普段の部屋が一変。床の上に足跡を残すようにして衣服が連なっている。行き着く先はベッドの上だ。本人は脱皮をしたばかりの生き物のようにベッドにしがみ付く――もとい、突っ伏している。寝ているのか死んでいるのか。呼吸と心音を確認すれば、ただ寝ている事が分かった。 人間とはおかしなものだ、疲れが限界まで達すると、面倒臭いが先に立って食事も取ろうとしない。 「俺達はエネルギーがなくなればおしまいなんだがなー。おーい、大丈夫かー?」 ものぐさ病は衣食住の先頭から袈裟切りにしていくが、住だけは切り捨てられないようである。衣はほぼ全裸の姿で寝ている事、食事は睡眠に負けた事からそこらへんに打ち捨てられているのだろう。 「へんじがない。ただのしかばねのようだ。……っかー! 非常事態のメンテ要員が非常事態に寝ててどうする!」 揺すっても、横たわる白木の大木はひっくり返る気配すらない。 「おい! おい! 起きろって!」 乱暴に揺すった所ではオットセイのようにがばっと起き上がった。 「おい」 「ん〜……」 たっぷり三秒、寝ぼけ眼で俺を凝視してから、 「うわ、フラッシュ凄い汚い……」 「第一声がそれかよ!」 「それに、うわっ! 中のコードがだらんだらん出てるし! 傷とか……や、やばいよ早くメンテ室に行こう!」 やっと異常に気付いたのか、は俺の腕を掴み、飛び上がってまくし立てる。 「ちょっと待て。服を着てからだ」 「え? あ!」 漫画のように握りこぶしと受け皿を両手で作って、餅を付くように――。 「ポンって……そんな悠長な事してらんねえんだけどな。あー、エネルギー切れそう」 言いながら壁に寄りかかる。 「ちょっと待って! すぐ用意するから!」 「あー」 エネルギー節約の為かどうかは置いておいて、適当に返事を返す。その後の記憶はスリープモードに入りかけたせいかあやふやだ。 「で、気付いたらメンテ室って、お前どうやって運んできたんだ」 「え? フラッシュちゃんと歩いてたよ? 千鳥足だったけど」 言いながらはタイムストッパーを作業台に乗せ、電気コードだなんだかんだと手を休ませない。 「つーかな、あの非常事態の最中、死んだように寝てたな」 「ごめんね。いやはやお見苦しいものを。でもね、女の人の部屋に入る時はノックぐらいするべきだと思うんだ。うん」 「仕方ねえだろ。ワイリー博士はいないし……だから緊急事態だったんだよ。しかし、断然グラビアの方が目の保養になるな」 「フラッシュ君、素直と無神経は違うのだよ」 「へーへー」 いつものやり取りなのだが、こいつは世間の女とはちょっとズレてる。イレギュラーだ。だからと言って女らしい趣味に興味がないわけでもない。がさつと冷静が半々のまだらな性格をしている。 「はい、なんとか応急処置は終わったよ。完璧に直すならワイリー博士が帰ってきてからだね」 「ちっ、使えねーな。いつになったら仕事を覚えるんだよ」 「難しいよー。だって、ワイリー博士ってば、普通十人ぐらいでチーム組んでやる事を一人でやっちゃうんだよ? 凡人の私にはムリムリ。ははは」 「だからあの人は天才なんだろ? 側にいるんだからちっとはお前も天才に近づけよ」 「……あのさ、前々から疑問に思ってたんだけど、皆には常識的に接するのに、私に接する時だけちょっと厳しいのはなんで?」 「いじめられるのがお前しかいないからだよ」 「ん? それって……」 口元に手を当てて考えていると思ったら、また両手でエア餅つきをした。 「あ、そっか!」 「そこで納得するか普通」 「皆に迷惑かけられていつもヘタレてるから、私で息抜きしたいんだね」 「ブチ切れんぞ……」 「ごめんごめん。あははは」 がちゃがちゃと盛大な音を立てながら、機具を片付ける。腹が立つ――いや、俺の言葉をひょいひょい避けるから面白いんだが。 「ま、お前も天才になる要素は兼ね備えてるな」 「んー? 皮肉じゃなく、ポジティブに受け止めておくね」 「ちっ、勝手にしろ」 「ふあー、眠いや。寝る」 ひらひらと手を振ってメンテ室を出て行こうとする。水のように掴めはしないが、視認はできるという変な奴だ。どこかバブルに似ているかもしれない。 「じゃあね」 「おう」 俺も合わせて手を振って、あまり無理出来ない自分の状況を確認する。 「さて、どうしたもんか」 呟いて、目を瞑った。 (おしまい) |