よくあるラブロマンスだ。 そんな他人の絵空事の恋愛模様を女と二人並んで見ているなんて。それにきっかけが事件なんて、吊橋効果もいい所だろう。 ――そう考えながら、彼は文句も言わない薄型液晶のモニターに同情した。 「甘ったるい映画だな」 耐え切れず、フラッシュマンが呟いた。 「うるさいな、点けたらやってたの」 画面では包帯を巻いた男が女に介抱されていた。こりゃ数分後には出来て、そのまた数分後には男が失踪するな、とフラッシュマンは思ったが口には出さなかった。 そんな思惑と相反するように隣ではが真剣な表情で釘付けになっている。その視線の先には案の定、惚れた腫れたの応酬だ。 つくづく甘い。角砂糖を練乳突っ込んだぐらいに甘い。大体マフィアってただのチンピラと変わらないだろ。美化し過ぎだ。まあそれを言ったら元も子もないんだが。あ、やっぱりな。女と一夜を過ごし、失踪ってな。分かりやすい展開だなおい――等と、フラッシュマンは一々茶々を入れながら映画の内容を頭の中で転がしてみる。 「おい」 はフラッシュマンの問いかけに答えない。 「夢中になり過ぎだろ……ま、いいけどな」 その間に映画は佳境へ。死にそうな男を前に女は泣きながら男に話しかけ、愛してるを繰り返していた。 なんとなく予想が着いていたフラッシュマンは、頬杖をつきながらぼんやりと眺めていた。その横では体育座りのままが鼻をすすっている。 結局男は助かり、愛してる、そしてキスの後に暗転。ENDの文字が表れた。エンドロールが大方流れたところで、フラッシュマンはティッシュを差し出した。 「お前こういうのが好きなのか」 「そうでもない」 「何で最後まで観たんだよ」 「最初から観ちゃったからなんとなく」 「なんとなくの割には泣いてるじゃねーか」 「だって感動したから」 「へー」 「……つまんないなら一緒に観なきゃ良かったじゃん」 「つまらなくはなかったけどな」 フラッシュマンがなんとなしにの頭を撫でる。すると、は目を丸くしてフラッシュマンを見上げた。ふ、と鼻で笑うフラッシュマンがそのまま髪をすく。 「な、何!」 の肩が猫のように跳ねた。 「べつに?」 の様子をじろじろと見て、フラッシュマンは唇の端を上げた。 「ちょっとさっきの映画じゃないん、だか……」 が瞬きをした次の瞬間には、フラッシュマンが酷く真面目な表情をしていた。 「愛してる」 「え?」 「好きだ」 「なんっ……」 台詞の出典先と言えば先程の映画だ。ワンシーンそっくりそのままただトレースしているだけ。冷静に考えればの言葉に触発されたのだろうと合点がいく。 だが、は焦るばかりで、考えが至っていないようだ。 フラッシュマンは髪をすいていた手の平を肩から腕から滑らせて、の指と絡める。 「――、」 駄目押しの一言。もう片方の手での顎を持ち上げれば、まるっきり映画と同じだ。 「う、」 「う?」 黙りこくった後発したの一言を、オウム返しする。 「……胡散臭い!」 はフラッシュマンの顔にジダンヘッドを食らわせると、尺取り虫のように後ずさった。その顔は嫌悪に塗れ、触るもの皆傷つけそうなオーラを放っている。対してフラッシュマンは、くつくつと静かに笑い始め、しまいには豪快に笑い始めた。 「…… ぶっ、はははははは!」 「――さっきから何? ついに頭にバグが沸いたの?」 フラッシュマンは鼻の辺りを抑えながら腹を抱えて笑っている。 「はははは、はー! ……あーあ、鼻が潰れた」 「ないじゃない。元々鼻ないじゃない」 「よく見ろ! ちゃんとあるだろうが!」 「あーもう! そんななけなしの鼻はどうでもいい! この前の事といい、何がしたいの!」 「さあな」 フラッシュマンはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、をおちょくる気満々、といった様子を見せた。 「私をからかって……、意地悪して……ただ冗談を言い合ってるだけならいいけどさ!」 案の定ギャンギャン喚き始めたを他所にフラッシュマンは身を乗り出して、髪を摘み上げる。 「ほっ、本当に何がしたいの?」 身を引こうとしたの手をフラッシュマンは咄嗟に掴んだ。 「何を? 分かんねぇけどこれから何かするかもな」 相対した二組の瞳は、お互いに鈍く輝いていた。 (おわる) |