夏祭 その掲示を先に見つけたのは、セナだった。アメリカより帰国した日、明日は俺の誕生日だからどっかへ行こう、と帰り道でモン太に誘われ、勿論セナに異論の有る筈も無く、さて何処が良いのか、急には思いつかないまま二人で考えていた時、悩みつつ視線をあちこちに遊ばせていたら、大きなポスターが掲示板に貼ってあったのだ。夏祭の案内で、場所はここから数駅先、泥門高校とは反対方向に在る神社で行われるらしい。 「こんなのあったんだ……」 「俺も知らねーな。いっつも、近くの神社にばっか行ってるから」 「僕も」 時間や場所を二人ともしっかり覚えると、そのまままた帰路に就いたが、何処へ行く当ても無いこの時に、この催しは渡りに船と、暗黙の了解でもう明日の目的地が決まっていた。 翌日になって、僅かとは言え一応出されていた宿題をモン太の家で片付けた二人は、そのまま夕方まで一緒に、モン太の自室で久しぶりにのんべんだらりとしていた。とにかく床に寝そべり、アメリカでの話をして、無為に過ごす。暑さと疲れで何やら気怠い空気も漂うが、それと拮抗して話の勢いは中々強い。 だが、夕方になるとセナは、駅で待ち合わせよう、と何故か一旦帰ってしまう。帰り際、何でわざわざと怪訝な顔のモン太に、返事は曖昧にしか返ってこない。 「言えないよ……」 駅へ向かっているセナは、その時の首をかしげるモン太を思い出し、そっと呟く。その格好は紺地に白の格子模様が入った浴衣で、セナが気に入っているものだったが、別に着替えるのが目的ではない。 もっと自分でも恥ずかしいもので、今こうして駅へ向かって下駄の音を進めているだけでも、顔が赤くなる気がする。それは、少し早めに来てしまい、改札口で待っていると、余計に強くなる。 (デートっぽいからなんて……やっぱり恥ずかしいな) モン太とは家が近いので待ち合わせの経験が無く、デート気分を味わうためいつかはと密かに思っていたが、実際にこうしてやってみると、どうにも落ち着かない。かと言ってやる事も無いので、浴衣時に使っている黒い巾着袋の中の財布を、こっそり確認する。これが誕生日のプレゼントと、今日は全てセナの奢りだった。 「おい、セナ」 そうしてセナが俯いている所へ、モン太が肩を叩く。 「お前もか」 「そういうモン太だって」 モン太も、白地に緑の線が幾本か入っていて、生地や模様こそ違うものの、同じ浴衣姿だった。来ている本人の性格の他にも、着方を教えた人間の性格の違いが、まもりとモン太の母との違いが出たのだろう。着こなし方が、セナは着ていて大人し目に見えるが、一方のモン太はやけに威勢良く見える。 夏は日没が遅いとは言え、少し高い所に在る神社の境内へ着いた時は、もう暮れかかっていた。 「人……多いな」 そこには、平日とは言え夏の終わりを楽しもうとする人が溢れていて、ともすれば隣の連立ちを見失ってしまいそうになる程だった。 「モン太は、ここのお祭り、知ってた?」 「俺は近所のやつしか行ってなかったからな。セナは?」 「僕も……」 互いに頭を振り合う。初めてなだけに全体が把握出来ず、流されるままの見物ではあったが、それでも好きな人間と二人して見るだけで、不思議と面白く感じるから、特に不都合は無い。 「お、セナ、あれ見ろよ」 「へっ、あっ、ち、ちょっと待って」 特に、見始めてたばかりでいきなりセナが人込みに流されそうになり、暗黙の内に手を繋げるようになったので、余計になんでも楽しい。一体幾ら関係が進んでいようとも、却って手を繋ぐとか些細な事の方が、人前であるだけにより恥ずかしく、セナも声をかけようかと思っては言い出せず、モン太も近くにまで手を伸ばすのだが触れられなかった。だが、セナが慌てて流れに逆らってモン太の許へ戻ると、モン太はぎゅっと手首を握る。 「離れたら、危ないよな。うん、ヤバさMAXだ」 言い訳の様に呟くと、モン太はセナの顔を見ないまま、呼び止めた理由の出店へ向かう。 「ほら、セナ、これ食おうぜ」 そこはチョコバナナ屋で、チョコがかかったバナナに、綺麗な色の飾り付けがしてある。 「何本食べる?」 「そうだなー、俺は……まあまだ最初だし、とりあえず二本」 「え」 「ん? 何か変か」 「い、いや。じゃあ、三本下さい」 店先で止まっている間は腕を離したとは言え、それでも浮ついた空気で、モン太はさらりとセナの違和感を流してしまうと、ここの味はどんなのだろうな、同じか、などと言っている。セナにしてみれば、固より落ち着いてもいないのだが、とりあえず、と当たり前のようにバナナを何本も食べようとするモン太に、また驚いた。 そして、バナナを片手に二本持つモン太を先に、またセナは腕を引っ張られていく。普通に手を繋ぐよりかは流石にましだが、それでもつい二人は手の辺りを気にしてしまう。別段この程度の触れ合いなど、常時なら然程の事でも無い筈なのだが、気分と雰囲気、二重の高揚を受けて、一大事に思えてしまうのだ。 「ほら、お前も食ってみろよ」 気になるが、かと言って無言などとても堪えられないとでも言うかの如く、モン太はチョコバナナを勧める。 「これって美味しい方?」 「んー、あんま変わんねーな、やっぱり」 セナもそう言われて食べてみるが、言われた通りどこの祭りでも味などそう変わらないらしい。 「ま、どこのでも美味いんだよ」 「そんなに好きなんだ……バナナ……」 「だって美味いだろ」 そのままバナナの話から少しは自然に話せるようになり、相変わらず酷いままの人込みに助けられ、手を繋ぎながらあちこちの出店を見ていた二人は、小腹が空いたと焼き蕎麦やら焼き鳥やらを買い込んだ。勿論チョコバナナももう一度買い、さてどこで食べようかと辺りを見回す。仮設テントの休憩スペースには既に人が沢山いて、あまりくつろげそうにもない。 「あっちの方、人いないぞ」 モン太が指差したのは神社に隣接した公園で、現在地である山の中腹より更に上に広がっていた。林が鬱蒼としていて、道沿いの僅かな常夜灯の明かりが却って寂しい。 しかし、一旦公園の方へ行ってしまうと、明かりが乏しい他は特に危なそうな事も無く、土の道ではあるものの、しっかりした道も在り、上に向かって緩やかな傾斜を描いている。 「どこら辺まで行く? 頂上まで行っちまうか」 「んー、でも結構大きそうな公園だから」 「この格好じゃ、ちょとキツいよな」 「慣れてないからね」 慣れない浴衣姿で人込みを歩いて、二人とも少し疲れ気味であり、どうしようかと言ってはいたが、正直椅子が恋しくなってきている。なので、道沿いにベンチを見つけた時、もう先に進む気も無く、どちらからとも無く座ってしまった。 それでも程々には歩いていたのか、人の声もあまり聞こえず、傍の電灯に群がる虫の羽音の方が大きい。 「結局、繋ぎっぱなしだったね」 「嫌か?」 「まさか。……ちょっと恥ずかしいけど」 隣同士に座って、繋がれっぱなしの手を見る。 「なんつーか、これって、凄くデートっぽいよな」 「ぽいって、本当にしてるんだよ、一応」 「そうじゃなくて、こう、ロマンチックだろ」 「似合わないけどね」 あはは、と小さく笑うセナに対して、モン太はそれはどうだ、とでも言いたげに顔をしかめる。そしてそのまま、隣に在る頬に口付けた。 吃驚してこちらを向いてきた顔へ、今度は真正面から、唇に口付ける。乱暴でもないが強い接吻で、セナは空いている手でモン太の肩を咄嗟に掴む。塞がっている手は、大きな手でぎゅうっと力強く握られて、必死さが伝わってくる。 「やっぱロマンチックだろ」 思いきったモン太がセナの唇に触れたと言うよりくっ付いてから、セナが無意識の反応から自分の意思で応じる様になって、漸く唇は離された。ふふん、と得意げに親指を立て、ロマンチックMAX、と更に続けた姿は、 セナが思っていたよりも意地になっている事を示している。 「そこまで拘らなくても」 「いーからいーから」 今度は一転してモン太が上機嫌で、セナがちょっと呆れたような顔になっていた。そのまま鼻歌交じりで買っていた焼き蕎麦に向かうモン太に、セナも一々気にしていてもしょうがないと、焼き鳥の串を齧り始める。 「そういやさっき、金魚掬いあったなー」 「あれって、すぐ破れちゃうんだよね」 「そうか?俺は得意だけど」 「キャッチ上手いから?」 「分かんねー、でも、そうかもな」 もぐもぐと食べながら、じゃあ食べ終わったら腕前見せてやる、とモン太が笑った。雑談の中の一瞬で、モン太は調子良く喋り続けるが、セナはその瞬間、急に酷く口付けたくなり、本日三本目のチョコバナナを齧った口に、前触れも無く今度はこちらから仕掛けた。拒む理由も無く、モン太は動けずにただセナの目を瞑った顔を間近に感じ、先程奪った柔らかさをまた感じる。 「どーしたんだよ」 唇を離すと今度は一人でくすくすと笑い始めたセナに、戸惑いを隠せない声がする。 「ごめんね」 「いや別に悪くは」 「モン太と仲良くなれて良かった、と思ったら、急に嬉しくなって」 直球で言われるとモン太も弱く、照れてしまって普段の威勢も弱まり、俺だって嬉しさMAXだと、口癖の割には随分大人しい声が出た。 よく喋るモン太が黙ってしまうと、セナも喋り辛く、黙々と食べてしまう。すると沈黙の効果か、セナの顔まで恥ずかしさで赤みを帯び始め、結局固まる二人が出来ていた。しかしそれも食べる間だけで、食べ終わると今度はどちらからともなく、三度唇を重ねる。モン太の舌はセナを誘うように、軽く口腔に押し入り、普段ならこのまま雪崩れ込むかもしれなかったが、まだセナにも冷静さが少しは有った。 「ヤんねーの?」 「だって外だよ」 「誰も来ないだろ」 「でも……やっぱり……」 実際セナに欲望が無いと言えば嘘になる。モン太を襲いたい情欲は、正味な話かなり有る。ただ、持ち前の慎重さ、或いは臆病さで、どうしても踏み切れず、冷静になってしまう。 モン太も、ちらりと、なら自分がと気持ちが動いたが、それでも結局セナに無理強いは出来なかった。なら約束通り金魚掬いに行こうと、今度は下っていく。本気のキスをしてしまい、かえって恋人同士である事を強烈に意識してしまい、恥ずかしさに耐えられなくて、セナは公園内でこそぎゅっとモン太の手を握ったが、祭の明かりが見えてくると離してしまった。神社の外れは人も少ないが、祭りの中心の方へ行くに従い、がやがやと喧騒は相変わらずで、ただ自分達二人のみ、不愉快では無いが緊張した中、静かにしている。 その様な状態で何をやっても上手く行くはずも無い。隣で小学生が一匹二匹と釣って行くのに、モン太はただセナの視線を意識してしまうばかりで、一匹も掬えないうちに薄紙はあっさりと破れてしまう。ばつが悪いモン太は、言い訳をするのもおかしいし、かと言って無言でも居辛いと思いながら、足早にそこを離れると、どこへ行くとも無く歩き始めた。その隣でセナも、何を喋ればと、この中途半端に親愛以上の想いを自覚している状態で悩んでいる。先刻までは友も愛も中途半端ではなく、飽くまでも融けて一つであったのに、愛の情がぱっと出てしまい、なのに完全には出しきれずにいて、居心地悪い事おびただしい。 結果としてふらふらしていた二人のうち、先にその人影を見つけたのはモン太であった。 「あれ……」 「どうしたの?」 「あっちにいるの、ヒル魔先輩だよな」 歩みを止め、人ごみの向こうを見ての言葉に、驚いたセナも急いで視線を同じくする。そこでは上下の服も身に纏う雰囲気も黒い人が、隣のやけに落ち着いた人に話しかけていた。 「ムサシさんも……」 二人が自分達と同様の関係である事は既に知っているが、それでも違和感を拭いきれないのは、やはりこう云う華やかにしても些か子供っぽいと言えなくもない所には、さっぱり縁の無い人種に見えるからだろうか。つい二人してじっと見てしまい、その無礼に気付いたセナが、悪いよとモン太を突付いた時には、もう向こうには知られていた。 「何やってんだ糞チビ共」 余り機嫌の良くなさそうな声が、近付きつつ聞こえてくる。 「ヒ、ヒル魔先輩こそ……」 「俺はどこかのジジイの我侭に付き合ってるだけだ」 いきなり行くとか言いやがってと、顎で隣のムサシを指し示す。モン太のつい生じた疑問に、答えるような答えていないような返事ではあるが、ヒル魔の目に一睨みされては、もう何も問いかけられない。一方、当の示された本人は、遣り取りにも然程の関心は見せず、むしろ二人の浴衣の方に気を取られている。祭りと言えばやっぱりこれだよなあと、うんうんと頷く姿を見て、ヒル魔は、糞ジジイと何かを思い出した様に軽く舌打ちして言い捨てる。 「そう言えば、お前達こそどうして来たんだ。ちょっと見に、と云う感じじゃないが」 そのまま浴衣を見ていたムサシは、ふと話しを元に戻し、浴衣に下駄と随分乗り気な格好に、訝しげに尋ねる。 「糞サルの誕生日だからな、今日は」 成る程、と云う顔で頷くムサシ。 「何か欲しいもんあるか?」 「え?」 「いや、誕生日だと聞いたからにはな」 「そんな、悪いッス」 「別に遠慮するな」 「いーからとっとと行きやがれこの糞サル!」 あれこれと押し問答する二人に、このまま放っておいてはどうなるやらと、ヒル魔は一喝して無理矢理送り出す。 「俺達は公園で待ってるからな」 「公園……!」 「なんだ、何かあるのか」 「い、いえ。別に」 分かれて反対側に歩き始めたヒル魔の口から出た単語に、先程の恥ずかしい空気を思い出して、セナはあからさまな反応をしてしまい、それを見て浮かぶ怪しげな自信たっぷりの笑みに、拍車がかけられる。 相変わらず公園に人気は無いが、隣のヒル魔はどうした訳だか相変わらず愉快そうな顔で、木々の間に何本も在る暗さで消え入りそうな細い遊歩道に目をやっては、にやりと笑う。 「随分広いし、暗いな」 「そうですね」 「奥の方さえ行っちまえば、何やったってバレねえよなあ」 「それって……」 「例えば、どこかの糞チビが糞サルとしけこんでも、分からねえって事だ」 何でも無い事の様にさらりと言うが、セナにしてみればそもそもどうして知っているのかと、ビクビクしながらつい考えてしまう。 「ん?どうした」 「……もしかして、見てました?」 「さあな」 だがその顔は事実を明確に物語っており、その確信は、ヒル魔が座ったベンチによっていっそう鮮やかとなる。 ヒル魔はそのベンチで、何を考えているのかさっぱり悟らせないまま、ただ黙っていた。セナはその隣で、そっと裏側に広がる木々を見る。確かに灯りの有る道側からは、例え人が通ったとしても、何も見えないだろう。 今注意して見ようとしても、何も見えないのだから、ましてやただ通り過ぎる人間には、尚更だ。悶々として悩む所へ、モン太とムサシがやってきた。ヒル魔はすかさず立ち上がると、まるで親子の様に二人並んでいるムサシの腕を掴んで、そのまま歩いて行く。 「何だ……?」 「野暮な事してる場合じゃねえんだよ」 「はあ?」 「糞ジイイ、馬に蹴られて死んじまいたいのか」 ケケケと笑う声と共に言われた言葉が次第に沁みるにつれ、漸く理解できたムサシは、ああともむうとも言葉にならない感嘆の声を上げつつ、それならと引っ張られるままに任せた。 方やモン太は普通にお礼を言ったり気にするなと返されたりと、極普通の会話をしている所へ、突如話し相手が引っ張られてしまい、二人の先輩の名残として残ったのは、ジュース二本とチョコバナナ二本、それに林に木霊する高笑いの声だけで、その声も直ぐ消えてしまった。どうしようと思いつつ、取りあえずはセナの許へ、と向かったところで同じくベンチを見て、先程の自分の焦った様な失敗を思い出してしまい、どうにも声を掛け辛くなる。だが木偶坊の如く突っ立っていてもしょうがないと、兎に角座ろうとして近付いた途端、セナの方から立ち上がってくると、来て、とだけ呟かれ、そのまま暗い木々の間に入って行ってしまう。 後を追って下草を踏み分けて行くが、一瞬迷ってしまうかと思う位に中は暗く、前方のセナの姿もぼんやりとしていて、モン太は先の分からない不安と共に、行動への疑問が溢れ出る。 「セナ?」 何がしたいのだと、疑問を込めて名前を呼ぶ。呼んで直ぐには反応が返ってこなかったが、普段よりも遅れて、セナはこちらを振り向く。 「座って」 しかし反応こそ一応されたが、回答にはなっておらず、疑問の気持ちはどんどんと出てくるものの、セナが先に座った為、向かい合わせにモン太も腰を下ろした。 荷物を横に置きながら、どうしたんだよ、と今度はやや強めに言ってみる。すると今度は、言葉の代わりに強く抱き締められた。前触れも無くそうされて、勢いのまま体は草の上へ転がる。随分意気を込めているのか、セナの肌の感触は布地を越して伝わってくるし、それにも増して唇の感触が、何を意図しているのか明確に教えてくる。 「いいのか?」 「……えっと、それは僕が聞きたかったんだけど……」 固より予感が皆無だったと云う訳でもないが、それでも流石にさっきの今でそうなるとも思えず、はっきりとセナが表しても尚モン太は尋ねてしまう。セナにとっては予想外な事で、否応の返事こそあれ、まさか向こうから尋ねられるとはと、ついつい間が抜けた言葉を返してしまった。 「だってさっき」 「あれは、見られたら嫌だなと思っただけで、別に外が嫌って訳じゃないし」 「お前、意外と大胆だな」 「べ、別にそんな事……」 慌てて否定するセナは無視して、モン太はふう、と息を吐くと、セナの胸を軽く押しのけた。 「え」 「勘違いするなって。脱ぎづらいからだよ」 「あ、ごめん」 拒まれないと知り、ほっとした顔で横へ座すと、上半身を起こしたモン太はちゃっちゃと脱いでいく。脱ぐとは言ってもたかが薄衣、あっと言う間に草の上に広げられた。 「俺は、それ位の方が好きだぜ」 ぼんやり見ていたセナも、慌てて帯を解き始めるが、ふと放たれた言葉に、手を止める。 「もっとじゃんじゃか押し倒しちまえよ」 誘いの言葉にしては色気も風情も有ったものでは無いが、いかにもモン太らしい台詞で、一旦緩んだ心はまた結び直された。 木々に覆われた空間は、ただ季節の関する所以上に熱を持っていて、素肌が重なると、双方の汗ばみで密着する。自分の薄布の上に横たわると、今日何度目かの口付けを受けるが、どれにも増して気持ちが昂ぶるのは、状況の所為だろうか。口付け自体深いもので、苦しい程に激しく、溢れる唾は自分の顎を、またセナの唇を濡らす。その唇は、引く糸も振り解かぬまま胸に向かい、汗のじわりと浮かぶ皮膚に、一つ印を付ける。普段余り自分の痕跡を残したがらぬセナを思えば、それだけでもちょっとした事だが、二つ三つと増えるに従って、常と異なる予感と淡い快感に、よりモン太の背筋はゾクゾクと震える。 そこへ尖った部分を舐められて、思わず待て、と漏れる。直截的な刺激の方が、細やかな愛撫よりも却って恥ずかしく思わないモン太には、乳首へ丹念に舌を触れさせる行為は、さっさと終わらせて欲しいものだった。けれども制止の声は甘い色を含み、一心に決めているセナを止めるには力不足で、口を閉じるしかなかった。その声以外には、声が出ると云う程はっきりしてはいなかったが、それでも順次零れる音は、モン太の快感をしっかり映していて、セナの思考をどんどんと煽り、ついつい突起を弄ってしまう。だがそれは双方の燻りを増させ、遂に先に耐えられなくなったモン太は、無意識に腰を上へと擦り付けていた。セナとて我慢強い性質ではない。足閉じて、と言い、既に自己主張も激しいモン太の下着を脱がす。素直に従うモン太の先端は既に濡れ、下着も極一部は染みになっていた。そのまま自分も脱いでしまうと、熱く滾っているモン太のを握り、上下に動かす。限界も近かった欲望は、あっさりとその単純な刺激に負け、吐かれた精は二人を汚してしまった。 久しぶりだからだ、と言い訳がましくモン太は声を上げるが、セナはそれに答えられもせず、精に塗れた指をモン太の後に挿れる。在米中結局一回もはっきりとは交われず、精は欲望が凝縮されているかの如くとろとろとしていたが、セナにはまだその濃厚な欲望の原液が放出されぬままに残っていて、ずきずきと感覚を持っているから、声にまで頭が回らず、性急に事を進めてしまう。最初は慣れずに傷付いた後も、今では大分素直となり、器用とは言えない指の動きにさえ、主人同様熱く反応する。 この直接的な刺激には喉もはっきり震え、セナにはどうにも艶を持つと思われてしまう声に、耳朶は打たれて疼きを増さしめる。 「もう、無理……」 これ以上は耐えられないと感じて、まだ充分には準備が出来ていないとは思いつつも、セナは欲望を挿れた。漏れ出る声は一際大きく、あっ、と云う嬌声は余韻も耳に残る。モン太の腕は向かい合って上方に居るセナの背中を掴んでおり、汗でずるずると滑るにも拘らず安定していて、実際はかなり強い力で痛みを感じる程な筈なのだが、今は何も感じない。ただ目の前の身体に感覚や欲望が溶けていくので精一杯だった。 しかし久方の快感にはゆっくり溶けてもいられず、間も無く内部には白い欲望が散らされる。 「あ……えっと……」 「セナ……」 「ご、ごめん」 「いや、俺も他人の事言えねーし」 一応慰めはするが、実際後の快感が尽くされる前に満足されては、大分困る。 「なあ、今日って俺の誕生日だろ」 「うん」 「だったら、俺の我侭聞け」 吐精後の快感に力も抜け、息を荒くしてモン太に圧し掛かっていたセナは、何だろうと不思議そうな目になる。そこに唇と唇とを軽く触れ合わせさせられ、もう一回、と活発さにも淫らさを滲ませた声で囁かれて、返事をするまでも無く、欲望は早くも勢いを取り戻して中を穿っていった。 二回目は思いっきりと言っても良い程互いに貪って、セナが体を離した時には、モン太の体も浴衣も汗と欲望とで汚れ、光有る所には出られる様な姿ではなかった。最初こそそれにも気付かない程蕩けていて、僅かに燻る身体に視線を飢えさせがちなモン太を見て、セナもどことなくもう一度位なら、と欲望を残してしまっていたが、巾着袋の中の時計を見て、そんな事後の甘い空気も何も一挙に消える。慌しくティッシュやハンカチで最低限の泥や体液をモン太が拭う一方、セナは携帯で家に連絡して、叱り声をなんとかやりすごし、両者が一段落付いた頃には、既に肌を重ねる関係よりは日頃の良い仲に戻っていた。そこでモン太は携帯を借りて連絡したが、元々放任主義の雷門家は、特に問題も無い。 「人いないね……」 「まあ、見られなくて良いけどな」 動いた分を補給するかの如く、飲み食いしながら歩く二人だったが、既に祭りの喧騒は止み、乗った電車も幸いな事に人は殆どいなかった。 それでも明るい所はやはり緊張するもので、電車を降り、人気の無い住宅街を歩く段になって、漸くモン太はほっとした表情になる。大胆なモン太さえそうなのだから、セナの緊張は一入で、開放感もより大きい。 「良かった……本当に良かった……」 「次からは準備MAXでやんないとな」 「え」 「なんだよ、セナだって随分楽しんでただろ」 その言葉に、随分余裕の無い自分の行動が思い出されて、恥ずかしさに俯くセナだったが、モン太の方は意気揚々としたもので、何照れてんだ、と恬然としている。 「俺はあんな積極的なのも好きだぜ」 「や、あれはその、ほら、モン太の誕生日だからっ」 「なんだよそれ」 慌てふためく様子を見て、モン太が突っ込む。心の中では、普段の調子も悪くは無いが、あんな調子なのも本当に好きなんだけどな、と思っていた。 平成十八年丙戌二月一日公開 平成十八年丙戌三月二十九日修正 |