A PRECIOUS DAY
A PRECIOUS DAY (…………。) 昇ったばかりの太陽の光が、まどろみの中にあった私の目をくすぐる。 それは自分にとっての起床の合図。 …本当は、先輩芸人がベルを鳴らして起こしに来るまで少し時間があるけれど、 そんなことで自分の一日が始まるなんて、何だか気に入らない。 「…………。」 だから、私はいま目を覚ます。 …今日は2月20日。 またいつもの一日が、こうして始まる。 「1、2、3、4!1、2、3、4…」 起床するとすぐに朝稽古。その後朝食を済ませると、最初の興行が始まるまで ずっと稽古。 「フリル!あんたまた昨日と同じところでテンポが遅れてる!!」 幼い頃から一座にいる私は、ここではけっこう古株。…それでも、もっと前から 活躍している先輩たちから、容赦のない注意が飛ぶ。 〈パンパンッ!〉 「あーっ、もう!フリルのパートがガタガタ!…もう一回最初からッ!!」 先輩の手を叩く音で踊り子全員が練習を中断、素早く最初のポジションに 移動する。 「………」 …そもそも、私は決してダンスが得意な方ではない。 私の十八番(おはこ)は、「こども漫談」のボケ役。それでも、ダンスショウは 人数が揃わないと見栄えがしないから、一座の芸人全員が出演することに なっている。ジャグリングや空中ブランコなどの一芸を持つ子たちも、 ここではダンスをきちんとこなせなければ第一線でいられない。 「はいッ、最初から!1、2、3、4!1、2、3、4……」 〈ザワザワザワ…〉 夕方の興行を終えて迎える食事の時間。私たち芸人にとっては、つかの間の 安らぎのひととき。 「…………」 …でも、私の気分はパッとしない。 稽古のときに指摘されたダンスの失敗が、本番中にも出てしまった。 それはほんの些細なミス。観客たちはきっと気にせず喜んでくれただろう。 …それでも失敗は失敗。 自分で分かるくらいのことだから、みんなもきっとお見通しのはず。 それよりも憂鬱なのは、最近こども漫談の手応えが鈍くなってきたこと。 原因はハッキリしている。 私の相方・ツッコミ役の子が伸び悩んでいて、私のボケとのバランスが取れなく なってきたから。 それでも、彼女は一座の中でいちばんツッコミの才覚があるのだから、そう簡単に コンビ交代などできない。 (…これからどうなるの、私?) そんなことを考えているうちに、夕食の時間は過ぎてしまった。 あとは狭いシャワー室に交代で入り手早く汗を洗い流してから、身体が冷えない うちに雑魚寝(ざこね)の布団に潜り込むだけ。 …こうして今日の一日は、いつもと同じように終わっていった。 「…………。」 4月13日。いつもと同じように、みんなよりも先に目が覚める。 「…フリル、起きたのか。」 私の枕元で聞こえた低い声、それはこの旅芸人一座の座長。 物心付いた頃から両親のいなかった私を、代わりに育ててくれた恩は認める。 …けれど、厳しくて怖くて得体が知れなくて、どうしても好きにはなれない。 「お前だけに話がある。今すぐわたしのところに来なさい。」 私たち芸人のテントとは別に設けられた、座長の部屋。 「突然の話で驚くかもしれんが…フリル、お前には今日この一座から出てもらう。」 「…テレビの企画で、『はじめてのひとり旅』をしろと?」 「…まったく、お前は口を開けばいつも…。まぁいい、黙って聞きなさい。」 「………」 「わたしの知り合いに、ミナミノコイサンという名の絵描きがおってな…」 「…南のコサイン?」 「コホン!…そのコイサン君から、自分の絵を売り込むための『看板娘』をひとり 紹介して欲しいと頼まれたのだよ。」 「…それで、私に『コイサン』の所に行け…と?」 「そうだ。」 「……………」 別にそんなに驚くような話じゃない。つい一週間ほど前に新入りの踊り子がひとり 一座にやって来た時から、覚悟はできていた。 この一座の稼ぎはいつもギリギリで、そう何人もの芸人を養ってゆけはしない。 新しい子がひとり一座に入れば、代わりに誰かがひとり一座を去る。 今までもそうしてバランスを保ってきた事くらい、この歳頃になればもう察しが付く。 「………わかった。」 「いま一座はちょうど、コイサン君が住んでいる『コイサン堂』のすぐ近くに来て おるから、歩いてでも行けるだろう。…道順は紙に描いて、この封筒に入れて おいたからな、迷いそうになったら見るがいい。」 座長から白い封筒と、わずかな着替えなどが入った小さな革のトランクを受け取る。 「…さぁ、もうすぐ皆が目を覚ます。行きなさい。」 「…行ってくる。外のカメラ・スタッフによろしくと伝えて。」 「…………」 朝の稽古がちょうど始まる頃、私は長年の時を共に過ごした旅芸人一座をひとり 後にした。 …「寂しい」とか「思い出が走馬灯のように浮かぶ」とかいう感じは、不思議と しない。 (………) それよりも気になるのは、これから行くことになるコイサン堂。 「ちょうど近くに来ている」と座長は言うけれど、私は今日まで一度も一座の外に 出たことがないから、今歩いているこの道さえよく分からない。 「…『はじめてのひと り旅』、か…。」 …気に入らないけれど仕方がない。座長からもらった地図を見ること にしよう。 〈カサッ…〉 封筒を開き、コイサン堂に向かう道順を簡単に示した絵地図を 取り出す。 (…?) 封筒に入っていたのは地図だけではなかった。 そこにはもう一枚、手書きの手紙が添えられていた…。 フリル=フルリルへ わたしの一座を離れてコイサン堂へ行くお前に、どうしても伝えたい ことがある。 それは、まだ赤ん坊だったお前を仕方なく我が一座に預けた、お 前の 母親から聞いたことだ。 お前は12年前の2月20日、この世に生まれてきたの だ。 旅芸人として生きてゆく上では、そんなことに大した意味などない。 しかし、これからその日はお前にとって一番大切な日となるだろう。 2月20日 はお前の誕生日。 そのことだけは、決して忘れないでほしい。 コイサン堂で、幸せに暮らせ。 座長 …私は座長を好 きにはなれない。 厳しくて、怖くて、得体が知れないから。 …それなのに、もうずっと 恨むことも忘れることもできなくなってしまった。 そんなのって、そんなのって……… …… ………………………… ………… 「…行こう。」 座長の地図を頼りに、私は涙を拭いて歩き出した。 坂道を上り、交差点を曲がり、橋を渡り、踏切を越える。 20分余り歩いていると、絵地図に描かれたのとそっくりな館が見えてきた。 「…あれが……コイサン堂…。」 ………………………………………… ……………………… …… (…………。) カーテンを抜けて差し込む朝日が、夢の中をさまよう私の目をくすぐる。 それは自分にとっての起床の合図。 …本当は、目覚まし時計がうるさくアラームを鳴らすまで少し時間があるけれど、 そんなことで自分の一日が始まるなんて、やっぱり気に入らない。 「…………。」 〈パンッ!パパンッ!パパパンッ!パンッ!〉 『お誕生日、おめでとうー♪〈パチパチパチ…〉』 「…!?!?」 「おはようございます、フリルちゃん。」 「…ご、ごめんなさい、フリルお姉ちゃん!でもコイサンが…。」 「フリル。お前、少々のコトじゃビックリしないからな。」 「そういう訳で、お誕生日パーティーの準備はフリルちゃんが昨夜(ゆうべ) 寝静まってから、徹夜でさせていただきましたわ。」 「夜中にコイサンさんから呼び出されたときは何事かと思ったけど、薄暗い中で こっそり支度をするのって、けっこう楽しかったわ。…ね、ユナ?」 「うん♪ お姉ちゃんやレリス姉ちゃんと一緒に焼いた特製ケーキは、 フリル姉ちゃんが大好きなザクロ入りなのだー!他にも手作りザクロタルトや、 ザクロミックスジュースとか☆」 「私もエナさんやテレアちゃんと一緒に、クラゲの縫いぐるみ作ってみたんだ! …あっ、学校のコトなら心配しなくていいよ。私は期末テスト明けでお休みだし、 テレアちゃんは『カゼでお休み』ッてコトにしといたから。」 「………………」 『!?』 「……少女の寝起きをクラッカーで襲うなんて、悪趣味。」 『………………………』 「…でも、とても嬉しい。ありがとう。」 …今日は2月20日。 私にとって特別な一日が、こうして始まる。 − − − − − − − − − − − − − − − − − − − − あとがき この度は,フリルお嬢様が「初めて」迎えるお誕生日を記念したJolly謹製SS 第2弾「A PRECIOUS DAY」に最後まで目を通して下さり,ありがとうございました. お楽しみいただけましたでしょうか? さて,本作の執筆に当たって最も苦労したことは,フリルお嬢様の「生みの親」・ 「座長」さんをいかに描くかということでした.オンライン世界に「キャラクター」 としてその姿を投影されていない実在の人物を登場させるのは,ある意味暴挙です. しかし,「座長」さん無しではこの物語は成立しません!そこで,本作では「作者 特権」でオリジナルの座長さんを仕立てて,代役として出演させることといたし ました.どうかご了承下さい. …ごめんなさい.本当に最も苦労したことは,フリルお嬢様の主観で物語を書く ことでした!どこまでお嬢様の心に近付くことができたか?…心配は残りますが, 今はこれが精いっぱい. 最後に,フリルお嬢様とあの方にメッセージを. 「お嬢様,お誕生日おめでとうございます!…あなたのご活躍,いつも見守って おりますよ.」 「『…逆襲完了,ふっふっふっ…★』…と言いたいところですが,もしかしたら あなたもまた『記念SS』を準備しているかもしれませんね?…同じテーマで 違う内容のSSが複数同時に発表されるとしたら,一体どうなるのでしょうか!? ご活躍,期待しています☆」 Jolly
このSSはJolly様から頂きました。
今回はシリアスな感じですね〜…フリルそんな過去があったのか(゜□、゜)
本当にありがとうございました♪