史上最高のバツゲーム−番外編−


〜欲しいもの〜




「ねえ、優哉。ライブに着ている服ってどこに片付けてるの?」


ある日のライブ帰り、背中の曲がったいつも通りの恰好で私の隣りを歩く優哉を見ながら、ふとそんな疑問が頭に浮かんだので聞いてみた。

数時間前まで、超イケメンの超お洒落な恰好で、ロックバンドのボーカルYUとして活躍していた優哉。

だけど今、私の隣りを歩く彼にはその面影など微塵もない。

服はダサダサだし、しわくちゃでだらしがないし。

風貌はまあ…今まで散々言ってることだから察しがつくでしょう。だから省くけど…

さっきまでお洒落に着飾っていた服と、一着千円均一で売られていそうな今着ているダサダサの服。

そのどちらの姿でも優哉に違いがないのだから、さしてその部分は気にもならないけれど、そのライブで着ていた服がどこに片付けられているのか。そこか非常に気になるところ。

私と付き合いだして、私が彼の部屋に通うようになって、随分と快適に過ごせる空間になっていた。

もちろんそれは、毎週水曜日に私が掃除をしているから。

じゃないと、耐えられないっつうの。

脱いだままの形で放置されている服、出したら出しっぱなしのCDケースや音楽雑誌。

その乱れた部屋を思い出すだけで…鳥肌が立つ。

最近では、優哉も私に気を使ってかなるべく片付けるようにはしているみたいだけど、まだまだダメね。

詰めが甘いのよ、詰めが。

って…こんな話はどうでもいいのよ。

とりあえず、それぞれの場所を決めて片付けている私は、大体優哉の部屋のものを把握できるようになっていた。

だから、その疑問が出てきたんだけど。


「ライブで着ている服?」

優哉は突然の私からの質問に、首を傾げながら反復してくる。

「うん、そう。だってさ、今着ている服は私が片付けたりしてるじゃない?だから、クローゼットの中身は大体わかってるんだけど、ライブで着ていた服って見たことがないのよね。毎回違うものを着ているみたいだし…だとすると結構な量じゃない。どこに片付けてるの?親のマンション?」

「ううん、違うよ。隣りの部屋」

「え…隣りの部屋って…」


優哉の住んでいるマンションはワンルーム。

当然、続きの部屋なんてあるわけもない。

だとすると、隣りの部屋っていうのは…


「どんどん服が増えてきてさ、置いておくスペースが無くなったからね。ちょうど空き部屋になった隣りの部屋をクローゼット代わりに使ってるんだ」

「は……?」


ちょっと待て。どういう意味だ?

空き部屋になったから?クローゼット代わりに…?


優哉の言っている意味がイマイチ呑み込めなくて首を傾げていると、そういえば隣りの部屋って捺に見せてなかったね。と、優哉の生活している部屋の隣りの部屋の前で立ち止まる。

そして、徐にポケットからキーケースを取り出しその部屋の鍵をあけると、どうぞ。とニッコリ笑ってから、先に優哉が入っていく。

戸惑いながら、優哉のあとについて部屋に入った私。

中は、当然だろうけど優哉の部屋と同じ間取り。

入ってすぐに小さなキッチンが備え付けられていて、その反対側にはバスとトイレがセパレートで設備されている。

その奥のドアの向こうが6帖ほどの洋室だろう。

ただ、優哉の部屋と違うのは、生活感がなくモノが散らばっていないってところ。

だからか、何故か他人の家に無断で入っているような気分の私。

そわそわとしながら優哉のあとを追い、洋室に足を踏み入れて目が点になる。

パチン。と音がして、明かりが灯った部屋に広がる光景。

そこには、簡易のハンガー掛けが整然と部屋一面を使って並べられ、ハンガーに吊るされた服が所狭しとそこに掛けられている。

Tシャツだったり、ジーンズだったり。

一見、どこにでもありそうなラフなものばかりだけど。

それらは、見る限りでは全て人気のある有名ブランドのものばかりだ。


開いた口が塞がらなかった。

見開いた目を戻すことができなかった。


なんじゃこれっ!?


「ちょっと…これ…」

「クスクス。僕にしては綺麗に整頓できてるでしょ?」


いや…聞きたいのはそこぢゃないっての


「全部、優哉の?」

「うん、そうだよ?と、言っても。ほぼバンドの為の衣装みたいなものだけどね。普段着ることはないし」

「え…自分で買ったの?」

「うーん。自分で買ったと言えば買ったかな。バイト代だったりお小遣いだったりだし」


いやいや、バイト代やお小遣いで買える範囲の量じゃないって。

だって、総額にしたら……ダメだ。計算弱いんだ、私。

とにかくここにある服全てあわせると、ハンパない額なのは確か。

コツコツ買ったにしても、絶対無理だ。


「ねえ…ちょっと聞くけど」

「うん」

「お小遣いっていくらもらってる?」

「お小遣い?んー、基本的に決まってないんだけど…母親から送られてくる生活費の中で言えば1万円くらいかな…」

「いちまん…」


まあ、普通といえば普通かしら。

私も基本は決まってないけど、大体母親にねだって月に使う金額がそれぐらいだから。

だとしたらバイト代?

そうね。夜のバイトと言えばバイトだし…結構時給がいいのかも。

ねえ、バイト代って…。そう口を開きかけたら、優哉の声が被さってきた。


「あと、じいちゃんがくれるのが10万くらい」

「じゅっ…」


はぁぁぁあっ?!?

じゅうまんって、あの10万?諭吉クンが10枚ってこと??

ちょっと待ってよ、何よそれ。


「ジュウ万って、それ貰いすぎでしょっ!?」


思わず興奮して声が裏返ったじゃないか。


「あ、やっぱり?」

「やっぱり?じゃないわよ。どう考えても貰いすぎ!」

「僕もそう思って、貰いすぎだからって断ってるんだけどね。じいちゃんが、親と離れて一人で暮らしていると何かと不便だろうからって、毎月口座に振り込んでくれてるんだ。だから、仕方なくいただいてる」


…って、顔してねえじゃん。

大体、一人で暮らしてるって言っても、家賃もおじいちゃん持ちでしょ?

何かと不便って、何も不便ないじゃないっ!

どんだけ孫に甘いんだ…優哉のおじいちゃんって。


「ねえ…もしかして優哉のおじいちゃんってお金持ち?」

「さぁ?詳しくは知らないけど…持ってないわけじゃないと思うよ?」


そりゃそうでしょう…孫に毎月10万ものお小遣いをあげるぐらいだからねぇ?

マンションを幾つも持ってるって話だし…。

はぁ…世の中って不公平だわ。

うちのおじいちゃんなんて、久し振りに遊びに行っても未だにポチ袋に五百円玉一個よ?


五百円玉一個って…そりゃ嬉しいけど…それ、どうなのよ?

私は小学生で止まったままか?


「もう、ずるいなぁ。そんなにお小遣い貰ってるなら、あのボーリングでの賭けのとき、服を買ってくれてもよかったのにい!!」

「あははっ!ああ、あのキスを賭けたときの?」

「そうそう。雑誌に載ってたワンピとスカート…結局、お小遣いが溜まらなくて買えなかったもん」


プクッと頬を膨らませて口を尖らせながら呟くと、優哉はおかしそうに笑いながら私の頬を指で突付く。

それから、チュッと音を立ててそこにキスを落とすと、ふわっと柔らかく私の体を抱きしめてきた。


「あの時は…モノで捺の気持ちを引きたくなかったんだ」

「え?」

「自分の力で、自分の姿で勝負して、捺の気持ちを向けたかったから。きっとあの時点で、捺が欲しいものを買ってあげてたら、それまでの男になっちゃうでしょ?」


……確かに。

まだ、暗ダサキモ男だと罵って毛嫌いしていたあの頃の私なら、自分が欲しいと言った物が手に入った時点で、優哉はそういう男だと位置づけてしまったかもしれない。

私の言うことを何でも聞くの。何でも買うのよ、アイツ。みたいに。

あぁ…何度振り返っても、あの頃の私ってサイテーだわ…。


「自分で散々使っといてなんだけど…じいちゃんのくれた小遣いで、捺が欲しいっていうモノを買うのは簡単だよ?だけど、それはしたくないって言うか。こうして服代とかに使わせてもらってるけど、使わなかった分は別口で残してあるし、いつか返そうと思ってる。じいちゃんが頑張って働いたお金だからね。だから、捺には自分の稼いだお金で、買ってあげたいんだ。バンド関係で色々出費が嵩張るから、なかなか買ってあげられないんだけど…」

ごめんね。そう耳元で囁いて、チュッとまた頬にキスを落としてくる。


あー…私はまたバカな事を言ったなぁって後悔した。

あわよくば楽して恩恵に肖ろうなんてさ…

優哉が稼いだお金は、優哉が頑張って働いた分のお金。

それを使うべき場所は私ではなく、こうしてバンドの為に使うのが一番なんじゃないかって。

そう思えるようになった私って、結構成長したと思わない?


「いい…私、何もいらない」

「え?」

「優哉には、大事なもの沢山もらってるからそれで充分。傍にいてくれるだけでいい。ごめんね、さっきの忘れて?」

「捺…」

「あ〜。私もバイトしようかな…。優哉に何か買ってあげたくても、お小遣いは全部自分の為に使っちゃって残らないし。ねえ、優哉は何が欲しい?私、バイトして優哉の欲しいもの買ってあげる」

優哉の腕の中から顔をあげると、彼はニッコリと綺麗な笑みを見せてくれる。


「僕には捺以外に欲しいものなんてなにもないよ」


「ゆう、や…」

「僕だって、捺から大切なものいっぱいもらってるよ?だから、傍にいてくれるだけで充分。他に欲しいものなんてなにもない。僕の為にって言うんならバイトなんてしなくてもいいよ」

「でも…優哉が私の為に何か買おうって思ってるなら、私だって優哉に何かしてあげたいもん」


「だったら…もっと捺の気持ちをちょうだい?」


「え?」

「捺以外に欲しいものはないって言ったよね?物なんて僕には必要ない。捺の気持ちしかいらないから。何かしてあげたいって思ってくれるなら…もっと捺の気持ちを見せて?もっと僕に溺れてよ…」


僕が溺れてる以上に――――


そう掠れた色っぽい声を響かせて、優哉はそのまま私の唇を熱く塞いでくる。

息つく暇もないくらい、激しく貪るようなキス。

口内を蠢く優哉の舌を感じながら、次第に脳が霞んでくる。


溺れてるよ?充分優哉に。

見せてるよ?優哉を好きって気持ち。

私以外何もいらないって言ってくれるなら、もっと見せてあげる。

私がこんなにも優哉のことが好きなんだって……


優哉しか見えてないんだってことを。


私は腕を伸ばして優哉の首の後ろにまわすと、ぎゅっと彼を引き寄せて彼に負けないぐらいの気持ちを込めてキスを返した。




++ FIN ++




お久し振りにネタが浮かんだので(笑)番外編を書いてみました。
はい。ここで終りかよ、てめーっ!てな感じです…げへへ。すいません。
いやでも。こういう終わり方もたまにはいいかなぁ〜なんて。。。
期待したのにぃ!って思ってくださった方には、申し訳ありません。
また次の機会でお届けできるかな、と…
こういう終わり方でも好きだぞ!この2人のならなんでもいいぞ!って言っていただけると幸いです。

H19.2.26 神楽茉莉





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