今、私はヴァリアーというマフィアの、それも暗殺専門部隊の医療チームに所属している。お仕事もまあ普通で、肩書きはいち医療従事者だが、それにくっついてる怪しい言葉がいささか多すぎる。現地ではマフィアの言葉が通用するからまだいいものの、友人や説明する時にとても困ってしまう。おかげで私は家族にさえ嘘をついている。海外のとある大きな病院に引っこ抜かれました、と。忘れもしない、私がこの危ない医療チームに入ったのは、というか入らされたのも何年か前のある春の日だった。 桜の舞う春。ちょうど満開で花見も楽しかろうという春。そんな活気に満ち満ちた春の陽射しが、私のやる気を奪っていく毎日だった。気づいたら家の中の食料が底を尽きていた。夜勤も多い看護師という仕事柄、家に帰ってきたときに食料がないのはまずい。食べない選択肢もあるが、どうしても食べたい時は困るなあ、と深夜のコンビニに自転車をかっ飛ばした。見た目も品揃えも接客態度も悪いの三点が揃っている深夜のコンビニへ着いた私は、適当にご飯を見繕って、帰りも同じように自転車をかっ飛ばしていたその帰り道。ある公園の桜に目が止まったのだ。公園のたよりない電灯でライトアップされた桜が夜の暗闇にその身を溶かしながら、はらはらと舞っていて、なんともいえない情緒を醸し出していた。 「わ、きれい……」 全部ひらがなで聞こえるような頭の悪そうな声を上げて、ブレーキをぎゅっと握った。頭に良くない影響を与えそうな音を立ててその場に止まったが、人間生きていれば電磁波浴び放題なんだから、こんなの今更だ。自転車ごとふらふらと公園に踏み込む私を、桜は淡く白く輝きながら迎えてくれた。 きっとこの時の私はやる気減退とともにおかしく狂っていたのだと思う。 やべ、ワンカップ買ってくればよかったー、なんて思いながら桜に意識を集中していると、真っ暗で見えないはずの公園のど真ん中に倒れている人影が目に飛び込んできた。突然のことにびっくりしながら自転車を適当に止めて駆け寄ると、その人影はなんと仰向けで気絶している男の人だった。しかも物凄く人相悪そうな外国人だ。格好も全身黒づくめな上、口にピアスをしていた。よく分からない金属の棒を何本も下敷きにしていて、どこかの新興宗教に見えた。 こんな深夜に公園にいる事自体怪しいのに、この新興宗教のような出で立ちはどうか。けど意識がない相手にそんなこと言ってられないと、びくびくしながらもファンキーで恐い男の人を見てみると、殴られたのか、顔に打撲、腕の辺りにはかなり深い傷を負っていた。まず救急車か、いやこの時間は受け入れ先が見つかんないし、救急病院……うーんうーんと考え、とりあえず意識確認をすることにした。 怪我をしていない方の腕を取って、ぺちぺちとその人のほっぺたを叩いて問いかける。 「大丈夫ですか? 起きてますか?」 「……っ……」 目が開く、と、思った瞬間に目の前の腕が突然私の首をんだ。 「ぐっ……!!!」 「お前、なんだ……」 「…………っ」 日本語で語りかけられながら、今まで気絶していたとは到底思えないような力でぎりぎりと締められた。喉が詰まって、息も吸えなかった。 「答えろ」 「ぇほっ……げほっ!」 どう見ても答えられません。本当にありがとうございました。手! 手! このまま死ぬ! 明日の朝刊私の記事で一面飾っちゃう! そんなのいや……苦しい……! 苦しさでもがく私を見てやっと気づいたのか、恐い男の人は首を掴む手をゆるませた。 「っ……げほ、あなた、気絶、っしてたから」 むせながら私が答えると、男の人は眉間に皺を寄せて「むぅ……」と一言。 「怪我もしてるみたいだから……救急車呼ぼうと……」 「すまなかった。だが気遣いは無用だ」 ぱっと手を離されたかと思うと、男の人は立ち上がった。 「ぇほっ……待って……!」 傷口が砂まみれのまま行かせたくないと思った私は、無理矢理男の人の服を引っ張った。傷口うんぬんは看護師としての意地だ。正直この変な男の人はこのまま行かせた方が自分の身の為だったのかもしれないけれど、助けようとして、首を絞められ、このまま行かせるのはなんだか負けたような気がするのだ。 「せめて傷の消毒をしてから行って下さい」 ぐっと手に力を込めて引き止めると、男の人は「むぅ……」と、また一言困ったような声を漏らした。 「ここで待ってて!!!」 そう吐き捨てると、さっきのコンビニまでまた自転車をかっ飛ばして、ガーゼ、湿布、絆創膏なんかを買ってきた。男の人は私がコンビニに行っている間にちゃんと待っていたようで、公園に姿を見つけたときはちょっとホッとした。 が、男の人はブランコに座っていた。そのブランコに座る男の人の姿は公園からかなり浮いていた。膝に両手を置いて下を向いている座り方は、怒られた犬のようで、逆に可愛い。けど、ちょこんと座っている姿は男の人の巨体も相まってやっぱり公園からかなり浮いていた。ここに警察がきたらアウトだと思う。 とりあえずシュールな空間のことは頭の片隅に追いやろうと、私は男の人に声を掛けた。 「あの、遅くなってすみません。とりあえず怪我、見せて下さい」 「うむ……」 公園の水道を借りたり、今買ってきたもので、洗浄、消毒、止血、等々。処置をした。その間男の人はさっきと違って全然乱暴はしなかったけど、顔が無表情だったので、何を考えているのかさっぱり分からなかった。 *********** 「終わりました。長く引き止めてすみませんでした」 「すまない」 終わってから、ブランコの地面に白いビニール袋やらごみやらを広げながら何でこんなに意地になったのかと今更私は冷静になった。けど、男の人が文句も言わずに付き合ってくれたことに、私はなんだか満足していた。 「それじゃあ、怪我に気をつけて下さい」 「待ってくれ」 「え?」 「名前は」 「です」 「住んでいる場所は」 「えっと……」 で、どうやらお礼をしたいとのことだった。その申し出は嬉しかったのだが、あくまでも日本人的社交辞令で断った。そうしたら、なんと男の人には断りの言葉を本気にされた。というか「お礼が嫌なら治療費を払うから、金額をここに書いてくれ。もしそれで気がすまないようなら何でも言ってくれ」と小切手を渡されて、はいそうですか、じゃあ……なんて言えないだろう。(むしろ小切手を見て目が飛び出た) しかし、「いいですよ、そんな本当にお礼なんて……」とあくまでも断りの姿勢を崩さない私に対して、「オレが出来る限りのことはする。何か不満があったら言ってみろ」とそんなことまで言われたので、気遣いは無用ですよ、という意味合いも込めて適当に「あはは、じゃあもっと給料のいい仕事したいですねー」と答えたら、次の日目が覚めた時には自分の部屋が丸ごとイタリアに移住しているという前代未聞の事態に陥っていたのだ。そして気づいたときには職業が、ヴァリアーというマフィアの、それも暗殺専門部隊の医療関係者にすり替わっていた、というわけだ。 嘘のような話だが、実際私は今ここで働いているのだから、本当のことなのである。で、そのヴァリアーというマフィアの、それも暗殺専門部隊の医療関係者のお給料はというと本当にいい。今までもらってたお給料の三倍ぐらいはもらってる。夜勤は今までよりも少ないし、有給も制約内だったら取り放題。夏は強制的に休まされる。びっくりだ。 今では恐い男の人、もといレヴィさんには物凄く感謝している。 ちなみに何故あの日レヴィさんが公園で気絶していたのかというと、酔ったボスをどうにか滞在しているホテルに連れて帰ろうとなだめながら歩いていたら、公園に来たあたりでよくわからないイチャモンをつけられて殴られた挙句、木に突っ込み、どうにかこうにか立ち上がったところをバナナの皮で滑って頭を打った、という投稿ビデオ大賞も真っ青なエピソードがあったらしい。しかもボスはレヴィさんが気絶してる間にちゃんとホテルへ帰っていたらしい。いかにもレヴィさんらしいと思う。 というかそんな大変なこと自分の部下にやらせたっていいじゃない、と言ったら、ボスが褒めてくれるかと思った、という答えを返された。 レヴィさんって色んな意味で真面目だ。そして、変。 (おしまい) |