WEB拍手ラプソディー


 WEB拍手ラプソディー

 いまというとき、ここではないどこか。
 そこに確かに存在する絵描き人の館・コイサン堂。
 今日も今日とてデスクに向かい、一枚また一枚と漫画やイラストを描き進めるのはこの
館の主(あるじ)・
ミナミノコイサン、人呼んでコイサン。

 (…ふぅ、ここら辺で一休みするか…)
いくら調子よく描けるときでも疲労はやって来る。タブレット・ペンをデスクに置き、大
きく伸びをして
いると…
〈パチパチパチ…〉
玄関の方から聞こえる拍手の音。コイサン堂を訪れた人々が応援やら日常会話やら何らか
の思いを込めて
送る、「WEB拍手」が投函されたことを知らせる合図だ。
(そういえば俺、ここしばらく『ネ申モード』で絵ばっかり描いてたから、WEB拍手ぜ
んぜんチェックして
なかったな。)
 コイサンは立ち上がり、玄関へと向かった。

 「……………」
コイサン堂の玄関。メールボックスとは別に設置してある「WEB拍手受信箱」を一目見
たコイサンは言葉を
失った。ほんの数日前、受信箱いっぱいに投函されたWEB拍手を整理してエナ・テレア
・フリルの
「看板娘トリオ」と一緒にレスしたばかりだというのに、今また受信箱はWEB拍手の封
筒であふれ返り、
それらの一部は箱から押し出されて玄関に散らばっている…。
(…いや、まさか…な!?)
 WEB拍手は全てが中身−メッセージ−入りとは限らない。通りすがりの人たちがとり
あえず封筒だけを
投函してゆくことだってしばしばだ。コイサンは封筒を全部回収し、手にした重みで中身
入りと中見なしを
大まかに分けてみた。…それでもメッセージ入りの封筒は両手で抱えるほどもあり、今す
ぐにでもレスして
おかなければ、せっかく調子よく進んでいるお絵描きのスケジュールが狂ってしまいかね
ない!
「おーい、エナ、テレア、フリル!『WEB拍手のレス』するから集まれーッッ!!」
…………………。
(?)
誰ひとりとして、返事は返ってこない。…ここで彼は、ネ申の降臨と引き換えにド忘れし
ていた事実を思い
出してしまった!
(…うっ、あいつらみんな出かけてたんだった…★)

 まずはフリル。
 コイサンがお絵描きに夢中になって食料品の買い出しができなかったので、ちょうどそ
のときヒマそうに
していた彼女にお使いをさせたのだった。…それはもう2時間も前の出来事。
(…フリル、遅いな…。……まさか!?)
フリルはもう12歳だが、旅芸人としての生活が長く、学校にも行っていない。コイサン堂
に移り住んでからも
あまり外出しないので、近所の地理にはまだ慣れていないのかもしれない!…イヤ〜な予
感がコイサンの
脳裏に浮かび始めたそのとき、
〈ピンポーン!〉
玄関のチャイムが不意に鳴った。
「…失礼します。『コイサン堂』はこちらでしょうか?」
 用心深く開いた扉の向こうには、ターコイズ・グリーンの作業服を着た男がひとり。コ
イサンが首を縦に
振ると、彼は…
「やはりそうでしたか。少々お待ち下さい…」
そう言い残し、家の前に停めてあった風変わりなオープン・スポーツカーのドアを開い
て、
「…お嬢様、着きましたよ。」
「…ありがとう。」
クルマの助手席から飛び降りたのは、見慣れたグリーンのドレスの少女。スーパーのレジ
袋を手にして
トテトテと速足でコイサンの元に歩み寄る。
「実は、こちらのお嬢様が道に迷っていらっしゃるとお見受けして、スーパーとご自宅ま
でご案内したの
ですよ。…それでは、わたくしはこれにて失礼いたします。お嬢様、お気を付けて。」
男はコイサンの返事を待たずスポーツカーに乗り込み、軽やかなエンジン音を残して走り
去っていった…。
 「……フリル。」
「…『知らない人について行くな』と言わなかった?」
「それは俺のセリフだ!…まったく、今日は運が良かっただけで、あいつだって本当は悪
いヤツかもしれな
かったんだぞ!?」
「…私、あの男知っている。もうすっかり、私の下僕(しもべ)……★」
少しだけ黒いオーラを浮かべて、無表情のまま答えるフリル。…しかし、彼女が内心不安
だらけだったことは
コイサンの黒いTシャツの裾をおずおずとつまむ指先が物語っている。
「…と、とにかく無事帰って来れて良かったな。袋持ってやるから中に入れ。」
フリルから荷物を受け取ったコイサンは、彼女に玄関に入るよう促した。

 次にテレア。
 テレアはフリルと違い、学校に通っている。初等部から高等部までを一貫して備えた女
子校・M女学院の
初等部4年生だ。
 「なぁフリル、いま何時だ?」
「…いつもならテレアが帰ってくる時間を、もう40分も過ぎている。」
「あいつにはお金持たせてないから、たいした寄り道などしないはずなんだが…。」
「…きっとクルマに乗った怪しい男が、『お兄さんがアイスあげるから一緒に行こうね』
と言葉巧みに
テレアを誘い…」
「それはさっきのお前だろっ!…ふっ、こんなこともあろうかと……」
コイサンが得意げにポケットから取り出したもの。それは携帯電話だった。
「…テレアは携帯も持っていない。どうやって連絡取るの?」
無表情のまま首をかしげるフリル。構わずコイサンは解説を続ける。
「生徒が常に犯罪に巻き込まれる危険を背負ってるM女学院では、校則で必ず付けること
になってる校章に
GPS発信機を内蔵してあるんだ。これを保護者専用のナビ付き携帯で受信すれば…」
 携帯電話の画面に映し出された地図に、テレアの居場所を示す星印。それがあるのは…
『…コイサン堂の…すぐ前!?』
〈ガチャ!〉
「…た、ただいま……。」
息を弾ませながら、ツインテールの女の子が玄関に駆け込んできた。…いや!正確には左
のお下げを結わえて
あるはずの赤いリボンがなく、長い髪がハラハラと乱れている。
「……予感的中?」
「縁起でもないコト言うなや!…テレア、どうした?」
「あのね……、えっとえっと……」
テレアは帰路を急ぎ走ってきたせいか、まだ息が切れて言葉にならない。そのとき、
「コイサンさん!実はね…」
彼女の後ろから別の声が。おだんご頭が印象的なM女学院中等部の生徒・山城蒼葉だ。
「…学校から帰ろうとしたテレアちゃんが校庭で猫ちゃんにリボン盗られちゃって、追い
かけてるうちに
木に登って降りてこなくなったんだって。」
「…だから…、蒼葉お姉ちゃんにお願いして…、木に登ってリボン取り返して…もらった
んだよ。」
「テレアちゃんは『早く帰らないとコイサンが心配する』って言って、リボンも付けない
で学校から走って
きたんだよ!…だからコイサンさん、テレアちゃんを叱らないであげて。」
テレアの乱れた髪を櫛で整え、猫から取り返したリボンを結び直しながら蒼葉は懇願す
る。
「…それなら仕方ないな、テレア。でも、俺の方もWEB拍手がいっぱいで大変なんだ。
これからさっそく
レスするぞ!…それから蒼葉、お前も手伝え。」
『…うん。』
赤い制服のふたり組は声を揃えてうなずき、コイサンに続いて館の奥へと向かった。

 そしてエナ。
 その日の朝、エナは「久しぶりにエルサイムに戻って来たユウさんに会ってきます」と
言い残し、自分の
部屋の床に描かれた魔法陣から異世界へと旅立っていた。魔法陣を使って「世界の壁」を
超越することが可能
なのは、それ相応の魔力の持ち主だけ。…残念ながら、今コイサン堂にいる面々では後を
追うことができない。
「どうしよう…、エナお姉ちゃんがいないと『WEB拍手のレス』できないよぅ…。」
〈パチパチパチ…〉
こうしている間にも、コイサン堂にはひとつまたひとつとWEB拍手が届けられている。
悠長にエナが戻って
来るのを待つ訳にはいかない。
 「こうなったら…、奥の手を使おう!」
そう言ってコイサンが取り出したものは…、またしても携帯電話。
『?』
「…もしもし、エナか?……。急いでるんだ、今すぐ来てくれないか!? ……。…待って
るぞ!」
『???』
テレア・フリル・蒼葉、三人の目が点になっている。エナと電話が通じるのなら、何も問
題ないじゃないか!?
〈キィィーン…〉
その直後、一同の目前で青白い光が閃き、人の姿をかたどって実体化!そこに現れたのは
…
「コイサンさん、事件ですか?」
エナはエナでも、茶髪のポニーテールがトレードマークのタイムハンター・エナ、通称・
茶エナだった!?
 「エナ、タイムハンターは時空を自在に移動できるんだよな?…頼む、魔法使いのエナ
を異世界から連れ
戻してくれ!!」
「あ…あの、エナちゃんたちの世界は時空座標が離れ過ぎてて、わたしたちの時空転送ア
イテムの移動可能
範囲を越えてしまってるんですが…?」
「どうしようもない」とばかりの彼女の言葉に、沈黙してしまうコイサン一同。そのと
き、
「ねー、ココにエナ姉ちゃんの魔法陣が残ってるんでしょ?その魔力をお姉ちゃんのアイ
テムのパワーに
上乗せしたら、何とかなるんじゃない!?」
茶エナの背後から、幼い女の子の声。
「…ユナ!?」
「えっへへー、面白そうだったから一緒に来ちゃった☆」
両手をパタパタさせながら、一同の前に躍り出る茶エナの妹・ユナ。
「もぉ〜っ、ユナったら!おとなしく留守番してなきゃダメでしょ!?」
「そんなコト言ったってぇ〜〜★ …それに,時空移動のアイデア出したの私だもん!私
がいなかったら、
どーにもならなかったかもしれないんだよ。」
「でもユナちゃん…、もし失敗しちゃったら…お姉ちゃんどうなるの?」
「テレアちゃん!? …そ、それは……」
時空超越の危険性は、まだ子供のユナだってじゅうぶん承知している。いちばん痛い所を
仲良しのテレアに
指摘され、彼女の表情がみるみる曇ってゆく。
〈パチパチパチ…〉
またWEB拍手が投函された。コイサンの顔に焦りの色が濃く浮かんでくる…。
「…わかったわ。わたし…行ってきます!」
ついに意を決した茶エナが、魔法陣の中央に立った!
『お姉ちゃん……』
「…テレアちゃん、ユナ、心配しないで。…さぁ、離れて。」
心配の余り彼女に寄り添う少女たちが魔法陣から出るのを見計らって、時空転送アイテム
を起動させる。
〈キィィーン…〉
茶エナの身体が青白い光に包まれる。同時に、足下の魔法陣もまた青白く輝き出す。双方
の輝きが頂点に
達した直後、魔法陣の上から人影が消え去った!
(…頼んだぞ、エナ。)

 5分経過。
 10分経過。
『……………………』
魔法陣には何の変化もない。テレアとユナは身体を寄せ合い、フリルと蒼葉も心配そうな
面持ちで事態を
見守る。そして部屋の壁に掛けられた時計が、茶エナが旅立ってから15分過ぎたことを示
したとき、
〈パァァーッ…〉
床面に描かれた魔法陣が、今度は金色の光を帯び始めた!光が集まって新たな人影を形作
る、その数は…
「ふたりだ!」
互いに手を繋ぎ金色の光柱の中から姿を現したのは、先ほど時空超越したタイムハンター
・エナと、帽子を
被りローブを纏った金髪の女性。
「エナお姉ちゃん!」
「お姉ちゃん!やったー☆」
「…茶ナっち、グッジョブ。」
「良かったね、みんな!」
「コイサンさん、成功しました!嬉しい……」
安堵と喜びのムードに充ち満ちたエナの部屋。
 …しかし、当のエナ本人は不機嫌な事この上ない!
「…コイサン、せっかくのユウさんとの時間を邪魔したのはあなたですか!? …あなたで
すね!!」
「ま…待て、エナ!WEB拍手が溜まってどうしようもなかったんだ!…長い人生、この
程度のアンラッキー
くらい笑って受け入れなきゃ…」
「言いたいことはそれだけですか?…必殺・『エナちゃん百裂拳』ッッ!!!」
「ぐはァァ〜ッッ!!!」
 …こうして、コイサン堂始まって以来最大の危機(?)は、ようやく解消したのだった。
 コイサンの尊い犠牲(??)と引き換えに★

 「エナお姉ちゃん、もうホントに大丈夫?」
「…えぇ。一応ユウさんには会えましたし、コイサンを思う存分殴ってスッキリしました
から。…ところで
テレアちゃん、服がまだ学校制服のままですよ!?」
「…!? ご、ごめんなさい!テレア、着替えてくるよ…。」
「みんなー、お待たせー☆」
「ユナとわたしで、ご飯作っておいたわ。…時間がなかったから、簡単なものしかできな
かったけど。」
「…材料がちょうどあるときに来た茶ナっちは、ナイスタイミング。」
「まったくですよ。ここ何日か、私たちが食べていたものといったら…。」
「ところでエナさん。コイサン堂って、普段は誰がご飯作ってるの?」
「蒼葉ちゃん!? それは訊かないお約束ですよ★」
「…えっと、着替えてきたよ。」
「え〜っ!? テレアちゃんもったいないよ!たまには私とお揃いもいいじゃない?」
「それは大人の事情で却下だ、蒼葉。」
「うー★」
「…さて、これでみんな揃ったな?それじゃ『WEB拍手のレス』の前に、ウォーミング
アップの『戯言』
から始めよう!」
『はーーい♪』

 X月X日、「コイサン堂・本店」更新。
 戯言を更新。
 WEB拍手のレスを更新。
 ……………………。
 ……………………。
 押してくれると嬉しいかも(^^)
 『WEB拍手……だよ』

− − − − − − − − − − − − − − − − − − − − 

 あとがき
 この度は「天啓」とも「勝手な思い込み」ともつかぬ閃きから生まれたSS「WEB拍
手ラプソディー」
に最後まで目を通して下さり,ありがとうございました.お楽しみいただけましたでしょ
うか?
 なお,一部に憶測入り混じり的オリジナル設定が組み込まれていたり,作者と酷似した
人物が乱入して
いたりとお見苦しい点もいくつかございますが,「物書きの職権濫用」と笑い飛ばしてい
ただければ幸い
です.
 ミナミノコイサンさんとコイサン堂のお嬢様たちの今後のご活躍を,願って止みませ
ん.
                                        
    Jolly

このSSはJolly様から頂きました。
全員(この文を書いた現在)が登場という、豪華な内容で思わず顔がにやけます(え?
本当にありがとうございました♪