スクール・ライフ


  スクール・ライフ

 …私は少し前まで、生きてゆく上で大事なことは旅芸人一座で一通り体験済みだと
思っていた。

〈…サッサッサッ!〉
「フリルちゃ〜ん、おっはよ〜〜ん♪」
「…おはよう、リサっち。」
朝から雨降る中、私を追いかけ声を掛けてくれるポニーテールの女の子。
同じクラスで、私の前の席に座っているリサっちこと、リサ。
「それにしても、よく降るねぇ〜? …昨日も雨、今日も雨。」
「…それはきっと、私の同居人の日頃の行いのせい。」
「???」
「…彼の趣味は、絵や漫画を描くこと。…そして、傑作が描き上がった夜が明けると、
その朝には決まって雨が降る。」
「なにそれ、今は梅雨時なだけじゃない!? …それじゃその人、梅雨の間は
ずぅ〜っと絶好調って言うの?」
「………☆〈ニコニコ〉」
「ハッ! …またやられちゃったよ★」

〈ザワザワザワ…〉
「へッへぇ〜〜! こッこまでおーいでーー♪」
「わーん、待ってよ〜〜…」
授業と授業の間の休み時間。
男の子たちが他愛もないことで騒ぎ、教室の中を走り回っている。
〈ドン! ガシャーン…〉
「…!」
そのうちのひとりが私の机にぶつかり、はずみで筆入れが落ちてしまった。
「フリルちゃん大変! 鉛筆ぜんぶ折れちゃってるよ!」
床に落ちた筆入れはリサっちがすぐに拾ってくれたけど、彼女の言う通り
私の鉛筆は全滅状態。
『…………………』
〈…トットットッ〉
「…?」
「すまねぇフリル、オレたちが悪かった。…ほら、お前も謝れッ!」
「…うん。ごめんね、フルリルさん。…あの、僕、鉛筆削り持ってるから、
ぜんぶ元通り削るよ…。」

「…あ〜あ。今日の体育、楽しみな水泳のハズだったのに〜★」
「…それは私の同居人の…」
「それはもういいから!」
雨の日はプールが使えないから、体育の授業は体育館で跳び箱。
旅芸人だった頃、短い夏休みを海で過ごして先輩から泳ぎを教わったから
水泳にはけっこう自信がある。
…でも、それ以外の運動には…。
「ねぇフリルちゃん。私と一緒にあの高さ、挑戦してみようよ!」
「…リサっちは、この前ちゃんと跳べていた。…私は…失敗した。」
「大丈夫だよ! もう少し前に手を着いて跳べば、きっとうまくいくから。」
「…手を……前に?」
「そうだよ。…こんな感じで!」
〈タッタッタッ……タンッ!〉
先生の手本通りのきれいなフォームで、リサっちは箱を跳び越える。
「………………。」
「ほらー、今度はフリルちゃんの番! 頑張ってー!」
(…手を……前に……)
〈タッタッタッ……タンッ!〉
一週間前に私の行く手を阻んでいた壁のような跳び箱が
たったいま背中の向こうに流れ去り、
その直後、私の両足は確かにマットを踏みオめていた。
「…………。」
「やったねフリルちゃん! これで私と一緒だね☆〈ポン〉」

『いただきます!』
給食の時間がやって来た。
みんなで一緒にご飯を食べる楽しみは、旅芸人時代も今も変わらない。
「あ〜ん! 今日のおかず、あたしのキライなニンジン入ってるぅ★」
「わたしの嫌いなタマネギも入ってるわ。…取りかえっこしましょ?」
…………。
「そういえば、フリルちゃんは食べ物で好き嫌いしないよね?」
ピーマンを牛乳で苦手そうに流し込みながら、リサっちが話しかけてきた。
「…好き嫌いしてはいられない所に、長い間いたから。…それに……」
『それに?』
リサっちだけじゃない。
同じグループの子たちがみんな、私の次の言葉を待ち構えている…。
「…お・し・ま・い。…てへっ♪」
〈ガタガタガタッ!!〉

 「うっわ〜! 朝はあんなに降ってたのに、もう雨やんでるよー☆」
「…今ごろはきっと、失敗作の連続で…」
「それはもういいってゆーの!」
今日の授業を全て終え、リサっちとの帰り道。
ふと彼女が私の手を握り、いつもと違う道へと引っ張ってゆく。
「…リサっち!?」
「フリルちゃん! 今ならきっと見られるよ♪」
リサっちに手を引かれ、知らない道を全力で走る。
…………………………………
……………………
…………
『…………、…………、……………』
ふたりとも息が切れるほど走りたどり着いた場所は、丘の上にある小さな公園。
「…ハァ。…ほら、やっぱり〜☆」
「………?」
リサっちが雨傘で差す方を見上げてみると、そこには梅雨の晴れ間の青空に架かる
大きな虹が浮かび上がっていた。
『……………………………………』
私たちは無言のまま時間を忘れて、このきれいな大空を眺め続ける…。
…………………………………
……………………
…………
〈♪♪♪ ♪♪♪〉
「フリルちゃん、メール!?」
「…いけない。…もう帰らないと、みんなが心配する。」
「…そうだね。私もお母さんに叱られちゃうかも。帰ろ!」

「あー、楽しかった! …そんじゃフリルちゃん、また明日ね〜♪」
「…バイバイ。」
…ふたりの帰り道が分かれる交差点。
振り返りながら左手を大きく振るリサっち。
軽く右手を上げて、見送る私。
(…………)
登校時はテレアや蒼っちと一緒に歩いた道を、今はひとりで反対方向に歩く。
…編入したばかりの頃は、知らない道ばかりで正直言って心細かった。
しかし、今ではもう、日々の景色のわずかな変化を楽しいと思えるほど
心のゆとりが生まれている。
〈ガバッ!〉
「フリルちゃん、捕まえたですよー!」
「…ルミっち!?」
「お家に帰って郵便受けを開けたら、お姉さま宛のお手紙がまた入っていたので
コイサン堂に届けに行こうと思ったですよー。…でも、途中で道を間違えて
しまって…。」
………………。
「……13歳未満の少女の体に勝手に触った者は、何人たりとも罪に問われる。
…ルミっち、警察に行こう。」
「えぇーっ!? ルミ、悪いことしちゃったんですかー?? はうぅ……★」
「…冗談よ。…一緒にコイサン堂に帰ろう。」

 …私は最近、今までしたことのない体験がこんなにも多かったことにようやく
気が付いた。

 …学校に通うのも、悪くない。


 あとがき
 この度は,「コイサン堂キャラクター人気投票」支援作品のJolly謹製SS
 第5弾「スクール・ライフ」に最後まで目を通して下さり,ありがとう
 ございました.お楽しみいただけましたでしょうか?
 さて,これまで一貫して「お嬢様方総出演」をテーマにしたSSをJollyは
 この場に寄贈し続けてきたのですが,今回は「人気投票支援」ということも
 あって,応援しているフリルお嬢様おひとりに出演者を絞って物語を構成して
 います.…最後にルミスお嬢様だけが少しばかり登場していますが,それは
 フリルお嬢様のご成長ぶりを描写する上で必要ということで,ひとつご勘弁を.
 それから,このお話の時期設定についてですが,現在連載中のウェブ漫画
 「黄昏の絆」との重複を避け,なおかつ6/21公開「コイサンどうのにちようび」
 の後日談にしたいとの意図があって,6月末から7月半ばまでの梅雨シーズン
 とさせていただきました.
 最後に,フリルお嬢様のお友達になってくれたリサちゃんに最大限の感謝の
 意を表して,締めくくりとさせていただます.

                                  Jolly



このSSはJolly様に頂きました(^^)
フリルの知られざる学園生活の全容が今!…という内容です。
場つなぎの一発キャラのリサまで出していただいて感謝感謝です(^^)