これも愛 年上の男は嫌いだ。いや、正確に言うなら、ずるい年上の男が嫌いだ。いやいや、もっと正しく言おう。この人が、島崎慎吾が嫌いだ。 「……嫌いだ」 声に出すとそれは今の心境にとても似つかわしくて、阿部は更にもう一度、嫌いだ、と呟いた。 「どうしてかな」 「ずるいからです」 「あれ? でも今日誘ったのは君だよ」 この口で、と唇を指で撫でられる。既に快感に溶け始めている身体には、それだけでもう我慢が剥ぎ取られていく。 「家に誰もいないから、って言ったよね?」 「べ、別にそういう意味じゃ」 「そういうって?」 指が顎を通り、喉元を擽った。ゆっくりとした動きは、普段ならばなんてことないものの筈なのに、上からの視線と身の状況とで、口からは小さく声が漏れる。 「風呂にも入らせないで、いきなり部屋で押し倒したこと? オレが脱がないうちに、全部脱がせたこと? 汚いって嫌がる君のを、無理に舐めたこと? ああ、それでイかせてないってのもあるか」 「なっ……」 「どれが隆也君のお気に召さなかったのかな」 阿部は身を捩って抗おうとする。けれども、馬乗りになって両手を掴んでいる島崎には意味が無い。身長では然程の差は無いのに、二年分の体格差は、上から下を抑えるという体勢の有利さと相俟って、大きすぎた。空いている右手が更に肌を滑り、鎖骨から胸板を通っていく。 「あれ、何か今引っ掛かったね 阿部はぐっ、と睨み上げるけれども、飄々とした顔はそれをあっさりと受け止め、既に硬くなった乳首を摘む。 「やっ……」 「手に当たるぐらい硬くなってる」 「あんま、触らないでくださ……」 「え? でも隆也君、好きでしょ、ココ」 島崎の指が、紅く色づく部分を弄ぶ。その慣れた手付きは、僅かな大きさの、男にとっては無駄でしかない部位が、今の阿部には立派な快感の元であることを知っているものだった。 「乳首の先を擦ると、ビクッて動くんだよ」 「そんな、ぁっ」 「目もいやらしくなンだよな」 偶に爪先で軽く押せば、鼻から抜ける声が、弱々しく制止する。その実誘う効果しかないその声は、いかに阿部にとって胸が弱みであるかを、如実に示している。 そのまま微弱な快感を与え続ければ、濡れた瞳が、時折何かを許容する視線を送る様になった。それと共に、阿部の腰が当たってくる。 「どうした?」 「べ、別に……」 「なんでもないんだ」 「っ……はい」 唇を噛み締めた後頷く阿部に、島崎は喉の奥で笑いを漏らす。 「なら、股間擦り付けるの止めてくれないかな。先走りが付くから」 「あ……」 無意識の動きを態と言葉にすれば、まだ強気を保っていた視線が、急に背けられた。耳が赤い。 それを見て、島崎は両手共に阿部から放すと、横たわらせたまま、自らも裸になっていく。 「君が汚すから、脱がなきゃね」 阿部は無言のままだったが、目だけはチラチラ寄越して、逃げることもない。もう大丈夫だな、と内心安堵しながら、ゆっくりと下着までも脱いでいく。 まったく手の掛かる子だ、と思う。ガサツで無防備な癖に色気だけはたっぷり有って、リードは取りたがるのに、背中はがら空き。それでいて、こちらが襲えば臍を曲げる。 もっとも、そんな面倒な相手なのに、かえってそれが楽しくなればこそ、今、喉の奥が熱いのだが。 島崎は同じく興奮して乾いた唇を舐めつつ、阿部の太腿に近付いた。横を向いているから、筋張った総身の中では少しく柔らかな、尻に近い腿が丸見えだった。 「どうせこういうことしたかったんだろ。そろそろ機嫌、直す気は?」 チュ、と音を立ててそこに跡を残す。綺麗なキスマークだ。身を屈めた島崎の格好はまるで土下座をしている様だった。 「だって……」 阿部が口を少し開けば、復た加えられる。 「今日は、オレが」 「隆也君が?」 「慎吾さんを、気持ち良くしたかったんです……」 プイと顔こそ背けながら、肌は薄桃、項は紅に染め上がり、先端は快楽でとろりと濡れている。 島崎は無言のまま、復た唇を下ろすと、双丘の間に指をそろりと這わせた。 「ひゃ、っ」 「君は賢いけどバカだね」 そのまま指は、秘所の回りをもどかしい位ゆっくりと撫でていく。 「オレはいっつも、ココで目茶苦茶気持ちイイけど?」 なんの湿り気も無いとはいえ、柔らかいそこは時に爪先を飲み込み、阿部のナカに微弱な電気を走らせる。 「んっ……」 「たっぷり出してンだから、隆也君も分かりそうなもんだけど」 そこまで言うと、身を起こして、軽く手招きする。胡座を掻いた島崎へ、阿部は、のたのたとベッドの上を這う。力が上手く入らない。 「ま……折角の気持ちは貰わないとなあ」 膝頭を掴んだ手をで以て引き上げ抱き締めて、目許を吸う。微かなしょっぱさは、悦びと恥いとの証。そのまま頬を通り、唇を食む。 「ん、あっ」 「ヨクしてくれンだろ?」 已に燃え始めた身体は、舌で探られるだけで煽られ、緩んだ口からたらりと唾液が漏れる。そこに島崎の顎が辺り、二人で冷たさを共有する。 たっぷり味わった後は、頭を緩やかに押して、欲望へと阿部を導いた。我知らず復た腰を振り、刺激を求める阿部程ではなくとも、充分に性器は硬くそそり立っている。 「隆也君は口が上手いからねー、コッチも上手いかな?」 「やったことないのに、分かる訳……」 その言葉は、頬に当てられた欲望によって遮られた。怖ず怖ずと掴めば、膨れる鬼頭から、じわりと透明な液が漏れる。 「どうやってやれば」 「どうぞお好きに」 任せられた阿部は、まずクン、と匂いを嗅いだ。濃厚な男の香に、芯が熱せられる。つい後ろが窄まる。 (って、なんで……!) そのことが、阿部を慌てさせた。確かに島崎とは付き合っていて、今日も受け身でありながら、こちらから誘いをかける位には、共にする行為を悪くは思っていない。けれども、こんな反応は、まるで。 そんなのは嫌だ、と阿部は内心拒む。けれども心奥を映す肉体は、躊躇い勝ちに先端を口にすれば、復た淫らな反応を返してしまう。咥えるだけの稚拙な行為は、その反応に因って、淫らな行いとなった。 「美味しい?」 「ん、キモチ、い」 「……返事になってねーよ」 満更でもなさそうな苦笑を浮かべて、短い髪に指を通す。チクリと刺さるが、髪質自体は硬くはない。そうして、歯が当たらないだけマシという奉仕に、頭を撫でる。 消し切れない羞恥を浮かべながらも、滑らかな背に汗を滲ませ、進んで口に男のものを受け入れる、その姿へのご褒美だった。 とはいえ、達するか達しないかという程度の刺激しか与えられていないのは、確かなことで。島崎は、もういいよ、と一旦は柔和な口調で、阿部を再び横たわらせた。桜色の肌、艶めく胸の突起、双球まで濡らす欲望と、全てがギリギリまで高ぶらせられている。 「足、開いて」 そのままニッコリとして言えば、自ら足を折り曲げ、ヒクつく後孔を晒す。視線は嫌がる様に揺らめくが、性器はピクリと動いて、寧ろ刺激を待ち侘びているかの如くであった。 それを見た瞳に、一筋縄では行かない光が浮かんだのを、阿部は知らない。ベッドから島崎が立ち上がり、鞄から何かを取り出したのも、ローションを出すのだろうと、深く意には留めなかった。第一、頭はもう満足蔵に動いていない。 確かに一つは予期したものであった。場違いにファンシーな図柄のボトルが、無造作にベッドに投げ置かれる。それを見て、阿部は目を閉じた。内側から爆ぜさせる視線で見つめられながら触れられたら、到底我慢は出来なさそうだった。 そのせいで、もう一つ持っていたものに気が付かなかったのは、果たして幸せだったのかどうか。敏感な茎を触られ、構えた阿部が次に感じたのは、無機質な冷たさと、体験したことの無い圧迫感だった。 「えっ……」 「自分ばっかりヨクなる悪い子には、おしおき」 安っぽい銀の輪が、根元を誥めていた。 阿部は反射的に身を起こしかけるが、吐精を禁じられた性器に、冷たいローションをかけられ、力が抜ける。 「ひゃあっ……や、めっ」 ぐちょり、と音を立てながら、そこに手を滑らせられる。雁首をぬめる指でグリグリ擦られるのに、快楽の証は出る事を許されない。 「あっ、やっ、ふゃぁっ」 「そんなに声出したら、喉痛めちゃうよ」 上辺だけは気遣いながら、嗜虐的な笑みで、そこらに脱いであった阿部のシャツを掴むと、口に押し込む。汗臭さが広がり、喉の奥で唸るけれど、およそ意味を成す言葉は出せない。 島崎は更に液体を垂らした。腰回りに無色透明の粘液が延ばされ、後孔までも入口はテラリと濡れている。そうしておいて、ゆっくり指を埋めていく。一本とはいえ本来は無い筈の刺激に、反射的に阿部は身を抗わせてしまった。 だが、膨らみきって射精を阻まれた茎を嬲られれば、頭はそちらに行ってしまい、ずるりと根元まで人差し指は埋め込まれる。そうなれば現金な身体は、確かな指に擽られて、内側から蕩けていく。 慣れた指はたちまち数を増やす。阿部のイイ所はバレていて、いやらしくグリグリ撫でられれば、断続的な射精感が性器から溢れそうになる。なのに出ない。先端から溢れられない快楽は、体内に反射し、過ぎた悦びとして阿部をいじめる。ぽろりぽろり、涙が落ちていくが、憐れを誘うには身体が色付いていた。 島崎が指を引き抜けば、淫らな肉壁が名残惜し気に絡み付いた。刺激が無くなり、なんで、という視線が来る。それを無視して、島崎は阿部にのしかかった。「それじゃ、お望み通りヨクさせてね?」 濡れた目がいつぱいに見開いているのを直視しながら、自らの猛りを埋める。阿部より一回り大きい欲が、紅孔にずぶずぶ入っていく。喉が震え、声にならない声が聞こえた。 ぐちゅぐちゅと蜜肉を穿つ愉しさ。阿部の腕を上から掴み、ベッドに押し付ければ、恰も姦を強いている様で、肉棒がまた膨らむ。それが益々阿部を追い上げ、前後の痛悦は混ざり合う。 「ホント……面白いよ」 赤い目尻を舐めるついでに、涙が満ちる眼球にも、舌を這わせる。信じられない、という表情に、島崎はもう一度舐めようとした。阿部はそれを嫌がり、目を閉じる。だが、そうした所で今度は瞼を口にして、薄皮越しに睫毛にまで唇を付けるだけ。 「隆也君は、こんなトコまで美味しいね」 執拗な舌技に、とうとう阿部は鳴咽を漏らし始めた。下半身に狂う様な感覚を与えられているのさえ耐え難いのに、まして目を弄られて、理性と意地とで踏み止まっていた一線を、越えてしまった。 その光景に、島崎は不意に達した。閉じた瞼からとめどなく涙を流され、顔を真っ赤にして呻かれて、我慢が利かなくなった。ドクドクと白濁液が溢れ、阿部の尻穴を満たしていく。 「隆也、君っ……」 それなのに猛りは収まらなかった。緩やかに抽挿を繰り返しつつ、性器は相変わらず酷く硬くて凶暴で、阿部の清楚な後孔は、いっぱいに広げられたままだ。 中出しの感触に、阿部は駄々っ子みたいに暴れた。性器の括れを弄っても、こんどは益々抗う。何の意図もない。只、身体を走る熱に支配され、癇癪を起こしていた。 だが、それが島崎の気に触った。野獣的な心になっている身には、それは反抗でしかない。 「……なに。まだお仕置きされたいのかな」 両手で抑えていた手を、復た頭の上にて片手で束ねると、空いた右手で、口から布を取り出した。阿部の唾液がたっぷりしみこんだそれを、島崎は哺む。汗と唾としか無い筈なのに、何故か甘い。 「うあっ……も、ほん、とにっ……」 絶え絶えに哀願されても、今の阿部の言葉は、聞けない。 「大人しくしてたら、もう外してやったけどなあ」 ペチリ、と頬を叩く。 「罰として、隆也君は精液出しちゃダメだよ」 その目の冷たさに、阿部の背筋がひんやりする。 「なっ、あっ……」 「出さずにイくまで、可愛がってあげる」 ニヤリ、という笑い方がどんなに恐ろしいか。その日、阿部は初めて知った。 平成二十年戊子十二月二十四日公開 |
壱式の夏宮さんにお送りしたもの。