初めて 四時限目が終わり、途端に周囲が騒がしくなる中、セナは今日も一人弁当を取り出す。別に高校に始まった事ではなく、昔からずっとそうであったこの行為を、何故だか最近寂しいものとして感じながら。その感覚は久しぶりなもので、数年前、あれこれ思うよりはいっそ諦めてしまえば、余計な気を揉まなくて済むと割り切ってよりこの方、覚えなかったものだ。 それは物理的なものもあるだろう。パシリで忙しい頃はそんな感慨持つ暇も無い。それが今では無くなって、昼休みは昼食を取っておしまい、残った数十分は精々机にうつ伏せるのが関の山である。そもそもパシリが良い訳では勿論無いし、体にとってもその休息は望ましいのであろうが、殊精神にしてみれば、周囲の人間の楽しげな会話を耳にしながら、一人黙々然としているのは、辛い。 けれどもそれを辛いと思うのも亦、精神的な面が影響しているのであるから、結局は心境の変化が大きいのである。昨夜のおかずが並ぶ弁当を見ながら、セナは昨日聞いた、母の不思議そうな言葉を思い出す。あんたがねえ、と産まれた時からセナを見ている人間の言葉としては、真に妥当な、なんでアメフトなんかと云う意味を含んだ言葉であった。自分でも未だにそう思わずにはいられない。ただ、一つだけ確かなのは、既にそこが確固たる居場所として在ると云う事である。それが今、こうして絶えていた感覚を呼び起こしたのであるから、難しいものだ。 俯き加減でそんな事を考えながら、セナは思考によって寂しさを紛らわせていた。別段驚く能力でもない。友達のいない身であれば、誰でも自然に習得するものだ。だがそれには一つ弱点が有って、上手く行き過ぎると周囲が目に入らなくなってしまうのだ。 「何考えてんだ?」 おかげで声を掛けられると、必要以上に慌ててしまう。ゲホッ、と噎せた背中には、自分よ同じ背にしては幾分も大きい掌が当てられ、大丈夫かー、と摩られる。 初めて 「なんでモン太が…?」 薄らと涙の滲む目を向ければ、そこには今の所部内で唯一の同学年であるモン太が、小脇にバナナを挟みつつ、心配そうな顔をしていた。 「そりゃお前、一緒に昼飯食おうかと思って」 当たり前のように、セナの机に持ってきたパンとお茶とバナナを置くと、空いていたセナの前方の席に座る。借りるぞ、と誰ともなく言ったモン太に、席を離れていたクラスメイトが、ああ、と返していた。 椅子をセナの席に向けたモン太は、早速パンの袋を開けると、ムシャムシャとやりだす。噛みながら早速出した話題は、あのヒル魔とは一体何者なのかと云う事だった。 「栗田先輩は優しそうだけどよ、あの先輩…そもそも人間か?」 「いや、そりゃ人間でしょ…多分」 「多分かよ」 突っ込んだと思ったセナの最後の一言に、モン太が突っ込み返す。そこから、話はセナの入部当時の話に移っていく。モン太は時折、うわっ、とかふーん、と合いの手を入れるだけであったが、それでも話す事は幾らでもある。 気が付けば、開始五分前の予鈴が鳴った。セナは、弁当箱がいつのまにか空になって放っていた事に、今更ながらに驚きながら、蓋を閉める。まだバナナを半分食べかけのモン太は、音に慌てて立ち上がると、片手でバナナを掴んだまま、それじゃーな、とドアに向かった。 「んむっ」 「どうしたの?」 しかし、急いでバナナを頬張り、皮を他のごみと一緒に、出入り口傍のごみ箱へ捨てた所で、忘れていたとばかりにセナの許へと戻ってくる。そのまま噛んでいたが、ごくり、と飲み込むと、一口貰うな、と言ってセナのお茶を飲む。良いけど、と言う前に飲まれて、一体なんだとセナは見つめるしかない。 「ぷはっ。ありがと」 「どういたしまして…」 「あのな、言い忘れてたんだけど、明日から待っててくれよ」 「え? あ、昼?」 「そうそう。そんだけ。じゃー、また放課後な」 セナが頷くのを確認すると、今度こそモン太はさっさと隣の教室へと行ってしまった。 明日も、と思いつつお茶のペットボトルへ手を伸ばすと、さっぱりとした味が沁み込むのを感じて、自分は喉が渇いていたのだと分かる。復たこんなに喋るのかと思うと、腹が減っていもいないのに、セナはもう、明日の昼休みを待っていた。 平成十八年丙戌三月二十九日公開 |