史上最高のバツゲーム−番外編−


〜 花火大会 〜




今日は全国的にも有名な、この地域で行われる大花火大会だ。

雑誌などで特集が組まれるときは、いつも大々的に紹介されるから、わざわざホテルを取ってまで遠方から見に来る人も多い。

今年は平日の水曜日だから記録が塗りかえられることはないだろうけれど、それでもやっぱり時間が近づくにつれ、その場所に向かって歩いていくカップルや家族連れが増えていった。

そして、水曜日と言えば私の彼氏…岡崎優哉のバイトが休みの日でもある。

この偶然をどれほど私は喜んだことか。

やっぱり夏の風物詩…花火大会は外せないでしょう?

恋人がいる者としては、こうしたイベントは欠かせないのよ。

みんなだってそうだと思う。でしょ?

人ごみを苦手とする優哉は行くことを渋っていたけれど、私がどうしても行きたい!と言うと、渋々ながらも折れてくれた。

私は浮かれ気分で母親にからかわれながら浴衣を着せてもらって、玄関先の姿見でチェックをしてから下駄を引っ掛けて外に出た。


黒地にピンクの薔薇が描かれた少し大人っぽい浴衣。

今年流行りのふわふわとした兵児帯(へこおび)にコサージュをつけて。

髪はもちろんアップ。

毛先をクルクルッとアイロンで巻いて、それを生かした纏め髪に。

今日は気合を入れて…ちょっと頑張ってみました。


玄関から門扉までの僅かな道のりの途中で一旦足を止める。

そして、スッと腕を持ち上げて、視界に映る浴衣に満面の笑みが浮かんだ。


この浴衣…欲しかったのよねぇ。

某有名アーティストがデザインしたと雑誌で紹介されているのを見てから欲しくて欲しくて。

必死でお小遣いと短期バイトをしてお金を貯めたんだけど僅かに足りなくて。

父親に泣きついたら足りない分に少しだけイロをつけてカンパしてもらえた。

こういう時には母親に頼むより父親だ。

娘に甘い父親は、泣きつかれると断れないことを私は知っている。

だからどうしてもダメなときの最終手段はこの手に限る。

母親からは、またあんたは!って怒られちゃうけどね。


新調した浴衣を身に纏い、私は上機嫌に門をあける。

と、すぐ先の電柱の袂にしゃがみ込んでいる不審者(に見えるであろう)の姿が視界に映った。

丸まった背中、前髪が鬱陶しいほどに目元を覆っている寝癖だらけのボサボサの髪。

そんな風貌の男が電柱のところで蹲っていたら何事かと思うだろう。

通り過ぎていく人たちが、少し怪訝そうに窺いながら歩いていく様子を見ていると、きっと怪しい人物なんじゃないかって疑われているんだろうなと思う。

もういい加減見慣れてしまったから、私は何とも思わないけれど。

だけど、なんとなく今日は少しだけ引っかかった。

いつもと変わらない暗ダサキモ男の姿勢。

でも何故か服だけはYU仕様で、私たち世代に人気のブランドもので揃えられている。

その姿が妙に不釣合いで、

「え…優哉。どうしたの?その恰好」

なんて、思わず開口一番聞いてしまった。

私が下駄を鳴らしながら駆け寄ると、優哉はゆっくりと腰をあげて数回パンパンとお尻の部分を叩(はた)く。

それからニッコリと口元に笑みを浮かべた。

「捺が浴衣を着るって言うから、隣りを歩くのに普段の恰好もアレかなぁって思って。一応コレにしたんだけど…変かな」

優哉はそう言いながら自分の服に視線を流し、少し肩を竦めてみせる。

「ん〜。変じゃない…けど、やっぱ変かも?」

その私の言った変な日本語に優哉が苦笑を洩らした。

いや、なんていうんだろう。

かなりイケてるのよ?服装的には。

そう…服装はバッチリなの。かなりセンスがいいのがうかがえるんだけど…

ただ、その姿勢にその髪型では…似合わないかなぁ…なんて?

いやいや。私的には全く気にならないし、問題ないんだけど。

なんとなく違和感を覚える…アンバランスって言うのかしら。

これがライブの時のように髪型を弄って背筋も伸びていればホントに完璧な男だと思うんだけど。

きっと私の中で、普段の優哉とライブの時のYUとハッキリ二分化されているからかもしれない。

暗ダサキモ男がYUの服を着ている…そんな感じ……って、どんな感じだ。

「そっか…ちょっと失敗。暗ダサキモ男で統一したほうがよかったかな…あ、それともYUのほうが今日はよかった?」

「え、なんで?」

「隣りを歩くのにそっちのほうがよかったかなって」

「別に、私はどっちがどうとか関係ないよ。優哉は優哉だもん…でも、どっちかって言われたら暗ダサキモ男のほうがいいかなぁ。ヤキモチ妬かなくて済むし」

Tシャツの裾をちょっと引っ張り、上目遣いに前髪の奥に隠された瞳を見つめる。

すると優哉は小さくため息を漏らして、ボソッと呟いた。

「じゃあ。ヤキモチを妬かなくちゃいけない僕はどうすればいい?」

「え?…ひゃっ」

首を傾げるのと、優哉が私の腰の辺りに腕をまわして引き寄せたのとが同時だった。

バランスを崩した私の体を優哉の胸が受け止める。

ふわっと優哉の愛用している香水の香りが私の鼻を掠めていった。

「すっごい可愛いんですけど、この恰好。みんなに見せるために頑張ったの?」

優哉は帯に気を遣ったのか、腰の辺りに両腕をまわして抱き寄せてから、耳元に唇を寄せて囁いてくる。

心地よい優哉の色っぽい声がフッとした息と共に耳に直に響く。

それを少しくすぐったく思いながら、私は顔をあげた。

みんなに…というより…

「…優哉に見せるために決まってるでしょう?」

「じゃあ、花火に行くのやめる?」

「えぇぇぇっ!なんでぇっ!?」

「だって、この恰好を誰にも見せたくないから」

「えぇ!ヤダ…優哉と一緒に花火が見たいもん」

「僕は花火よりも捺を独り占めしておきたい」

そう言って頬に軽くキスをする優哉。

私は言葉に詰まって、次が出てこなかった。


ちょっと揺らいでしまったじゃないか…この言葉に。


ん〜〜〜〜〜〜…。と、唸りながら困った表情を見せていると、優哉が声を立てて笑い出す。

「あははっ!嘘々…ずっと前から楽しみにしてたもんね?この花火大会。ちゃんと行くよ、一緒に」

「ホント?」

「うん。ただし、誰かに声でもかけられたりしたらどうなるかわかんないからね?」

「どうなるかって…」

「キレちゃうかも?」

「優哉が?」

優哉の口から発せられた言葉と優哉とが結びつかなくて、思わず聞き返してしまう。

キレるって…優哉が?

「あははっ!そりゃ、僕だって男だもん。大事な彼女に危害を加えるヤツは許せないでしょう」

「えーっ。なんか、そういうの想像できない」

いつだって穏やかな口調で物腰が柔らかくて。

私がわがままを言ってもいつも笑って受け入れてくれたりするんだもん。

なんか…全然想像できない。優哉のそういう姿って。

絡まれたりしたら、ごめんなさいーっ。なんて言って小さくなるイメージはできる…なんて言ったら優哉は怒るだろうか…。

言わないけどさ…絶対に。




***** ***** ***** ***** *****





私たちが会場に着いた頃には、もう随分と人でごった返していた。

ある程度の覚悟はしていたけれど、この人ごみを目の当たりにするとやっぱり少しだけゲンナリする。

動けば必ず誰かの肩にぶつかるし、密集しているせいで息苦しいほど蒸し暑い。

張り切って浴衣を着てきたけれど、ちょっとだけ後悔した瞬間だった。

「やっぱり、すごい人ごみ…」

「だね…屋台もたくさん出てるから余計かな…」

私の肩に腕をまわし、なるべく人にあたらないようにと気遣ってくれながら、優哉がそう言ってずらりと並んだ露店を見た。

たこやきだとかリンゴ飴だとか。縁日のように軒を連ねる屋台の数々。

辺りには香ばしい醤油の焼けた匂いだったり、甘い匂いが漂っている。

私の顔に浮かぶ笑み。

何故かワクワクと胸が高鳴ってくる。

「ねえ、なんかお祭りみたいじゃない?」

「まあ…花火も一種の夏祭りみたいなものだけど。クスクス…捺、なんだか楽しそうだね?」

「ん?だって楽しいもん。ほら、お店とか色々あってさ…あ!ねえねえ、あそこに面白そうな店がある」

花火がはじまるまでまだ少し時間があるから、見にいってみようよ!と、優哉の腕を引っ張り、その店の方へ突き出した腕が勢いあまって前方を歩いていた人の背中にあたってしまった。


「……ってぇ」


どうやら男の人にあたってしまったようで、少し低い声がそう零しながらこちらを振り返った。

「あ…すいません」

と、すぐに謝った私だったけど、その人物の顔を見てすぐさま眉間にシワが寄った。


………コイツ。


相手のほうも私だと確認したのか、口元にニヤリとした笑みが浮かぶ。

「なんだ、捺じゃん」

その言葉に周りにいた2.3人の男たちが、誰、知り合い?なんて一緒に振り返る。

……気安く呼ぶんじゃねえよ。

益々私の表情が険しいものに変わったけれど、とりあえず知らん振りを決め込んだ。

「………誰でしたっけ」

「あらあら。随分なご挨拶じゃん…昔、愛し合ったオトコなのに?」

その言葉にカチンと頭を小突かれて、思わず素で返してしまった。

「そういう言い方、やめてくれる?私は一度だってそんな気持ちになったなんて覚えはないけど。あんただってそうだったじゃない」

「クスクス。あ、そだっけ?でも、ヤッたことにはかわりねえじゃん。みっちりヤりまくりだったろ?」

こういうデリカシーのないところが大嫌いだった。

大学生で、ちょっとカッコよくて大人っぽく見えたから付き合ってみたけれど。

女グセが悪くて軟派なオトコ…だから、付き合って1週間ほどで別れた。

所謂、元彼(とは、呼びたくないけれど)ってヤツ。

私が高校1年の頃の話だ。

もう二度と会うことはないだろうと思っていたのに、こんなところで会うなんて…サイアク。

消し去りたい過去、No.1なのに…。

その元彼は、私の全身を舐めまわすように見回してから、いやらしく目を細めた。

「だけど、相変わらずいい女だな。つーか、あの頃より更に磨きがかかってんじゃん」

「そりゃどうも…」

あたりまえでしょ。

なんてったって、今私は本気の恋をしてるんだから?

お前と付き合ってた頃より数倍、身も心も綺麗になってるっつうの!!

ただし、内面の口の悪さは変わってないけど…

「ん〜…勿体ねえことしたなぁ。で?もしかして、隣りにいるその辛気臭い男が今のオトコ?」

そう言いながら、私の隣りにいる優哉を品定めするように上から下まで視線を流して見下ろす。

明らかに蔑んだ視線。

それにムカムカしながら、優哉の様子を窺うようにチラッと横目で見上げたけれど、動じることなく黙ったままの姿が映った。

「だったら?あんたには関係ないでしょ」

「ぶははっ!マジでか?こんなダッセー男がか?あははははっ!…マジウケる!!お前も落ちぶれたもんだな。こんな男のどこがいいよ」

全部に決まってんだろ、バーカ。

全てにおいてお前より数倍も数百倍もいい男だっつうの。

って、いうか。比べ物にもなりゃしない。

私はため息を漏らし、とにかく謝ったから。と、優哉の手を引き歩き出そうとした。

が、その行く手を男が阻む。

「まあ、待てって。まだ話の途中だろ?久し振りに会ったんだからさぁ、もうちょっとお話しようぜ?」

「したくないし、する必要もない」

「そぉ?お前にはないかもしれないけど、そちらのダサ男クンがあるかもだろ?昔の捺のこと、色々聞きたかったりするんじゃねえの?」

小バカにしたように鼻先で笑い、周りの男たちに向かって同意を求めるように、なぁ?と、声をかける。

周りの奴らも奴らで、同じようにニヤリと口角をあげて笑いやがった。

きっと、優哉のなりを見ただけで、自分よりも格下だと判断したんだろう。

「ダサ男クン」と堂々と面と向かっていうあたりがまさにそうだ。

優哉のことを何も知らないクセに…。

「ちょっと…優哉のことをダサ男って呼ぶのやめてよ!あんた達より数倍カッコイイつうの!!」

「あははっ!カッコイイ?あぁ、服装だけな?頑張ったことだけは認めてやるよ。捺にあわせてブランドもので固めたんだよなぁ?うんうん、君にしては上出来だよ。頑張った、頑張った」

その言い方にムカつきを覚える。

私のことをいくら言われても構わない。それだけの事をしてきたんだから?

だけど、優哉のことまでバカにされると無性に腹が立ってくる。

優哉は…優哉は、本当はねぇ!って叫びたくなってくる。

もちろん、私の為にじゃない…優哉の為にだ。

だから、文句の一つでも言ってやろうと、男たちを睨みつけ一歩前に出て口を開きかけた私の腕を、優哉が後ろから軽く引っ張ってそれを阻止する。

そして、ずっと今まで黙っていた優哉の口から、大きなため息が漏れた。

「あ〜ぁ。外見で判断するのって、女の子だけじゃないよね…」

「優哉…」

心配そうに見上げた私に、優哉は、大丈夫だよ。というように優しく微笑んだ。

それから、スッと俯き前髪に手を差し入れながら、ちょっとだけ見せてあげようかな。なんて呟きつつ、ゆっくりと顔をあげていく。

同時に伸びていく背筋。

目の前の奴らの視線が、同じように上にあがっていった。

揃いも揃ってバカみたいに口をあんぐりとあけながら。

「ダサ男だなんて心外だなぁ。結構この顔に自信持ってるんだけどね?」

髪をかきあげながら、優哉がニッコリと綺麗な笑みを浮かべる。

その微笑は誰が見ても綺麗なものであり、同時にその場を一瞬にして凍らせるだけの威力がある。

言葉を失った目の前の奴らを見回しながら、優哉はクスクスと小さく笑う。

「あれ、反応なし?あ、カッコよすぎて言葉を失っちゃったとか?」

「……………」

「クスクス。それともあまりの変貌振りにびっくりしちゃったのかな。大体、見てくれだけで判断するのって良くないと思うんだけど?人間中身で勝負でしょう。あ、僕の場合外見でも勝負できちゃうけどね?」

その言い方に少しだけ笑ってしまった。

確かに。優哉ならその言葉を使っても間違いではない。

ただし、相当の嫌味ではあるけれど。

優哉の姿を前にして反論できない奴ら。でも、気に食わないだろうことは顔の表情から読み取れる。

そんな奴らを前にしても、臆することなく優哉は言葉を続けた。

「それと…捺の昔を知りたいんじゃないかって?それを知って何になる?昔の捺と今の捺は違う。そんな昔を知ったところで、僕には一文の得にもならないね。あぁ…でも、そうでもないかな。昔の捺より今の捺のほうがいい女だって知れたことは得だったかな。捺のオトコとしては」

「あ?どういう意味だよ…」

「ん?わからない?あんたよりも僕のほうが、捺を輝かせられてるってこと。男としての器量が僕のほうが上ってことだよね?」

「なっ…にを、貴様…!」

「さっき自分で言ったのに?あの頃より更に磨きがかかったってね。つまり、自分で認めたんだよ、器量のなさを。自分はそこまで捺をオンナにできなかったってさ……Do you understand?」

綺麗な発音と共にクスクスと小さな笑い声を立ててそう締めくくる優哉。

だけど……目は笑っていなかった。

「コ…イツ。生意気に…」

ギリギリと歯軋りの音が聞こえそうなほどの形相を見せる元彼たち。

この一角だけ異様な雰囲気に包まれはじめる。

元彼は眉間に深くシワを刻み込ませた表情のまま、優哉の胸倉を掴んでグイッと引き寄せた。

「てめぇ、女の前だからって調子こいてんじゃねえぞ。痛い目にあいてえのか?」

低く唸るような声。

私の表情が俄かに硬くなる。


ヤバイ…この空気。ひっじょーに、ヤバイ。


この流れからして優哉が一言でも挑発するような言葉を発してしまえば、喧嘩になることは目に見えている。

優哉一人に対して、相手は元彼の友人含めて4人。

勝ち目はないに等しい…

不安げな表情を浮かべる私とは対照的に、笑みを浮かべて余裕すら窺える優哉の表情。

なに、そんなに余裕ぶっこいてんだ。と、優哉の様子に焦りつつも、どうしたらこの場を回避できるかと、ない頭を振り絞って考えていると、先に優哉が行動を起こしてしまった。

「そっちこそ。人数が多いからって舐めてかかってんじゃないの?」

そんなことを呟きつつ、自分の胸倉を掴んでいる手を握って、ギリギリと締め上げている様子の優哉。

私の視界に映る元彼の表情が、みるみるうちに苦痛に歪んでいく。

「ってて!いいいいてぇっ…はっ離せよ!痛ぇだろっ!!」

「クスクス。そりゃ痛いでしょ。このまま折るつもりで締め上げてるんだから」

「なっ!?ちょっ…マジ…離せっ…お、おぃ。なんとかしろよ…いてててて!!」

涼しい顔をしてとんでもない力を加えているようで、元彼の顔が苦痛と共に青褪めていく。

周りの奴らもこの状況に、どう行動に出たらいいものやらあぐねているようで、互いに顔を見合わせつつ戸惑っている様子だ。

「人を外見だけで判断するからこんな目にあうんだ。あんた達も、もうちょっと人を見る目を養ったらどうなんだ?そうすれば…自分たちみたいに口先だけでいきがってるヤツかどうか判断できると思うけどね。あんた達全員あわしても、僕の力量に敵わないってこともさ…」

「な…にを…いってぇぇ!マジ痛ぇ!!おっ折れる…手が…折れる…」

「だから折るつもりだって言ってるだろ?僕と捺を不快にさせたんだ…指の1本や2本折ったところで僕の気が済まない。このまま花火も見ずに、病院にでも行ってもらおうかな…」

優哉は掴んでいる手とは反対の手に拳を作ると、ブンッ。と風切り音を響かせて、元彼の頬を掠めるようにそれを突き出した。

おゎっ。と、情けない声を出して元彼が怯む。

完全に優哉の迫力にのみ込まれ、気力で負けていると思った。

正直言って、優哉のこの姿は私にとっても意外なもので。

それまで持っていたイメージが、一瞬にして塗り替えられてしまうくらい衝撃的だった。

喧嘩なんてものに縁のない私にも、先ほどの拳が相当の威力だったことは音だけでも理解できる。

もしかして喧嘩も強かったりする?普段は隠してるだけ??

また新たに知った優哉の一面。

驚きとともに感情が高ぶった。

「今、ワザと外したから。これ以上僕らに絡むつもりなら、今度は容赦しないけど」

そういって元彼を突き放して見据える優哉の視線は鋭いもので。

並々ならぬ雰囲気を漂わせている。

身の危険を感じたのか、元彼率いる男たちは顔を引き攣らせながら私たちから距離を置きはじめた。

口先だけでいきがっている奴らだということがよ〜くわかる。

軟派で軟弱な男。やっぱり最低なオトコだった。

「ってぇ…なんつーバカ力してんだコイツ。言っとくけど…お、お前らを相手にしてるほど暇じゃねんだよ、俺らは。い、行こうぜ。花火が始まっちまう…」

そう言って逃げるようにこの場を去って行く奴らの背中に向かって、イーッ。と、顔を歪める。


言っとくけど…引き止めたのはお前のほうだっつうの。

二度とそのツラ見せんな、バーカ。


そう、心の中で悪態をついてから、優哉に、ごめんね。と、謝ろうと視線を戻したけれど、すぐに言葉が出てこなかった。

無表情に私を見る優哉の眼差しが怒っているようにも見えたから。


「あの…怒って…る?」


恐る恐る小さな声で聞いてみた私の声に被せるように、優哉の声がすぐに返ってくる。

「うん、ものすごく」

「そっそうだよね。ダサ男クンなんて、あんな言い方…自分を見てからモノを言えって感じだよね?」

「そこは全く気にしてない」

「あ……」

そうですか…ですよね?

だったら、なに怒ってんだろー。わかんねぇよーっ!!

「あいつが…」

「え?」

「あいつが捺に触れてたんだと思うと無性に腹が立ってくる…」

「優哉…」

「さっきは悔しくてああ言ったけど…。過去に捺と関係があった人間から、直接そういう類の話を聞かされたら面白くないってことぐらい捺にだってわかるよね?」

「あー…ぅー…」

返す言葉が見つからなかった。


――――昔、愛し合ったオトコなのに?

――――ヤッたことにはかわりねえじゃん。みっちりヤりまくりだったろ?


ハッキリと言ってしまった元彼の言葉。

その事実を取り消すことはできないけれど、今の恋人に聞かせていい言葉ではない。

だから、優哉が言いたいことはわかる。

もしも逆の立場なら、私だって逆上していただろうと思うから。

だけどそれは私が言った言葉ではなく、相手が勝手に言ってしまったことで私には防ぎようがなかったもの。

それを怒られても私にはどうすることもできないよ。

「わかってるよ…このことで捺を責めてもなんにもならないって。過去は変えられないものだから。だけど…頭では理解できても気持ちがついていかないんだ。実際に相手を目にして聞いてしまったら。僕の知らない捺をって思うと…余計…」

「優哉…」

「今、捺をめちゃくちゃにしたい気分…」

「え……?」

「宥めてくれる?僕のこの気持ち…」

「ゆう…や?」

「捺を抱いたら少しは収まるかもしれない」

口の端を少しあげてニヤリと…なんて表情ではなく。

真顔で言われてしまっては、こちらとしてもドキドキと嫌な速度で心臓が動いてしまう。

本気で優哉の機嫌が宜しくないのが窺い知れるから。


「捺は僕だけのものなんだってことを実感させてよ…」


私の頬に手を添えて、囁いてくる優哉の表情から目を逸らせなかった。

怒っているようにも見えて、それでいて不安げにも見えるその表情から。

だけど私は優哉の様子に焦りを覚えつつも、楽しみにしていたことも忘れてはいなかったらしい。

咄嗟に私の口からついて出てしまった言葉。

「で、でも…花火は?」

「花火を楽しむのと僕の機嫌を直すのと…捺はどっちを優先する?」

また意地悪な質問を…

どっちって…そりゃ…ねぇ?……どっち?!

「うぅ…せっかく浴衣を着てきたのに?」

「僕が見てるんだから充分でしょ?」

「もうすぐだよ?一発目があがるの…」

「だから?」

いや、だから…

「見たい…かも?」

「あとで花火セット買ってあげる」

花火セットって…

レベルが違いますがな…

「せっかくここまで来たのに?!」

「また来年もあるでしょ?」

「うぅ…でもでも、すっごくすっごく楽しみにしてたのに?優哉と花火が見れる〜って」

「………どうしても見たいの?」

「うん。優哉と一緒に見たいの」

そう言いきった私の言葉を受けて、優哉が暫く黙り込んだあと諦めたようにため息を漏らした。

「じゃあ……見て帰る?」

「え、いいの?ホントに??」

「そんな顔で言われたら、ダメって言えなくなる」

優哉はそう言って困ったように笑うと、優しく頬を撫でてくる。

あとで覚悟しといてね?なんて付け足すことは忘れずに。


私たちはあいているスペースを見つけて、そこで座って花火をみることにした。

優哉が先に腰をおろし、その脚の間に私が腰を下ろす。

いつもなら後ろから抱きしめる形になるんだけど、今日の私の恰好は浴衣だ。

帯のことも考えて私が少し横向きに座ると、優哉がその腰を持って更に自分のほうに向くように位置をずらす。

「やっん、もう。優哉?これじゃ見づらい…」

「そう?僕の顔はよく見えるでしょ?」

「見えるけど…花火が見えない」

「うん、見せない」

「は?」

優哉の言ってる意味が理解できなくて首を傾げると、優哉がおかしそうに小さく笑う。

「捺には僕の機嫌を直すことに専念してもらうから。音だけ聞いて楽しんで?」

「え?な、なにそれ…音だけ聞いて、機嫌を直すって…どうやって?」

「ん?もちろん、こうやって…」

優哉が私の唇を奪うのと、ドーン!と腹の底から響くような一発目の花火の音が聞こえてきたのが同時だった。


えっ!ちょっ…なに?!


突然のことに目をパチクリとさせて固まっていると、そっと優哉が今しがた塞いだ唇を指先で撫でた。

「捺?キスして僕の機嫌を直してよ」

「え、そんな。ここで?」

周りに人がいっぱいいるのに?

「そ、ここで」

「そんなっ、見られるって!人がいっぱいいるのに…」

「花火があがってる最中なら大丈夫だよ。みんなそっちに集中するから」

「そんな、無理!絶対無理!!」

「じゃあ、帰ろっか」

「………それもヤダぁ。この雰囲気を味わいたいぃ〜」

「じゃあ、してよ…捺。僕は見られたって構わないから。キスして?」

こんな色っぽい声で、キスして?なんて言われた日にゃあなた…断れないでしょうに!!

私は誘われるように優哉の頬に手を添えて、ジッと前髪の奥の瞳を見つめた。

見られたって構わないから…。そう言いつつも、優哉は私を隠すように腕の中にすっぽりと納まるように包み込んでしまう。

これなら周りの人たちにも、イチャこいてるのはモロバレだけどキスそのものは見えないと思う。

唇にかかる優哉の吐息にキュンと胸が高鳴った。


ドーン!ドドーンッ!!

爆音と共に、辺りが一瞬明るくなる。


だけど…

もう、私たちは2人だけの世界だった。

花火があがっていようがいまいが関係なくキスを交わす2人。

確実にバカップル丸出しなのは決定だ。

それがわかっていても、とめることは出来なかった。

甘いキスと、甘い言葉が何度も何度も繰り返されていたから。


そうして優哉とのキスに酔いしれていた私は、どの道花火を見せてもらえないなら、帰ったほうがよかったかも?なんて。

花火が次々に打ち上げられ、歓声が沸きあがるのを耳にしながらちょっとだけ思ったりしていた。




++ FIN ++




我慢優哉Ver.です(笑)
いや…半分我慢してないようにも思いますが…。
おまけ付Ver.とどっちにするかなぁ〜って悩んだんですけどね。
どっちもにしました。
後半の数行だけなんですけどね…違うの(^▽^;
ま、まあ…2通りの彼らをお楽しみいただけたらなぁ。と思います。
えぇ…どっちにしても捺は花火を見ることはできませんでしたけど(爆)
来年は見られるといいねぇ、捺ぅ〜(え、他人事?)

H19.9.21 神楽茉莉





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