直方体のコンクリートを中身だけくり抜いたような空間がある。四方は鼠色一色時々黒。床には工業用の缶やらネジやら細々した物が点々と落ちている。他にはドア以外何もない――置くほど物がないからだが。
 そんな無機質な空間を、仕事を終えて眠りにつくように、何度も瞬きする蛍光灯が照らしていた。真下では、大きな影とやや小さな影が部屋の中で音を反響させている。
「メタルマン。マスクの下はどうなってるの?」
 答えの代わりに問いかけた方を赤い瞳がちら、と見る。対して、答えを待つ側の目がちょっとした好奇心にキラキラと輝いて見えるのは気のせいではないだろう。期待の光に気圧されてか、少しばかりの間を置いて言葉が紡がれる。
は知りたいのか」
 妙に含みを持ったような間に、と呼ばれた女は空恐ろしくなった。
「うーん……隠されてると気になるのが人間の性っていうか」
「何にもないぞ」
 にべもなく言い放つメタルマンの態度に、の目の色が変わる。
「そっか。嫌ならいいの」
 それからぷっつりと会話が途切れてしまう。相も変わらず表情の読み取れないメタルマンに対し、の中に焦りと不安が募る。と、陽気な声が張り詰めた緊張の糸を真っ二つにした。
「よう」
 赤いカラーリング、頭と胸にはVの字を描く黄色いブーメラン――クイックマンである。彼は最近起動したばかりで、どんな事にも興味津々だ。
「あ、おはよう……」
「ああ」
 歯切れの悪い二人の挨拶に何かを嗅ぎ取ったのか、顔をぱっと明るくした。……まるでおもちゃを見つけた子供のように無邪気に。
「何話してたんだ?」
「メタルマンのマスクの下って見たことないよね、ってはなしをしててね」
「確かにオレもマスク外した姿は見たことないな。ま、んなもん取っちまえおらー!」
 言うが早いかクイックマンが手を伸ばしてむしり取ろうとする。と、次の瞬間にはそのせっかちな手は別の手にギリギリと締め上げられていた。
「いででででで!」
「結果を急ぐのも悪くはないが、時に死に急ぐのと同じだ」
「いだだだだだだだだだ!」
「うるさい」
 鮮やかな身のこなしでそのまま一本背負いを決めるメタルマン。予期せず床に叩き付けられたクイックマンは、フリーズしてしまったのだろうか。空を見て呆けていた。
「で、は見たいのか?」
「滅相もございません」
 両手と首をぶんぶんと千切れんばかりにふりながら後ずさりする。そんなを尻目に、メタルマンは事も無げに呟いた。
「別に特別な事は何もないんだがな」
 ならばその下を見せてくれと喉元まで出掛かっただったが、続きの言葉に煽られてそれも風化してしまった。
「ワイリー博士ほどに信頼できれば見せない事もない」
「それってどういう」
「そのままの意味だ」
「――な、何すんだよ!」
 またも元気な声が、話の腰を折る。
「まず状況判断をしろ」
「してる!」
「してない」
 突如として始まった痴話喧嘩に、はおいてきぼりだ。
「だからこの前も失敗したんだ」
「失敗じゃねーって! ちょっとミスっただけで任務は完遂しただろ! 皆遅いんだよ! オレがやればさっさとカタが付く」
 崇めろ、と言わんばかりに胸を張るクイックマンに対しやれやれ、と肩を竦めるメタルマン。まるで茅の外でただあたふたする。睨み合いを続ける両者の間に閃光が走る! ……かと思えば、メタルマンはさっさと部屋を出て行ってしまった。
「あ! こういう時ばっかり早ぇんだよなー!」
 続いてクイックマンも、脱兎のごとく部屋を飛び出してしまう。
「……蛍光灯、……変えなきゃ」
 一人ただ取り残されたは、上でブツブツくすぶっている蛍光灯の音に、やるべき事を思い出した。
「その為にメタルマンを呼んだはずなんだけどな。別にクイックマンでも良かったんだけど、さっさといなくなっちゃうし……」
 返ってくるはずのない答えは無視してポツポツと一人喋り続ける。そのうちには喋ることもなくなってしまい、必然的に口を閉じた。そうすると、蛍光灯の悪態と静かさがなんと寂しい事か。
(いつかあの話の続きが出来たらいいな)
 思案を巡らせながら、はがらんどうになった部屋の真ん中で一人空虚感を感じながら伸びをしたのだった。

(おしまい)

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