ほんのり恋の味
番外編...ツワモノ
ひとしきりプールを楽しんだ私達は、一旦休憩する為に席に戻る事にした。
「加奈子、何か飲む?」
「うんうん飲みたい。あ!でも、財布…ロッカーに入れたまま」
「俺もロッカーに入れたままだけど、取って来るからさ。何がいい?買ってきてやるよ」
「あ、じゃぁ私も自分の分買うからロッカーから小銭、取ってくる」
「いいっていいって。さっと行って帰って来るからさ。何、コーラ?」
「本当に?んー…じゃぁお言葉に甘えて。今日はオレンジジュースで」
「オッケー。じゃ、ちょっと待ってて」
篤はニッコリと笑うと、小走りにロッカーの方へ向かって行った。
自分の体をバスタオルで拭いてから席に座り、篤の帰りをボーっと待つ。
こういう時は、友達数人の方がいいなぁ。なんて思ってしまう。
ほら、半分半分に別れて買いに行く子と待ってる子で、待つ方も手持ち無沙汰にならずに済むし。
って。こんな事を考えてしまう私は、『彼氏のいる女の子』としてはまだまだ成長が足らないのかな。
これでも180度とは言えなくても、随分と私は変わったと思うんだけど。
少しお洒落に興味を持ってみたり、美佳子達が話す彼氏の話題に興味を示してみたり。
へぇ。みんな彼氏の為にそんな事してるんだぁ、とか思って自分でもやってみようかな。なんて思ったり。
以前の私では考えられない行動を取ってると思う。
美佳子にも、「最近加奈子、恋する女の子になってきたね。『可愛い』に磨きがかかってきたんじゃない?」なんて言われてしまって。
磨きがかかったかどうかは全然自分では分からないんだけど、そう言われると嬉しいって思う自分がいる。
篤もそう思ってくれてるのかな、なんて心の片隅で思いながら。
そんな事を考えながら篤の帰りを待っていると、ふっと目の前に影が出来る。
篤が戻ってきたのかと、少し顔を綻ばせながら上を向いた私の目に映った人物は、見た事もない自分と同じ年ぐらいの男の子2人。
2人はニヤニヤと気持ちの悪いくらいの笑みを顔に浮かべて、椅子に座る私を見下ろす。
………誰だ、この人達。
「ねぇ、君一人?」
「は?一人って……違うけど」
「誰かと一緒?」
「うん。か…彼氏と」
……言ってしまった。『彼氏』って言葉を……初めて口にしたよ。あぁ、恥ずかしい。
少しどもりながら、自分から発した『彼氏』と言う言葉に対して照れくさくって頬が少し赤く染まる。
「へぇ。彼氏と?彼氏はどっか行ってんの?」
「うん、ジュース買いに」
「そうなんだー。ジュース買いに行ってんだ……じゃぁさ、帰ってくるまで少し喋らない?」
「……え、何で?」
「いや、ほら。俺らヤロー2人で来たんだけど女っけがなくて寂しいんだよね。君ってすごい可愛いしタイプでさ。それにスタイル抜群だし……お友達になれたらなぁ、って?」
「オトモダチ?」
「そうそうお友達。よかったら携帯番号とか教えてくんない?彼氏と遊べない暇な時は俺らと遊ぼうよ」
何だかんだと言ってくるけどコレってもしかして……所謂ナンパってヤツ?
いつも街中とかで声をかけられた時は大概美佳子も一緒にいて、彼女が上手くあしらってくれるんだけど……やだなぁ。助けてくれる美佳子もいないし。どうしようかな…
私は美佳子の口ぶりを思い出しながら、すぅっと息をすって口を開く。
「別にあなた達と遊ぶ気はないから、携帯番号も教えたくない。どこか他を当たれば?」
確かこんな感じで断ってたよね…美佳子。
「へ〜ぇ、ハッキリ言ってくれるねぇ。結構気が強いんだ、君。そういう所もそそられるよな」
「おぉ。益々お友達になりてぇな、俺」
そそられるって……どういう意味だ。
私が目の前の2人をどうやって追い払おうかと考えていると、彼らの背後から篤の声が聞こえてくる。
「ねぇ、おたくら。盛り上がってっとこ悪いんだけど、そこどいてくんない?すんげぇ邪魔なんだけど」
「あぁん?」
「あんだと?」
2人がその声に振り向き、眉を寄せながら凄みを利かせて篤を睨む。
篤はそれに動じる事なく、はいはい、どいてどいて。と呟きながら、2人の間を割って私の元へたどり着く。
「ごめんな、加奈子。ついでにトイレ行ってたら遅くなっちゃった。はい、オレンジジュース。ついでにお菓子も買ってきたぞ」
「ありがと。わ!お菓子?やったー♪」
「あははっ。やっぱ加奈子は食いモンの方が反応がいいな」
「なにそれ、失礼ね」
私達は男の子2人を完全無視して話を続ける。
「おい、お前ら。俺らを完全無視か」
「いい根性してんじゃん」
「……あれ、まだいたの?全然存在感無かったから、もうどっか行っちまったのかと思ったけど」
クスクス。と篤が小さく笑いながら、ジュースのストローを咥えて、チューッと吸い上げる。
「っんだとこのヤロー。人をバカにすんのも大概にしろよな」
「コイツ生意気。すんげぇムカツク。ちょっと自分が女にモテそうな顔して、ちょっといい女連れてるからっていい気になってんじゃねぇよ」
「ぶははっ!すげぇ僻み根性。あぁー、でもお宅らでは到底ゲットできないだろうね?俺の彼女みたいにいい女は」
横で聞いててすごい……恥ずかしい。
『俺の彼女みたいにいい女は』って……私の事…だよね?
俄かに火照った頬を隠すように、私は俯き彼の買ってきてくれたジュースのストローに口をつける。
「コイツ…女の前だからって調子こきやがって。痛い目に合わせてやろうか?」
「んー…俺、痛いの嫌いだからねぇ。遠慮しとく」
「益々ムカつく、その態度。おい、お前立てよ」
ちょっと……何だか雲行きが怪しくなってきた気が。
不安そうな表情を浮かべる私に対して、篤は顔色一つ変える事無く彼らを見ている。
「何でお宅らの為に俺がわざわざ立たないといけないわけ?プールで散々泳いで疲れてるんだよね、俺。面倒くせぇし、お宅らが屈めば?」
「っんだと、このヤローっ!!」
次の瞬間、一人の男の子の拳が篤めがけて振り下ろされる。
私はそれを見てられなくて、一瞬ぎゅっと自分の目を閉じた。
パンッ。という軽い乾いた音が耳に聞こえ、暫くの間、沈黙が辺りを漂う。
恐る恐る目を開けて状況を確認する。
「……篤」
篤の前で制止する男の子の拳。
篤の頬と男の子の拳の間には、篤の掌が挟まれていて、ぎゅっと男の子の拳を握り締めている。
「あんたさぁ、運動神経ないんじゃない?スローモーションに見えたし。全然パンチにも切れがないしぃ。それで俺を殴るつもり?」
篤は可愛らしい笑みを浮かべたまま、徐々に握り締めた拳に力を入れているようで。
「いっ、イテテテ!はっ…離せよっ!!骨が…骨が折れる」
「このまま折るつもりだけど?どっちから喧嘩ふっかけてきたんだっけ」
「わっ!タンマっ!!マジ折れる……ちょっ、マジ離せって!!!」
「俺の女に気安く声かけるからだろ?人のモンに手を出そうとするからこういう目に会うんだ…この拳が粉々になる前に消えた方がいいんじゃないの?」
「………っ!クソッ!!」
「おっ、おい」
篤は最後、ぎゅっと拳に力を入れて握り締めてから、二度と俺の女に近づくな。と、低く呟いて手を離す。
男の子の方も握られていた手を押さえながら、苦虫を潰したような顔をして逃げるようにこの場を去って行った。
「……篤」
「あぁ、怖かった」
って、全然そう思ってるように見えないんだけど。顔、笑ってるし。
「篤って…強いの?」
「えー?全然、弱っちぃよ。けどさ、大切な彼女を護れるぐらいの強さはないとね?加奈子の前でかっこ悪い姿なんて見せられないし」
その言葉がすごく嬉しかった。『大切な彼女』って部分が特に。
「カッコよかったよ、篤」
「そう?よかった…加奈子にそう言ってもらえて。すげぇ嬉しいよ。ちょっとは惚れ直してくれた?」
「………うん」
「うん、かぁ。…そっちの方が数倍嬉しかったりして」
そう、はにかんで見せる篤に、自分も同じように笑って見せる。
何か、すごく幸せな気分だった。誰かに護ってもらえてるって感じられる事が。
いつもおチャラけてる部分が多いだけに、篤が男なんだって認識が甘かったような気がする。
今、改めて実感した……篤は男なんだって。
「ねぇ、加奈子?」
「ん?」
「さっきさ、俺のモノって言ったけど……加奈子は俺のモノだよね?」
「え…モノって。私は『物』じゃないけど?」
「あはははっ!まぁ、そういう意味じゃないんだけど。俺だけの加奈子だよね、って意味…かな。」
「なっ、何?急に改まって。えっ、篤?!」
急に真剣な表情で私の頬を撫でてくるから、途端に心臓が高鳴りだして顔が真っ赤に染まる。
「いつかさ……加奈子の全て、俺にちょうだいね?」
「……………へ?」
私の……全て?
「……って言っても、加奈子にはまだ分からないか。まだまだ先かなぁ…加奈子の全てが手に入るのって」
再び可愛らしい笑みを浮かべると、篤は私の頬をうにうに。と摘んでくる。
私は篤の言ってる事の意味がさっぱり分からなくて、首を傾げてテーブルにあるお菓子を摘んで口に運ぶ。
私の全てって……どういう意味だろう?
――――それが分かる日はまだまだ遠い………?
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