とある日の昼休み。
いつものように理恵ちゃんと一緒にお弁当を食べていると、正面に座る彼女が私の顔をまじまじと見つめながらボソッと呟いた。
「ねえ、前から言おうと思ってたんだけど……」
「ん?」
「最近なんか雰囲気変わったよね」
「え……誰が?」
「誰がって。里悠よ、里悠」
「え、わたし?」
「うん。なんて言うか……色気が出てきたって感じ? 仕草とかが妙に女っぽいし、綺麗になった気がするんだけど?」
少し観察するように、首を傾げながら私を見る理恵ちゃんの姿に何故か若干頬が赤らむ。
色気って……この私に?
「そっ、そう? 自分では全く自覚ありませんが……って。それって、単に髪が伸びたからじゃない?」
「それは外見的な変化でしょう? それもまああるけれど、内側から醸し出される雰囲気もね、なんとなく変わったかなぁって」
「内側? うーん……なんだろう」
どこか変わったかなぁ、なんて首を傾げながら考えていると、理恵ちゃんが顎に手を当ててニヤリと意味深な笑みを見せる。
なんだ……その不気味な笑顔は。
「ねえ、里悠……もしかして、彼氏でも出来た?」
「ぶほっ!!」
理恵ちゃんの突然の言葉に喉を詰まらせ、思わず食べた物を噴き出してしまいそうになった。
かっ、彼氏って!?
「はっ、はいっ?! びっくりしたぁ。突然なにを言い出すの? そんな、彼氏なんて出来るわけないでしょう?」
「じゃあ、誰かとエッチしちゃったとか」
「なっ!? えっ……エッ? ……はいぃぃっ!? なななっ、なんでっ!!? いっ、意味がわからないんですけどっ!!!」
今度こそ本気でびっくりした。
その言葉について思い当たる節が大いにあるだけに、過剰なほどに反応してしまい何を言っていいのかわからなくなるほど頭が真っ白になった。
幸いにも理恵ちゃんは違う意味で私が動揺していると思ったようで、クスクスとおかしそうに笑い始める。
「な〜によ、里悠ってば。相変わらずねぇ…そんなに異常な反応しないでよ。ちょっと冗談で聞いてみただけでしょう?」
「じょっ、じょうだん……」
って、冗談でそんな事聞かないでよ。
蒼斗先輩との事がバレちゃったのかと一瞬焦ってしまったじゃない。
あ〜、びっくりした。もう、心臓に悪い……
バクバクと嫌な速度で打ち続ける鼓動を抑えるように、私は胸に手をあてる。
その様子を未だクスクスと笑いながら、理恵ちゃんはお弁当箱に残った最後のフルーツを一つ口に運んだ。
「でも、ホント。今の里悠、そういう雰囲気がある」
「まっ、まだ言いますか……」
「だって、ホントに最近雰囲気が違うんだもん。なんて言うの? “私はオトコを知っています” 的なオーラが出てるって言うかさ。そういうのって、経験しないと出ないと思うんだよね。まあ、元々そういう雰囲気を持っている子もいるけれど、里悠はそうじゃなかったじゃない? だから、何かあったのかなぁって思ったわけよ。もしかして、大人の世界を知っちゃったのかな? ってね」
ぎくり。
と、若干自分の顔が引き攣ったのがわかった。
蒼斗先輩とマスコット契約を交わしてから早半年。
その間に、本当に沢山のことをこの身体に覚えこまされたし、頭にも叩き込まれた。
お陰さまで以前の私では考えられないくらいに色んなことを覚え、経験もしたと思う。
でも、私はそれを悟られないようにと今までと変わらず普段通りの自分で生活をしてきたつもりだった。
なのに何故、理恵ちゃんに鋭く突っ込まれる?
もしかして、自分でも気づかぬうちにどこかで出てしまっていたとか?
蒼斗先輩が好む、エロい女の部分が。
ひえぇぇぇっ! そっ、それは嫌だぁぁっ!!
そんなの、蒼斗先輩の前だけで充分なのにぃぃっ。
「きっ、気のせい……うん、きっと気のせいだよ。私は何も変わってないもん。ホント、何もないから」
「ん〜まあ、里悠が何もないって言うなら気のせいなんだろうけど……でも、いいことじゃない? そういう雰囲気が出るってことは」
「えぇぇ〜? 何がいいことなの?」
「オトコが引っかかりやすい」
「りっ、理恵ちゃんっ?!」
「あはははっ! もう、里悠ってば相変わらず反応が大袈裟なんだから。そんなことじゃ、いつまで経っても彼氏が出来ないわよ〜?」
「別に、今は彼氏は……」
「えぇ、いらないの?」
「いらないわけじゃないけど……今はいいかな、って……」
そう。今は、蒼斗先輩のマスコットでいられるだけで充分幸せだもん。
誰よりも先輩の近くにいられて、かまってもらえる今の状況が一番いい。
彼女なんて煩わしい存在────そう言って何人もの女の人と関係を持っていた人だから。
今以上を望んじゃいけないんだって、私はずっとそう思ってる。
「そうなの? なんかよくわからないけれど、勿体無いなぁ。今の里悠ならすぐに彼氏が出来ると思うのに。でももし、気が変わって彼氏が欲しくなったらいつでも言ってよ? 彼氏の友達でよかったら、紹介してくれるように頼んであげるから」
「え、あ……う、うん……」
「だけど不思議よねぇ。何もないとなると、何が里悠を変えたのかしら? あのフェロモンはちょっとやそっとじゃ出ないと思うんだけどなぁ……」
独り言のように呟く理恵ちゃんの言葉を、私はあえて聞こえないふりをした。
あのフェロモンって……どんなフェロモン?!
聞くのが怖いぃぃ〜〜〜〜〜。
放課後、私は委員の仕事のために図書室へとやってきた。
久しぶりの蒼斗先輩と一緒の当番。 自然と気分も浮かれてくる。
今日の私はカウンターが担当。
そこに座って作業をしながら、時折視界に映りこむ先輩の姿に胸をときめかせて顔を綻ばせる。
いつもの如く必要最低限の会話しか交わさなかったけれど、それでもやっぱり同じ空間にいられるというのは嬉しいものだ。
こうして見てると、やっぱり蒼斗先輩って抜群にカッコイイなぁ。
とてもエロエロ大魔王には見えないよ。
私だけが知っているそのギャップに一人でクスッと小さく笑っていると、ふと目の前に影が差して頭上から男の人の声が落ちてきた。
「なに笑ってんの、志筑ちゃん。思い出し笑い?」
それに顔を上げて見てみると、一つ上の先輩がニコニコ笑いながら立っている。
「あ、新田先輩。 いや、あの……別に」
完全に忘れてた……新田先輩の存在を。
なんとなく無防備に笑っていた自分を見られたことが恥ずかしくて、言葉を濁しつつ曖昧に笑って見せると、先輩がカウンターに両肘をついてちょっと身を乗り出してきた。
今日は、一年生が私、二年生が新田先輩、三年生が蒼斗先輩の三人当番だ。
新田先輩も顔が整っていて人気があるのは知っているけれど、蒼斗先輩とは正反対に調子が良くて少し軽い。
彼女もコロコロと変わっているし、手が早いという噂も聞いたことがある。
委員の女子にはノリがいいから話していて楽しいと専らの評判だけど、私は少し苦手だった。
「ね。何、笑ってたの? 俺にも教えてよ〜」
「いや、だから……別に何も笑ってないですよ?」
「そぉ? 俺には笑っているように見えたけど。ま、いっか。 ところで志筑ちゃんてさ、久しぶりに一緒になったけど、ちょっと雰囲気変わったよね?」
「え……そう、ですか?」
「うん。なんか、すんげー可愛らしくなった。 つーか、女らしくなった? さては、いい恋をしているのかなぁ?」
ニヤリとした笑みを向けられて、微妙に私の顔が引き攣った。
まただ……また、言われてしまった!
そんなに私って雰囲気が変わったの?
自分じゃ全然わからないけれど、こうも立て続けに言われてしまっては変わったんだと思うしかない。
これは、ヤバイ。気をつけないと……って、どうやって気をつければいいの、私はっ?!
「そっ、そんな……全然、前と変わってないと思いますけど」
「それは自分で気づいていないだけだって! 結構、男心を擽る雰囲気持ってるよ? ちょっと前までは、あどけない感じだったのになぁ……そこまで変えたって事はよっぽどイイ男なんだねぇ、志筑ちゃんの彼氏って」
「かっ、彼氏っていないですよ、私は!」
「うっそだぁ。彼氏いないの? マジで?? じゃあ、俺が立候補しちゃおっかなぁ」
「はっ、はぃ?!」
「フフッ。どう? 俺が志筑ちゃんの彼氏になるっての、真剣に考えてみない?」
「なっ、何を突然言ってるんですか? 冗談はやめてください」
「あはは! 冗談って……結構、本気で言ってんだけどなぁ。こんなに可愛くなった志筑ちゃんを彼女に出来たら俺、幸せになっちゃう♪」
そう言って新田先輩は腕を伸ばすと、カウンター越しに私の髪先にサラリと触れてくる。
全く予想もしなかった先輩のこの行動に、私の心臓が驚きでピョンと飛び跳ねた。
「ひゃっ! あっ、あの。冗談はいいですから……仕事に戻ってくださいよ。まだ残っているでしょう?」
「あはははっ! 顔を真っ赤にしちゃって、志筑ちゃん可愛い〜♪ もうこんな時間から借りに来るヤツも返しに来るヤツもいないっしょ。あとは本の整理をしたら終わり。それもほぼ済んでるからねぇ、こうして志筑ちゃんを口説いていても問題ないわけよ」
「なっ?!」
見れば時計は既に夕方の五時をさそうとしている。
新田先輩が言うように、こんな時間から借りに来る生徒も返しに来る生徒もきっといないだろう。
そうなると、私の仕事もあとはカウンター内を軽く整理整頓すれば終わる。
それは話しながらも出来ることで、新田先輩を追いやる口実にはならない。
どうしよう……このノリ、嫌なんだけどなぁ。
どうやってこの場から逃げ出そうかと考えあぐねていると、突然、ドンッ! と、重く鈍い音がカウンターに響いた。
「ひゃっ!!」
「わっ!?」
同時に私と新田先輩の声が響き、体がピョコンと飛び跳ねる。
一体何ごとかと視線を向けてみれば、カウンターの上に分厚い本が何冊か積み重ねて置かれ、その傍にはあからさまに不機嫌だとわかる表情で蒼斗先輩が立っていた。
ひぃっ……なんか、すごく怒ってる? 顔が怖いんですけどぉっ!!
「ちょっ! 先輩、驚かさないでくださいよっ。すんげービビちゃったじゃないっすか」
「余計なことを喋ってないで、さっさと仕事を済ませろ」
今まで聞いたことがないような、蒼斗先輩の低く冷めたような声。
それは新田先輩も同じように感じたようで、こっわ〜。と、小さく呟いて肩を竦めてみせる。
蒼斗先輩はそんな呟きにも反応せず、仏頂面のまま先に新田先輩に向かって言った。
「新田。ここの片付けはいいから、職員室に鍵を取りに行って来い。あと、教官室に行って終了の報告もついでにな」
「え、それっていつもは先輩が……」
そう言いかけた新田先輩だったけれど、いつもとは違う蒼斗先輩のただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、わかりました。と、もう既に足をドアに向けつつ一つ頷く。
新田先輩、完全にこの場から逃げる気だ。
蒼斗先輩の肩越しに私に向かって、ごめんね。というように手を合わせる新田先輩の姿が映る。
それに少し気を取られていると、益々トーンの下がった蒼斗先輩の声が耳に届いた。
「それから、里悠……お前はちょっとこっちへ来い」
「え……はっ、はい!」
反射的に素直にそう返事をして、慌ててカウンターから出た私だったけれど、蒼斗先輩の言葉に若干の違和感を感じた。
里悠って……今、そう呼んだ?
新田先輩がまだいるのに……学校内では絶対に苗字で呼んでいたのに。
じゃあ、オレ行ってきます。と、足早に図書室から出て行く新田先輩を尻目に見送りながら蒼斗先輩の傍まで行くと、突然先輩は私の腕をグッと掴んで奥に向かって歩き出す。
「え……せっ、先輩?!」
不安げな声で問いかけてみても振り返ることすらせず、先輩は強引に半ば引きずるように私を一番奥の本棚の影まで連れてくると、今度はグッと肩を掴んで私の体を壁に押し付けた。
「ひゃっ!?」
軽い衝撃と痛みが背中に走る。
だけど、もっと痛みを感じたのは蒼斗先輩が掴んでいる肩のほうだった。
「おまえ、なに考えてんの?」
「え……へ? なにって……」
「あれほど忠告したのに、理解力ねえのかよお前は」
「あっ、あの……」
先輩の言っている意味がさっぱりわからなかった。
ただ、私の何かに対してもの凄く怒っている事は言動から汲み取れる。
うそ……私が何かしたの? 私が先輩を怒らせるような何かをしてしまったの??
ついさっきまでは普段通り、学校仕様の蒼斗先輩だったのに。
ほんの僅かな間に、私は何をしてしまったのか。
嫌な速度で脈が打ち始める。 顔が徐々に強張っていくのがわかる。
とにかく……とにかく、謝らなくちゃ!!
「ごっ、ごめんなさい!!」
「それ、何に対しての謝罪?」
「あの……えと……ひゃっ」
視線を泳がせながら口ごもっていると、先輩が私の顎を掴んで上を向けさせる。
貫くような鋭い視線が目の前に現れて、一瞬にして顔が引き攣った。
ひえぇっ! なんか、ホントに本気で怒ってる!!
どっ、どっ、どうしよう〜〜〜〜っ!!!
「意味もわからず謝ってんじゃねえよ。 それで許して貰えるとでも思ってんの?」
「やっ…あっ…あのっ……」
「言っとくけど、泣いても無駄だから」
突き放すような蒼斗先輩の冷たい言葉。
こんなに怒りを露にした姿を見たのは初めてで、私の体が小刻みに震えだしていた。
全然わからない。 何故、蒼斗先輩がこんなにも怒っているのか……
じわじわと込み上げてくる涙を必死で押さえ込み、私は縋るように視線を先輩に向ける。
「せん…ぱ…い…」
「…………」
「あおと、せんぱい?」
「…………んで……」
「……え?」
「なんで話した? オレ以外の男と馴れ馴れしく話すなって言ったよな」
「……え」
馴れ馴れしくって……私が?
誰と? いっ、いつ?!
「オレ以外の男に気安く触らせんな……それを破りやがったらタダじゃおかねえし、なにするかわかんねえって言ったはずだ」
「……へ?」
そんな気安く触られた記憶も……ん? ちょっと待てよ……
「どうするかと思って暫く放っておいたら、突き放すどころか簡単に近寄らせやがって……新田(あいつ)の噂、おまえも知ってんだろ」
「…………ぁっ」
「なのに、なんで新田と馴れ馴れしく話し、髪を触らせた? おまえ、あいつに食われたいの?」
やっぱり、それ!? と、ようやく私の中でも合点がいく。
自分が新田先輩に対して苦手意識を持っていただけに、全くそんな事を考えもしなかった。
蒼斗先輩には馴れ馴れしく話していたように映っていただなんて……
私はそんなつもり全くなかったのに。
「あっ、あれは別にそんなつ……」
「言い訳すんな。俺の忠告を無視した事は事実だろうが」
いやいやいや、言い訳くらい聞いてくださいって!!
私だってあの場から逃げたかったし、そもそも新田先輩は苦手な存在なわけで……快く受け入れていたわけじゃない。
そんな状況下でも許してもらえないのだろうか。
なにするかわかんねえって、なにされるんだ私はーーーっ!!!
「ごっ、ごめんなさい。本当に、ごめんなさいっ!! もう、二度としませんからっ!!」
「許さねえ」
「え……」
「俺の目の前で堂々と口説かれやがって……誰のモノだと思ってんだよ!」
「……っ!……んんっ!!」
先輩の若干大きめな声に、ビクッと体が震えた次の瞬間、体全体を壁に押し付けるように彼の体が覆いかぶさってきて、そのまま荒々しく唇を塞がれた。
まるで噛み付くような激しいキスに、息つく暇も与えて貰えない。
こんなキス、知らない……今まで一度もされたことがない。
こんな余裕なさげな先輩も見たことがない。
苦しい……と、感じた瞬間、先輩は荒々しくキスをしながらブラウスに手をかけると、強引にそれを左右に引っ張った。
プチプチッと、幾つかのボタンが弾け飛んで、私の肌が露になる。
先輩に触れられるよりも先に、冷たい風が一瞬その肌を撫でていった。
唇を塞がれているせいで悲鳴さえあげることが出来ず、代わりにビクッと体が震えても先輩は手を緩めようとしない。
まるで何かに取り憑かれたように私の体を弄りはじめるその姿に、じわじわと恐怖心が込み上げてくる。
「んっ……せんぱっ……やめっ……やっ……」
僅かな隙間を見つけて抵抗を見せてもまるで効き目がなかった。
私のことなど気にかける様子もなく、先輩の手は片方の胸をブラの上から鷲掴み、グッと力を入れて揉み上げる。
もう片方の手は脚に伸びていて、ヒップラインを撫で上げるように腰の部分まで伝わせると、下着に指を引っ掛けてそれをもどかしげにずりおろした。
「おまえは俺のモンだろ……」
先輩の舌と唇が首筋を通って耳元までたどり着く。
荒く息を吐き出しながら、先輩は掠れた声でそう囁いた。
ようやく離してもらえた私の唇が、新鮮な空気を求めてパクパクと動く。
視界が涙でぼやけ、意識も少し朦朧としていた。
「わかってんのかよ、里悠……」
「ぁっ……はっ……やっ」
「それとも、ココに本物を入れなきゃわかんねえってかっ?」
先輩は語尾を強めてもう一度私の肩を壁に強く押し付けると、同時に秘部に指を無理やり押し込んできた。
まだ濡れていないソコは先輩の指を拒むように、ピリリッとした若干の痛みと違和感を走らせる。
「痛っ……」
と、思わず眉間にシワが寄って声が小さく漏れていた。
いつも強引でこちらの意見などお構いなしだけど、こんな風に無理やりされたことは一度もない。
いつだって強引な中にも優しさはあったのに……なんで、こんな。
今まで見てきた先輩とは全く違う姿に、言い知れぬ恐怖心が湧き上がってくる。
誰かに対して本気で怖いと感じたのは初めてだった。
それが怒られていることに対してなのか、先輩の様子に対してなのかわからないけれどとにかく怖くて仕方なかった。
「俺がどんな思いで……ココに入れずに我慢してやってると思ってんだよっ」
先輩の指が激しく私のナカで蠢くたびに、少しずつ水音が増してくる。
だけど全く感じることはなく、逆に逃げ出したい衝動に駆られる。
「やっ……いやっ……」
「この俺が女に頭下げてまで関係切ってるっつうのに、おまえは他の男に色目使うのかよ。あ?」
硬く突起した胸の蕾を先輩の指がキュッと強く摘み、膨らみを下から掴むようにギュッと揉みあげる。
胸を掴まれた痛みで眉間にシワが寄る。
体が無意識に抵抗をみせ、そうはさせまいと先輩の体にもまた力が入る。
「そんなっ……ちがっ……」
「おまえ、誰のもんかって自覚あんの? ねえの? どっちだよ!」
先輩の唇が首筋にあてられ、チクッと小さな痛みを感じるほど強く吸われる。
その小さな痛みを点々と、首や鎖骨に数箇所感じた。
「ぁっ、……ぃっ……」
「なんなら今すぐここで入れてやってもいいけど? おまえもそれを望んでんだろ……なあ、里悠?」
私の首もとからゆっくりと顔をあげ、先輩はそう言って私を見下ろす。
表情は涙でぼやけてよく見えなかったけれど、声にはまだ怒りが込められているのがわかった。
どうして……
「……や……めて、先輩……なんか、怖い……こんなの、やだぁ」
「おまえが……俺の忠告を無視するからだろうが」
「無視……してるつもりなんてない……私、先輩しか見てないのに……先輩しか見えてないのに……話したいのも触れて欲しいのも先輩だけなのに」
声も身体も、先輩のシャツを掴んでいる手も震えている。
気づけば自分の瞳から大粒の涙が溢れ出していた。
「ど、して? 私、新田先輩のこと……何とも思ってないのに。むしろ苦手……だから、色目なんて……使うはずがないのに。どうしたらわかってくれるんですか? 私は先輩の……マスコットです。私が好きなのは……蒼斗先輩だけ……なんです。だから……」
「里悠……」
「ごめっ……なさい。許してください……も、誰とも喋りません……誰にも近づきませんから……だから……怒らないで……」
「…………」
「蒼斗っ……せんぱいっ……」
声を詰まらせながら涙ながらに訴える。
先輩は暫く私の顔を見ていたけれど、やがてナカに入れていた指を抜き、張り詰めた糸が切れたようにゆっくりと息を吐きながら私に体を預けてきた。
「おまえ……俺を狂わせてなにをしたいの?」
先輩のくぐもった声が微かに耳に届く。
私は意味がわからずに、すぐに反応することが出来なかった。
「…………え?」
「なんか……自分でもどうしたいのかわかんねえよ……」
「せん……ぱい?」
「おまえは俺しか見てないってわかってんのに、おまえが他の男(ヤツ)と喋っているだけで無性に腹が立って、触られただけでキレそうになる。おまえを泣かせたって何にもなんねえのに、コントロール出来ねえんだよ……自分自身を」
ゆっくりと体を起こし、先輩が再び私の顔を見下ろす。
間近に見えるその表情は、涙で歪んでハッキリと見ることは出来なかったけれど、声にはもう怒りは感じられなかった。
悪かったな、怖い思いをさせて。と、先輩が優しく目元を拭ってくれる。
恐怖から解き放たれた解放感からか、またポロリと涙が零れ落ちた。
「もう泣くな。なんもしねぇから」
「ぅっ……くっ……」
「俺、里悠のこと泣かせてばっかだな。おまえは何一つ悪くねえのにさ……」
「ヒック……ぅっ……せんっ、ぱぃ……」
「はあぁ……ったく。ヤバイよな、俺のほうがもう限界なんてよ。早く手に入れねえと、マジでぶっ壊れそうだよ」
私の髪をクシャクシャッと撫でながら、苦笑交じりに呟く先輩の言葉にふと顔があがる。
それにつられてまた何か言いかけた先輩の言葉は、突然あいたドアの音にかき消されてしまった。
「せんぱ〜い、鍵もらって終了の報告終わりましたけど〜。どこっすか〜?」
遠くから聞こえる新田先輩の声。
それに蒼斗先輩は、チッ。と小さく舌打ちをしてから、ここで待っとけ。と、自分の着ていたブレザーを私にかけて出ていった。
「そろそろケジメ、つけてやるよ」
そういい残して。
正直、ここからの記憶があまりない。
あまりにも蒼斗先輩のあの言葉が衝撃的すぎたから。
このあと、先輩の言葉がどれほど学校中を騒がせることになるのか、そして、マスコットである私の運命がどう転がっていくのか。
このときの私はまだ知る由も無い――――。
「――――悪かったな、新田。面倒なことを頼んで」
「あぁ、先輩。そこにいたんすか……っつか、あれ? なんでブレザー着てないんすか? それに志筑ちゃんの姿も……もう帰したんですか?」
「アイツならこの奥で休んでるよ」
「え……具合でも?」
「いや? 俺が忠告していたにも関わらず、俺以外のオトコに触れさせたバツとしてお仕置きをしていただけだ。気にするな」
「は? お仕置きって……」
「新田。今日はもういいよ、帰ってくれて。お疲れさん。あとは俺が片付けとくから」
「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。先輩と志づ……」
「あぁ、そうだ。おまえにも一つ忠告があるんだけどな」
「忠告って……なっ、なんすか?」
「今後、志筑に気安く近づくな」
「…………え」
「アイツは俺のモノだ」
「え…………えっ?! じゃ、じゃあ、志筑ちゃんは先輩の……?」
「そうだよ。アイツは……里悠は俺のオンナだ」
- end -
H21.3.10
あれ…ここで終わり?と、思った方。変な終わり方ですいません(汗)
ちょっと次のお話に繋げたかったもので、こんな変な終わり方になってしまいました。
約一年ぶりの彼らのお話ですが(汗)お楽しみいただけましたでしょうか。
神楽自身も暫くお休みをいただいていたので、書くのも久しぶり。
なので文章も乱れまくっていますが、大目に見ていただけると助かります(苦笑)
しかし、やっとここまで来ましたね(笑)
ようやく蒼斗もケジメをつけに本格的に動き出したようです。
今回は自分の気持ちをコントロール出来ずにちょっと暴走してしまいましたが……
里悠をまだ手に入れられないもどかしさからの行動だと温かい目で見ていただけたら幸いです(^_^;)
果たして蒼斗の言葉が真っ直ぐ里悠に届いているのか(笑)
次のお話はどんな展開なのか(見え見え)
ひとまずキリよく10話で終わらせたいんですけど……どう引っ張ろうかなぁ(待て)