小さな入り口とは裏腹にでかでかと看板を掲げているが、外枠から中心に向かって茶色のグラデーションを点々とつけている。寂れたというよりも妙な年季をうかがわせる、よく言えば親しみやすいそんな玩具屋があった。 「今日もひまだー」 声の主は腕組みに仁王立ちをしながら自店の看板を見上げていた。青いツナギの上に「玩具店」と書かれたエプロンをつけている。名前をと言う。『お調子者の修理屋さん』とは近所のおばさんの弁だ。 ――話を戻そう。玩具屋のくせに、修理屋と呼ばれているのには訳があった。 ある日の事だ。名前の通り玩具を売っていたり、修理なんてメーカーに問い合わせて任せっきりでそんな作業はこれっぽちもしていなかった玩具店に、はす向かいの家のテレビを担ぎ込まれた。ケーブルやら部品交換やら、何をしても砂嵐のテレビをが怒って蹴り飛ばして偶然直した。ただ単にそれだけで、修理工と近所で評判になってしまった。 その後持ち込まれるものも、運が良かったのかネットでのプログラム更新が必要なものであったり、ただ説明書を読み違えていたりする電化製品。どうにかすれば周りに持ち上げられて最初は気を良くしていただったが、そこはそれ。引っ込みがつかなくなり、追われるようにして技術職の勉強をして、今に至る。だが腕前は非常に残念なレベルだった。複雑な事は苦手な性分のせいか、基本的な事しか分からず、応用は効かない。設計図のある簡単ではんだ付けできるものなら直せるが、到底職人と呼ぶには知識も経験も足りなかった。 「どうせ今日も人来ないし、眠いし」 玩具屋兼修理屋さんと言っても、近所で早々物が壊れたりはしないし、この不景気に玩具が飛ぶように売れたりはしない。気だるそうな表情で伸びをしていただったのだが……。 真後ろで、ふいにガション、と聞きなれない金属音が響いた。 「へっ?」 間抜けな声とともに、体を捻ったは驚いた。そこには普段テレビでしか見たことないような獣型ロボットが居たからだ。全体に紫色を基調にデザインされた鋭角的なボディ。体を支える四つの足の先には鋭い爪。朝顔を頭から被ったような形のたてがみに、ちょこんと生えた耳。 「い、いぬ? おお、かみ?」 は不思議な格好のまま固まっていた。対するロボットは、そこにあった膝裏に鼻面を押し付ける。の状況などお構い無し、といった様子である。そのうちにツナギの裾をくわえると、一点に向かってぐいぐいと引っ張り出した。 「ちょ、ちょっと何!? 私よく分からないんだけ、ど!」 言いながらも転ばぬようにとロボットに合わせては歩きだす。襲われるのか、とも思われたが、どうやら向かう先は裏にある玩具店の倉庫らしい。も合点がいったようで、数歩先へ、と勢いづいた。が、げに恐ろしきは慣性の法則。後もう少しという所で唐突に消えてしまった力。 次の瞬間には斜め前にロボットを連れた中腰のがいた。 「……っ、……いっっったぁーっっ!!!!」 獣型ロボットはそんなには目もくれず、今度は頭で背中を押して何かに注意を促す。涙目になりながらも急かされてが顔を上げた先――冷たいアスファルトの上には、少年の形を模したロボットが壁に寄りかかっていた。元は綺麗であろうが、所々汚れている。 つむじを中心に広がる扇形状のヘルメットといい、黒と黄色という視認性の高い色といい、上から下まで見たこともないデザインである。 「これって……ロボット――だよね? 工業用、ロボッ……ト?」 誰に聞くでもなく、は呟く。そして首を傾げ、ぽかんと口を開けたままフリーズしてしまった。 (何これ。何これ。何? 行き倒れ? あっちこっち汚れてるし、すっごいボロボロだし。突然過ぎて訳分からんぞ。……狼のはペットロボット? で、こっちは故障? あれ? もしかして開発途中で逃げ出してきたロボットとか? いやいやまさか) そのうちに頭が再起動したらしきは、おもむろに少年の胸のワンポイントである水晶のようなものをノックした。コンコン、と実の詰まったような音が返ってくる。そして周りの装甲を撫でたり、触ったり、掴んだり、せわしなくいじり始める。 「よーいしょ、っと!」 そのうちに何を思ったのか、すぐ側の壁に立て掛けてあったリヤカーを持ってきて、倒れた少年型ロボットを少々乱暴に乗せ始めた。 「GRRRRRRRR……」 「あっ、お、怒らないで! 直すだけ。様子を見たいの。こんなとこじゃ痛いだろうし冷たいだろうし、修理も出来ないから、ね!」 の言葉に、狼型ロボットは唸るのを止めた。突拍子もないの言動についていけるとは、意外に物分りも良く賢いようだ。ほっとしているの背中にまたもぴったり鼻面を押し付けると、早く持って行けと言わんばかりに運ぶのを手伝い始める。 「キミ、凄い力だね」 は苦笑しながらも、それに構わず押してくる鼻と一緒に、リヤカーを倉庫へと運んで行った。 倉庫の中はお世辞にも綺麗とは言えない有様だった。まず目に付くのが真ん中にある一際大きな作業台だ。台の上は埃はないものの、汚れがあちこちにこびりついている。窓と入り口以外を占領している棚には、おもちゃ用のネジやら人形そのものやら金属チューブやらが雑然と並んでいて、視覚的にいくらか狭い印象を受ける。倉庫兼作業場といった所だろう――床にある障害物を器用に避けながら、は作業台まで彼を運んで行った。 がいざ台の上に乗せようとすると、今まで大人しく着いてきた獣型ロボも体を使って手伝ってくれた。が笑うと、獣型ロボは視線でどういたしまして、と見上げてくる。 「さーてと。うん、表面が傷ついてるけど中までは問題無さそう――いや、何箇所か動作伝達回路っぽいのが焼き切れてる、のかな? 腕の辺りとか酷いなぁ。ん? ……ふぉ……ふぉる……ふぉるて、にうむ? 聞いたことない単語だなぁ」 『←Fortenium that I invented !』 先ほどがノックした胸の辺りに小さな小さな文字が直接掘られていた。 「私の発明したフォルテニウム」 は自己主張の強い開発者だ、と思いつつも、そっと文字を撫でる。 「製造番号辺りで詳細情報調べないと無理かー。ついでにニュースも当たってみるかな。もしかしたら廃棄ロボとか、脱走ロボって可能性もあるし。廃棄寸前に逃げちゃったのかな。最近多いらしいし。ま、何にせよ何用ロボットなんだろう? アトラクション用ロボ――は、ないか。外見的に運動機能は優れてるっぽいんだけど。危険物の加工、監視用とかかなぁ。普通ならもっと分かりやすいデザインしてそうなんだけど。もしかして戦闘用? なんてね。でもなぁ…… あぁー、夢が膨らむなぁ」 その場にあったスパナをぎゅっと握り締めたまま一人で違う世界に行ってしまったを心配してか、狼型ロボットはキューンと情けない声を上げた。鋭利なデザインのどこにそんな音声装置が組まれているのか甚だ疑問ではある。 「あはは。ごめんね。キミも一緒なんだよね。もしかしたら、わんわんサーカスの猛獣使いロボなのかな」 は狼の頭を一撫ですると、作業台横のPCに電源を入れた。手馴れたようにマウスをカチカチとクリックしてウィンドウを立ち上げると、適当なアダプタを引っつかんでPCと少年型ロボットに繋げる。数秒後には、モニターにスキャン中の文字が現れた。 「ふー、今のうちに私が出来る限りの事はしとこうかな」 言いながらが工具箱を取り出した時だった。PCが電子音を鳴らし終了を告げたのは。 「あれ? 意外と早かったな。もしかしたらキミのご主人様はすぐ直るかもね」 足元で大人しくしている紫のたてがみをは撫でる。狼型ロボはの言葉に安心したのか、目を細める――はずだった。 「ない?」 はぽかんと口を開けたままモニターの表示に目を丸くしている。そのまま手の中のマウスをカチカチと鳴らして、他も確認する。 「は? ない? ないの?」 そう、そこには無かった。無いのだ。色々と無かったのだ。 先ほどが彼の内部情報をスキャンしていたのは、ある程度のつくりや詳細が分かれば、逆引きで製造年数やら型番が分かるから、という理由だ。ついでに所属が分かれば万々歳で、引き渡したりと後はどうにでもなるという算段であった。だが。彼には相当頑丈なプロテクトがかかっているらしく、何度やっても、ソフトを変えてみたりしても、PCはエラーしか吐き出さない。 じゃあ製造番号を手動入力で、と気を取り直したものの、それも無い。頭のてっぺんからつま先まで探してみたが、どこにも書いていないのだ。ならば、ひとまず応急処置をして再起動すればなんとかなるか、と修理に手を付けようとするも、そこはそれ。前述通りの腕前だ。にとってはただでさえほとんどが『得体の知れない何か』なのに、彼には熟練の技術屋も裸足で逃げ出す程のブラックボックスが搭載されている。が手に負えないのは明白だった。 ないない尽くしの中で、唯一分かった事と言えば、どこを探しても彼が世界中の情報のどこにもいない、という事のみ。今分かり得る現状を入力しても、どこのデータにも符合しない。 「無理、かも」 流石には頭を抱えてしまった。普通ならこうなる前に投げ出そうものを。彼女の性分だろう。行き止まりに来ても、ああでもないこうでもないと未だに悩んでいる。 「ううん、昔おもちゃ用か何かの害虫駆除ロボットの設計図があったような……でもなぁー、そもそもつくり自体が違うだろうし。はんだ付けぐらいは出来るんだけどなぁ……」 は深い深い溜め息をついた。と、足元の心配そうに見上げる二つの赤い瞳と視線がぶつかる。 「キミもよく見たら所々汚れてるね。先にキミを綺麗にしよっか」 そう言っては棚から何やら液体の入った缶や瓶を取り出した。 *** 「中身は無理でも外側の補修なら任せとけーってね」 鼻歌を歌いながらは装甲を撫でるように布を滑らせた。体を拭かれている狼型ロボは、心地よいのか、安寧の表情を浮かべて地面に伏せている。 装甲が綺麗になるにつれて布は黒ずんだ。火災現場を通り抜けてきたかのように、煤まみれだった。汚れが付着してからそう時間は経っていないようで、が拭けばするんと落ちた。 「お腹見せて」 そのうちにの口からこんな言葉も飛び出してきたが、狼型ロボはの言葉に素直に従った。『足上げて』そんな言葉にも。短い時間の中で、二人は打ち解けたようだ。 目に見える汚れから、細部に至るまでの汚れを落としたは、今度はツヤ出し液を布に染み込ませて拭いていく。すると、新品の玩具のようにつやつやと光沢を放つようになった。出会った時とはまるで雲泥の差だ。 「あー、ご飯ご飯……って、ロボットにはE缶だっけ?」 「おい」 の真後ろから突然聞き慣れない少年の声が響いた。驚いたが振り返ると、先ほどまで死んだように眠っていたロボットが、瞼を開けてこちらを見ているではないか。 「こ、こ、壊れてたんじゃなかったの?」 「……負荷がかかってたからな。エネルギーも少ないし、熱冷ましついでにスリープモードに入っていただけだ」 そうなの、とが答える前に、『きゅうん』、そんな心配そうな鳴き声共に狼型ロボが飛んできた。作業台に前足と顔を乗せて、ぴすぴすと鼻を鳴らし続けている。 「ゴスペル……」 少年型ロボットが手を動かして、呼びかけた顔を撫でた。ゴスペルも応えるように、手のひらに向かって懸命に体を擦りつけようとする。 (この子、ゴスペルっていうんだ) こうして見れば、本当の少年と動物となんら変わりはないように見えた。 再開の場に水を差すのはよくないと、は黙ってそれを見つめていた。しかし、それを許さないというように、少年の鋭い眼光がを射抜いた。 「俺にもE缶をよこせ」 下さい、くれ、ならまだしも「よこせ」である。強盗のような傲慢さが、の琴線に触れたらしい。 「ちょっと! 第一声がそれ?」 「何か問題があるのか?」 悪びれずにしれっと答える少年。ゴスペルは間に挟まれながらも器用に甘えている。 「まずは名前を名乗りなさいよ! せめて名乗るのが礼儀ってもんでしょ」 「――フォルテだ」 「ふーん、フォルテっていうのね。私は、よろしくね」 当たり前のように握手をしようとは手を出した。 「お前の名前に興味はないしよろしくするつもりもない。早くE缶をよこせ」 「いっ!」 宣言通りフォルテはそっぽを向き、人間の規格外の力での挨拶をはたき落とした。色んな意味では歯を食いしばる。 (私は大人だ、私は大人……! だから怒らない! ……っていうか製作者はなんで制御できないぐらいに自律行動レベル上げてるの! ロボット三原則はどうした。余裕で人間傷つけてるじゃない!) 「……はい」 は溜め息を漏らしながら、そこらへんに転がっていたE缶をフォルテに渡した。その間も、私は大人、と頭の片隅で叫び続ける。 「開けろ」 「はぁ? それぐらい自分で出来るでしょ? あなたロボットだし、力だって私より強いはずじゃない」 「ちょっとの衝撃でもぶっ壊れる可能性がある」 「え、そんなにヤバいの?」 見た目はしっかりくっ付いているように見えるが、中身はやはり精密機械。色々と危ないらしい。 「ぶっ壊れても帰れるけどな。帰ることが出来れば後はじじいがなんとかする」 「じじい? あなたを作った人? マスター?」 「じじいだ」 マスター、という言葉にフォルテは眉を顰めていたが、は見なかったことにした。先ほどの我がままをぶりを見れば、製作者が彼を持て余しているのにも、すぐに察しがつく。どこの研究所か何のロボットなのか――は諸々を聞きたかったが、フォルテの眉間が無視できない事になっているのを確認し、まずは機嫌を直すことを考え始めた。 「よっ、と。はい」 E缶のプルタブを開けると、律儀にストローと一緒にフォルテへと差し出す。 「フン」 ストローを口に入れると、フォルテは大人しくなった。おやつを与えると子供は静かになると言うが、これも同じ原理だろう。 何か不満だったのか、時折ストローを噛んでいるようだが、文句を言われるよりはマシだ、とマナは倉庫内の整理を始める。元々散らかっていたとはいえ、予期せぬ来訪者で倉庫の中も凄まじい事になっていた。せめて足の踏み場は確保したい、とは動き始める。と、 「おい」 が掃除に集中し始めたあたりで、フォルテが声をかけてきた。まだE缶を飲みきっていないようだが、何の用だろうか。ゴスペルを膝に乗せながら気だるそうにこちらを見ている。 「なに?」 「はんだ付けぐらいは出来るんだろ?」 言われてははっとした。そういえばさっき自分はそんな独り言を呟いていた、と。スリープモードとは言っていたものの、カメラアイやら何やらがの言動を記憶していたのだろうか? に確かめる術はないが、フォルテの言動を見るにどうもそうらしい。 「俺の言う通りにやってみろ」 「へ? そういうのって痛覚とかの感覚機能をこっちから遮断してやらないと危ないんじゃ……」 「俺は最強だからな、痛みにも強い」 「は、はあ」 色々と反論したい気持ちはあったが、は言い返す事さえ億劫になってしまった。 「俺は最強なんだ」 「へーへー」 二度目の言葉に、は適当に相槌をうちながら、静かに用意を始めたのだった。 ****** 「違うちがっ、痛ってーんだよ! お前俺の話聞いてないだろ!」 「聞いてるよ! っつーかはんだ付けで痛いも何もないでしょ!」 「馬鹿! お前のはんだ付けは雑なんだよ。金属溶けたら、気持ち一秒置いてからはんだごて離せっつっただろ!」 「やってるっての!」 「他の回路も密集してんだぞ! 慎重にやりやがれ!」 先ほどとはうって変わって倉庫内には嵐のような怒号が飛び交っている。やれド下手くそだの、根性なしだの、二つの罵声は留まる所を知らない。 しかし、それも収まるべくして収まったらしい。 倉庫内には相変わらずとフォルテ、それにフォルテを心配そうに見上げるゴスペルが居る。 「くそっ! 一時はどうなる事かと思ったぜ。はんだ付けぐらいしか出来ない。じゃなくて、かろうじて出来る程度じゃねぇか!」 「うるさいわねー! うちは玩具屋さんなのよ!」 知識力、並びに技術力の無さを指摘され、は無意味な反論をした。しかし今までのフォルテの理不尽さに比べればまだ可愛いものだ。 「なんだ」 「なによ」 ――にらみ合いを続ける二人。言葉なき小競り合いを見守るように覆う沈黙。 「まあいい」 意外な事に、沈黙を破ったのはフォルテの方だった。 憎憎しげに言い放つ様や、この状況でもなお上から目線の言い方がの癇に障ったが、これ以上の諍いは不毛だと、は言いたい言葉を飲み込んだ。その代わりか、フォルテに背を向ける。 「おい、データ照合の時に読み取った情報やらサーバーにアップした情報は消せ」 「え? 何で」 「何でもだ」 言葉と共にフォルテは台から降りる。気付けばフォルテのハンドパーツがバスターに変わっていた。 「え?」 「逆らえばぶっ殺す」 耳元で宣告される言葉。ハッタリだろう、そうもは考えたが彼はロボットだ。今までの経過を見るに彼は嘘をつく人種、もといロボットではなさそうに見える。何にせよ、ぶっ殺すが嘘でも、逆らえばただではすまないだろう。手のひらの青あざがにそう言っている。 「ややややりますからそのぶぶぶ物騒なものを下げ」 しかし、フォルテは何処吹く風でバスターをごりごりと押し付けた。 「ほら」 「ちょっと、待って、」 「うるさい」 こうしてあれよあれよという間には追い詰められてしまったのだった。 (どうして……どうしてこうなったの……) は背中の固いものの感触に震えながら、マウスをカチカチと動かして履歴を消去していく。物言わぬ機械は、の命令を素直に実行し、モニターに意思表示をした。 『200X.○.× ■■■■を消去しました』 「よし」という言葉と同時だった。目の前のモニターが火花を散らしたのは。 いつの間に動いていたのか、フォルテはバスターとアームの握りこぶしをPC本体にめり込ませていた。次いで断末魔もとい爆発音が響き、恨み言のような黒々しい煙が上がる。 「……挙動が最悪だな」 「あ、……あああああああーっ!!」 我関せず、と言った具合にフォルテは何度も握って開いて手の平を感覚を確かめている。 「サーバーに残っていなくても、PC自体にデータは残るからな」 「ぐ、うぅ……っー!」 はむくむくと湧き上がる文句と、自分の保身を天秤にかけて獣のように唸った。文句を言ってしまえばそれでいいかもしれないが、先ほどの言葉もある、と。 「E缶をおごってくれた事は感謝する。が、それ以上でも以下でもない。アームの動作回路をはんだづけさせたが――、こんなもん直したうちにも入んねーよ」 「悪かったわね。うちはただの玩具屋さんなのよ」 の前頭葉が理性を保とうとした結果だろう。先ほどと同じ言葉を繰り返す。だが、フォルテはさして気にしなかったらしい。 「フン、そろそろ帰る。世話になった」 「はぁ? ちょっと何言って……るの?」 睨まれて語尾が弱弱しくなったに、フォルテはまた鼻を鳴らす。そうなればもう用はないと言わんばかりに作業台の上に飛び乗った。 「ゴスペル! こい!」 言葉に合わせてゴスペルが駆け寄る。戦闘機の翼のように変形し、フォルテの背中にしがみついた。そのまま倉庫の屋根をものともしない速度で上昇した。凄まじい轟音と共に、派手な火花と光を撒き散らして空へと登る様は、さながらロケットの打ち上げだ。 「うわ!」 風圧で立っている事もままならない。は狭い倉庫の中をごむ鞠のように転がった。棚が倒れたり、細かな物がリーザを襲ってきたが、悪運が強いのか何なのか、全て後少しの所でを避けていった。 「げほっ! ちょっと、待ちなさい……!」 の頭上で大きく口を開けた屋根の向こうに、フォルテが見える。月光を受けてあらわになる輪郭がどこか悪魔を彷彿とさせた。何が面白いのだろうか、口元が弧を描いている。 「気が向いたらまた来てやる!」 (……気が、向いたら? この惨状を引き起こしておいて? オーパーツPCとはいえ、PC代もそうだし、E缶……はまあいいや。看板の修繕費も――次に来る事があったら、覚えてろ!) 「じゃあな!」 「っ……、うわああああああああ!」 にわかに騒ぎ始めた近所の事などお構いなしに、フォルテの捨て台詞が上空で、地上での咆哮が木霊した。 フォルテの被害は相当なものだった。倉庫は半壊。まだ売れたり使えたはずのものはほぼ回収不可能となっていた。お店の方も瓦礫の破片でいくらか壊れ、被害総額は計り知れない。 あの爆発は警察にも証拠不十分で謎の事件として処理され、お咎めなし。不可解な成り行きに、世間も玩具店を遠巻きに眺めるようになった。数日後には、『玩具店の娘が国家機密に触れそうになった為、政府の裏機関が消そうとした事件』という噂が一人歩きし、何故かはゴシップ屋に追いかけられる羽目になっていたのである。 家は田舎に帰る事しか出来なかった。それでなくともパパラッチで引きこもるしかなくなっていたは、再び技術職の勉強をし始めた。くじけそうになると、フォルテがの心の中に棲みついたかのように、あの言葉を思い出させた。 (気が向いたら来てやる、ですって? だったらこっちから会いに行って、今度はぎゃふんと言わせてやる。必死こいて勉強して、驚かせてやるんだから。そしてあいつを作ったマスターともども謝罪させて、代金を弁償させてやる……!) の野望は成し遂げられるのだろうか。 ――結果は、その日が来るまで分からない。 (おわり) |