飼い猫隆也




 風来坊の榛名にとって、飼い猫の隆也との今の旅は、全く以て目的が無いものだった。ただ何となく旅をしたいという欲求だけで決めたのだ。だから、もし隆也がどこか行き先を言ったなら、素直に受け入れるにせよ、ひねくれて真逆な所を目指すにせよ、それによって目的地は決まっただろう。
 しかし実際聞けば、元希さんに任せます、とだけ隆也は言うと、興味薄げに榛名の野球雑誌を見るという行為に戻った。真に、興味外のものにはあっさりしている猫だった。
 猫と言っても隆也は殆ど人間で、猫らしい所は耳と尻尾、尖った歯に伸縮する爪ぐらいのものだ。他にも、体が柔らかいとか夜目が利くとか魚が大好きとか、中身は色々猫らしい所もあるのだが、殊外身となるとそんなもので、後の五体は普通の中学生にしか見えない。
 だから、榛名にとってこの隆也が唯にペットであるのみならず、閨を共にする恋人であるというのは、それほど異常なことではなかった。これが全き黒猫に欲情するのなら、榛名は甘んじて変態の名を受けただろうが、実際は黒い毛並みは耳と尻尾だけなのだ。勿論そこを触りたいとか舐めたいとか噛みたいとか、その手の欲は持つけれども、あくまでも隆也の大部分は人だから、自分は真っ当だと榛名は信じている。自分は男で隆也が雄だというのは、面倒臭いので考えない。

 とまれ榛名にとって隆也は立派に情事の相手で、だから今一緒に風呂に入っているのは、ギラギラした下心に因る所が大きい。旅先の安宿は大した広さも無いのに、ペットだから洗ってやらないと、なんていうのは、建前に過ぎない。大体隆也の手は人間だし、猫の癖に風呂も厭いはしないのだ。
 榛名はシャワーの湯越しに、浴槽でうっとりしている愛猫を見る。何回か悪戯するうちに、身体を素手で洗ってやるのは難しくなったけれども、まだ二人で入れるのは、飼主である榛名以上に建前を気にするその性格が、か細い理屈を受け入れるからだ。そこに素直でない隆也の好意を読み取るのはたやすい。
「なあ、オレも浸かりたいんだけど」
「ちゃんと身体洗ってください」
 隆也の言葉は分かりにくい、と榛名は思う。簡潔に話す癖に裏が有る。今の言葉も、否定ではなく肯定なのだ。洗えば許す。そして、そう大きくもない浴槽のこと、二人で入ればぎりぎりで、多分榛名が入れば隆也は膝の上だ。膝の上。裸でその体勢ということは、もう体を洗う以外のこと、寧ろ汚してしまうことを認めたに等しい。
 榛名はその流れがよく分かっていた。いや、そう解釈した。それが正しいかは隆也にしか分からないことだ。ただ、一つ大事なことは、その手で幾ら襲っても、隆也は従ったのだ。顔を崩させるには、それで充分過ぎた。

 返事した隆也は、上機嫌に鼻歌など歌い始めた榛名に、ふう、と息を吐く。顔が赤くなってしまっていた。のぼせたなんてのは言い訳にもならなくて、落ち着かない気持ちのままに尻尾で水面を叩く。誘いの言葉に身体は先走って反応してしまっていた。
 こっそりと、水中で硬さを持ち始めた自身に触れる。榛名を直に感じられる行為は、嫌なものではなかった。ただ自分から求めるのは、羞恥心が邪魔をしてしまう。だから些細な言動を全て都合良く捉える性格はありがたい。
 緩慢に手を動かすと、肩が動いてチャポンと水音を立てた。ばれたくないという緊張から、耳がピンと立つ。シャワーを見ると、こちらに気付いている様子は無い。それに安堵して、視線を自身に戻した。ゆらゆらと揺れる波の下で、隆也の欲望が水中を漂っている。先端が綺麗なピンク色のそれを、またおずおずと右手で掴む。榛名の勃起に比べて、自分のは雄臭さが足りないと思う。もじゃっとした毛からそそり立つ怒張は男らしいのに、自分の股間には毛も満足に生えていない。
 そうして彼の性器を思い出しながら触れていると、隆也のペニスはますます硬くなると同時に、桃色の後孔さえ奥に熱を帯びてきた。指を下に滑らせ、軽く入口を撫でると、切なそうにひくつく。飼い主に淫らな調教を施されたそこは、熱い塊を欲していた。榛名の熱の象徴で貫かれたいのだ。前に河原でお魚を入れられたのは、それはそれで気持ち良かったけれど、やはり生身の肉に敵うものはない。とは言えそれが与えられるのはもう少し後だ、隆也は、指をずらすことが出来なかった。

 もし今榛名が後ろを向けば、恐らくその状況に涙するだろう。いつしか隆也は、右手で秘所に指を入れながら、左手で自身をゆっくりとこねくり回していた。水音も気にせず、ヒクつく粘膜に刺激を与える。湯の温度と快感で、頭がぼうっとして、それよりも気持ち良いことがしたかった。濡れた眼は榛名を見る。シャワーを浴びている身体は、綺麗に男のものだった。その調った背中だけで、隆也は芯が疼く。乳首がそれにつられてプックリ膨らむから、尻尾でつい突いてしまう。榛名がやる様に、そっと触れるのを何回も繰り返す。ただ一人の男しかしらない身体にとって、その愛撫が正しい愛撫だった。
 無意識のうちに、元希さん、と呟きかけた隆也は、しかし、いきなり肩に落ちて来た大きな水滴に、総毛立って一瞬言葉を失った。それだけなら直ぐに気を取り直せるのだが、その上背中に悪寒が広がる。おかしい、と思った時には、下半身がぬめっとした感触でいっぱいだった。緑色の粘液が蠢いている。スライムだ。
 そこで叫んだり助けを呼べば、あっさりと隆也は助かっただろう。 スライムなんて低級なつまらないもの、普段なら脅威にもならない。
 だが、その弱さが皮肉にも隆也を油断させた。自分一人でいけると思い、乱雑に水中の敵を払ったのだ。水と共に散るはずの、半液体な物。しかし腕は水中で絡め取られ、逆に上半身にまでスライムが来る。
「やっ……」
それと同時に上がったのは、悲痛な叫びではなく甘い喘ぎ。更なる刺激を求める欲望の尖端が、ドロリとした感触に包まれたのだ。それだけではない。桃色の乳首も、艶やかな項も、滑らかな腿も、ずるりとはい回る異質物からの快感を受け取ってしまった。ア、アッと抑え切れない嬌声が、耐え難い自己嫌悪と共に生じてくる。敏感な内腿は、榛名の手でなくとも気持ち良さを拾っている。それが悔しかった。嫌だと言いたかった。
 けれども、スライム塗れの隆也の欲望は、自慰の時以上に膨らんで、スライムの粘液とは別の透明な液を、その先から溢れさせている。酷く浅ましい姿だった。
(言えねェ……)
助けて、という言葉は喉の奥で消えた。榛名以外のものに快感を覚えている姿なんて見せられない。何とか自分だけで抗わなくては。
 腕も足も動かせず、尻尾は空しくスライムに沈み込むばかり。その間にも忌まわしい快楽が隆也の全身を襲う。無駄な抵抗さえ出来ないで、芯がどんどん溶けていく。一筋の涙が落ちる。自分は思っていたよりも遥かに意思が弱く、薄情で、淫らだった。嫌だ、という声が頭の中で響く。ペニスがじんじんと熱くなっていき、頭がぼうっとしていく。
「や、あっ、ああっ」
ビクン、と跳ねると同時に、隆也自身は精を吐いた。ボロボロと涙が増えていく。汚れてしまったのだ。スライムが精液を飲み込んでいく。それに力を得たのか、動きが激しくなる。榛名が飲むべきものが、化け物に奪われてしまった。
 だが隆也には衝撃に浸ることも許されなかった。吐精後の弛緩した身体に更に粘液は纏わり付き、遂に柔らかな後孔を犯したのだ。隆也の指で既に解されたソコは、榛名の灼熱ではなく、にゅるにゅるした異形にさえ、性器を復た勃たせてしまう快楽を覚える。
「嫌っ……嫌だっ!!」
 隆也の頭は一瞬真っ白になって、次に事態を把握した時にはもう声が出ていた。バレたくないとか、そんな感情さえも吹き飛ばすおぞましさにただ従っていたのだ。隆也は雄だ。それでも同じ雄である御主人のを受け入れるのは、偏にそれが榛名元希であるからに外ならない。それを。
「元希さ、助けっ……!」

 我を忘れて隆也がただ嫌悪していると、不意に安堵させるような感触が、手首を掴む。と、気が付けばそこは榛名の腕の中だった。触れ合う肌が余りに温かくて、ぎゅっ、としがみついてしまう。
「何してんだよ」
その声の冷たさは、瞬時心胆を寒からしめるが、続いて足裏で浴槽を蹴る榛名の、怒気に満ちた声に、力が抜ける。
「隆也はオレんだろうが!」
一喝され勢いに押されたのか、ズルズルと音を立ててスライムは壁のひび割れに消えていく。隆也が榛名の胸板から見返った時は、もう大部分が消えていた。
 あっさりと消えた化け物にしばし呆けていると、急に顔を上に向けられて、唇を奪われた。いや、与えられたと言うべきか。何故ならそのキスは、榛名がまだ隆也を捨ててはいないことを、スライムに汚された身を好きでいてくれていることを、無言で教えてくれていた。それに応えるべく、隆也もざらりとした舌を榛名に絡める。飲みきれない二人の唾液が喉を伝うのも、今は嬉しい。
 離されると、榛名が栓を開いたのだろう、いつの間にか止められていたシャワーが復た注いでくる。
「何ですぐ呼ばなかった?」
「……すみません」
「心配したんだぞ」
榛名の声は咎めるには静かで、それだけに隆也の胸に染み込んでいく。
「あれ位、オレだけで、って……」
「つまんねェ意地張りやがって」
呆れ顔は、しかし怒っていなかった。代わりに、悪戯っ子の様な、純粋にして企みを含む表情になると、隆也の尻を左手でむぎゅっと掴む。
「オシオキしないとな?」
猫耳に口を近づけての台詞の響きは、それが折檻ではなく淫ら事の始まりだと教えてくれる。
「はい……オシオキしてください」
何時に無い隆也の従順な答えは、それだけ先程の出来事を申し訳なく思っている証。
「いい返事だな」
ニカッと笑う榛名は、既に硬くして隆也の腹を擽る自身を、いっそう高ぶらせてしまった。

 タイルの壁に手を付かせ、自ら後孔を晒させる。右足にしんなりとした黒い尻尾が巻き付いているのが、なんとも色っぽい。けれども榛名としては、余り他に構う余裕はなかった。それはベッドでたっぷりすれば良いことで、今はただ、目の前の愛しい恋人と一つになりたかったのだ。
 指を、紅くヒクつく所へ進める。潤いを持たないはずのそこは、あっさりと入るのを許した。何故、と思いながら指を前後させる。スライムの残滓が、人差し指に付いてきた。既に意志を持たないそれが、丁度潤滑液となっていた。
「お前、ケツまでやられたのかよ」
それは榛名にとっては残念ながらもただの発見だったが、隆也にとっては明確な非難で、ヒクリと肩を震わせる。
「……すいません」
「ったく、エロいのも大概にしとけよなァ」
所詮軽口。ニヤニヤしながらの言葉には、かえっていやらしい笑みが含まれている。
 だが、犯された身には無神経極まりなく、折角治まった涙が、ボロボロ零れてはシャワーと混じる。
「え……どっか痛いのか」
垂れる耳に、響く鳴咽。元から咎める気など更々無い榛名は、訳も分からず手を止めた。
「ごめんなさい……」
「は? なにが」
「元希さん以外に、入れられ、て」
止めようにも止まらぬ涙に、榛名は後ろから優しく頬に口付けてやる。
「泣くほどのことかよ……」
そのまま唇は軽いキスを落としながら、指を抜き、熱い高ぶりを押し当てる。
「あんな化け物、気になんねーぐれェオレが挿れてやるよ」
硬い性器が、柔らかな秘所を穿っていく。隆也と化け物とがお膳立てした後孔は、普段以上にねっとりと絡みついてくる。
「あっ……、は、元希さん」
涙の筋を舐めている榛名は、唯に体液を取るのみならず、心中の不安までも取り除いていた。
「今日は気絶するまでヤっからな」
「ちょ、えっ……」
「オシオキだっつってんだろ」
激しい抽挿が、いきなり隆也の秘所をぬちょぬちょと荒らしていく中での、優しさと凶暴性をないまぜにした声も、それは同じこと。期待に隆也の性器はだらだらと先走りを零し、かわいらしい玉袋は早く射精したくてきゅうと締まる。それに釣られて後孔も、ナカにある逞しい欲望を、甘美に虐めていく。
「く、隆也、キツっ……」
「だっ、キモチ、い、からっ」
息荒き隆也の口からは、忘我の唾液が一筋落ちる。顔を頭に埋める榛名には、見えこそしないが、隆也を支える左腕にぬるりと感じるものが有った。
「ひゃっ、あ、も――」
 来たりくる絶頂に、喉が震えんとした時だった。熱い飛沫が、隆也のナカで爆ぜる。ドクドクと、榛名の精液が淫らな尻を満たしていく。隆也の先端からも、ダラダラと白濁液が滴り、シャワーの水に流されていく。触れられずに達した自身は、気怠い疲れを齎す。力が抜け、榛名に全体重がかかる。
 だがそれは、飼主にとってかえって好都合だったらしい。意のままになる身体を抱いて、榛名は浴槽に腰掛けた。
「は、ァっ……!」
「言ったはずだぜ? 気ィ失うまでって」
膝上に乗ることになる隆也は、まだまだ快感が燻る身に、いっそうの肉欲を打ち込まれる。しかも体格に於いて遥かに勝る榛名は、繋がったまま愛らしい身を自分に向けさせたものだから、色付く上半身どころか、残滓を散らす自身さえ丸見えなのだ。
「いい眺めだなァ」
淫蕩な笑みと共に、突き上げが始まる。容赦なく最奥に捻り込まれる質量を、隆也の桃色の後孔は、卑猥な水音を立てて迎えた。

 視線と股間と、上下から苛まれながら、隆也は、愛しい人に犯される悦びにひたっていた。そんな中、やはり自分はまともだと、快楽に因ってぼんやりする頭の片隅で思う。
 だって、大好きな榛名相手に感じるのは、ただの悦楽ではなく。隅々まで貪って、全身精液で元希さん色に染め上げて欲しいという、寧ろ切なささえ見せる。そんな快感なのだから。





平成二十年戊子六月四日公開