こたつ 成る程投手が肩を冷やしてはいけないのは当然だし、常日頃三橋に対して言ってさえいるから、それに関しては至極全うだと思う。 だから、榛名の部屋には不釣り合いな大きさのコタツが在ったり、それにスッポリと埋まってなおかつ背中に毛布をかけること、これは別段文句を言うべきことではない。ストーブが少し強すぎることもそうだ。流れているテレビ番組が究極的につまらないのも、些細なことだ。 今の自分が顔を顰めているのは、ただ一つ。直ぐ後ろに榛名元希がいる、その為だった。 いつものように練習後に家に呼ばれて、部屋に通されると、そこには先日出したばかりだというコタツが鎮座坐していた。一旦居間から飲み物を取ってくるという彼は、先にコタツに入っていろ、と何でもない風に言う。 それをそのまま受け取ったオレは、大人しく入り口側の席に座った。 少し廊下の寒気が入ってくるが、それは屋外の冷気が入る、向かいの窓側の席も同じであったし、かといってテレビの直ぐ前に座るのも憚られる。ベッドの直ぐ下は、テレビも真正面だし、ベッドが背もたれになって楽だけれど、そこは流石に家主の席だ。横暴な誰かさんとは違って、そういうことを気にすることも出来る。 だから榛名が戻ってきて、雑誌だの教科書だので既にいっぱいな机の上に、茶やら菓子やらを置く為、オレに荷物をどかさせた時、てっきり座ると思っていた所へ積んでおくよう言われたのは、少しばかり意外だった。 それでも、向かいに座るのだろうとオレは深く考えなかった。ベッドの上に無造作に放ってある毛布を、立っている榛名が後ろで広げても、今日は昨日より寒いな、とぼんやり考えていたのだ。 「タ〜カヤ」 変に甘ったるい声が聞こえてきた時には、もう榛名の足はオレの足に絡みついてきていた。 「寒みいなァ」 極々普通に呟きながら、榛名の腕はオレをすっぽりと抱いている。顎は肩に載せられて、耳元で寒い寒いと呟く声が、やけに耳に残る。 「な、はァ?!」 オレは驚き半分呆れ半分の声を上げたものの、榛名は反応もせずに、自分の背中に毛布をかけて、ブツブツ言っている。 「ホントさみィよ」 「……なんなんスか、あんた」 「くっ付いた方が暖かいだろ?」 「別にコタツに入ってりゃ充分でしょ」 「バカ、万が一ってモンがあるだろうが」 そういうと、少し抱く力を強める。 「折角隆也がいんだから、人間ゆたんぽも使わねーと」 そうしてオレに引っ付いたまま、榛名はリモコンを操り、テレビを付けた。 爾来十分程、オレと榛名とはしっかりくっ付いたままだ。訳が分からないこの行為に、オレの機嫌は急降下していく。ただ、それでも我慢していたのは、榛名がそれ以上何もしなかったからだ。もしこれでそのまま手を伸ばして下に向けたり、後ろからキスでもしてきたのなら、躊躇無く脇腹にひじ鉄を食らわせるだろう。 けれども実際は、前に体重を預けながら、ぼんやりとテレビを見るだけだった。余りにくだらなくて笑いさえ起きなかったらしいが、それでもじっとしている。 そうすると、不思議なもので、なんだかこのままでいるのが不自然な気持ちになってくる。いや勿論、今の体勢は十二分に不自然極まりないのが、そうではなく、何故触らないのだろう、という気持ちが、不意に胸の奥を掠めたのだ。時折机の上の飲み物を飲む際にグビっと鳴る喉。クッキーを口にして鳴る音。手を軽く握るように被せられた手。 そうしたささいなものは固より、何より背中に密着する榛名元希の身体の熱が、服越しに少しずつ溶けてくる。険しい顔はそのままでも、何時しかその内容は、意味不明な密着に対するものではなく、何故何もしないのかということに対するものへと移っていた。 それが我ながら耐えられなくて、否定するように、つい二度三度と首を振ってしまった。 「どうした?」 不思議だったのだろう、榛名が声を掛けてくる。自分よりも十センチ以上高い彼へ、なんでもない、という言葉を伝えるべく、オレは首を捻った。 けれども、オレの言葉は口から出ることなく、吐息は全て榛名の口の中へと吸い込まれる。振り向きかけた顔に、唇が触れたのだ。空気が乾いているからだろう、少しカサカサしていたが、それも口中からの熱と湿気とを帯びた息を感じると、直ぐに意識から消える。榛名にしては優しい、ただ唇と唇とを重ねるだけのものであったけれども、それ一つで頭の中の酸素は全て消費され尽くしてしまったみたいで、ぼんやりと、何も考えられ なくなってしまう。 「何モノホシゲな顔しちゃってんの?」 力が抜けたオレは、そのまま榛名にクタリともたれ掛かった。とは言っても目が合うまでではなく、榛名の顔は相変わらず見えない。ただ、そのからかうみたいな声が充分熱っぽいことが、どうやら今の自分と同類の顔でいるんだろうことを確信させる。物欲しげな顔をしているらしい自分と、物欲しげな声になっている榛名と。相手を求めることに変わりは無いから。 榛名の顔が、頭に当たる。それだけでも気分が高まっていくのに、手は、探るようにオレの胸を撫でた。勿論服の上からだから、素肌の時のような快感は無い。けれども、或る意志を持って動く行為そのものが、ほのかな興奮となっていく。 「元、希さん」 その名前を口にした瞬間、掠れた響きに、ぞわ、と総毛立った。なんだろうこの声は。まるでこれでは、情事の時の声のようだ。 「……ホンキか」 榛名は左掌を胸から喉、喉から顎とゆっくりと上げながら、囁いた。形の上では質問でありながら、実際は願望の吐露であって、何せ耳元でそんな言葉を吐かれて、肯定以外の返事が出るはずがない。オレは、黙って頷いた。 顎から更に掌が上がってきて、左手の人差し指が、唇をゆっくりとなぞる。 「舐めろよ」 耳元で又も発される命令。これに抗う術は無く、オレは伸ばされる指を、チロリとしゃぶった。すると第一関節だけではなく、第二まで入られて、人差し指と中指の二本で、オレの舌を軽く叩く。 右手は相変わらず胸をゆっくりとまさぐっていて、ただ服を脱がせようとはしない。左手は、ぬるり、と舌を絡ませれば指の動きは止まって、オレがちゅうちゅうと口内で吸うままに任せている。 「隆也、ヤラシーなあ」 オレの理性が辛うじてでも保たれていたのは、そう言った榛名が指を引き抜いた時の、にゅぽん、という水音を聞くまでだった。涎でベトベトになり、ツウと糸を引く指。その、電光の下テラテラと光る左指を見て、プチリ、と自制心は焼き切れてしまった。 「指舐めただけで感じるんだろ」 右手が粗い布地の上から股間をまさぐっている。それに頷くと、オレは左手に復た舌を絡めた。 「左手スキ?」 「んっ……」 どこまでも交わらない思考が最低と判断するのと同じ位、自分の中の純粋な強いものへの憧れが高い評価を下す。その矛盾した元希さんへの感情が、これには詰まっている。そう、例えるならこれは、榛名元希の象徴。 元希さんは利き手でもないのに器用にズボンを下げると、下着ごとオレのペニスを掴んだ。この人そのものを口にして、もう血は充分下半身に集まり、いやらしい染みが出来てしまっているのは、自分でも分かっていた。 「染み、出来てるな」 それなのに、耳元で囁かれると、震えが走る。太腿まではコタツ布団が在るし、身体は暑い位だから、寒さではない。恥ずかしいのだろうか。けれどもオレは、震えて更に先端から先走りを零してしまった。恥ずかしいことに感じる訳がないから、違うと思いたかった。 「ガチガチだぜ、お前のチンポ」 「そ、んな」 「イヤラシイ液でトランクスが張り付いて、脱がせらんねェ」 でも元希さんが何か言う度、オレはピクンとペニスを動かしてしまう。 「このままイくか」 「ちょっ……」 「黙れ」 しかも指が口に三本も入れられ、元希さんの肌の味が広がった瞬間、ゆっくりと性器を撫でている刺激だけで、オレはイってしまった。頭がじんわりして、精液が垂れて太腿を汚すのも、どこか他人事みたいだ。 「マジかよ……」 元希さんは濡れた右手を呆然てして眺めると、やがてペロリと舐めた。オレの精液で汚した手を口にしている、それがいやらしくて、酷く濡れた下着が、直ぐに持ち上がる。 腰に当たる性器も酷く硬かった。口に愛しい左手を含まされるオレは、もう全くおかしくて、その高ぶりを早く後ろで受け止めたくて仕様がなかった。脊髄を、淫猥な熱がはい回っている。 「むぐゥ……」 「なに? 早く元希さんのチンポ挿れてーって?」 「んっ」 冗談めかして揶喩する下卑びた言葉も、今は正しい。指を傷つけない様、慎重に頷いた。 すると、左手は復た離されて、そのまま両手でオレの下着をゆっくり脱がし始めた。粘り着く精液が、腿やペニスとトランクスとの間に白い糸を繋げる。 「いっぱい出たな」 「ひゃっ……や、ァ」 膝まで下ろすと、なんと左手がペニスを軽く扱く。くちゅくちゅと粘着質な音がして、これだけでじんじんとペニスは快楽を覚える。 「そんなにイイ?」 「ん……もっと」 「もっと何」 「触、って」 もう躊躇いは無かった。元希さんに背中を預けると、頭をいやいやするみたいに軽く擦り付けながら、左手を欲する。 「えっちなタカヤ君は、チンポ弄られるのがスキなんだ」 「……はい」 普段なら鉄拳制裁しそうな言葉にも、好きです、と漏らしてしまいさえする。 「じゃあケツは」 「スキ」 「何されるのが」 「……元希さんに、弄られるのが」 「オトコの癖に?」 「アンタがっ……! ひゃ、あっ!」 「お、入った。……お前の精液でベタベタだもんな」 せせら笑う声に反論したくても、実際左手が後の表面を撫で、僅かに指先で擽るだけで、体内で何かが爆ぜる。くちゅり、なんて指を挿れる音、本当なら小さな筈なのに、やけに耳に響く。 体内を這い回るモノが、あの綺麗に整えられた爪を持つ指であることを意識してしまえば、どうしようも無く意識は乱れた。意識すまいとしても、身体はしっかりと感じて、浅ましい欲望は残滓を纏いつつ、しっかりと膨らんでしまう。 「上」 そこに言葉をかけられて、見れば、元希さんが覗き込むようにしていた。目と目とが合う。涼やかな切れ上がりの目は、欲望にぬれている。 「口、開けろ」 元希さんに欲情するオレに興奮している、それが嬉しくて、だらしのない笑みで開けた口。そこに、相手の唾液が垂れてくる。 「飲めよ」 ぐじゅり、と含む音。上手く入らない冷たい液は、鼻や喉に垂れるが、元希さんの唾ということが、酷い媚薬となる。顔面に唾を吐きかけられるなんて、普通なら侮辱でしかない。それでも今だけは、真夏の練習後に飲む水みたいだ。 調子に乗った元希さんは、くちゅりくちゅりと唾液を垂ら、その液は、喉さえ過ぎて胸にまで落ちる。 「ふゃぁっ……」 そうして濡れた乳首を、右手が摘む。それが、肉壁を擦る左と同じになって、オレはもう我慢出来ずに、とうとう自分で扱き始めた。 「隆也、オナニー? やーらしー」 「だって、触らなっ……!」 「おねだりしてみろよ」 「そ、んなっ」 「いやらしいチンポこすってくださいって、言え」 自ら慰めるのと、淫らに頼むのと。何れも恥辱ではあったが、熱くなった頭からは、哀願の言葉の方が出た。 「……いやらしい、ちんぽを、元希さんの手で、擦って、ください……」 元希さんは、瞬時躊躇うと、右手を竿に伸ばす。 「おまっ……マジで頭溶けてんな」 「えっ?」 「ドエロだってこと」 何か言おうとしても、芯が蕩けそうな部分は撫でられただけで全身に快楽を伝え、口に在っては吐息となる。 しかし右手は直ぐにに下がると、玉の方を揉み始めた。 「なっ……」 「約束通り擦ってやったぜ?」 睨み付けても、にやけ面には屁でもないらしく、掌中で玩んだまま、ヒクつく部分は放っておかれる。引っ張られて、ブラリと動く度、先走りが零れる位なのに。 左手の指は何時しか増えて、煽り立てる快楽も盛んになっているけれども、流石に後だけではイけない。 「隆也のチンポ、スゲー濡れてる」 分かっているなら触ればいいのに。いや、分かっているからこそ、焦らすんだろう。急いて恥ずかしい言葉を口にしたのも、自慰よりはましかと思ったからなのに、結局どちらも見たいと。 オレは右手で先端を包むと、小刻みに動かした。直視しがたいと虚空を見るが、窓から遠くに見えるビルがやけに現実的で、結局目を閉じる。 「後も締め付けてる」 だが、この一言で、今度は指が内部を探る感触が、視覚を無くしたことによって肉感的となる。 「すげー熱い」 「ん、んっ……」 前と後と。どちらも性器になったような快楽が、全ての我慢を飛ばした。 「やっ……元希さっ、あっ!」 「キモチイイ?」 「んっ」 「涎零しちゃうぐらい?」 「見ない、でっ、くだぁ……」 「丸見えだぜ? ちんぽからだらだら先走り漏らしてるのも、ケツに指突っ込まれてよがってんのも、全部」 「ひぃゃ、ふっ……!」 視覚が無い世界では、元希さんの卑猥な言葉が、幾倍にも染み込んでくる。オレは自分のとは思えない甘ったるい声を上げながら、早くも復たイってしまった。しかも玉を弄っていた手が、オレの掌を包んでしまい、粘つく精液が酷く手を汚す。 「ほら、もっと」 「やっ、ンと、変にっ」 「隆也おもしれー」 それなのに、元希さんは手を放さず、逆に吐精直後のものを無理矢理扱かせた。感じすぎておかしくなる。 「ほら、イけよ」 「くぁっ……!」 ぬるぬるの手で先端をぐりぐりされて、快楽よりは寧ろ苦痛にちかい刺激が、オレから精液を搾り取る。連続して放った欲望は手から溢れ、元希さんにまで付く。それをペロリと舐めた彼は、隆也の味、と嬉しそうに呟いた。 そのままオレの右手を口にしながら、あの左手は抜かれ、お前もしゃぶれとばかりに口に運ばれる。どうやら榛名は、これさえ示せば幾らでもオレが欲情すると思ったようだった。 確かに或る意味正しくて、身体に残る火はまだ燃え盛らせも出来そうだったが、ただかなり気怠いのも亦事実だった。達した瞬間、急激に力が抜け、眠くなってきていたのだ。大体男はそんなに連チャン出来ないものだ。同じ男なら、分かるだろうに。 (まーでも、こいつケダモノだしなあ……) 抜かずの何発とやらに憧れていたから、もしかしたら三発位軽いのかもしれない。 だがオレは人間だし、それに良いように興奮させて散々嬲ったこいつに、少し仕返しをしてやりたい、という気持ちも有った。 「元希さん……」 「なんだ?」 榛名の声には色艶が滲んでいて、今にも欲望を発散させたそうにしている。 「オレ、お願いしたいことがあるんです」 こちらはたっぷりと媚を効かせた、わざとらしい声を出す。ついでに甘えるように頭をこすりつけて真上を見れば、鼻の下が随分伸びている。 「なんだよ」 「もう寝たいんで。おやすみなさい」 は、と間抜けた声を出している隙に、オレは横になって火燵に埋まった。頭に在る榛名の性器は、ズボン上からもガチガチだと分かるが、そんなものトイレで勝手に抜いてろ、と内心笑う。 下半身は裸だが、火燵の中は暖かい。そのまま目を閉じていると、本当に寝てしまいそうだった。さてどうするか、微睡みの中様子を窺うが、意外にも、榛名は文句を言わず、じっとオレの横顔を見ているだけだ。 「マジで寝たのかよ……」 情けなさそうに呟く声。微かに哀れみも覚えるが、目は閉じておく。 すると、急に脇の下を抱えて、ずるずると火燵から引き出してしまった。太腿に鳥肌が立つのが分かる。何をするのか、と不快感が芽生える。 「ったく……」 だがそれは、急に体勢が不安定になると、たちまち消えてしまった。背中と足とを支える、榛名の頑強な腕。顔を押し付けさせられたのは、胸板から滲んだ汗の匂い。所謂お姫様抱っこ、というやつだ。 その時間離は僅かで、ベッドに乱暴に投げ下ろされるまでの十五秒にも満たない間であったが、オレは不覚にも、復たポウッとさせられてしまった。全くこの人は、無駄な時に限って格好良い。ギシリとベッドが軋み、もし本当に寝ていても、この衝撃で起きてしまう、といった荒い下ろされ方も、目が曇った今なら気にはならない。いや、その粗雑さが、寧ろ好ましくさえあった。 もしこのまま襲われたとしても、オレは多分受け入れはしただろう。目はもう冴えてしまっていた。だが、榛名は自分もベッドに入ると、そのままオレを抱きしめた。 「少しだけ寝かせてやるよ」 掛け布団に毛布が有る上、狭い一人向のベッドに高校生が二人だ。しっかりと密着している。そこに言葉まで暖かいものを掛けられては、もう駄目だった。 「元希さん……」 寝返って名前を呼べば、パチクリと目を見開く彼。 「目、覚めましたけど」 「は?」 「もう眠くないんです」 受け入れるどころが、こちらから元希さんを誘う。多分復た、食い散らかされた後には後悔するのだろうけれど。今は貪られても構わないから。 平成二十年戊子六月四日公開 |