初訪問



 「ああ、じゃあ、今日俺の家な」
当然の様に言われた言葉に、セナは一瞬虚を突かれたかの如く、返事も出来ずに相手の顔を見ていた。その態度に、逆に驚いたのはモン太の方で、吃驚した顔をまじまじと見る。
「都合悪いのか」
「え、いや、そんな訳じゃないけど」
訝しげな言葉に、慌てて過剰な動作と共に打ち消しに掛かるが、その後もどうもおかしい。元々そう煩い方でもない――特にモン太と比べては――性格ではあるものの、制服に着替える間、会話より後は無言のままで、宙を見つめ考え事をしたり、俯いてそわそわしたりしている。

会話の発端は、練習後に数冊の本をヒル魔より渡された事だった。覚えとけ、とあっさり言われ渡されたその内容には、アメフトについての規則やら何やらが書かれてある。そこで、二人は大変だの何だの言いながら、一緒に読もうと云う話になったのだった。モン太にしてみれば、練習が比較的早く終わっていて、時間も有る事だし、そこで極自然な流れとして自分の家に誘ったまでなのだが、どうも調子外れの反応を受けてしまい、
自分まで調子が狂ってしまう。
 帰り道でも、一応話を振れば反応位は返す様になったものの、それでも何時もの様に、
十向ければ八返ると云うのでは無しに、精々が二か三程度で終わる。
「……何か変だぞ、お前」
電車から降りて、会話が止まってしまい、ふと気付いたセナが、どうしたのかと横を向く。
すると、この言葉が聞こえた。
「ごめん。別に、そんな気にする事無いよ」
「いや、普通に気になるし。どうしたんだよ」
モン太は常に真っ直ぐに他人を見る。セナはじっと見られて、ささやかな感情は恥ずかしいものの、言わないのも胸につかえると、視線を外し、顔を赤くして俯いてしまいながらも、話し始めた。
「言うのも恥ずかしいんだけどさ……慣れてないんだ。こう云うの」
照れと記憶が入り混じり、寂しさの滲む笑みとなる。
「昔からパシリみたいな感じだったから、モン太みたいな友達もいなくて、
 家に呼ばれるなんて事も、当然無かった。だから、その、嬉しくて」
「嫌って程呼ぶ」
 話しながらの足取りは、突然のしっかりした声に止まり、俯いた顔はモン太を向く。切ない言葉に、愉快では無い気持ちを共有しつつ、何と言おうかと思っていたモン太は、嬉しくて、と言った言葉に含まれる、安堵したかの様に漏れ出る嬉しさに、自分でも驚く程断乎とした声を出していた。
「あー、だから、その、俺はどうせ沢山呼ぶから、気にすんな」
その後、何とか自分の感情を伝えたいと、言葉を繋げて行く。
「本は沢山あるし、覚えるまで毎日家来るだろ。休みも。それに普通に遊びたいし。あと宿題も……」
「ありがとう」
 どんどんと例を出すモン太の、一生懸命な様子に、セナの胸の内の寂しい記憶も打ち破れ、笑顔は純粋なものになる。その顔に心を擽られ、笑顔が見れて良かったと思いながらも、妙に気恥ずかしさを覚えて、モン太は急に向きを戻すと、再び歩き始めた。セナも後を追い、今度は自分から、今日在った出来事を話し始める。こちらも言葉を受けて、赤くなりそうだったが、素直な嬉しさが上回って、しっかりと話せそうだった。





平成十七年乙酉九月六日公開