送を禁止していますから、
今すぐタイム・ワープしないと…」
「…どうなるんだ?」
「わたしたちと『1日前のわたしたち』が同一時間上に存在する
タイム・パラドックスが、永久に解消されない状態に……。」
あと2時間余りのうちに盗まれることが確実なチョコレートをみすみす見放して
「未来」に帰るのはもったいないが、このままでは取り返しの付かない
ことになってしまう!
「う〜ん…、こうなったら最後の手段!チョコ泥棒に盗られる前に、俺たちが
チョコレートを未来に持ち帰る!! …どうだ?」
誰ひとりとして、自分が精一杯手作りしたチョコレートを失いたくはなかった。
だから、みんなコイサンの提案に口を挟まず、ダイニングの収納スペースから出て
自分の作ったチョコレートの包みを手に取ってゆく。
「もう大丈夫ですか?…時間転送・転送履歴に沿って帰還。…実行!」
 全員の周囲の空間が再び青白い光を帯び、その光が消え去ったときには、
ダイニングの壁に掛かった時計が1日前にタイム・ワープしたときの時刻・
午前7時15分を指していた。
『……………』
出発前に影も形もなくなっていたチョコレートは、今は確かに彼女たちの
手の中にある。
『…よ、よかった……』

 2月14日・聖バレンタイン・ディの朝。
 ここは絵描き人の館・コイサン堂の玄関。

 「ふーん…、そんなにいろんなコトあったんだ!? 大変だったね?」
同じ学校に通うテレアを迎えるついでに自分の作ったチョコレートをコイサン堂ノ
届けに来た蒼葉は、看板娘たちからこれまでの経緯を聞いていた。
「まったく…、何時間も狭い空間にこもって監視…。疲れてしまいましたよ。」
「そうだね、エナお姉ちゃん。…テレア、まだちょっと眠いよ…。」
「結局、チョコレートを盗んだ犯人は、誰だか分からずじまいでしたわ。」
「…でも、今チョコレートはぜんぶ私たちの手元にある。…ブイ♪」
「これというのも、やはり俺の咄嗟(とっさ)にして的確な判断の賜物(たまもの)と
言えるだろうな…フフッ!」
謎の窃盗犯の魔手からチョコレートを取り戻したとばかりに、得意満面なコイサン。
…しかし、話を聞いていた蒼葉の表情が、だんだんビミョ〜になってゆく。
「…ねぇ、私…犯人分かっちゃったよ。」
『えっ!?』
「犯人は、タイム・ワープで1日前に戻ってチョコを部屋から持ち出した、
コイサンさんたち自身じゃないのかな?」
『!!!〈ガコーーン★〉』
コイサン堂住人たちの頭上で、目に見えない金ダライが落ちてきてぶつかる音が
響き渡ったような感じがした。
「…それじゃナニ!? 私たちが昨日にタイム・ワープしなけりゃ、チョコが
なくなるッて事件は起きなかったのかな…お姉ちゃん?」
「…でも、コイサンさんたちにタイム・ワープを頼まれたのは、確かにチョコが
なくなる事件が起こったからなのよね…ユナ?」
『…………………………!?!?!?』

 …そうなのですよ、みなさま。
 それこそが誰にも止められない、恐るべきタイム・パラドックスだったのです。
 でも、それももう過ぎ去った出来事。
 みなさま、どうか良いバレンタイン・ディを。

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 あとがき
 この度は,バレンタイン・ディをテーマにしてお届けしましたJolly謹製SS
 第3弾「バレンタイン・クライシス」に最後まで目を通して下さり,ありがとう
 ございました.お楽しみいただけましたでしょうか?
 さて,みなさまは本作をお読みいただいた後,きっとモニターの向こう側で首を
 傾げていらっしゃることでしょう.
 「…たしかJollyのSSって,前の『WEB拍手ラプソディー』が第1弾だった
 よな?その次の新作SSがいきなり『第3弾』ッて,どういうこっちゃ!?」
 去る1月中旬に,コイサンさんの元にJollyはSS「第2弾」をお贈りしました.
 しかし,その作品はある目的のため,2月下旬まで公開していただくことが
 できません!その日を待つ間にふと「天啓」がひらめき,それがこの作品として
 カタチになったというわけです.
 もし本作がバレンタイン・ディのタイミングに合わせて公開されることがあれば,
 そのとき一種のタイム・パラドックスが発生し,先に記した現象が現実のものと
 なるのです.
 最後に,コイサンさんには物語の中とは言え,チョコ泥棒の濡衣を着せてひどい
 目に遭わせてしまったこと,深くお詫び申し上げます.
                                  Jolly

このSSはJolly様から頂きました。
今回も相変わらず全員総出演という豪華な内容で、非常に嬉しい限りです(^^)
本当にありがとうございました♪